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第四章『領主代行』

122話 政略と恋愛の間

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 ———で、その後どうなったのだろう?

 目を覚ますと、石作りの天井が見えた。僕はベッドの上で寝ているらしいが、部屋の景色はまるで覚えがない。

「ああ、また一からか……」

 多分、あれは心臓発作の感覚なのだろう。最初の転生の時と同じ。

 一度目、そばにいた先生や同級生たちは心肺蘇生をしてくれなかった。二度目、あの世界に講習なんかあるはずもないので、心肺蘇生は無理だったはずだ。

 毎度死にそうな目にあって、今度は本当に死んでしまった。

 手を動かすと、布団の中から、小さな手が出てくる。包帯が巻かれた、子どもの手だ。

 こんなことなら、もう少し身を入れて訓練しておくべきだった。あの世界では、赤熊や雷竜を倒せなければ、もしくは刺客から身を守れなければ死ぬのだ。

 まぁ、そんなことはわかりきっていたのだが。

 ―――コンコン ガコッ

 急に扉がノックされて、僕は慌てて寝たふりをする。気配だけで、誰かが入ってきたのがわかる。気配は、ベッド横にトレイを置いて、近づいてくる。

 そのまま、服に手を突っ込んできた。

「イーくん、お外は今日もとっても良い天気なのです」

 耳元で囁く声はユニィのものだ。どうやら僕はまた転生したわけではないらしい。僕の鼓動を確かめるように、ユニィのひんやりとした手が胸をなでる。

「そろそろ起きてほしいのです・・・・・・」

 服から手を抜くと、今度はユニィの呼吸が近づいてきた。思わず息を止める。

「あ、また息が止まったのです」

 ごく自然に、顎が持ち上げられる。顔に髪の毛がかかるくすぐったい感覚のあと、唇に柔らかい感触が触れた。

「!?」

 思わず目を開くと、ユニィの顔が目の前にあって――

「すううううう」

 鼻をつままれているので、肺に空気が強制的に入っていく。

「げほげほっ」

 顔をそらして、思い切り咳き込んでしまった。向き直ると、至近距離でユニィと視線が絡む。フワッと、石鹸の匂いが鼻腔をくすぐる。

「え? え?」

 きょとんとしたまま、まばたきをを2回。それから、ユニィの顔がみるみる紅潮していく。まるで小動物みたいだ。

「ユニィ?」

 声をかけると、ユニィははじかれたように距離を取る。

「えっと、そその、これはち、違うのです」

 ユニィ手をぶんぶん振って誤魔化す。わかってる。ちょっとびっくりしたけど、鼻をつままれたので、今のはキスじゃない。

 そして、自分がなぜ助かったのかも、何となく理解する。

「わかっているよ。人工呼吸でしょ? でも、どこで習ったの?」

 人工呼吸と心臓マッサージについては、村でオバラ院長に説明したことがある。その場にターナ先生とマイナ先生がいたので、賢人ギルドにも伝わった可能性があるが、僕が把握しているのはそれだけだ。

「冒険者ギルドで、やり方だけ……」

 なるほど。いつの間にかいろいろ広がってるらしい。自分が助かったのだから、説明した価値はあったようだ。

「そっか。助かった。ありがとう、ユニィ」

 ユニィは赤くなってモジモジしている。

「こちらこそ、助けに来てくれてありがとうなのです……」

 そうか。僕らは助かったのか。でも、あの後、雷竜はどうなったのだろう?

