転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

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第三章『王都』

70話 工房とレンズ

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「助けてくれてありがとうです! 何かお礼をさせてください!」

 チンピラたちに絡まれていた二人組も、衛兵から解放されたらしい。

 衛兵たちの方を見ると、チンピラの応急処置が終わって、護送されていくところだった。チンピラに睨まれたので、見えるように短剣を叩いて見せる。

 逆効果だったのか、より一層睨まれた。なるほど。衛兵さんが言うように、確かに報復には気をつけないといけない。

「お礼? 何してくれるの?」

 二人組は、近くで見るとよく似ていた。おそらく兄妹なのだろう。

「ええっと……」

「すいません。うちの家は貧乏なので、大したお礼はできませんが……」

 お礼と言ったはずの兄は戸惑い、妹は補足してくる。

「貧乏? あのおじさんたちに壊されてた荷物、溶錬水晶でしょ? あれは宝石とまではいかないまでも、けっこう高いもののはずだけど」

 僕が言うと、兄はハッとした様子で顔を上げた。ガラスは奈良時代にはすでにあった。それは正倉院に納められたものを見ればわかるが、そのかなり後の戦国時代でも南蛮渡来の品として珍重されていたらしい。こちらでも似たようなもので、シーゲン子爵が買ったものも金貨が数枚必要だったそうだ。

「溶錬水晶を知っているんですか!?」

 僕が尋ねると、兄はパッと顔を上げた。

「うん。このあたりに工房があるって聞いて探してたんだ。お礼というなら、そこに案内してよ」

 兄はあからさまにホッとした顔をした。僕の服装を上から下まで観察してくる。

「もしかして、弟子入りですか? うーん、良いトコの人そうだし、それはないかなぁ」

 どうやら、兄は弟子入りではないと自己完結したようだ。家を出て職人に弟子入りする子どもは、基本貧しい。僕は下級とはいえ貴族なので、村を出てからは庶民より良い服を着ている。

「違うよ。ちょっと仕事をお願いしたくて」

 マイナ先生がすかさずカバンの中からガラスのコップを取り出す。どうやらフォートラン伯爵から借りて持ってきてくれていたらしい。

「親方の作品だ!」

 コップを見た妹の反応は劇的だった。急に目がキラキラと輝きだす。やっぱり関係者か。これは話が早そうだ。

「もしかして、お姉ちゃんたちは親方のお客様?」

 妹の身体がリズミカルに揺れる。さっきまで警戒感一色だったのに、一気に打ち解けたようだ。

「そうなの。工房に案内してくれる?」

 マイナ先生は笑顔を兄妹に向ける。兄の方が顔を赤くしたのは、ちょっと気にいらない。

「わかった。僕はハリー、こっちはルリ。工房に案内するからついてきて!」

 兄弟が嬉しそうに案内してくれた先は、建物に挟まれた薄暗い路地裏の小道だった。表通りでは感じなかった強い糞尿の臭いがする上に、所々に襤褸切れを纏った人がうずくまっている。

