転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

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第四章『領主代行』

110話 逆襲への布石

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 貴族がパーティを開く目的は、社交である。社交というのは、社会的に親交を深めることを指す。晩餐会や舞踏会、観劇会、茶会など、いろんな形があるが、突き詰めれば社交に行きつく。

「ヴォイド卿、塩の自由化に尽力くださり、ありがとうございます。おかげで思う存分稼ぐことができました」

 王家が主催し、しかも他国の使節団を招くパーティともなると、社交の規模も国家レベルになる。

 親父の周りに群がっているのは、アンタム都市連邦の商業都市ビットから来た商人たちと、ナログ共和国の使節団についてきた事務官たちだ。
 親父と話をしようとしているのは、このあたりでは見かけない身体に密着するタイプのドレスを着た美人。

「民のためだ」

 親父は最小限の返答しかしない。寡黙なイケメンオーラを全面に出そうとしているらしい。

「さすがですわ。そうそう、あの羅針盤も見せていただきましたが、とても素晴らしいものでした。聞けば、ヴォイド卿は東方の生まれだとか。やはり人工的な磁針の製法もそちらで?」

 太鼓持ちなのか情報収集なのか、美人の商人はにこやかに親父の懐に入りこもうとする。

「羅針盤に頼るなど軟弱。方角など空でわかる」

 親父はキリリとした表情で、酒の入ったガラスの酒杯から一口酒を飲む。

 一歩引いて見ている義母さんは、呆れた顔で取り皿に取り分けたえらく見た目の良い料理をつまんでいる。

「しかし、雲が出ていればわからないでしょう?」

 美人の商人は不思議そうに食い下がる。親父は薄く笑う。

「ならば樹を伐ればよい」

 年輪で方向を読むとか、どこの野生児だ。

「なるほど。さすがはヴォイド卿。しかし、軟弱な我々には羅針盤が必要なのです。我々にもあれを売ってはいただけないでしょうか?」

 なるほど。それが目的か。うちはアンタム都市連邦の商人と取引がない。

「ふむ。陛下にご裁可を仰いで、知らせに行こう。宿はどこだ?」

 あれ? 何でそんなすぐに了承するの? てか何で宿を聞く?

「まぁ嬉しい。損はさせませんよ」

 美人が意味ありげに笑って、義母さんの死角で小さな紙片をクズ親父の手の中にねじ込む。

「では、のちほど……」

 美女が一礼して去ると、クズ親父は義母さんとは逆側にいた僕のほうにドヤ顔でこちらに近づいて来る。義母さんとは目も合わせない。

 うん。こいつはもう駄目かもしれない。

「どうだ? 俺も捨てたもんじゃないだろ? 新たな販路を開拓しておいてやったぞ」

 美女の手のひらの上で、全力でダンスしていたように見えたのは僕だけだろうか。この後どうするつもりなのか、ちょっと怖い。

「こんばんは、ヴォイド様。私を覚えておいでですか?」

 次に近づいてきたのは、親父と同年代の、これまた妖艶な女性である。

「おお、もしかしてレコか? 軍服でなかったから一瞬わからなかったよ。ドレス姿も美しいな」

「相変わらずお上手ですね。その節は助けていただき、ありがとうございました」

 僕は仲が良さそうな二人の雰囲気に面倒くさくなって、ストリナと義母さんがいる一角へ逃げ込む。

「おかえり、イント。あの人は誰と話してるの?」

 義母さんがクズ親父を遠目に見ながら聞いてくる。やっぱり呆れているのだろうか?

「レコさんって言ってたけど、知ってる?」

 名前を聞くと、義母さんが半眼になる。

「知ってる。ナログ共和国の軍人で、一時うちで捕虜になってた人ね」

 義母さんの表情で、なんとなく察した。またか。

「おかーさんがふきげんになった」

 ストリナにもわかるほど不機嫌になるとか、あのクズ親父はかつて何をしたんだろうか。

 こっちはこっちで居心地が悪くなりかけていたところで、親父が僕らを手招きで呼んだ。

「仕方ない。行くよ、イント、リナ」

 義母さんが貼り付けたような作り笑いを浮べたので、僕は逃げるのをあきらめた。一人だけ逃げたら、後が怖い。

「妻のジェクティだ。騎士団では俺の参謀になる」

「お久しぶりです。ジェクティ様。お幸せそうで、羨ましいです」

「久しぶりね。レコさん。また軍務で来たの?」

 何となく、真剣同士の戦いを連想させるやりとりで、ヒヤヒヤする。

「あの後、軍は退役して、役人になったんです。あの頃とは逆のお仕事ができて、とても嬉しいです」

 ナログ共和国は共和制の国だ。仕組みは前世の民主制に近く、国民から選挙で選ばれた議員や知事が権力を握っている。明確な身分制はないが、おおまかに元首、議員、知事、役人、軍人、聖職者、市民、奴隷の順に階層ができているらしい。

