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第三章『王都』
75話 謁見と望遠鏡
しおりを挟む「ヴォイド・コンストラクタ、お召しにより参上しました」
国王陛下の入場を知らせる掛け声があってから、僕らは一家そろって平伏している。男爵家と国王、身分の差は絶対で、国王陛下の許しがなければ顔をあげることは許されない。
綺麗なマーブル模様が入った石を眺めながら、僕はじっと許しが出るのを待つ。
「面をあげよ」
許しが出たので顔をあげる。中央の玉座には鍛え上げられた肉体を持つ若い男が座り、左右を錫杖を持った小太りの宰相様と、鎧を着た禿頭の近衛騎士団長が固めていた。さらにその隣には全身鎧の騎士たちが護衛についており、その外側には数人の重臣たちが立っている。
その重臣たちの中に、フォートラン伯爵もいた。視線が合うと、ニヤニヤとした笑いを向けて来る。
「国王陛下のご健勝をお喜び申し上げます」
作法なのか、クソ親父の言葉にはあまり感情がのっていない。
「うむ。コンストラクタ卿も日頃からの国境守備、ご苦労である」
国王が初めて言葉を発した。
「もったいないお言葉」
国王は言葉を返す親父を見ながら、不敵な顔で笑っている。
「では、コンストラクタ男爵、卿が報告した奇病について、説明せよ」
次に声をあげたのはフォートラン伯爵である。すべて打ち合わせ通りの茶番だ。僕らの後ろには、物見高い貴族たちが野次馬に来ている。
謁見の間では彼らにわかるように、前提から丁寧に話す必要があるそうだ。
「ハッ。現在巷で流行する病について、原因と対処法が判明いたしました。まず——」
クソ親父が熱中症とレイスウィルス感染症について、説明を始める。
宰相府から今回の謁見の流れについて通知があったのは、紋章院に出頭した日の晩のことだ。街のチンピラと揉めたことも思ったより大事になったらしく、あれから数日、親父は事情聴取と今回の原稿を暗記するのに追われていた。
クソ親父が忙しかったおかげで、俸禄の件はいまだに有耶無耶になっている。クソ親父はもう興味も失っているのか、結果を聞いてこない。時効分の除外などの事務手続きで金額が確定していないのでちょうど良いのだが、当主ならもう少し興味を持って欲しい。
そうこうしているうちに、クソ親父が説明を終える。
「うむ。こちらでも、その治療法が有効であることの確認は終えている」
王の言葉に、野次馬の貴族たちがざわつく。
「しかし、監査官からの報告では、消毒液なる薬剤というものがあるそうだな? その製法が抜けておるのはなぜだ? 井戸に住み着いたレイスを倒すには、消毒液が必要なのだろう?」
国王陛下が台本にない言葉を挟んできた。いたずらっぽく笑っているところから見て、意図的にやっているのだろう。
「そ、それは……」
クソ親父は口籠もって、黙ってしまった。周囲の野次馬の貴族たちがヒソヒソと囁きあっている。
耳を澄ますと、「やはり謀反」という言葉を拾う。意図的に伏せたのはその通りだが、謀反と取られるのは心外だ。
「ふむ。ここで考えるか。では、後ろのイント。一切の誤魔化しなく答えよ。嫡男であればできるであろう?」
「ひゃ、ひゃい?」
ビックリした。国王陛下が僕の名前を知っていて、しかも、声をかけてくるのは想定外だ。顔を上げて、クソ親父を見る。
「う、うむ。包み隠さず、すべて正直に答えよ」
クソ親父はあからさまにホッとした顔で、許可を出してくる。さては何でか把握してなかったな?
