69 / 190
第三章『王都』
69話 対立の片鱗
しおりを挟む騒ぎには慣れているからだろう。事件後、すぐに王都の衛兵たちが現場にやってきた。どこかで見ていたのでは? というほど素早い対応である。
「君は、そこの二人が絡まられていたから、助けに入ったということかな?」
衛兵のおじさんは、しゃがんで目の高さを合わせて話をしてくれた。威圧的でもないし、好感が持てる。
「はい。彼らの持っていた荷物も壊されていました。僕も少し小突かれました」
目撃者もたくさんいるだろう。目で探すと、野次馬の中にユニィとマイナ先生が見えた。目が合うと手を振ってくれる。
その隣のリシャス様は、親の仇を見るようにこちらを睨みつけてきているが、僕が何か悪いことをしただろうか? 言われたとおりの仕事をしただけだが。
「それで、暴漢の骨を砕いたり、何かの破片の上に倒して血まみれにしたのかい」
衛兵のおじさんが確認してくる。チンピラその1は骨折して肩が腫れているし、その2はガラスが肩に大量に刺さって大量出血しているしで、他の衛兵たちは応急処置に大忙しだ。
こちらの世界の人たちは身体能力が異常に高いので、これくらいならちょっと痛い程度で終わると思っていた。
一撃入れて警戒させて、あとは得意な回避に専念すれば、衛兵が来るぐらいまでは耐えられるだろうと思っていたのだが、まさかチンピラたちがこんな大怪我するとは。
そういえば、体育の先生は授業の時、受け身がとりやすい投げ方について話していた気がする。うろ覚えだけど、ちょっと手を引くとかなんとか。
「ちょっとやりすぎました。すいません」
素直に頭を下げると、衛兵のおじさんは困ったような顔をした。
「まぁ、君の話はおおむね目撃者たちの話と一致している。我々から罪に問うことはないが、君はまだ子どもだ。報復には気をつけるんだよ?」
おじさんの言葉に、とりあえずうなずいておく。
報復かぁ。大ケガさせちゃったし、来ると怖いなぁ。そこまで考えていなかった。
「さて、とりあえず何か身元を証明できるようなものは持っているかい?」
身元を証明か。生まれてから一度も王都に来ていなかったため、まだ貴族院に登録されていない。一応コンストラクタ家の跡継のはずだが、証明と言われると難しい。
他に何か―――
「ええと、冒険者ギルドの登録証で大丈夫ですか?」
僕は首からかけている冒険者証を服の中から引っ張り出して、衛兵のおじさんに見せる。
「大丈夫だけど、その歳でもう冒険者ギルドに登録してるのかい? どれどれ……」
衛兵のおじさんは、懐からペンとインク壺が一体化した筆記用具を取り出すと、インク壺を部下に持たせ、冒険者証を書き写しはじめた。
外で使える筆記用具を見たのは、こちらの世界では初めてかもしれない。こちらの筆記用具といえば、鳥の羽の根本を細く削った羽ペンが主で、数十文字書くとペン先をインク壺に漬けなければならない。
だから、外出中にペンを使うのは難しいのだ。
「ふむふむ。年齢は8歳か。名前はイント・コンストラクタ。家名持ちのようだが、貴族籍はあるのかい?」
おじさんが尋ねてくる。僕の場合、貴族籍はあるといえるのだろうか?
「いや、コンストラクタ? まさか君はコンストラクタ男爵家の方かい?」
僕が結論を出すより先に、おじさんがコンストラクタ家について思い出してくれた。
男爵家は、領地のない家も含めると無数にある。覚えきるのは大変だが、どうやらおじさんは父を知っているらしい。
「ヴォイド・コンストラクタは僕の父です」
僕が答えると、おじさんは驚いたようだ。少し声が大きくなる。
「なるほど。君があのヴォイド男爵のご子息なのかい。確かに面影があるようだ。それなら、もう帰っても良いよ。お屋敷はどこだい?」
「えーと、お屋敷というのはなくてですね。宿屋に泊まっています。『涼風亭』ってところなんですけど」
貴族は屋敷があるのが当然なのだろうか? うちの台所事情では、王都に屋敷が買える気はまったくしない。
「『涼風亭』ね。わかりました。何かあったら連絡するよ。何もないとは思うけど」
取り調べはそれだけで、僕は解放された。
チンピラの骨を折っても血だるまにしても、この程度で解放される。身分制度は恐ろしいかもしれない。
とりあえず、僕はチンピラその2を投げたあたりまで戻って、破片を拾う。
「ああ、やっぱりガラスだ」
飛び散っていたのは思った通りガラスの破片だった。大きめの破片を観察する限り、透明度はさほどではないが、フォートラン伯爵のところで見た杯よりは透明に見える。
「終わった? イント君」
最初に近づいてきたのは、マイナ先生だった。
「ごめん。やりすぎて時間がかかっちゃった」
これでユニィに対する義理も果たしたし、デートに戻れる。無駄な時間を食ってしまって申し訳ない。
「イント君って、やる時はけっこう容赦なくやるよね」
マイナ先生は面白そうに言ってくる。
「誤解だよ。まさかあんな簡単に投げられるとは思っていなかったんだ」
「そうなの? 随分と手際が良かったけど」
そりゃそうだ。親父と比べると、反応がかなり遅かったし、きっと僕の見た目に騙されてびっくりしたのだろう。
遅れて、ユニィとリシャス様もやってくる。
「チンピラの制圧、まばたきぐらいの早さだったのです」
リシャス様は、少し怯えが混ざっていたが、まだ尊大な態度を崩そうとはしない。
「ふん。卑怯な奇襲だったではないか。さすが『闇討ち』の息子だな。血は争えん」
あー。なるほど。ユニィが婚約を解消したがっているの、ちょっとわかってきた。だが、内容自体に異論はない。結果的には奇襲と言われても仕方ない。