「エリートね。すごいじゃない」

 軍人から役人になったということは、出世である。が、義母さんの言葉はちょっと冷たい。

「こ、こっちはストリナ。俺とジェクティの子だ」

 割り込んだ親父に紹介されたストリナは、僕の後ろから顔だけだして、ちょこんとお辞儀をする。

「可愛いわね。どっちに似たのかしら」

 ストリナはすぐに僕の後ろに隠れてしまった。

「で、これが俺とオーブの子のイントだ。今は領主代行を任せている」

 レコさんと目が合うと、しゃがんで目線の高さを合わせてくる。

「こんばんは、イント様。こんな若いのに領主代行を任されて、しかもあんなに成果をあげるだなんて、すごいのね」

 褒められるのは嬉しいのだが、ドレスの裾が地面にこすっているのが妙に気になる。あと胸の谷間も。

「望遠鏡もイント様よね? あれ、うちにも売ってくれないかな?」

 ぐ。思わずうなずきそうになった。望遠鏡は国王陛下、というよりその取り巻きの意向で、今は王家にだけ納品されている。僕の一存では決められない。

「どこでその話を?」

 というか、何で知ってるんだ? ちゃんと機密扱いにしていたのに。

「今、望遠鏡は王家から各騎士団に下賜されはじめていて、偵察が安全になると騎士の間では噂になっているんですよ」

 なるほど。情報源は配備先の騎士団か。

「一応陛下に確認しておきますね」

 親父の真似をして答えると、レコさんは嬉しそうにうなずく。

「お願いします。これから陛下にご挨拶に行くので、こちらからもお願いしてみますね。では、失礼します」

 レコさんはドレスの裾を翻して去っていった。親父は名残惜しそうに、レコさんの背中を目で追う。

 せっかく美味しそうな料理がたくさんあるのに、大人たちは忙しそうだ。

「おお、イント。ようやく見つけた。少し話をさせてもらっても良いか?」

 近寄ってきたのは、宰相閣下だ。親父よりも先に僕に声をかけてきたせいか、参加貴族の視線が一気に突き刺さってくる。

「今度はどうされました?」

「ここでは何だ。茶でも飲みに行こう」

 僕らは、貴族たちの視線から逃げるように、個室に向かう。社交の場なので、人目につかない部屋も用意されているのだ。が、その部屋に行くまでに目立ちまくっている。

「実はな。塩を買い占めているのは、公国派の貴族どもであることが判明した」

 宰相閣下は部屋に入るなり、そう切り出した。閣下はテレース神学派と呼ばれる聖職者たちを毛嫌いしており、罪を洗い流すという聖水を高値で売って儲けていることを批判していた。

 その聖職者たちと結託しているのが、前国王を中心とした公国派貴族である。

「なるほど。それで塩が高騰していたんですね」

 おかしいとは思っていた。王家も貴族も備蓄を放出していて、コンストラクタ家を始め、いくつかの塩の産地が塩を供給し始めたのだ。一時しのぎとはいえ、完全に需要をオーバーしていたはずなのに、値段は完全な右肩上がり。

「そのようだ。そして、その原資は『聖水』を高値で売って得ているらしい。国民からの2重搾取だな」

 教会の言う『聖水』というのは、蒸留した高濃度のアルコールのことだ。アルコールは確かに消毒には使えるが、罪を洗い流すとまでいうのは言い過ぎだろう。

「塩の値段を正常化するためには、まず公国派の力を削がねばならない」

 教会のテレース神学派は、存在しない数字は数字ではないと主張し、ゼロを唱える学者を異端審問にかけて賢人ギルドと対立した。

 ちょうど賢人ギルドが活版印刷を実用化しようとしていたところだったので、教会の教典である『聖典』を口語訳して大量印刷すれば良いとアドバイスした上で、アスキー先生を紹介した。

 世界史でいうルターの宗教改革とよく似た状況なので、おかしな解釈が混じらない正しい教えが広まるだけで、テレース神学派の力は削がれるはず。

 そう思っていたが、諸外国から持ち込まれた塩の値段さえ高止まりしているところから見て、どうやら甘かったらしい。

「活版印刷はまだ成功しませんか?」

「機械自体は完成したが、紙の製造が追いついていないと聞いている。製造に必要な、製造時間を一気に縮める薬品は、君から供給されているそうだな」

 宰相閣下が言っているのは、水酸化ナトリウム溶液とさらし粉のことだ。水酸化ナトリウムは繊維をほぐすために使われ、さらし粉は繊維を漂白して白くするために使われる。
 あれがなければ、繊維を時間をかけて腐らせ、流水に晒して白くするという工程を踏まねばならず、年単位の時間がかかってしまう。

「あの薬品の原料は塩と石灰です。塩の高騰がおさまらないことには、本格供給できません」

 ニワトリが先か卵が先か。いろいろと行き詰まっている。

「なるほど。塩の正常化が先というわけか。では、『聖水』から崩していかないか? 話を聞いてから調べたら、確かに教会の荘園で作られたワインが運び込まれていく施設があった」

 教会がどうやって酒からアルコールを蒸留しているのかは謎だが、これでからくりの種は割れた。

「そこで、聖堂派の領地でも酒の増産を命じてある。ワインのようにぶどうの木から育てる場合は増産に時間がかかるが、麦酒なら簡単に増産できるだろう?」

 なるほど。幸い、聖堂派にも権威充分な大司教がいる。安値の聖水を販売しても違和感はない。

「あ、蒸留器……」

 ここのところ忙しくて、親方に頼むのを忘れていた。宰相閣下に頼まれていたのに。顔から血の気が引いていく。

「まさか、忘れたとか言わんだろうな?」

 正直に答えると、静かに怒った宰相閣下に、こってりと説教されたーー
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