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第四章『領主代行』

117話 工房と錬金術士たち

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「つまり、それはワシを弟子にするということで良いのじゃな?」

「何でそうなるんですか」

 このおじいちゃん、人の話を聞いているのだろうか。それとも耳が遠くなってる?

「よし、では交換条件だ。その工房の責任者という話を受けるかわりに、ワシを弟子にしてくれ」

 いや、それだと何にも変わってない。まず弟子というのがいろいろまずいだろう。

「僕は8歳ですよ? マイナ先生にいろいろ習ってる途中の若輩です。ちゃんと現実を見てください」

 後々、ちゃんと説明しようとは思っていたのだが、ここだと他の錬金術士の目がある。

「ふぉっふぉっふぉっ。ちゃんと見ておるよ。マイナは我が弟子。優秀だが、無から有を産み出すような真似はできん。黒幕は間違いなくお前さんじゃ」

 確信に満ちた声。聞く耳を持たないとはこのことだ。

「仮にそうだとしても、世間体とか考えてください! 『ログラムの賢者』とか呼ばれてるゴート先生を、8歳の僕が弟子にするとか、明らかにおかしいでしょう!?」

 他の錬金術士たちの視線が痛い。ギラギラした目で、僕を見下ろしてくる。このままではまずい。

「世間体とやらで、世界の真理には近づけんだろう? さぁ、ワシを弟子に! さすればどんな無理難題でも受けてたつぞ。もう一度土下座せよと言うならするでな」

 ゴート先生は、本当に土下座しようとする。

「ああもう! 誰もそんなこといってないですよ!?」

 肩をつかんで無理やり立たせた。掃除が十分でないのか、ローブの膝が白くなっているが、ゴート先生は気にした様子もない。

「先生! イント君を困らせないでください! イント君はわたしのものです!」

 どさくさに紛れて、すごいこと言うのやめて! シーゲン支部の男性陣の皆さんから、すごい殺気が飛んできてるんですけど!

「ずるいぞマイナよ! お主、聞くところによると夜な夜なイント殿に教わっておるそうじゃないか! 楽しそうだからワシも混ぜよ」

 待って待って。地獄耳すぎるのもそうだけど、それは絶対誤解されるやつ!

 王都にいた頃、マイナ先生が夜な夜な寝室に来ていたのは本当だけど、僕は灯りの聖霊神術が使えるので、夜でも勉強ができる。それでいろいろ教えたり教えられたりもしたけど、ただそれだけだ。

 だから男性陣の皆さん、こっちを見ながら歯軋りするのやめて! 違う、違うんだ。

「イント君はわたしが先に見つけたんです! イント君だって朝も昼も夜もわたしと一緒にいるために、いろいろ課題クリアして婚約してくれてるんですから! 先生は四元素論の錬金術でも極めててくださいっ!」

「ずるいぞ! もう千年も停滞しとるテレース流の四元素論なんぞ、これ以上極めようがないわ!」

 周辺の人が、驚愕の表情で一斉におじいさんを見る。またそうやってテレース流の錬金術士が激怒しそうなこと言う……。

「手が空いてる時にわたしから教えます! それなら良いでしょう!?」

「嫌じゃ! 弟子の弟子になんぞなりとうない!」

「弟子の弟子の弟子だったら良いんですか!?」

 やいのやいのと言い争いを続ける子弟を無視して、僕はゴート先生以外の賢人ギルド出身者を離れた場所に呼び集める。

「いつ終わるかわからないので、こちらはこちらでお話を進めさせていただきますね。まず、皆さんが希望するなら、全員うちの工房で雇います。
 勤務地はシーゲンの街の郊外になります。待遇は宿舎と三食の食事はこちら持ち、共用の研究室も宿舎に併設予定です。
 俸給は1ヶ月当たり年齢と同じ枚数の銀貨になります。
 この他、神術や仙術が使える人は上乗せ、役職がつけば上乗せ、新しい発見をして工房に貢献した方には相応の見返りを用意します。
 詳しい条件はこちらの紙をご覧ください」

 年齢はバラバラで、全員錬金術士見習いなのだそうだが、何人残るだろうか? 