 そういえば、この都市の人口は2百万人らしいが、下水などは完備されているのだろうか? ちょっと臭いがひどい気がする。

「薄気味悪いのです……」

 ユニィも僕も裏路地に入ったことがなかったので、雰囲気に圧倒されてしまう。不安なのか、ユニィが僕の袖を摘まんでくる。

 が、案内の兄妹は臭いや雰囲気を気にする様子もなく、慣れた様子でずんずんと進んでいく。

 正面から強面のお兄さんが歩いて来るが、二人は止まりそうもない。絡まれたらどうするんだろうか。

「おう。ハリーとルリじゃねぇか。お客さんか?」

 お兄さんは予想外に、親し気な声をかけてくる。

「そうだよ! 親方の客!」

 兄のハリーが軽い調子であいさつを返し、そのまますれ違う。みんな顔見知りの地元か。

「ねぇハリー君? そういえばあの当り屋って、顔見知りだった?」

 マイナ先生が歩きながら、ハリーさんに声をかけているのが目に入る。

「いえ? よそ者でしたよ」

 他愛ない会話をかわしながら、角を曲がる。
 
 急に視界が開けて、大きな川が目に入った。だが、美しいかというとそうでもない。

 水面は茶色くて、どぎついドブの臭いがした。

「ようこそ。ヤーマンの工房へ!」

 河原には煙突から煙を吐く小屋が立ち並んでいる。その中でも一際大きい建物の前で、二人は立ち止まった。

「これはまた……」

 ボロい。という呟きを寸前で飲み込む。壁は腐っているし、足元には割れた瓦が落ちている。

 槌の音が複数響いて、人の活気というか、ざわめきが漏れ聞こえてこなければ、廃屋と間違えたかもしれない。

「おいそこ! 力みすぎだ。力を抜け!」

 二人と一緒に工房の扉をくぐる。扉一枚隔てただけで、中は急に騒々しくなった。

「うわ。あっつ」

 感覚的には夏の部室よりは暑く、炎天下に放置された車の中よりはマシだろうか。

 工房内で働いている少年少女たちは、全員汗だくである。

「おっ、帰ったか。配達はちゃんと終わったか?」

 親方、と呼ばれた人は、僕より少し背が高かったが、成人男性としてはかなり背が低い。だが、はだけられた上半身は、鎧のような筋肉に覆われていた。
 そして一番の特徴は長い髭で、細かく編み込まれて、中ほどで結ばれている。

 前世で読んだドワーフを思い出させる。

「それが、途中でチンピラに襲われて割れちゃったんだ。ごめん」

 事情を聞いた親方の目つきが鋭くなる。

「ほう。どこのモンだ? うちの工房の弟子に手ぇ出すとは、ええ根性や」

「それが、多分よそもんで……。あ、でもそいつらはこの子がぶっ飛ばしてくれましたよ?」

 ハリーさんが僕を前に押し出す。親方はそんなに大きくないのに、圧がすごい。

「おう、そいつぁ手間かけたな」

 親方の視線が僕の方を向いてしまった。

「イント・コンストラクタです。よろしくお願いします……」

 仕方がないので自己紹介をしてみる。

「ん? 御貴族様かぁ。助けていただいた上に、こんなむさくるしいところに直接お運びいただくたぁ申し訳ない」

 こちらの世界では、家名を持つのは貴族関係者だけだからだろう。名乗ると親方の腰が急に低くなる。が、口調に何となく棘があるのは気のせいだろうか?

「で、そちらの方々は?」

 マイナ先生は地味目の私服だが、庶民離れしている身なりだし、ユニィに至っては貴族然としたドレスである。場違いすぎるかもしれない。

「私はユニィ・シーゲンなのです。今日は見学に来ただけなのです」

 スカートの裾を摘まんで、ちょこんと貴族風のお辞儀をする。

「わたしはマイナ・フォートラン。家名はありますが、貴族ではありませんので気を楽にしてくださいね」

「ん? フォートラン? フォートランっていやぁ……」

 親方はマイナ先生の家名に反応した。

「けっこうな数の杯を買ってくださったとこじゃねぇか! ってことは新しい注文ですかい!?」

 急激に態度が軟化する。やたら嬉しそうだが、工房の中を見る限り、作られているのは各種包丁やナイフ、あとは金具の類だ。少なくとも専業のガラス工房ではない。

「ええ。叔父さまの家でこれを見せていただいたの。この透明感、素晴らしいですわ。これをもっと透明にして、作ってほしいものがあるの」

 カバンから取り出した杯に工房中の視線が集中する。今回の交渉は、元々マイナ先生が中心に進める予定だった。

 だから一応物理の教科書のレンズの屈折について、コップの水とストローを例にして説明しておいた。

 光というのは宗教的な意味合いが強く、それを曲げるレンズの概念は斬新だったらしい。

 マイナ先生もさすがに屈折の計算式までは理解できなかったが、中学レベルまではたちまち理解してしまった。

「そりゃ楽しそうな仕事ですが、高くつきますぜ? 溶錬水晶は鉄以上の高温が要求されるんで、普通の木炭じゃ無理なんでさ。最低でも白炭、できれば竜骨がないと」

 親方は、懐かしそうに杯をいろんな角度から確認している。

 竜骨とか、専門用語はわからないが、要は融解温度が下げられれば良いわけだ。

 化学の教科書には、炭酸ナトリウムを紹介するページでガラス瓶の原料になると書かれており、アモルファスを紹介するページで元々の融解温度である二千度から、ナトリウムイオンやカルシウムイオンなどを添加することで、融解温度が下がると書いてあった。

 どの材料も、今なら簡単に用意できる。

「もちろん、報酬は支払います。あと、これは、錬金術で作った秘薬です。材料を粉々にして溶かす前に、これをふりかけてみてください。テスト中の秘薬ですが、溶錬水晶が早く溶けるはずです」

