上 下
113 / 190
第四章『領主代行』

113話 体育不足

しおりを挟む


「はぁはぁはぁ。何でだ……」

 村を出てから3ヶ月弱。ようやく帰途に着いた僕は、行きと同じく馬車の横を走っている。
 行きと違うのは、来る時はけっこう続けることができていた身体強化が、前よりも続かなくなったことだ。走ることに関しては、自信があったはずなのだが。

 僕は最後の力を振り絞って加速すると、御者台の護衛席に飛び乗った。

「イント君、調子悪いの?」

 手綱を握っていたマイナ先生が声をかけてくれた。この馬車は新型のコンテナ積載型の馬車で、人が乗れるのは御者台だけになっている。

 ここなら二人きりになれるので、そろそろ僕も馬を操る勉強をしたほうが良いかも知れない。

「はぁはぁ、いや、そう言うわけじゃないんだけど、王都ではあんまり走り込みできなかったから、体力落ちてるのかも、はぁはぁ」

 息が整えられなくて、ちょっと変質者っぽい。嫌われやしないだろうか。

「王都の人混みで走り込みとか無理だよね~。でも、お義父さんに知られたら怒られそう」

 それは絶対そうだろう。というか、すでに怒られている。あの脳筋親父の評価基準は、個人的な強さが第一で、それ以外はあまり評価されない。

「うへぇ。帰ったら、基礎からやり直そうかな。バレたら怖そうだ」

 ようやく呼吸が戻ってきた。激しい運動をして呼吸が乱れると、身体強化が不完全になって、さらに呼吸が乱れる悪循環に陥る。僕はまだ霊力の圧縮を呼吸に連動させているが、脳筋親父曰くそれは素人の領域なのだそうだ。

 確かに、うちの家族は僕以外、呼吸に関係なく普段から霊力を圧縮したまま生活している節がある。なんでも、不老の仙人になるには、寝ている間も自然に霊力圧縮ができないといけないらしい。

「それが良いよ。また襲われるかもだし」

 このハーディ商会の隊商は、コンテナ馬車十台を含む三十台編成で、冒険者たちや、僕の護衛の狩人さんたちがそのまま隊商の護衛についている。こんな物々しい隊商を襲うなど、よほど大規模な盗賊でないと無理だろう。

 まして、今は王都にナログ共和国の大規模な使節団が滞在中で、ナログと王都を結ぶ街道は厳戒態勢になっている。そのため、盗賊も魔物もまったく見かけない。

「まぁそれは大丈夫じゃない? この辺は平和そのものだよ?」

「イント君個人を狙ってくるんだから、平和かどうかは関係いでしょ。わたしのためにもちゃんと鍛えてね」

 僕はコンストラクタ家の弱点だからなぁ。婚約者を心配させるわけにもいかない。

「はいはい。また走りこんで来ますよっと」

 呼吸を整えて、御者台から飛び降りる。今度こそ身体強化を安定させてやろう。

「おにいちゃん、ずっこい。やすんでた」

 降りるとすぐにストリナが寄ってきた。隣を馬車と同じ速度で走りながら、声をかけてくる。特に呼吸が乱れている様子はなく、それどころか仙術の呼吸法ですらない。

 王都にいる間、治療院と冒険者ギルドで働きながら自主練に励んでいたせいか、ストリナももうすっかりあちら側である。

「リナも疲れたら休みな。無理しちゃ駄目だよ?」

「ぜんぜんへいき。まちまではしれるよ!」

 汗もかいていないし、強がりでもなさそうだ。

「霊力の圧縮って、そんなに簡単だっけ?」

 ストリナは、走りながらキョトンと首をかしげる。

「あれ? もしかして、あのくんれんやってない?」

 今度は僕が首をかしげる番だった。

「あの訓練?」

「あ~! やってないんだ! おとうさんにいいつけてやろ~!」

 待て待て。何の話だ?

「どの修行?」

 思い当たる修行が多すぎてわからん。

「しらな~い。おとうさんにいいつける~」

 妹がキャッキャとはしゃいで加速する。僕も慌てて加速する。

「待って! どの修行か教えて!」

 思い当たる節が多すぎる。短剣の素振り千回のことか? それとも槍の素振り千回? あるいは踏み込み千回か? まさか、寝る前のお祈りってこともあるまい。
 そう言えば、親父が武闘大会に出場することが決まった頃、、自主練用のメニューを受け取っていた。が、どれも時間がかかるメニューばかりで、そんなことをやっていると、マイナ先生との勉強時間が取れなくなってしまう。
 山賊もどきの襲撃があって以降、僕が負傷したこともあって自主練は中断し、その後その訓練メニューには一度も手をつけていない。

「やだ~」

 追いかけると、ストリナの小さな身体が、空中に跳ね上がる。そのまま空中の見えない階段を駆け上がっていく。

「こっこまでおいで~」

 ストリナは調子に乗って『雲歩』を使ってどんどん高度を上げ、しかし僕は一歩たりとも宙を蹴れない。圧縮が足りてないのだろう。

「こら~! 降りて来なさい! あと父上には内緒にして!」

 仕方がないので空中に向かって叫ぶが、ストリナは空中で得意げに宙返りを繰り返して降りてこない。

「や~だよ~。あ、シーゲンのまちがみえてきた! よいけしき~」

 くそう。良い景色なら僕も見たい。6歳児に馬鹿にされて抵抗できない8歳児とか、ちょっと情けなくないだろうか?

 ふと横を見ると、マイナ先生が乗っているのとはまた別の、三頭立てのコンテナ馬車が走っていた。コンテナ部分は窓がない完全な箱なので、人が乗れるのは御者台部分だけだ。

 こういうのを作っていたからだいぶ差がついたわけだけど、今山賊もどきクラスの敵と出会ったらひとたまりもないわけで、そろそろ本気で考えないといけないかもしれない。

 空を駆け巡る妹を見て、僕はそっとため息をついた。

 最近の僕には、体育が足りない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜

MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった お詫びということで沢山の チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。 自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

まさか転生? 

花菱
ファンタジー
気付いたら異世界?  しかも身体が? 一体どうなってるの… あれ?でも…… 滑舌かなり悪く、ご都合主義のお話。 初めてなので作者にも今後どうなっていくのか分からない……

転生したら唯一の魔法陣継承者になりました。この不便な世界を改革します。

蒼井美紗
ファンタジー
魔物に襲われた記憶を最後に、何故か別の世界へ生まれ変わっていた主人公。この世界でも楽しく生きようと覚悟を決めたけど……何この世界、前の世界と比べ物にならないほど酷い環境なんだけど。俺って公爵家嫡男だよね……前の世界の平民より酷い生活だ。 俺の前世の知識があれば、滅亡するんじゃないかと心配になるほどのこの国を救うことが出来る。魔法陣魔法を広めれば、多くの人の命を救うことが出来る……それならやるしかない! 魔法陣魔法と前世の知識を駆使して、この国の救世主となる主人公のお話です。 ※カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

処理中です...