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第三章『王都』

81話 そして大金持ちへ

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 臨時の治療活動では、商人のハーディさんが大活躍した。

 本来、初歩の治癒系神術で骨折を正常に治すことはできないものらしい。しかし、ストリナは単純な骨折なら裏技を使って治すことができた。
 僕らはそれを軽傷と同じ、銀貨5枚で治療していたのだが、どうやらそれが安すぎたらしい。

 ハーディさんは、すぐに骨折の治療費を4倍の銀貨20枚に上げた。他にも、何度も神術をかけなければならない重症患者はその回数分、熱中症患者に対してもスポーツドリンクを飲んだ後に神術をかけるよう手順を変更して、その分を治療費として患者に請求したのだ。

 さすが相場を見極めるその試みは大成功し、終わった時点で手伝ってくれた人たちに報酬を支払った後でも、手元に金貨20枚分ほどが残った。

 さらに、初歩の治癒系神術で骨折を治す裏技についても、治療院ギルドに売ることを提案された。あの裏技は、僕が保健の教科書の骨格イラストを見せたせいで生まれたものだ。親父は軍隊時代にたくさん骨折を見ていた経験があり、そこから物理的に骨の位置を戻す施術方法を編み出してしまったのである。
 そしてその状態で治癒系神術を使うと、骨折もある程度回復する。さらにもう一度神術を重ね掛けすると、完治してしまう。

 骨折は正しく処置しないと骨がずれたまま治癒して後遺症が残りやすいが、父上から骨継ぎを習ったストリナはそのあたり完璧に施術する。確かに、ハーディさんの言うとおり、この技術は高く売れるかもしれない。

 ハーディさんはかなり優秀だった。護衛代をケチって死にかけた人物と、同一人物とは思えないほどだ。

「金貨が20枚になった理由は分かった。良くやったな」

 僕が治療活動について報告すると、クソ親父はうなずいた。

「リナが起きたら褒めてあげてください」

 治療活動中、ストリナはずっと神術を使い続けていた。僕はちょっと明るくするだけで倒れてしまうので、その凄さがよくわかる。

「ああ、それはそうと、あの金貨の詰まった箱はいったい何だ?」

 クソ親父は部屋に積まれた箱を指さした。僕が開いたので、箱からの中の袋からは金貨がはみ出ている。

「それが二つ目の報告で、あれは父上の俸禄ですよ。さっき紋章院から届きました。一箱1万枚で4箱、合計で金貨4万枚らしいです。内訳は箱の上の紙に書いてあります」

 申請した枚数は4万枚ちょっとで、その中の一部、受け取り期間がすぎた俸禄については時効となるはずだった。
 しかし、流行病の原因特定と対処法の確立したことが認められ、王家からの報償金がそこに加算され、結果、金貨4万枚が手元に届いた。

「じゃあその隣の二箱も?」

 それは前の日からあったのだが、気づいていなかったのだろうか?

「塩の国内生産のために王家から出資された金貨ですね。2万枚あります。こちらはうちのお金じゃないので、手を出さないでくださいね」

 これも数えるのは無理だった。多すぎてもはやめんどくさい。

「王家が金持ちだとは聞いていたが、これほどとは……」

 親父は箱を前に頭を抱えてしまう。これほどの金額になるとは思っていなかったのだろう。とりあえず、紋章院での発言を謝罪欲しい。

「で、そのお金、どうする?」

 開けた謝ってくれるはずもないので、とりあえず用途について聞いておく。クソ親父が当主なので、聞かないわけにもいかない。
 
「万は千の上の位だったか? もう良く分からんから、引き続きお前に任せる。ジェクティとよく話し合って使いなさい。何か必要になったら言うから」

 どうやら考えるのが面倒になったらしい。親父は僕に丸投げした。それまで黙って聞いていた義母さんが、ようやく口を開く。

「あら、じゃあ早速だけど、王都に屋敷を買いましょう。これだけの金貨、宿に保管するのは危険だわ。毎月俸禄を貰うならなおさらね」

 それは僕もちょっと思っていた。村に運ぶにしても、これだけの大金、途中で狙われそうだ。
 それに、お金のやりくりしていて気づいたが、ここはそれなりに高級なので、宿代もバカにならない。貴族たちが王都に屋敷を構えるのも、ちゃんとした理由があるのだろう。

「屋敷ね。わかったよ。あと、ちょっと塩事業とか望遠鏡とか、新規事業でも使うけど良い?」

「それは陛下の頼みでもあるから、別に構わん。ただし、借金をするのは絶対に許さんぞ」

 よし。言質取りました。これで、ようやくもろもろ資金不足から解放される。

「がんばります」

「次の用事は何だっけ? ああ、村に送るものだったか。なら小麦と新しい作物の種だな。金も入ったし、領民に無料で配ってやれ」

 それくらいならお安い御用だ。ただ、ハーディさんの馬車は一台なので、村人全員分ともなると運び切れない。炭も、ちょっとやそっとでは足りない気がする。

「わかりました」

 まぁ、足りなければ今のうちの馬車を譲って、うちは新しい馬車を調達すれば良いか。ハーディさん、馬車を増やすと言ってたし、ちょうど良いだろう。

「で、最後の用事はなんだ?」

 親父は、日暮れ直前に帰ってきて、まだ鎧も脱いでいない。はやく休みたそうだ。

「アノーテさんと息子さんとお弟子さんが父上に会いに来てるよ。治療活動を手伝ってもらったから、今食堂でご飯を食べてもらってるよ」

 変化は劇的だった。これまでのめんどくさげなオーラが、一瞬で霧散した。

「何!? アノーテの息子だと!? 何でそれを先に言わん! 食堂だな!?」

 クソ親父は急にテンションをあげて、急いで部屋を出て行った。

「義母さんは行かないの?」

 アノーテさんと同じパーティーメンバーだったはずの義母さんは、その場を動こうとしない。

「ええ。挨拶は今度にするわ。ちなみにだけど、その息子さん、ヴォイドに似てた?」

 義母さんの質問で、何となく察する。見覚えがあるのはそのせいだったのか。

「そういえば、髪の色がリナと一緒だった」

「そう……」

 義母さんは悲し気な顔で、そのまま寝室にこもってしまった。英雄色を好むと言うけれど、うちのクソ親父、やっぱり最低クソ野郎だった。

 翌朝、国王陛下に献上するために作ってあったミスリルアマルガムと、金貨の袋が二袋ほど消えていた。消えた袋は、箱の中で千枚ごとに小分けにされた袋である。

 クソ親父を問い詰めると、自分が取り出したことを認めたが、渡した相手は白状しなかった。多分、アノーテさんに渡したのだろう。

 推測は簡単にできる。しかし義母さんは、何も言わなかった。

 義母さんが何も言わないなら、僕は黙っていよう。

 クソ親父、爆発すればいいのに。
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