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第三章『王都』

77話 どうしてこうなった?

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 国王陛下との謁見が終わり、帰ろうとしたところ、宮廷侍従に呼び止められた。

 王族派が集まる食事会があると連れてこられたのが、下宮の一画の庭園である。庭園と言っても、装飾がされているわけではなく、テニスコートぐらいのサイズの芝生が青々とした生垣に囲まれているスペースだ。
 そこに、食器や料理が並んだワゴンが並んでいる。前世を含めても参加したことがないが、これが立食パーティーというやつなのだろう。

「師匠~。そんな怒らないでくださいよ」

「まったく、何てことしてくれる。冒険者にとって、手の内を知られることほど面倒なことはないんだ。それが武闘大会だと? 冗談じゃない!」

 ようやく緊張から解放され、どんな美味しい料理が出るのか楽しみにしていたのだが、来てみれば謁見の間にいた野次馬貴族が沢山いた。

「いや、もう師匠は冒険者じゃないんですよ。師匠の手数なら、全部手の内見せなくても圧勝できるでしょう? いつまでも侮られたままで良いんですか?」

 意外だったのは、その中に服を軽装に改めた国王陛下がいたことだ。しかも、その国王陛下が、会場に入ってきたクソ親父に即座に声をかけ、しかも師匠と呼んでいたことだ。

 そして、侮られることを何より嫌うクソ親父相手に、「侮られたまま」と吹き込むあたり、親父の扱い方を深く知っていると見て間違いない。

 気安そうだし、どういう関係なのだろうか。

「しかしなぁ……」

「ワシも出場して露払いを手伝うんじゃから、寂しくないじゃろ」

 隣にはいつの間にかシーゲン子爵までいる。

「それ、大会で当たってしまったらどうするんだ? 負けてくれるのか?」

「はっはっは。そんなわけないじゃろ。もし当たったら、その時は全力でお相手するまでじゃ」

「いやいや、それだと絶対手の内隠せないだろ……」

 親父たちの会話を聞きながら、ワゴンから適当に取りわけた腸詰をストリナと食べる。村の腸詰は中身が血とクズ肉で生臭いが、こちらは挽肉で、知らない香辛料も効いていて美味しい。さすが王宮の料理だ。

 陛下たちの話を盗み聞きしながら、巻き込まれないように距離をあけて色々食べて回っていると、一角に人だかりができていた。

 覗いてみると、人だかりの中心はあの望遠鏡らしい。なんとか返してもらえるないだろうか? あれ、まだレンズの磨きが甘い未完成品なのだが。

「これは、鐘楼に配備すれば、街の治安が改善するなーー」
「ぜひ国境の砦に欲しいーー」
「魔境の監視にーー」
「これなら女子の水浴びがーー」

 集まった貴族たちは、試作品の望遠鏡を手に、興奮した様子で口々に意見を言いあっている。

 見たところ、謁見の場にいた野次馬貴族たちのうち、半分ぐらいがここにいる。クソ親父、王都は苦手そうだったけど、ちゃんと味方もいるんじゃないか。

「君! あれはどうやって作るんだい?」

 僕が騒ぎを見ながら料理を頬張っていると、僕に気づいた貴族が寄ってきた。こんなことを聞いてくるということは、ホントに望遠鏡を見たことがないのだろう。この国のトップ近辺の王宮でもこれなのであれば、本当に学校は存在しないのかもしれない。

 口の中の食べ物を飲み込んでから、声をかけてきた貴族を見上げる。

「申し訳ありません。先ほど陛下から、製法は秘匿するように言われましたので……」

 言われたのはついさっきの話で、多分この人も野次馬していただろうに、一体何を言っているのだろう?

「しかし、王家への献上品として大量に作る必要があるのだろう? 失礼だが、男爵家ではそれは難しいのでは?」

 なるほど。うちは貧乏男爵家だから心配してくれているのか。近々大金が入るから無用な心配だけど、助力はあった方が良いのかな?

「当家への気遣い、ありがとうございます。父上と相談させていただきますね」

 あれ? 急に表情が変わった。何かまずいことを言ったかな?

