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第三章『王都』

69話 対立の片鱗

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 騒ぎには慣れているからだろう。事件後、すぐに王都の衛兵たちが現場にやってきた。どこかで見ていたのでは? というほど素早い対応である。

「君は、そこの二人が絡まられていたから、助けに入ったということかな?」

 衛兵のおじさんは、しゃがんで目の高さを合わせて話をしてくれた。威圧的でもないし、好感が持てる。

「はい。彼らの持っていた荷物も壊されていました。僕も少し小突かれました」

 目撃者もたくさんいるだろう。目で探すと、野次馬の中にユニィとマイナ先生が見えた。目が合うと手を振ってくれる。

 その隣のリシャス様は、親の仇を見るようにこちらを睨みつけてきているが、僕が何か悪いことをしただろうか? 言われたとおりの仕事をしただけだが。

「それで、暴漢の骨を砕いたり、何かの破片の上に倒して血まみれにしたのかい」

 衛兵のおじさんが確認してくる。チンピラその1は骨折して肩が腫れているし、その2はガラスが肩に大量に刺さって大量出血しているしで、他の衛兵たちは応急処置に大忙しだ。

 こちらの世界の人たちは身体能力が異常に高いので、これくらいならちょっと痛い程度で終わると思っていた。

 一撃入れて警戒させて、あとは得意な回避に専念すれば、衛兵が来るぐらいまでは耐えられるだろうと思っていたのだが、まさかチンピラたちがこんな大怪我するとは。
 そういえば、体育の先生は授業の時、受け身がとりやすい投げ方について話していた気がする。うろ覚えだけど、ちょっと手を引くとかなんとか。

「ちょっとやりすぎました。すいません」

 素直に頭を下げると、衛兵のおじさんは困ったような顔をした。

「まぁ、君の話はおおむね目撃者たちの話と一致している。我々から罪に問うことはないが、君はまだ子どもだ。報復には気をつけるんだよ?」

 おじさんの言葉に、とりあえずうなずいておく。

 報復かぁ。大ケガさせちゃったし、来ると怖いなぁ。そこまで考えていなかった。

「さて、とりあえず何か身元を証明できるようなものは持っているかい?」

 身元を証明か。生まれてから一度も王都に来ていなかったため、まだ貴族院に登録されていない。一応コンストラクタ家の跡継のはずだが、証明と言われると難しい。

 他に何か―――

「ええと、冒険者ギルドの登録証で大丈夫ですか?」

 僕は首からかけている冒険者証を服の中から引っ張り出して、衛兵のおじさんに見せる。

「大丈夫だけど、その歳でもう冒険者ギルドに登録してるのかい? どれどれ……」

 衛兵のおじさんは、懐からペンとインク壺が一体化した筆記用具を取り出すと、インク壺を部下に持たせ、冒険者証を書き写しはじめた。

 外で使える筆記用具を見たのは、こちらの世界では初めてかもしれない。こちらの筆記用具といえば、鳥の羽の根本を細く削った羽ペンが主で、数十文字書くとペン先をインク壺に漬けなければならない。
 だから、外出中にペンを使うのは難しいのだ。

「ふむふむ。年齢は8歳か。名前はイント・コンストラクタ。家名持ちのようだが、貴族籍はあるのかい?」

 おじさんが尋ねてくる。僕の場合、貴族籍はあるといえるのだろうか?