「で、では、父に成り代わりまして、お答えさせていただきます。実は、消毒液の原料は塩でございます。
先ほど父からご説明させていただいたように、塩は熱中症を予防する重要な物資。また、冬に向けての保存食の原料ともなります。
井戸の水は火にかけて沸かすことでもレイスを殺すことができます。が、塩は不足しており、ここで消毒液の製法を明かせば、さらなる不足を招くでしょう。ですから、報告の中には含めておりません」
野次馬たちがまた小さくざわつく。うるさい人たちだ。
「なるほど。原料は塩か。ところで、コンストラクタ領では、新たに塩を産するようになったそうだな?」
野次馬たちのざわめきが大きくなった。また台本にない流れで、クソ親父が僕に答えるよう目で合図してくる。
「はい。魔物の巣窟であった『死の谷』にて、塩を発見いたしました。現在は『死の谷』に砦を築き、塩の生産に当たっております」
「その砦は、ナログ共和国を侵略するために建設したのではないのだな?」
あれ? これは台本で見た気がするな。
「はい。『死の谷』で野宿などできませんので、身を守るために作った質素な砦です。侵略拠点にできるほどの規模はありません」
何で僕が答えているんだろう。
「こちらの調査でもそのようになっている。抗議に来たナログ共和国の外交団へは、こちらから説明しておこう。砦の位置と規模、見取り図は持参しておるか?」
「こちらに」
国王の言葉に、クソ親父が書類を捧げてみせた。すぐに侍従が回収して、宰相のところに持っていく。
「問題ありません」
宰相が中身をチェックして、OKを出す。書類は事前に文官にチェックしてもらっているので、これも茶番である。
「この度は申し訳ありませんでした。つきましては、産する塩の2割を税として献上いたします」
ようやく親父が話の中心に戻ってくる。なら、僕は黙っていても良いか。
「卿の忠義、大儀である」
「ありがとうございます」
この場で解消しなければならない懸念は、塩の密輸の誤解を解くこと、治療効果の証明、未届の砦建設についての許しの三つだ。これで三つとも解消されたので、コンストラクタ家の取り潰しは免れた。
「で、その塩だが、塩不足を解消するために、何か私に提案があるそうだな?」
また台本にない話が始まる。どうやら国王陛下、僕らで楽しんでらっしゃるらしい。
「フォートラン伯爵に聞いたぞ? 我が国の塩不足を解消できたら、フォートラン伯爵の姪御と婚約できるのだとか」
クスクスと笑いが広がっていく。国王陛下になんて話をしているんだ、フォートラン伯爵。
「イントよ。もちろん計画はできておるのであろうな?」
また僕か。溶錬水晶で作ったものを持参するようにと言われた意味はこれか。さては、僕らが知らなかっただけで、台本外のことも予定していたな?
「はい」
「では、話してみよ」
謁見時間には限りがある。コンパクトに行くか。
「まず、我が領地以外の塩の産地の開発を行います」
「ほう。これまで発見されておらんが、可能なのか?」
「賢人ギルドと連携して、いくつか候補地を割り出しております。実際に生産可能かどうかは、現地を確認する必要がありますが」
ざわり、と、これまでとは違うざわめきが野次馬貴族から上がる。
「となると、領主に開発を命じることになるな。その際は、イント・コンストラクタ、余を補佐せよ」
背後で驚愕の声が上がるが、僕は逆に言葉を失った。この人、八歳の子どもに何いってるんだ。
「他にもあるのだろう?」
返事に迷っていると、国王に次をうながされた。
「はい。さらに国内に塩を増やすために、ナログ共和国との交易再開を提案いたします」
背後からの声は、もはや野次に近い。「越権だ!」という声や、「お前らのせいだろ!」という声が聞こえてくる。
「ほう。ナログ共和国との友好の条件は、ヴォイド卿の首なのだが、そのあたり認識はあるのだろうか?」
停戦後にナログ共和国の部隊を全滅させたとは聞いていたけど、どんだけ恨まれてるんだ、クソ親父。絶対やりすぎてるだろ。
「さすがにそれは受け入れられないので、このようなものを作りました」
持ち込んだ袋の中から、一本の筒を取り出す。これが衛兵に預かってもらえなかった理由がわかった。僕らに話がなかっただけで、これは多分予定されていた茶番なのだ。
「それは?」
「遠くを見ることができる道具で、望遠鏡といいます。これを作る技術を、父上の首の代わりにナログへ供与します」
筒は二重で伸び縮みする構造になっており、内部に2枚の凸レンズがついている。
「ここを覗き、ハッキリ見える位置に筒を調整すると、遠くのものをまるで手元にあるように見ることができるものです」
見た目は子どもの工作だ。レンズを受け取ってから急造したので、クオリティはかなり低い。
使い方を実演して見せても、遊ぶ子どもを微笑ましく見ているような雰囲気にしかならなかった。
「すいません。これを使ってあの塔を見てもらえませんか?」
仕方がない、脇に立っていた護衛の騎士に望遠鏡を渡し、大きく開いた明かり取りを兼ねたバルコニーを指差す。バルコニーの先には、街の鐘楼が少しだけ見えている。
騎士は言われたとおり、筒を覗き込んだ。僕は背伸びをして、横からピントを調整する。
「おお? おおおおおおっ!?」
ピントが合った瞬間、騎士は雄叫びを上げた。騎士は肉眼と望遠鏡で、何度も鐘楼を見比べている。
「ど、どうした? 何が見えるんだ?」
国王陛下は相当気になったのか、玉座から立ち上がると、わざわざひな壇から降りてきた。さっきまでせせら笑っていた野次馬貴族たちが、一様に息を呑む。
「貸せ!」
騎士から引ったくるように望遠鏡を奪うと、それを鐘楼に向ける。
「な、何と!」
意外な事に、一国の国王でも望遠鏡を見たことがなかったらしい。鐘楼を見た後は、望遠鏡を握りしめてバルコニーに出て行った。
「陛下!?」
野次馬貴族が見守る中、重臣たちが後に続く。あの望遠鏡、前世で見たものよりも像が少し歪んでいたが、それでもデモンストレーションには成功したようだ。
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