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第四章『領主代行』
113話 体育不足
しおりを挟む「はぁはぁはぁ。何でだ……」
村を出てから3ヶ月弱。ようやく帰途に着いた僕は、行きと同じく馬車の横を走っている。
行きと違うのは、来る時はけっこう続けることができていた身体強化が、前よりも続かなくなったことだ。走ることに関しては、自信があったはずなのだが。
僕は最後の力を振り絞って加速すると、御者台の護衛席に飛び乗った。
「イント君、調子悪いの?」
手綱を握っていたマイナ先生が声をかけてくれた。この馬車は新型のコンテナ積載型の馬車で、人が乗れるのは御者台だけになっている。
ここなら二人きりになれるので、そろそろ僕も馬を操る勉強をしたほうが良いかも知れない。
「はぁはぁ、いや、そう言うわけじゃないんだけど、王都ではあんまり走り込みできなかったから、体力落ちてるのかも、はぁはぁ」
息が整えられなくて、ちょっと変質者っぽい。嫌われやしないだろうか。
「王都の人混みで走り込みとか無理だよね~。でも、お義父さんに知られたら怒られそう」
それは絶対そうだろう。というか、すでに怒られている。あの脳筋親父の評価基準は、個人的な強さが第一で、それ以外はあまり評価されない。
「うへぇ。帰ったら、基礎からやり直そうかな。バレたら怖そうだ」
ようやく呼吸が戻ってきた。激しい運動をして呼吸が乱れると、身体強化が不完全になって、さらに呼吸が乱れる悪循環に陥る。僕はまだ霊力の圧縮を呼吸に連動させているが、脳筋親父曰くそれは素人の領域なのだそうだ。
確かに、うちの家族は僕以外、呼吸に関係なく普段から霊力を圧縮したまま生活している節がある。なんでも、不老の仙人になるには、寝ている間も自然に霊力圧縮ができないといけないらしい。
「それが良いよ。また襲われるかもだし」
このハーディ商会の隊商は、コンテナ馬車十台を含む三十台編成で、冒険者たちや、僕の護衛の狩人さんたちがそのまま隊商の護衛についている。こんな物々しい隊商を襲うなど、よほど大規模な盗賊でないと無理だろう。
まして、今は王都にナログ共和国の大規模な使節団が滞在中で、ナログと王都を結ぶ街道は厳戒態勢になっている。そのため、盗賊も魔物もまったく見かけない。
「まぁそれは大丈夫じゃない? この辺は平和そのものだよ?」
「イント君個人を狙ってくるんだから、平和かどうかは関係いでしょ。わたしのためにもちゃんと鍛えてね」
僕はコンストラクタ家の弱点だからなぁ。婚約者を心配させるわけにもいかない。
「はいはい。また走りこんで来ますよっと」
呼吸を整えて、御者台から飛び降りる。今度こそ身体強化を安定させてやろう。
「おにいちゃん、ずっこい。やすんでた」
降りるとすぐにストリナが寄ってきた。隣を馬車と同じ速度で走りながら、声をかけてくる。特に呼吸が乱れている様子はなく、それどころか仙術の呼吸法ですらない。
王都にいる間、治療院と冒険者ギルドで働きながら自主練に励んでいたせいか、ストリナももうすっかりあちら側である。
「リナも疲れたら休みな。無理しちゃ駄目だよ?」
「ぜんぜんへいき。まちまではしれるよ!」
汗もかいていないし、強がりでもなさそうだ。
「霊力の圧縮って、そんなに簡単だっけ?」
ストリナは、走りながらキョトンと首をかしげる。
「あれ? もしかして、あのくんれんやってない?」
今度は僕が首をかしげる番だった。
「あの訓練?」
「あ~! やってないんだ! おとうさんにいいつけてやろ~!」
待て待て。何の話だ?
「どの修行?」
思い当たる修行が多すぎてわからん。
「しらな~い。おとうさんにいいつける~」
妹がキャッキャとはしゃいで加速する。僕も慌てて加速する。
「待って! どの修行か教えて!」
思い当たる節が多すぎる。短剣の素振り千回のことか? それとも槍の素振り千回? あるいは踏み込み千回か? まさか、寝る前のお祈りってこともあるまい。
そう言えば、親父が武闘大会に出場することが決まった頃、、自主練用のメニューを受け取っていた。が、どれも時間がかかるメニューばかりで、そんなことをやっていると、マイナ先生との勉強時間が取れなくなってしまう。
山賊もどきの襲撃があって以降、僕が負傷したこともあって自主練は中断し、その後その訓練メニューには一度も手をつけていない。
「やだ~」
追いかけると、ストリナの小さな身体が、空中に跳ね上がる。そのまま空中の見えない階段を駆け上がっていく。
「こっこまでおいで~」
ストリナは調子に乗って『雲歩』を使ってどんどん高度を上げ、しかし僕は一歩たりとも宙を蹴れない。圧縮が足りてないのだろう。
「こら~! 降りて来なさい! あと父上には内緒にして!」
仕方がないので空中に向かって叫ぶが、ストリナは空中で得意げに宙返りを繰り返して降りてこない。
「や~だよ~。あ、シーゲンのまちがみえてきた! よいけしき~」
くそう。良い景色なら僕も見たい。6歳児に馬鹿にされて抵抗できない8歳児とか、ちょっと情けなくないだろうか?
ふと横を見ると、マイナ先生が乗っているのとはまた別の、三頭立てのコンテナ馬車が走っていた。コンテナ部分は窓がない完全な箱なので、人が乗れるのは御者台部分だけだ。
こういうのを作っていたからだいぶ差がついたわけだけど、今山賊もどきクラスの敵と出会ったらひとたまりもないわけで、そろそろ本気で考えないといけないかもしれない。
空を駆け巡る妹を見て、僕はそっとため息をついた。
最近の僕には、体育が足りない。
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