 打ち合わせ通り、マイナ先生が3つの小壺を取り出す。一つ目は食塩から作った水酸化ナトリウムに空気を吹き込んで作った炭酸ナトリウムの粉、二つ目は灰を煮てその上澄みから抽出した炭酸ナトリウムと炭酸カリウムが混ざったもの、三つ目は炭酸カルシウム、いわゆる石灰である。

 やっぱり僕が説明するより、年齢が上のマイナ先生が説明する方がそれっぽい。

「長く溶錬水晶を扱ってるが、そんな秘薬は聞いたことがねぇ。どこからの品です?」

 とはいえ、15歳は転生前でいう中学生なので、あんまり信用はしてもらえていなさそうだ。

「わたしは賢人ギルド所属なんです。試作品なので、配合はよくわかりません。でも、効果はあるはずなので、色々テストして、感想を聞かせてください」

 親方は臭いを嗅いだり、いろいろ眺めていたが、すぐに理解を諦めた。

「今回の仕事で使えってことですな? これが原因で失敗しても責任はもてねえですが、良いですかね?」

「ええ、もちろん」

「ちなみにこれは、火にかけたら燃えたり、無くなったりする類のもんかい? それとも一回溶錬水晶に溶かし込んでも効果は持続するのか?」

 マイナ先生が目だけで聞いてくるので、とりあえずうなずいておいた。よくわからないが、多分大丈夫だろう。

「効果は持続しますから大丈夫です」

 マイナ先生は自信満々にうなずく。一緒に来て本当に良かった。

「ならまぁ、最初は半分ずつぐらいで溶かして、薄めていくか。で、その溶錬水晶で何を作れば?」

 マイナ先生はレンズの書かれたイラストを取り出す。

「こんな形の円盤を作ってください。断面は膨らませるのと、凹ませるものの2種類。形は円形でサイズを3種類でばらして各4枚ずつ。表面はなめらかに透き通るように磨いてください」

「ん? 穴はあけなくて良いのかい? 宝飾品なら穴はいるんじゃねぇか?」

 イラストを見て、親方は首を捻る。
 
「いえ。穴はいりません」

 親方は何か閃いたようだ。

「もしかして豆の置きもんか? なら、茶色か緑を入れるか? そっちのほうが見栄えも良くなるぞ?」

 どうやら、スープの中によく入っている豆と間違えたらしい。前世でもレンズ豆というレンズに似た平たい豆があった。食べたことはないけど。

「いえ、可能な限り無色透明で」

 親方の提案にすぐに却下された。
 
 用途によっては色がついていても良いかもしれないけど、最初は可能な限り透明がいい。

「完全に無色にはできないぞ?」

 そうなのか。前世では透明なガラスというのは、大量にあったが、どうやっていたのだろうか?

「可能な限りで構いません。納期は、2段階。まずは膨らんだほうの一番大きい2枚を明後日の朝までに用意してください。磨きは透けて反対側の文字が読める程度で。その後の分ははしっかり磨いてください」

「ちょっと待て。報酬の話がまだだ。その仕事、いくらもらえるんだ?」

「手付金として今金貨10枚。完成したらもう10枚払いましょう。うまくいけば追加発注すると思います。ただし、他の依頼者から依頼があっても、同じものは絶対作らないで欲しいんです」

 マイナ先生が10枚の金貨をテーブルに置く。親父から借りたのだが、すぐに借金が増えるのは困ったものだ。

「よっしゃ。その依頼受けた!」

 親方はマイナ先生とガッチリ握手をすると、テーブルの金貨を集めてそのうちの3枚をハリーに渡す。

「ハリー! 急いで竜骨を買ってこい! 買えるだけだ! ルリ、炉に火を入れろ! 枯葉、小枝、薪、黒炭、白炭、竜骨の順だ! 覚えてるな? それから、今日の発注分終わった奴はこっちに来てふいごを吹かせ!」

 親方は金貨を受けとるとイキイキと指示を出し始めた。すでに僕らの事は眼中にないようだ。

「じゃあ、わたしたちはこれで。納品はこの宿屋までお願いしますね」

 マイナ先生は親方にメモを渡し、僕らは工房を出た。

 念願のガラス。実験用のフラスコや試験管なども欲しいが、まずはレンズからスタートして、ちょっとずつ広げていくのが良いだろう。

 今から結果が楽しみだ。
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