だが、それでも自分が殴られるよりはマシである。
「それ、あんまり言わない方が良いのです。コンストラクタ領に監査に入ったアモン様、同じことを言ってヴォイド様に斬られかけたのです」
ユニィは半眼で反論している。確かに、うちの親父は『闇討ち』とか『卑怯』という言葉には割と敏感なのだ。目の前で言ったら、リシャス様も危ないだろう。
「な!? アモンおじさんを斬りかけただって? ははは。これだから成り上がり者は。つまり一族揃って王都に来たのも、首を刎ねられるためというわけだな!」
リシャス様は、ユニィの忠告をどうやら別方向に捉えたらしい。
「あー、その辺は陛下のご裁可次第ですね。結果として斬っていませんし、我々は無実だと信じていますが」
リシャス様は妙な勘違いをしたらしく、随分と嬉しそうだ。
「ふん。男爵風情が伯爵家の人間に刃を向けるなど、陛下が許しても我がパール家が許さないさ」
なるほど。衛兵のおじさんが報復には気をつけろと言っていたけど、確かにいろいろと気をつけないといけない。
「不愉快なのです。今日はイー君に送ってもらうのです!」
その態度で、ユニィがついにキレた。気持ちはわかる。
「そうか。このパール家に逆らったんだ。そいつに会えるのもあとわずかだろう。最後ぐらい一緒にいてやるがいいさ。だがユニィ、そいつにあまり肩入れしすぎるなよ? シーゲン家のことを考えるならな」
リシャスは、護衛と共に高笑いしながら去っていく。
割と見た目は良いのに、残ったのは気持ちの悪い不快感だけだ。我が家が置かれている境遇については、王都に来る前に親父から少しだけ話を聞いたが、実はもっと厳しいのかもしれない。
「パール家ってそんなに権力あるの?」
少し不安になったので、一応聞いてみる。
「一応、王国の要職に一門の人間が入り込んでいるし、いくつか潰されたり乗っ取られた家があるって噂もあるわね。コンストラクタ家はちょっと特殊だから潰すのは無理だと思うけど」
「そうなのです。うちもイー君のところも、東の守りの要なのです。簡単に入れ替えられないのです。だから大丈夫なのです」
二人の返事に、ちょっとホッとした。だがまぁ、うちの家も敵が多いようなので、実績を上げ続けるしかない。
これまでのうちの実績として、心肺蘇生法の確立、塩発見、伝染病の対処法確立、ミスリルメッキあたりは間違いなくて、砦の建設やら『死の谷』平定あたりは微妙。砦の届け出忘れやアモン監査官への狼藉の類は失点になる可能性がある。
「やっぱり塩不足解消とか、ガラス技術の発展とか、もっと実績あげなきゃなぁ」
マイナ先生は少しだけ苦笑いして、急に腕を組んできた。
「元々コンストラクタ家は武門貴族だから、今日みたいにそれで実績上げても良いんだけどね。でもわたしはイント君のやり方が大好きだから、いろいろ教えてね」
ふと見ると、ユニィがほっぺを膨らましてこちらを見ている。婚約者があんなではなかなか仲良くもなりづらそうだし、羨ましいのかもしれない。
「あの~」
急に後ろから声をかけられ、振り返ると顔を紫に腫らした男の子が立っていた。さっきまでチンピラたちに絡まれていた子だ。
その隣には、その男の子によく似た女の子もいる。
どうやら、僕に続いて衛兵さんたちの事情聴取から解放されたらしい———
0
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~
楠富 つかさ
ファンタジー
地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。
そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。
できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!!
第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
加護とスキルでチートな異世界生活
どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!?
目を覚ますと真っ白い世界にいた!
そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する!
そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる
初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです
ノベルバ様にも公開しております。
※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません
これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅
聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。
若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双
たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。
ゲームの知識を活かして成り上がります。
圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる