転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

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第三章『王都』

86話 イントの負傷

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「この世に、山賊っているんだ……」

 馬車の横を走っていると、急に矢が降ってきた。

 もちろん、当てる気のない威嚇だ。

 馬車を止めた僕らの前に姿を表したのは、ドロドロに汚れた山賊たちである。

「最近は減ってるって聞いていたんですがねぇ」

 魔物が一気に森から溢れる暴走は、結局中級の魔物を何体か討伐したことで抑えられた。縄張りが変動して、あおりを食った魔物が森の外に溢れるのが暴走の正体と言われているので、中級を倒して空白地帯を作ってやれば、大きな暴走は起こらない。

 とは言え、魔境はまだ安定しておらず、砦の手伝いに狩人を半分置いてきた。

 今は2頭立ての馬車が3台で、僕とシーピュさんを含めて兵力は6人しかいない。
 僕は馬車酔いが苦手で走っていたけど、他の狩人さんたちは、御者席と助手席に一人ずつ座っていた。

「あ~。こりゃ囲まれているね。相手のほうが多いけど、僕らを襲うのは割に合わないと思うんだけど」

 けっこう経験は積んだものの、人間相手の斬った張ったは苦手だ。高まる緊張から、口調はどんどん軽くなる。

「馬車に紋章をつけてねぇからじゃねえですか? 2頭立て3台に6人っていやぁ、馬車を動かすので精一杯。これじゃ護衛がいないのも同然でしょう」

 シーピュも、自分の武装を御者台からおろしている。僕とシーピュのスタイルはかなり似ていて、メインの武装は手に持っている槍、サブの武装は腰に吊るしている片手剣、遠距離用は背中に背負っている弓だ。防具は革鎧を着て、左の手には厚い金属が仕込まれた籠手をつけている。

 僕との違いは、サブの武装が片手剣か短剣かの違いぐらいだろうか。もちろん、体格差による武器のサイズ差はあるけど。

「坊ちゃ~ん。ワシらは弓をやりますぜ。奴らを近づけねぇように頼んます」

 後続の馬車にいた狩人さんたちのうち二人が中央の馬車の上に登って弓を構えている。残りの二人も、僕らと似たりよったりな近接用の武装を用意しているようだ。

「んじゃ、あの馬車を囲んで護りますか」

 うーん。シーピュさんの方針は、なんか違う。

 馬車に積んでいるものはただの魔物肉で、馬車自体も最近買った中古品だ。ここにいるメンツは馬車がなくても馬車より速く走れるので、足がなくても心配もない。護るべき優先順位は、人間が最上位ではなかろうか。

 なら、馬車の防衛戦は悪手だ。山賊なんだから、財産である馬車を護ろうとする行商人を囲んで殲滅する経験は豊富だろう。

「いや、相手の得意分野で戦うのはやめようか。みんなで陣形を組んで、とりあえず囲みを突破しよう。弓は内側で、敵の射手を見つけたらそいつを優先的に狙って。馬車は後で取り戻せば良いよ」

 僕が指示を出すと、馬車の上から射手役が素直に降りてきた。

 僕は子どもだけど、指示には従ってくれる。

「俺らを前に、暢気に作戦会議かぁ? 随分と余裕そうだが、簡単に突破できると思うなよ」

 山賊の中から、大柄な男が進み出てくる。腕は僕の足より太い。他の山賊たちも、良い体格をしていた。

 ん? ちょっと待て。こいつらがどこかに隠れ住んで、街道を行く馬車を襲って生計を立てているとしよう。だとすれば、相応の食料が必要になる。
 前世では解らなかったが、子どもの頃に十分な食べ物がなければ体格は大きくなりにくいし、大人になってからも食べ物が不足すれば痩せる。だがこいつらの体格を見る限り、そんなに困窮した生活を送っていたようには見えない。

 もし、街道を行き来する行商人を襲って食料を手に入れているのだとすれば、この人数だ。ただ養っているだけでも被害が大きくなって、やがて衛兵隊が動くだろう。

 うちの村のように狩りに頼れば何とかなるかもしれないが、武装を見る限り、対人戦を意識していそうだ。それに、狩りができる腕があるなら、冒険者なり狩人なりになれば良い。わざわざ山賊になる意味はないだろう。

「それはやってみないと分からないけど、おじさんたち、誰に頼まれたの?」

 カマかけだったが、山賊たちが一瞬答えに詰まった。服装の汚れも、垢ではなく泥だし、怪しさ全開だ。

「知らねぇ話だな。おい、やっちまえ!」

 山賊たちが剣を抜く。やっぱりこっちの世界って、治安悪いな。いろんな意味で。

「あの人首領みたいだから、あの人突破していこうか」

 僕はきっと、とても嫌そうな顔をしていただろう。

 街の外では捕まえても衛兵を呼ぶわけにはいかないし、さりとて放置すれば別の誰かを襲う。だから、山賊は場合によっては殺さなければならない。頭ではわかっているのだが、前世で培われた道徳感から抜けられない。