 全員に条件を書いた紙を配って、紙に向かう視線を観察する。最近気づいたが、文字が読めない人と読める人は、視線の動きを観察すると分かる。
 さすが、マイナ先生の紹介だけあって、文字を読めない人はいないようだ。

 読み書き計算できるというレベルでさえ、人材確保には困難が伴う。できればたくさん確保したい。

「質問がある人は、手をあげてください」

 タイミングを見計らって僕が声をかけると、ほぼ全員が手をあげる。

「すいません。僕もコンストラクタ流の錬金術を教えていただくことは可能でしょうか? もちろんきちんと働きますので」

 コンストラクタ流ではなく、化学というんだけどね。化学を教えるとして、化学に至る基礎を教える方法がわからない。
 まず道具や機械がない。リトマス試験紙すら存在しないし、重さや距離、温度さえ共通する基準がない。つまり説明も証明もできない。
 一応、仕事に関わる範囲を中心に可能な範囲で説明はするけど、期待しないでね。

「自分の研究をイント先生に見てもらうことは可能ですか?」

 錬金術とか知らないんで、ゴート先生やマイナ先生にでも聞いてください。化学も、別に専門家というわけではないので。

「第二婦人の座は空いているんですか? 夜の講義に参加したいです」

 お姉さん、8歳の何を狙っているんだ。空いてるけどそうじゃない。

「結婚を考えている恋人がいるんですが、家族も住める広い宿舎はありますか?」

 それは考えてなかったかなぁ。将来的には何とかするけど、とりあえず馬で通勤してもらおう。通勤路に魔物いるけど大丈夫? あ、駄目? そっかー……

「将来自分の工房を持ちたいんですけど、仕事をくれますか?」

 気が早い。まずはうちの工房を軌道に乗せるところから。

「甥がシーゲンの街で大工をしているんですが、仕事はあるでしょうか?」

 確かに大工は足りてないけど。でも、何で今? ちょうどいくつか大きな案件あるから紹介するよ~。

「これは仕官という扱いになるんでしょうか?」

 どうなったら仕官になるのか、その境目が僕にはよくわからないかな。

 確実にうちの家臣と呼べるのは、執事のパッケとメイドのアン、ギリギリで村長のプラースさんぐらい。村人の半分は親父の軍隊時代の部下だけど、何か仕事を依頼した場合だけ報酬を払ったりはしているだけ。固定給である俸禄を支払っていないので、家臣と呼べるかは微妙なところだろう。

 家臣の定義は調べておく必要があるかもしれない。

「あのマイナ先生とどうやって婚約を? 僕らが食事に誘っても、見向きもされなかったのに」

 よし、『あの』の部分について、詳しく聞こうか。

「こらっ! そこ! 余計なこと言わない! イント君も掘り下げようとしない! そろそろ次に行かないと」

 ゴート先生と口論中だったマイナ先生が、耳ざとく割り込んでくる。次の予定は、コンストラクタ村とシーゲンの街の中間に、新しい村を作るための下見だ。

 シーゲンの街には空いている土地は少なく、今からでは大規模な工房を建てられない。コンストラクタ村も村長からの報告によれば、冒険者や商人の流入が急増して、宿屋や食堂、公衆浴場なんかの新築ラッシュが起きて、土地不足が起きているらしい。

 もう選択肢が郊外に建てるしかなくなってて、それなら自領のほうが何かと融通がきくというわけだ。

 村、どうなってるのか気になるから、一回帰らないとなぁ。

「わかってるよ。マイナ先生はゴート先生の説得は終わったの?」

 マイナ先生は肩をすくめる。

「先生は何が何でもコンストラクタ家に居座るつもりだよ。元々説得なんか必要なかったみたい」

 なるほど。前世の同級生が聞いたら驚くだろうな。こちらの世界では、高校レベルの知識で、この国最高の賢者が動く。

 何の冗談だろう?

「ほれ、工房を作るんじゃろ? 建築もちょっとできるのでな。ワシは役に立つぞ?」

 まぁ、ゴート先生を巻き込めるならそれはそれで良いだろう。

「錬金術士の皆さんはどうします? 辞退したいという方はいますか?」

 錬金術士たちは顔を見合わせたが、結局、辞退者はでなかった。
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