上 下
92 / 190
第三章『王都』

92話 メガネとコンクリート

しおりを挟む

「イー君は忙しすぎるのです。せっかくゆっくり観戦できると思ってたのに、がっかりなのです」

 国王陛下と宰相さんが去った後、隣にやってきたのはユニィだった。串焼きを取り分けた皿と、二人分の飲み物を持って来てくれる。

「ごめん。子どもに意見を聞きにくる大人がこんなにいるとは思わなかったんだ」

 眼下では、戦う二人の動きが、かなり鈍ってきていた。望遠鏡がないので細かくはわからないが、長期戦で息も切れているのだろう。

「ん? 望遠鏡は?」

 そう言えば試作品15号と16号はどこ行ったんだろう?

「ああ、望遠鏡なら陛下が持っていたよ? これで3つ納品完了だね」

 マイナ先生、見ていたなら止めてくださいよ。

「そうなんだ。遠くて試合がよく見えないや」

 納品するために持ってきたわけではなくて、試合を見るためだったんだけど。

 まぁ、謁見の時に持って行かれた試作品の分も、後から褒美の金貨が届いたので、損はしてない。

 仕方なしに、試作品17号を取り出す。近視用のメガネで、凹レンズになっている。磨くのが凸レンズより面倒で、左右で同じにするのが面倒なので、まだ2つしかできていない。レンズのカーブもかなり緩めにしてある。

「うっわ。きっつ」

 試しにかけてみたが、まったく見えるようにはならない。僕は近視ではないのだろう。

「何それ?」

 マイナ先生が興味を持ったので、メガネの試作品を見せる。

「近視用のメガネって遠くが見えにくくなってる人用の道具なんだけど、僕はかけたほうが見にくくなるみたい」

 ちなみに、もう一つの18号も近視用のメガネだが、度は測り方がわからなかったので、かなりきつめに作っている。

「前に言ってたやつね。これで本当に見えるようになるの?」

 まだ半信半疑といったところか。

「かけて見る? ちょっと目を閉じてみて」

 メガネを反対に向けて、マイナ先生の顔にゆっくりとメガネをかけていく。マイナ先生は素直に目を閉じて、それを無防備に受け入れてくれた。
 キスを迫っているみたいで、ちょっとドキドキする。

「もういいよ」

 マイナ先生はゆっくりと目を開いた。

「待って! これどういうこと?」

 そのまま、マイナ先生の目が、限界まで見開かれていく。目玉がこぼれ落ちそうだ。

「どうしてこんなに良く見えるの? この距離からでも試合の動きがちゃんと見えるよ?」

 頬も紅潮していて、メガネも似合っていて、可愛さがワンランクアップしている。どうやら、マイナ先生は軽度の近視だったらしい。

「レンズで目のピント調節をサポートしているからだよ」

「これ頂戴! あとわたしのお師匠様とか父さんも見えにくいらしいんだけど、もう一つの試作品ももらって良い?」

 マイナ先生、珍しく僕の説明を聞いていない。賢人ギルドの人は、目が悪い人が多そうな気がするし、仕方ないか。

「良いけど、どんな様子なの?」

「お師匠様は手元の文字が見えなくて、腕を伸ばして遠ざけて読んでるよ。父さんは書類の中に頭を突っ込んでる感じ」

「お師匠様の近いところが見にくいのは遠視だね。このメガネだと合わないから、別に作るね。お父さんには合うかもしれないから、先生の試作品17号と18号できついか弱いか見てもらって、親方に頼もう」

「わー! ありがとう。すごいすごい」

 マイナ先生は嬉しそうに、メガネをかけたまま、各部屋に常備された飲み物や軽食のメニューを読んでいる。
 この世界ではじめてのメガネ女子。試作品なのでおしゃれとは言い難いけど、とてもよく似合っていた。

「イー君、最近どんどん遠くなっていくのです。あたしも何かやりたいのです」

 隣に座ったユニィが少し寂しそうだ。ユニィと僕は同い年。僕にできるのなら、ユニィにもできるのではないだろうか。それに、僕ばっかりが苦労するのは何か違う。

「じゃ、ユニィには『黄泉の穴』で石灰石を開発してもらおうかな?」

 液体石鹸を生産する際に、ターナ先生が石灰水を使ったらしいが、その産地はシーゲン子爵領内の魔境、『黄泉の穴』だった。聞いた限り、鍾乳洞がたくさんあり、そこに魔物が大量に住み着いているらしい。
 今回冒険者ギルドへの調査依頼にフェイクとして混ぜたが、石灰水があって鍾乳洞があるいうことは、まず間違いなく石灰石も発見されるだろう。

 塩の生産拠点となる砦は、堀と柵に囲まれている。堀は地属性の節理神術で作ることが可能だが、柵は堅固な城壁にした方が防御力が高くなるはずだ。

「石灰石? それは何に使うのです?」

「実は、人工的な石を作る時の材料になるんだ。大きな石をそのまま運ばなくて良くなるから、魔境の砦の城壁に良さそうかなと思って」

 前世の大規模な建造物には、共通して使われていた素材があるが、こちらではまだ見ていない。

「ん? それって漆喰のこと? 新たに開発しなくても、普通に手に入るんじゃない?」

 確かに、村でも漆喰は割と簡単に手に入った。石造りの家を建てる時、こちらの世界で目地として使われるのは漆喰か粘土だからだ。

「漆喰とは違うよ。僕が作ろうと思っているのはコンクリート。多分漆喰より硬いと思う」

 まぁ、コンクリートと漆喰の何が違うかまでは前世でも習っていないのでわからないが。

 マイナ先生は、少しずり落ちたメガネを指でクイと持ち上げ、こちらを見てくる。

「また何か企んでるね?」

 企むとは人聞きの悪い。

「その石灰石というものを採掘できるようにしたら、"コンクリート"が作れて、イー君の役に立つ?」

 ユニィは乗り気になってくれた。

「もちろん。開発に必要な費用は貸すから、ユニィがシーゲンおじさんの許可も取って開発してよ」

「うん。わかった! やってみる!」

 僕のお願いに、ユニィは嬉しそうにうなずいた。安請け合いして取引条件すら確認してこないし、純粋すぎて心配になる。シーゲンおじさんも怖いから、できるだけ公平な取引を心がけよう。

 舞台上では、ちょうど準々決勝第3試合の勝負がついたところだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜

MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった お詫びということで沢山の チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。 自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

転生したら唯一の魔法陣継承者になりました。この不便な世界を改革します。

蒼井美紗
ファンタジー
魔物に襲われた記憶を最後に、何故か別の世界へ生まれ変わっていた主人公。この世界でも楽しく生きようと覚悟を決めたけど……何この世界、前の世界と比べ物にならないほど酷い環境なんだけど。俺って公爵家嫡男だよね……前の世界の平民より酷い生活だ。 俺の前世の知識があれば、滅亡するんじゃないかと心配になるほどのこの国を救うことが出来る。魔法陣魔法を広めれば、多くの人の命を救うことが出来る……それならやるしかない! 魔法陣魔法と前世の知識を駆使して、この国の救世主となる主人公のお話です。 ※カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

処理中です...