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第四章『領主代行』
108話 クリップモーターと魔石の充電法
しおりを挟む片付けは嫌いだ。面倒臭いし、うっかりするとどこに何があるかわからなくなる。
まして、僕には引っ越しをするという経験がないので、何をどう片付ければよいかわからない。
「わーい。回った~」
仕方がないので、部屋にあった魔狼の魔石とエナメル線、それに針金でクリップモーターを自作してみた。
構造は簡単で、下に永久磁石がわりの電磁石、上に針金で作ったフックに、雑に巻いたコイルを乗せたものだ。
小学生が実験と称した遊びでよく作るアレで、10分ぐらいですぐに完成した。
「こっちの世界でもちゃんと回った~」
軽く手で押すだけで、ブーンという音をたてながら、モーターが回り始める。ただ回っているだけだが、見ていて楽しい。童心に帰るというのはこういうことを言うのだろう。
クリップモーターの仕組みは簡単だ。電流はクリップからエナメル線で作られたコイルに流れ、またクリップから魔石へ戻る。
もちろん、エナメル線のコイルを通電させるためには、クリップと触れる部分の塗装をはがす必要があるが、この時、片方のエナメルは半分残しておく。
こうすれば、回転の途中、半回転分は電流が流れない。
そうして、磁力が反発するタイミングにだけ電流が流れて回転しはじめる。
「あ、イント君サボってる! ナログから、また大規模な使節団が来て——」
部屋にマイナ先生が入ってきて、固まる。視線はクリップモーターに釘付けだ。
今日は頭にざっくり布を巻いて髪を纏めて、メガネまでかけていた。メガネは無骨なデザインで、しかもずり落ちているが、それがまたとてもカワイイ。
ブー……ン
静まり返った部屋の中で、クリップモーターが回転する音だけが響く。
「えーと、さぼってたわけじゃないんだよ? 書類は束ねたし」
書類は分類した上で紐で括って束ねてある。机の上にはそれが左右に3束ずつ。一生懸命まとめた。
「マイナ先生?」
マイナ先生の目は見開かれ、瞳は小刻みに揺れていた。掃除のためにつけたであろう見慣れないエプロンが、マイナ先生の呼吸に合わせてふわりと揺れる。
このところ、羅針盤の注文がすごい。ナログ共和国の隊商はもちろん、冒険者ギルドや賢人ギルド、石工ギルド、果ては騎士団まで、あらゆる業種が欲しがった。
あまりの注文数に、ヤーマン親方は王都にいる知り合いの職人の工房を、職人ごと買収して回っているらしい。原資は羅針盤から出た利益である。
「次の使節団がどうしたの?」
羅針盤は作れば作るほど儲かる。もちろん、望遠鏡も塩も儲かるので、コンストラクタ家の財政には、良循環が生まれていた。
もう実質的な貿易は開始されているが、使節団が到着したということは、正式な条約が調印がされるに違いない。
「えっと、イント君? それは何かな?」
ズレたメガネを直して、マイナ先生がパチパチとまばたきをする。どうやらナログからの使節団の話は吹っ飛んだらしい。
「モーターだよ。羅針盤の針の時に使ったコイルの仕組みを利用して、磁力で回るんだ」
スイッチもないので、回し始めると、ただ回り続けるだけのおもちゃだ。手で押さえると簡単に止まるので、動力にするには足りないだろう。
マイナ先生は、こんな子どもだましの玩具が気になるらしい。
「そういえば、前に親方と話をしていたことがあったね。で、そのモーター、前世では何に使っていたのかな?」
マイナ先生の表情がなくなって、微妙に圧が増す。距離感はかなり近くなるのに、なぜか今回は全然うれしくない。
マイナ先生は何か新しいものを見るたびにこうなるので、最近ちょっと慣れてきたかもしれない。
「車の動力として使われてたり、こないだ話した滑車の原理のクレーンの巻き上げ機に使われてたりかなぁ。あ、でも、まだまともな永久磁石も作れてないから、すごいのは作れないと思うよ」
今作れる永久磁石は、鋼を元にした微弱な磁力のものだけだ。
前世で最も一般的だった永久磁石といえば、フェライト磁石だろう。辞書を引いた限りだと、あの黒い塊の正体は酸化鉄らしい。いわゆる黒錆で、工房の弟子たちが集めた砂鉄がちょうど酸化鉄である。
素材はそこらで手に入るが、その後の手順は良くわかっていない。
しかも、できたところでフェライト磁石程度では強力なモーターは作れない。
「でも、電磁石なら代替できるんでしょ? 今も回ってるってことはそういうことだよね?」
う。確かに、電磁石で永久磁石の代わりはできる。その分魔石の減りが早くなりそうだ。
「そうだけど……」
そうではないような気もしないではない。この魔狼の魔石は乾電池のような性質を持っていて、使い続ければいずれ使えなくなる、しかも、獲れるのは一頭につき一つだけ。けっこう貴重な資源なのだ。
「うまくいったとして、魔石が多く必要になりますよ」
クリップコイルに使った魔石は、電気分解の実験に使っていたもので、元々残量はそれほどなかった。コイルは徐々に減速を始め、やがて止まる。
重いものを動かそうと思うと、もっと新鮮な魔石を沢山つなぐ必要があるだろう。だが、魔狼を全て狩り尽くしても、必要な量に足りない気がする。
「そうだね~。使い切った魔石を、元に戻せる方法があれば良いんだけど」
ん? 使い切った魔石を元に戻す? そういえば、前世には充電器というものがあった。
「魔狼の魔石にこんな使い方があること自体が秘密だから、あんまり大っぴらに研究もできないんだよね」
マイナ先生が何か言っているが、耳に入ってこない。
そういえば、魔狼は体内でどうやって魔石を充電しているのだろう? 電気を生み出して充電しているなら、そのまま放電すれば良いので、魔石は必要ない。
魔狼は即死攻撃以外にも、自分の毛皮を硬化したり、身体強化をしたりする。魔物と呼ばれる生き物にはほぼ備わっている能力だが、よくよく考えてみれば、その能力は仙術士の能力と似通っていないだろうか。
「うーん」
クリップモーターから魔石をはずすと手のひらに握りこみ、呼吸を意識して霊力をじわじわ圧縮していく。
「お?」
不思議なことに、押し込んだ霊力が押し返されてこない。いくら圧縮して押し込んでも、反発がない。
「どうしたの? イント君」
僕が反応しなくなったのを見たマイナ先生が、僕の手元をのぞき込んでくる。
「いや、魔石の充電ができないかなと思って」
魔石を再びクリップモーターにはめ込んで、コイルを指で押す。
ビー…ン
先ほどより明らかに速く、クリップモーターが回り出す。あれ?
「え? 回ってるってことはできたの? どうやって」
「武器を強化する要領で、霊力を圧縮してみたんだけど……」
マイナ先生がため息をつく。
「イント君、実験で使いきった他の魔石、どうしたっけ?」
「さっきマイナ先生が捨ててたよ」
「だよね。一緒に拾いに行こうか」
引っ越し作業に、ごみ漁りが追加された。
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