転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

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第四章『領主代行』

109話 馬車の中の団欒

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「イント、お前、訓練さぼってるだろ」

 久々に顔を合わせた親父は、向かいに座る僕を上から下まで眺めて、そんなことを言ってきた。

 今日は王宮のパーティに呼ばれたので、家族全員で正装して馬車に乗っている。ワンランク上の馬車に乗り換えたので、豪華な座席のクッションが細かな振動を全部吸収してくれていた。

「りょ、領主代行の仕事が忙しかったんだよ!」

 これは嘘ではない。この一ヶ月で領主代行として僕が稼いだ金額は、金貨五千枚以上だ。親父も騎士団副団長就任の支度金を王家から五千枚ほど下賜されていて、各種俸給と合わせると若干負けているのが気にくわないが、さぼっていると言われるのは癪である。

「金勘定も結構だがな。リナを見習って身体を動かせ」

 ストリナは毎日に午前中は近くの治療院で働き、午後は冒険者ギルドで親父の知り合いの元上級冒険者の訓練を受けながら、依頼から帰ってきた冒険者の傷の手当なんかをして稼いでいるらしい。僕がやっている領主代行の仕事も含めて、立派な児童労働、下手したら児童虐待だと思うのだが、ストリナは毎日嬉々として出かけている。

「おにいちゃん、くんれんしてないからおそくなったもんね~」

 リナとは昨日少しだけ訓練したが、防御する余裕もなくあっさり負けてしまった。

「いや、リナが速くなっただけで、僕は遅くなってない!」

「うっそだ~」

 僕に圧勝したせいか、ストリナは昨日からとても機嫌が良い。

「イント、コンストラクタ家はそれでなくても恨みや妬みをたくさんかってるの。真面目な話、あなたが弱いままだと、刺客があなたのところに集中するわよ?」

「う……」

 義母さんが嫌な現実を突きつけてくる。確かに、この一ヶ月だけでも、襲撃未遂は2件あった。パッケと護衛についていた村人が撃退してくれたが、親父は僕が護衛なしで出歩くことを禁止してしまった。
 刺客に気づかなかったことが理由らしいが、どうやったら人ごみに紛れた刺客に気づけるというのだろうか。人外と一緒にされても困る。

「だいじょうぶ! おにいちゃんはわたしがまもるっ!」

 ストリナは拳をふりあげて主張してきた。口調は可愛らしいが、内容は男気成分が過多になっている。頼りにはなるが、そうじゃない。幼女が際限なく強くなってどうするのか。

「そうは言ってもな。イントもずっとリナと一緒にいれるわけじゃない。自分の身は自分で守らないといけない場面が将来確実にでてくるんだ。リナが目を離した隙にイントが死んでたら、リナも嫌だろう?」

 クソ親父め。なんて不吉なことを言いやがる。目を離した隙に死ぬとか、意味が分からない。

「やだ! ぜったいやだ!」

 ストリナは首を激しく左右に振る。僕もそれは嫌だ。

「じゃあ、イントとも訓練しような」

「うん。するっ! 絶対するっ」

 こらクソ親父。可愛い妹を洗脳するんじゃない。訓練は嫌だ。

「そうね。イントは自分より弱い者を相手に訓練しなくちゃ駄目ね。ちゃんと勝つ経験をしなくちゃいけないと思うの」

 義母さんまで変なことを言い出した。でも、義母さんはまだ優しい。

「わかった。じゃあ村に帰ったら、村の子どもと訓練するよ」

 たまに混ざってやっていたが、村の子どもたちがやっている訓練は、僕やストリナに課される我が家の訓練と比べれば、さほど厳しくない。あれくらいなら僕でもできるだろう。

「そうね。それが良いわ。村長にもちゃんと伝えておくわね」

 義母さんは慈愛の女神かもしれない。

「うん。村で訓練するためにも、早く帰りたいよ」

 王都にいると、どうしても貴族の社交が絡んでくる。うちはしがない下級貴族に過ぎないはずだが、最近は他の貴族家からのパーティの誘いも増えきた。

 うちは新興の武門貴族であるため、ダンスその他の古典的な貴族の教養を求められないし、元々社交せず領地に閉じこもっていた経過もあって、断っても違和感を持たれない。

 多分、社交シーズンに王都へ来ていたシーゲン家のユニィと比べると、僕は楽なほうだろう。ユニィはダンスも覚えさせられていた。

 が、いくら楽でも、面倒なものは面倒だ。

「そうだな。一族そろって領地を長期間あけるのも良くない。引っ越しが済んだら、イントとリナだけでも、村に戻ったほうが良いだろう。俺たちは騎士団の演習もあるしな。こういう社交に二人だけで出すのは不安だ」

 それはありがたい。親父も社交は苦手そうだし、このあたりは理解してくれているのだろう。親子で似たかもしれない。

「それにしても、私たちが家族になって、子どもまでできて、王宮のパーティに呼ばれるなんて、ヴォイドと出会った13年前には考えられなかったわ」

 義母さんが回想にふける。

「確かになぁ。あの頃、俺は一生冒険者をやっているものだと思っていたよ。ジェクティと、オーブと、アノーテと4人で」

 考えてみれば、男1女3のパーティとか、どこの主人公ハーレムだ。しかも、全員に手を出して子どもまで作っているとか、意味がわからない。

「私たち、ヴォイドが全員こそこそと口説こうとしてたの知ってたのよ? あれを続けていたら、ヴォイドは今頃ソロになっていたわね」

 それはそれで意味がわからない。それを知っていたなら、義母さんはなぜこんなクズ親父についてきたのだろう?

「それは誤解だよ。それに、い、今はジェクティだけだよ」

 クズ親父がしどろもどろに言い訳を始める。貴族でもないのに三股とか最低だ。

「あら。それはそれで悲しいわね。オーブ姉さんを忘れて欲しくないし、せっかく国交が戻るんだし、アノーテ姉さんとも関係を修復して欲しいと思ってるわよ? 私は」

 二人は痴話喧嘩も楽しそうだ。もう勝手にやれば良い。

 小さな小窓を開けると、貴族街の美しい街並みが見えた。公園のような庭の緑と、進むにつれて少しずつ様式が変わっていく屋敷群。ここからでは見えないが、その先には威容を誇る巨大な石造りの城が建っている。

 王宮では今夜、ナログ共和国から訪れた大規模な使節団の歓迎パーティが行われる。使節団の目的は条約締結のためで、かなり大規模な使節らしい。そんな重要な席に、なぜ僕らが呼ばれたのか?

 続く痴話喧嘩を無視して、窓の外の景色を眺める。

 ナログ共和国の人たちの中には、親父を恨んでいる人も多かろう。はっきり言って、僕らは場違いである。にもかかわらず、僕らは呼ばれた。宮中での帯剣まで許されて。

「絶対何かあるよなぁ……」

 僕の呟きは、車輪と蹄の音にかき消されて、誰も聞いていなかった。
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