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第三章『王都』
84話 クソ親父の尻拭いと鏃の進化
しおりを挟む「あんのクソ親父がっ!」
僕は思い切り毒づきながら、森から湧いてくる魔物に矢を放つ。
今日は武闘大会予選の日で、クソ親父はそちらへ行かねばならなかったので、代理として僕が来た。何でも、クソ親父が修行と称して、王都に一番近い魔境のヌシを倒してしまったのだ。
そのせいでヌシの座を巡って魔物同士が争い始めた。そのあおりで、森から弱い魔物が逃げ出している。いわゆる魔境の暴走というやつだ。
「坊ちゃん、また外しやしたね~。上から狙う時は射程が伸びるから、もうちょい手前を狙わねぇと」
隣で矢を射ているのは、狩人のシーピュさんである。彼は、戦後に狩人になった若手のホープで、城壁の上からでも的確に魔物を射抜いていた。
「わかった。次は当てる」
僕らは、クソ親父が起こした魔境の暴走で被害が出ないように、森から溢れる魔物を狩るのが役目だ。我が父ながら、本当にいらんことしかしない。
昨日は誘拐未遂犯を衛兵に突き出して、事情聴取に応じたせいで、他が遅れていたのだ。超絶忙しい今、わざわざヌシを狩らなくても良かっただろうに。
まぁ、溢れると言っても、魔境の規模が小さいので、『死の谷』の平常時よりも数は少ない。15分から30分に一回ぐらい、小さなイノシシが現れるだけで、砦の城壁からの弓射で事足りる。
というか、そもそも、あのイノシシは魔物ではないらしいし。
「それにしても、今日は隊長の晴れ舞台ってのに、見に行けないのはもったいないっすね」
「案外、予選敗退してたりして」
塩の上限規定撤廃を提案した僕に対し、国王陛下が出した条件は、クソ親父が武闘大会で優勝することだった。
今日から始まるのは、この国の最高峰の大会らしい。そして、国王陛下があの場でああ言ったのは、パール伯爵への気遣いだろう。パール伯爵は間違いなく、クソ親父の優勝を阻止しようとする。
つまり、国王が優勝の阻止を認めているわけで、かぐや姫方式の無理な要求ということだ。
「いやぁ、個人で隊長以上の人がいるって、ちょっと想像つかねぇですけど」
まぁ、シーピュさんは田舎者だから。
しかし、クソ親父が優勝できないとなると、塩の上限価格撤廃は難しいかもしれない。何重にも仕掛ける策の中の一手というだけなので、撤廃できなくても何とかなるかもしれないが、確実性は落ちる。
昨日の誘拐未遂にしても、何者かの妨害活動の一環だろう。ならば今後も妨害が続く可能性もある。
例えば今、宿を襲撃して資金の強奪を狙ってくるかもしれない。ストリナとパッケが残っているので大丈夫だろうが、もし資金を奪われれば、考えていた策の半分ぐらいは実行できなくなる。
ヤーマンの親方の工房など、ここにたくさん連れてきたせいで結局護衛を配置できなかった。追加依頼の金貨を多めに渡したが、不安しかない。
正直、うちの大事な護衛戦力を、こんなところに全力投入するのは違うと思う。
「クソ親父、考えなしだから実力関係なしにあり得るかもよ」
「隊長が負けるようなすげー試合なら、ますます見たかったなぁ。あ、森からこちらの様子をうかがってるやつがいますぜ。もっかいやります?」
望遠鏡で確認すると、確かにいる。あれは黒牙豚という魔物で、外見は大きな黒い牙を持つ、自動車ほどはある巨大なイノシシだ。この牙を地面に突き立てると、黒牙豚の前方の地面が直線状に爆発するらしい。
街道に出没すると、石畳がめくれて馬車が横転するので、かなり面倒なことになる。
「いや、この距離からあれはさすがに無理じゃない?」
魔物は魔力によって、自らを強化している。この距離からでは、例え届いても矢は刺さらないし、急所への狙撃も不可能だろう。
矢が無理なら直接行くしかないが、あんなのと正面から戦うのは御免被りたい。
「ですねぇ。でもあのメッキの矢なら、もしかして行けるんじゃないですか?」
ミスリルの武具が冒険者の憧れの逸品になっているのは、魔物の自己強化を無視できるかららしい。それなら、ちょっと試してみても良いかもしれない。
「じゃあ試してみてよ。僕用だからちょっと短いけど」
僕は矢を取り出す。白木に白い羽根の高級品だ。商人のハーディさんを助けた時にもらった矢の鏃に、ミスリルメッキをしてみたものだが、今日まで使う機会はなかった。
「お? じゃあ借りますぜ」
矢は、倒した魔物と一緒に砦の衛兵さんたちが回収してくれる。なので、無駄射ちにはならない。
シーピュさんはミスリルメッキの矢をぎりぎりまで引き絞ると、ひょうと放った。
綺麗な放物線を描いて、矢が黒牙豚に落ちていく。そのまま、ストンと背中に突き刺さった。一撃では仕留められなかったらしく、豚らしい悲鳴が響いて来る。
「おー。当たり所は悪かったみたいですけど、これ、いけるじゃないっすか? もう一本ください」
黒牙豚を中心に、直線的な衝撃波が放射状に広がっていく。
近くにいたら絶対死んでるよなと思いつつ、もう一本矢を渡す。
「これでトドメっと」
シーピュさんが再び矢を放つ。矢は、さっきの矢の軌道をトレースするように正確に飛んでいき、黒牙豚の首を地面に縫い付ける。
それで、衝撃波はピタリと止まった。
「あれ、うちにはいない奴ですけど、うまいらしいですぜ?」
回収のために見張っている兵士さんのほうを見ると、顔が引きつっていた。王都は闘技大会で人が集まって肉不足になっているはずだ。おいしい肉をかき集めているはずで、あれを回収しないわけにはいかない。
でも、あそこまで行くのは怖いのだろう。その気持ちはとても良く分かる。
「でもこの矢、狩人にとっては革命すよ。それに、魔物が殺せるってことは、仙術士にも効くんじゃねぇですか?」
なるほど。ミスリルは霊力によって強度を操作できるけど、霊力は身体から離れると急激に希薄になっていく。
だから矢だとあまり効果がないのではないかと思ったけど。矢でもある程度効果はでるのか。
ということはもしかして、鏃の先に少しだけメッキするのでも、まったく同じ、もしくは近い効果があるんではなかろうか。
もしそうなら、製造コストは圧倒的に安くなる。
国王陛下への献上用のアマルガムをアノーテさんにあげてしまった都合上、最後のミスリルの槍の地金は国王陛下献上用のアマルガムにするとなくなってしまう。
そうなればメッキもできなくなるので、とりあえずミスリルの地金と水銀をどっかで手に入れないと。
「またいろいろ実験が必要だね~」
僕らの様子を見ていた他の狩人さんたちも、次々矢を借りに来る。僕が用意していたメッキの矢は18本。さっき2本使ったので残りは16本。
みんな弓の腕も僕より良いので、全部配ってしまう。
砦の炊事場からは、肉の焼けるものすごく良い匂いが漂ってきた。
王都には明日昼頃ここを出発して宿屋に戻り、明後日にクソ親父がまだ残っていれば決勝戦を観戦する流れになっている。
試合結果は気にはなるけど、仕方がない。
今日は、お祭り騒ぎで足りなくなるであろう肉を狩ってすごそう――
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