 ふとサイドテーブルを見ると、トレイの上に病人用の水差しが置いてあった。意識のない病人に水を飲ませるための口の細いものだ。ユニィが持って来てくれたのだろう。

「お互い様だね。あ、ちょっと喉が渇いたから、水もらうね」

 そのまま口をつけて飲むと、苦みと甘みの混ざった変な飲み物だった。

「うげ。まっず」

 予想外の味に、思わず呻いてしまう。そうか。昏睡していたから、これは食事の代わりか。なるほど。

「あ、気が利かなかったのです。目が覚めたなら、ご飯用意してくるのです」

 顔を真っ赤にしたまま、パタパタとユニィが部屋を出ていく。

「確かに、お腹が空いたな……」

 まずい水をもう一口飲むと、思い出したように身体が空腹感を訴えてくる。起き上がって、水差しの中身を全部飲み切って、天井を見上げた。

「あらあら。ようやくお目覚めね。イント君」

 入れ替わりに部屋に入って来たのは、エルス様とマイナ先生だ。

「エルス様?」

 魔境に入る時、エルス様は鎧姿だったけど、今はドレスっぽい普段着に着替えていた。雰囲気も、おっとりしたものに戻っている。

「ご飯が用意できるまで、少しお話良いかしら?」

 マイナ先生をチラリと見るが、蝋燭の明かりが心許なくて、表情が良く見えない。

「はい。でも、部屋が暗いので、明るくしても良いですか?」

 灯りの神術を使おうと、天井に手をかざす。

「イント君、神術なら今はやめて。霊力が戻り切ってないから」

 そういえば、移動も戦闘も、仙術を使いっぱなしだった。使いすぎて気を失ったことが前にあったけど、まぁあんまり身体に良くないことがおきたようだ。

「このままで大丈夫よ。それで、早速なんだけど、ユニィは誘拐犯に何もされてないわ。すり傷ぐらいはあったけど、それだけ」

 エルス様の説明にホッと胸をなでおろす。その話は、怖くてユニィに聞けなかった。

「誘拐犯たちはどうなりました?」

 赤熊と戦っていた最中、エルス様の姿はなかった。多分、逃げた誘拐犯を追ったのだろう。

「大丈夫。彼らからおかしな話が広がる可能性はもうないから」

 確信してそうなところから見て、全員捕らえることに成功したのだろうか。

「良かったぁ」

 エルス様が笑顔で僕を観察している。雰囲気が少し硬い。

「そう。とっても良かったの。それで、本題なんだけどね」

 少し怖くなって、マイナ先生を見るが、目をそらされた。助けてくれるつもりはないらしい。

「イント君には、いろいろ責任があると思うの」

 そら来た。エルス様の圧が増していく。

「責任、ですか?」

「そう。まずは、娘の元々の婚約者のリシャス君の決闘を受けてしまったこと。原因は嫉妬だったようだけど、あなたが決闘を受けなければ、もう少し穏便な道もあったと思うの」

 後から聞いた話だと、手袋を拾うことで、決闘は成立するらしい。だからあの時、決闘を受けないという選択肢は確かにあった。まぁ、決闘を受けなかったら受けなかったで、クソ親父に何を言われたかわからないけど。

 もっといえばもう少し前の段階で、僕がユニィを無理やりにでもリシャスのところへ挨拶に行かせていたら、あんなことにはならなかったかもしれない。

「今回のこともそうだけど、イント君と仲が良すぎる話は広まってるから、次の婚約者は難しそうなの」

「それは、なんかすいません……」

 まだ8歳だからと油断していたが、婚約者がいる女性相手と仲良くしすぎたかもしれない。

「それだけじゃないわ。あの子、冒険者になりたいとか言い出してるの。仙術をやるのはもう仕方ないとしても、冒険者をさせてくれる嫁ぎ先は少ないわ」

「そうでしょうか? うちの義母さんは、今も冒険者に混ざって魔物を狩りに行ったりしてますけど……」

「そうね。わたしも行ってるから、シーゲン家とコンストラクタ家ではできるんでしょうね。でも、他の家では無理なのよ」

 ユニィは剣術や冒険者に強いこだわりを持っている。僕は命のやり取りが大嫌いなのでまったく共感できないけど、でも好きなことができないのはかわいそうだ。

「貴族家以外へ嫁ぐという選択肢もあると思いますけど……」

 とりあえず思いつく選択肢をあげてみるが、エルス様の圧がさらにきつくなる。

「あら。イント君、キャンプで言ってくれましたよね? 何かあったら、責任を取ってくれると」

「う。それは言いましたけど……」

「平民に嫁いだとしても、関係者だった過去は消せませんから、誘拐の危険は常にあります。そんなところへユニィを放り出せなんて、イント君は少し薄情じゃないかしら」

 ようやく少し話が見えてきた。

「まさか、それはユニィを僕の婚約者に、ということですか?」

 だからマイナ先生が同席してるのか。

「そうね。大雑把に言うとそういうことかしら。あの子も、イント君を憎からず思っているようだし、イント君もそうでしょう?」

 世襲の貴族当主は、妻や夫を複数持つことができる話は前に聞いたことがある。現に男爵である親父も、オーブ母さんとジェクティ義母さんの二人と結婚していた。
 つまり、その跡継ぎである僕も二人の妻を持つことは可能だ。

「そういう話は、当主である父上を通してもらえますか?」

 こういうことの決定権を持っているのは、多分家の当主だろう。

「大丈夫。その辺のことは、あの決闘の後にちゃんと話し合ってるわ。本人にその意思があるなら問題ないそうよ」

 あのクソ親父め。また僕に丸投げしたな? フォートラン家とシーゲン家はどちらも王族派の貴族家で、派閥が偏るのとかOKなのだろうか? そのへんなんもわからん。

「マイナ先生は良いの?」

「ユニィちゃんは教え子だし、嫌とかないんだけどね。ユニィ様がイント君を蘇生させてるところ、救援にきた冒険者がみんな目撃しちゃってるらしいんだよね。街に帰ってきた時の取り乱した姿はわたしも見てるし。イント君が嫌なら仕方ないけど、ユニィ様にはもうイント君しかいないんじゃないかな」

 目の前が暗くなる。つまり、ユニィが僕に人工呼吸のために口づけしているシーンを、たくさんの冒険者に見られたわけだ。そうなると、もう噂を止めることはできない。蘇生させてもらった恩もある。

「責任、取ってくれますよね?」

 エルス様の笑顔が怖い。

「わかりました。でも、それは、本人がそう望んだら、です」

 僕はガックリとうなだれながら、そう答えた。
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