「ヴォイド卿と? い、いや、そこまでは不要だ。また何かあったら声をかけてくれ」

 声をかけてきた貴族は、吹き出し汗を拭いながら、そそくさと去っていく。いったい何だったのだろうか。

「うむ。今のイント君の対処は素晴らしい。師匠はやっぱり誰かを育てる才能がありますね」

 背後で声がしたので振り返ると、国王陛下が立っていた。隣にはクソ親父や義母さん、ストリナもいる。なるほど、この面々が後ろに立っていたから、あの人は逃げたのか。

「俺じゃない。だいたい、うちが貴族の流儀を知るはずがないだろうが」

 それはそうだ。だって僕はまったく知らない。

「それはそれは。随分な麒麟児に育ちましたね」

 国王陛下は面白そうに、皿を抱えたままの僕を見下ろしてくる。

「実は、ナログ共和国の国境警備隊に再侵攻の動きがあったんですが、未だに動いていません。どうしてでしょうね?」

 周囲に聞こえないように、声を落としてとんでもないことを言ってくる。

「おい。それは聞き捨てならないぞ。ナログが動くなら、俺は領地に戻らないと……」

 焦るクソ親父だが、国王陛下は仮面のような笑顔を浮かべたままだ。

「心配いりませんよ。もしも前の大戦のことを忘れて攻めてきたら、その時は叩き潰せるので」

 王都から国境まで、シーゲンの街までがだいたい7日。クソ親父が全力で走っても3~4日ぐらいはかかるだろう。侵攻が始まったら多分間に合わない。

 そんな不利な状況でも平然とこんなことが言えるって、国王陛下こわっ。

「まぁ動いてくれたほうがこちらとしては都合が良かったんですが、どうも先方は何かを警戒しているみたいで。
 ああ、そういえば、イント君は鉄の剣をミスリルの剣にしてしまう錬金術をあみだしたとか。それについては報告をもらえないんですかね?」

 どうしてそれを陛下が知っているのか、と一瞬思ったが、賢人ギルドで衆人環視の中で試し切りやってるし、伝染病のせいで魔物狩りが滞っていたので、100本ほどに冒険者ギルドに貸し出した。知っててもおかしくはないか。

「ああ、そういえば忘れていたな。後で報告書を提出しよう」

 クソ親父いわく、存在自体は秘匿しないという方針だったので、不自然ではない。

「ほう。師匠が忘れるということは、それ以上の何かがあったということですね?」

 国王陛下、鋭い。ミスリルのアマルガムを渡して以降、クソ親父は僕らの訓練そっちのけでいじり倒している。今のところ、あのアマルガムを持っているのは、クソ親父、義母さん、シーゲン子爵、ストリナの4人だけだ。

「ホントにかなわないな。ああ、確かに昔お前に見せてもらった本にあった錬丹仙術のとっかかりになる物質を、イントが見つけたよ。ジェクティとポインタとパッケに渡して、今試しているところだ」

 急激に国王陛下の目が輝きだす。

「やっぱり! それ、当然余にも試させてもらえるんですよね?」

 国王陛下は男爵家と比べれば雲の上の存在だ。欲しいと言われれば渡さざるを得ないだろう。

 ミスリルのアマルガムで一本の剣を作れるほどの量にするためには、ミスリルメッキ100本分に相当する量のミスリルが必要になる。材料になっている槍は、柄が二掴み分ぐらい残っているだけだ。

 僕は扱えないので構わないが、ミスリルは高い。いくら大金が入る目途があるとはいえ、こうもプレゼントが続くようなら、家の財政を逼迫させかねない。

「イント、陛下にも作ってやれ。ついでに、アブスとモリー……あとはアノーテとパイラ様の分もだな」

「はっはっは。それじゃまるで免許皆伝の証みたいですね」

 5人分。水銀もミスリルも、在庫が全く足りない。

「残念ながら、材料の都合で5人分は無理です。2人分なら何とか」

「おや、材料ならこちらで都合をつけさせることもできるが?」

 クソ親父に視線を走らせると、首を横に降った。

「それはダメだ。制御できずにまき散らしたら有害とイントが言っていてな。使いこなせる奴にしか渡せない。勝手に作られたら困るんだよ」

 おや。親父、僕の話を覚えていてくれたのか。珍しいこともあるものだ。

「わかりました。ではイント君、出来上がるの、楽しみにしてますよ。あ、塩の産地の調査は、余の名前も使って早速始めてください。もちろん、望遠鏡も忘れないでくださいね」

「は、はい……」

 国王の人使いが荒い。8歳の子どもでも、容赦しないらしい。ミスリルアマルガムの製造に、塩産地の調査、望遠鏡の生産と納品。そしてそれらにかかる資金の管理。
 うちの家族は脳筋なので、もしかしなくても全部僕の仕事になる。

 望遠鏡も、ガラスのレンズを作る時の原料の一つであるソーダ灰(炭酸ナトリウム)は塩がないと作れない。まずは国内の塩不足から何とかしないといけないだろう。

 全部自力じゃないか。どうしてこうなった——

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