 場合によっては殺さないといけないことは理解しているが、ものすごい抵抗感がある。

「事情聞きたいから、出来るだけ殺さないでね」

 だから、予防線を張っておいた。まぁ、以前生け捕りにした誘拐犯たちも、衛兵隊に引き渡しただけで、事情聴取の結果すら聞いていないのだけど。

「へーい」

 狩人さんたちは気のない返事をすると、弓を引き絞って、首領の男に向ける。狙いは2人とも急所だ。

「あ、おい。それは卑怯––」

 首領が何か言いながら慌てて下がろうとするが、2本の矢での同時射撃のほうが早かった。シーピュさんと僕は、結果を見ずに全く同じタイミングで踏み出す。

 矢は首領がドッチボールを避ける時のように、しゃがみこんだことでかわされてしまった。
 
 中々の反射神経だが、無駄だ。一呼吸ほどの時間で、僕らは首領を槍の間合いに捉えた。

「させるかっ!」

 だが、首領の左右から部下が盾を持って飛び出して来て、僕らの槍を防いだ。村でたまに一緒に練習している若者たちと比べても、格段に動きが鋭い。

 回転して槍の柄で殴りつけようとしたが、今度はスッと下がって間合いをはずされた。

「坊ちゃん! こいつらただの山賊じゃねぇですぜ!」

 ここは往来の激しい街道だ。ど真ん中で斬った張ったを始めたせいで、往来が止まって目撃者が多数出始めている。
 シーピュさんが大声で報告したことで、山賊たちに少しだけ焦りが出た。

「わかってる。多分、どっかの貴族家の差し金だ!」

 後方でも、囲みを狭めようとする他の山賊たちを速射で牽制していた。遠くの枝の上で弓を構えていた山賊たちも、あっという間に射落とされていた。

 あれ、死んでないだろうか? 大丈夫だろうか。

「こいつ! ちょこまかと!」

 部下の剣を次々にかわし、牽制を入れながら、さっきから度々さらされるスキが本物かどうか悩む。こういうスキを突こうとしたら、クソ親父だろうとストリナだろうと、強烈な反撃を見舞ってくる。

 僕にはまだ、フェイントと本物のスキの見分けがつかない。だが、訓練の時の経験から言って、9割は罠だ。僕は騙されない。

「くっそあぶねぇ」

 首領がブツブツ言いながら、起き上がるのが見えたので、袖に隠していた投げナイフを投げつけておく。

「ギャッ!」

 悲鳴は聞こえたが、すぐに部下の攻撃が激しさを増し、命中したか確認をする余裕がなくなる。

 うん。これはもうスキかフェイントか考えるのではなく、別の切り口で考えたほうがよさそうだ。

 隣のシーピュさんも、攻めあぐねているようだし。

「うぐぅ」

 首領のうめき声で、一瞬部下たちの気が散る。

「えい」

 シーピュさんが相手にしていた部下に生じたスキを見逃さず、腕に槍を突き刺す。やっぱり、こっちのスキは本物だった。シーピュさんと戦いながら、僕のことまで見るのは不可能だろう。

「そい!」

 腕を刺された部下は狼狽し、すぐにシーピュさんに槍の柄で殴り倒された。僕の相手にも大きなスキができたので、そこに慎重に槍を突き入れてみる。

 このスキも本物だったらしく、槍は盾をすり抜けて、部下の太腿に革鎧の上から突き刺さった。ミスリルメッキがあるとはいえ、これでは鎧の意味がないのではなかろうか。

 山賊の首領を見ると、狙い通り、左腕の鎧がない部分に投げナイフが刺さっていた。立ち上がろうとしていたので、近寄って足を串刺しにしておく。この首領は、部下たちよりも腕が良い可能性がある。
 手負いでも立ち上がられるのは怖い。

「坊ちゃん、行きやすぜ!」

 首領の無力化を終了し、シーピュさんに声をかけられて振り返ると、後ろの4人が山賊たちを牽制してくれていた。弓の担当も矢が無くなったらしく、弓を捨てて剣を抜いている。
 見える範囲で、山賊にはすでに5人ぐらい矢が刺さっているが、まだ30人ぐらいは戦意を失わずにこちらをうかがっていた。

「先に行ってくだせえ! 後から行きやす!」

 4対30。ここで見捨てたら、目覚めが悪い。

「ダメだ! 撤退しろ! 全力で走るぞ!」

 ここにいるのは、全員が仙術士である。仙術士が全力で走ったら、そこらの馬並の速度がでる。例え馬で追われても、森に逃げ込めば逃げ切れるだろう。

 槍と弓を交換して、矢を放つ。本職の狩人さんほどではないかもしれないが、狙いがだいたいで良いなら、それなりの速射はできる。
 
 そこに、シーピュさんの速射が加わって、狩人の4人は一瞬攻勢に出て数人を斬り、全員が全力で脇を駈け抜けていく。

 意表を突けたのか、僕の矢も2人ほどに命中した。が、山賊たちは少し狼狽しただけで、足を止めない。

 首領がやられ、仲間が倒れ、なお逃げない人たち。的確に盾で防御までされて、あっという間に矢が尽きる。

「走れぇ!」

 僕が叫んで、踵を返した次の瞬間、背中付近に軽い衝撃を感じた。微妙に痛むが、構わず走り出す。

 十歩走ったところで、背中に妙な違和感があることに気がついた。変な汗で背中が濡れて気持ち悪いし、身体が思ったように動かない。

「ねぇ、シーピュ、ちょっと背中が変なんだけど」

 見てもらうと、シーピュさんが息を飲んだのがわかった。

「坊ちゃん、背中に坊ちゃんのナイフが刺さってますぜ!」

 ああ、そう言えば、袖に隠してたナイフは、最初にミスリルメッキの実験台にしたやつだ。首領に刺さった後、利き腕が無事だったからそのまま投げ返されたのか。

 自覚はないが、動揺しているらしく、足がもつれる。

 それにしても、ミスリルメッキの投げナイフ、僕の革鎧も簡単に貫くとは、なかなか危ない代物だ。

「坊ちゃん、掴まってくだせぇ」

 シーピュさんが僕を引き寄せ、肩に担いでくれたところで、僕は失神した。
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