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第三章『王都』

85話 【閑話】国王杯予選

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 本来であれば、ヴォイド・コンストラクタ男爵は9年前に処刑されているべき人物だった。

 貴族であったならばまだ良い。だが、彼は平民出身という出自でありながら、活躍しすぎたのだ。彼の噂は過大評価され、尾鰭がつき、実態のない伝説になった。

 乱世では士気を高めるための伝説が必要になるかもしれない。しかし、戦争は終わった。役割を終えた伝説は退場すべきだったのだ。でなければ、積み上げてきた伝統と秩序は崩壊して、陛下の立場まで脅かすだろう。

 だから陛下は、コンストラクタ家の小せがれが過ぎた要求をした時に、「この大会で優勝したら」という条件を出した。

 民たちが観戦するこの場で、ハリボテの伝説を打ち砕くためだろう。

「勝者! ヴォイド・コンストラクタ!」

 審判の声が、ありえない大音量で会場に響き渡る。今大会から導入された、拡声器という神具の効果らしい。

「金級冒険者というのも、大したことはないな」
 
 陛下からの言葉を受けて、この大会を主催する兵部院の長官に掛け合った。こちらが持ちかけた話に長官は最初激怒して宰相に報告に走ったが、結果はすべてこちらの提案通りになった。当然だ。我々は陛下の意を汲んで動いているのだから。

 ちなみに、今負けた金級冒険者もこちらが提案した組み合わせだ。金級は冒険者ギルドの中では真金級、真銀級、白金級に継ぐ4番手の階級である。
 若手ながら優勝候補の一角と噂されていたので、初戦で当たるように手配したのだが、やはり噂は噂なのだろう。
 長くかわされ続けた末に、一撃で倒されてしまった。
 
 だが、長官に掛け合った組み合わせは、これだけではない。予選から本戦に至るまで、効率良く優勝候補に当たるように仕向け、疲れさせ、最終的に決勝戦前にこちらの手の者を当てて敗退させる。

 あの成り上がり者を寵愛しているように見える陛下だが、なかなか意地悪なことだ。


◆◇◆◇


 どよめきが上がる。ヴォイド・コンストラクタは、相手の強力そうに見えた神術を、ハエを払うように手で払い除けたのだ。

 つまらなそうな顔で、聖言を高速詠唱しながら剣を構えている男に向き直る。相手は謀反を起こした大規模盗賊団の討伐で名を上げた、どこぞの衛兵隊の副隊長だ。

「『爆轟』!」

 轟音と共に、闘技場の舞台全体が爆発する。巨大な爆炎が、舞台を覆う強力な護法神術の結界に阻まれた。

 再びのどよめき。観客席を飲み込むかに見えた爆炎がおさまると、神術を使った側であるはずの相手が、場外に倒れていた。それに対して、ヴォイドはまったくの無傷。

「勝者! ヴォイド・コンストラクタ!」

 高度な神術に見えたが、自爆したのだろうか。情けない話だ。


◇◆◇◆


 相手は美しい女性だった。ヴォイドは彼女からの鋭い斬撃を何度かかわすと、目にも止まらない速さで木剣を奪って場外に投げ捨てた。その後、背後から優しく抱きすくめて、暴れる女性を場外まで運び、場外に落とす。

 だが、なぜ抱きすくめる必要があったのか。

「勝者! ヴォイド・コンストラクタ!」

 試合は、あっさりと終わる。

 一応、彼女も我が国の西にある教皇領ルップルの大聖堂を護る精鋭という触れ込みだったはずだが、それも胡散臭いかもしれない。

 勝負がついた後、ヴォイドは女性に手を差し伸べて、優しく助け起こす。観客の女性たちの間から、なぜか黄色い悲鳴が漏れたが、まったく共感はできなかった。


◆◇◆◇


 登場してきたヴォイドは、何故かボロボロで、ところどころ血の滲んだ包帯を巻いていた。

 どこかで恨みを買って、舞台裏で襲われたのだろうか?

 今度の相手もまた女性で、服の模様が銀糸で縫われた聖紋になっている。描かれた聖紋の種類から見て、使うのは聖紋摂理神術だろう。

 ヴォイドは包帯のせいで動きが鈍くなっているのか、開始直後に降り注いだ神術をかわし損ねて、何発か直撃をもらっていた。だが、ダメージはまったく入っていない。

 見た限り洗練された威力のある神術なのだが、これでダメージが入らない男を、ここまでボロボロにしたのは何者なのだろう?

 結局、相手は胸元に剣を突きつけられて、降参した。

 手元の資料では、彼女は宮廷神術士の一人となっている。やはり、仙術というのは、護法神術の一種なのだろう。摂理神術をああまで無効化できるとなると、それしか考えられない。

 だが、護法神術大家である我が家が、あんな紛い物に遅れをとるはずはないのだ。


◇◆◇◆


 トーナメント方式の大会は、二回戦進出できるのは全体の半分、三回戦で4分の1、四回戦で8分の1になる。

 次の五回戦で勝った32人が本戦に駒を進めるのだが、ハリボテの英雄にその栄誉を与えるわけにはいかない。

「必ず勝て」

 第7騎士団を率いる騎士団長にそう声をかける。彼は我が家系随一の強者で、騎士団全体でも5本の指に入る腕前だ。

「はっ。あの卑怯者を見事打ち倒してご覧にいれましょう!」

 騎士団長は跪いてそう誓うと、マントをひるがえして、颯爽と舞台へ入場して行った。

 彼は、我が家系が得意とする護法神術の申し子である。鎧がなくとも、彼の護法神術は破れないだろう。

 私は、騎士団長を見送ると、観戦のために踵を返した——


「——勝者! ヴォイド・コンストラクタ!」

 私が観戦するために貴族用の席に戻ると、轟音とともに、先程送り出したはずの騎士団長がすぐそばに落ちてきた。文句のつけようのない場外負けだ。

 いくら何でも早すぎる。彼の異名は『鉄壁の騎士』。彼は護法神術の防御壁を常時二枚展開することが可能で、短時間であれば三枚同時展開まで使うことができたはずだ。あれは奥義の類で、そう簡単に突破できるものではない。

 だが奴は、とてもつまらなさそうな顔で、こちらを見ていた。


◆◇◆◇


 五回戦の番狂わせはまだ続いた。

 別会場で、前年の優勝者が敗退したのだ。相手は、停戦中の隣国、ナログ共和国使節団の護衛を務めているペーパという男だった。
 短剣を両手に持つ双剣術の使い手で、クルクルと舞うように空中を飛び回るらしい。

 忌々しいことに、ペーパ選手も仙術士を名乗っている。

 さらに、今はただの脂肪の塊になって引退していたはずのシーゲン子爵が、我が派閥の二番手を圧倒し、倒してしまった。

 派閥から送り込んだ他の猛者も、何人かは敗退したと連絡があった。10人は送り込んだはずが、本戦出場を果たしたのはたったの3人。
 
 その事実は、派閥内に激震をもたらした。特に、派閥内の四天王のうち二人があっさりと敗退したのは決定的だった。

 見る事はできなかったが、『鉄壁の騎士』の二重防壁は、奴が肩からタックルしただけで砕かれたらしい。おそらく、奥義の三重防壁を使っても同じように砕かれただろうというのが、大方の予想だ。

 元々、我々の派閥に武門の者は多くない。だが、生粋の貴族は、プライドが高い者が多いことも確かだ。

 このまま民の間に、伝説が事実として定着してしまったら。

 伝説は、ハリボテでなければならない。

 もはや、手段を選んでいられなくなった。
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