「いや、コンストラクタ? まさか君はコンストラクタ男爵家の方かい?」

 僕が結論を出すより先に、おじさんがコンストラクタ家について思い出してくれた。

 男爵家は、領地のない家も含めると無数にある。覚えきるのは大変だが、どうやらおじさんは父を知っているらしい。

「ヴォイド・コンストラクタは僕の父です」

 僕が答えると、おじさんは驚いたようだ。少し声が大きくなる。

「なるほど。君があのヴォイド男爵のご子息なのかい。確かに面影があるようだ。それなら、もう帰っても良いよ。お屋敷はどこだい?」

「えーと、お屋敷というのはなくてですね。宿屋に泊まっています。『涼風亭』ってところなんですけど」

 貴族は屋敷があるのが当然なのだろうか? うちの台所事情では、王都に屋敷が買える気はまったくしない。

「『涼風亭』ね。わかりました。何かあったら連絡するよ。何もないとは思うけど」

 取り調べはそれだけで、僕は解放された。

 チンピラの骨を折っても血だるまにしても、この程度で解放される。身分制度は恐ろしいかもしれない。

 とりあえず、僕はチンピラその2を投げたあたりまで戻って、破片を拾う。

「ああ、やっぱりガラスだ」

 飛び散っていたのは思った通りガラスの破片だった。大きめの破片を観察する限り、透明度はさほどではないが、フォートラン伯爵のところで見た杯よりは透明に見える。

「終わった? イント君」

 最初に近づいてきたのは、マイナ先生だった。

「ごめん。やりすぎて時間がかかっちゃった」

 これでユニィに対する義理も果たしたし、デートに戻れる。無駄な時間を食ってしまって申し訳ない。

「イント君って、やる時はけっこう容赦なくやるよね」

 マイナ先生は面白そうに言ってくる。

「誤解だよ。まさかあんな簡単に投げられるとは思っていなかったんだ」

「そうなの? 随分と手際が良かったけど」

 そりゃそうだ。親父と比べると、反応がかなり遅かったし、きっと僕の見た目に騙されてびっくりしたのだろう。

 遅れて、ユニィとリシャス様もやってくる。

「チンピラの制圧、まばたきぐらいの早さだったのです」

 リシャス様は、少し怯えが混ざっていたが、まだ尊大な態度を崩そうとはしない。

「ふん。卑怯な奇襲だったではないか。さすが『闇討ち』の息子だな。血は争えん」

 あー。なるほど。ユニィが婚約を解消したがっているの、ちょっとわかってきた。だが、内容自体に異論はない。結果的には奇襲と言われても仕方ない。

 だが、それでも自分が殴られるよりはマシである。

「それ、あんまり言わない方が良いのです。コンストラクタ領に監査に入ったアモン様、同じことを言ってヴォイド様に斬られかけたのです」

 ユニィは半眼で反論している。確かに、うちの親父は『闇討ち』とか『卑怯』という言葉には割と敏感なのだ。目の前で言ったら、リシャス様も危ないだろう。

「な!? アモンおじさんを斬りかけただって? ははは。これだから成り上がり者は。つまり一族揃って王都に来たのも、首を刎ねられるためというわけだな!」

 リシャス様は、ユニィの忠告をどうやら別方向に捉えたらしい。

「あー、その辺は陛下のご裁可次第ですね。結果として斬っていませんし、我々は無実だと信じていますが」

 リシャス様は妙な勘違いをしたらしく、随分と嬉しそうだ。

「ふん。男爵風情が伯爵家の人間に刃を向けるなど、陛下が許しても我がパール家が許さないさ」

 なるほど。衛兵のおじさんが報復には気をつけろと言っていたけど、確かにいろいろと気をつけないといけない。

「不愉快なのです。今日はイー君に送ってもらうのです!」

 その態度で、ユニィがついにキレた。気持ちはわかる。

「そうか。このパール家に逆らったんだ。そいつに会えるのもあとわずかだろう。最後ぐらい一緒にいてやるがいいさ。だがユニィ、そいつにあまり肩入れしすぎるなよ? シーゲン家のことを考えるならな」

 リシャスは、護衛と共に高笑いしながら去っていく。

 割と見た目は良いのに、残ったのは気持ちの悪い不快感だけだ。我が家が置かれている境遇については、王都に来る前に親父から少しだけ話を聞いたが、実はもっと厳しいのかもしれない。

「パール家ってそんなに権力あるの?」

 少し不安になったので、一応聞いてみる。

「一応、王国の要職に一門の人間が入り込んでいるし、いくつか潰されたり乗っ取られた家があるって噂もあるわね。コンストラクタ家はちょっと特殊だから潰すのは無理だと思うけど」

「そうなのです。うちもイー君のところも、東の守りの要なのです。簡単に入れ替えられないのです。だから大丈夫なのです」

 二人の返事に、ちょっとホッとした。だがまぁ、うちの家も敵が多いようなので、実績を上げ続けるしかない。

 これまでのうちの実績として、心肺蘇生法の確立、塩発見、伝染病の対処法確立、ミスリルメッキあたりは間違いなくて、砦の建設やら『死の谷』平定あたりは微妙。砦の届け出忘れやアモン監査官への狼藉の類は失点になる可能性がある。

「やっぱり塩不足解消とか、ガラス技術の発展とか、もっと実績あげなきゃなぁ」

 マイナ先生は少しだけ苦笑いして、急に腕を組んできた。

「元々コンストラクタ家は武門貴族だから、今日みたいにそれで実績上げても良いんだけどね。でもわたしはイント君のやり方が大好きだから、いろいろ教えてね」

 ふと見ると、ユニィがほっぺを膨らましてこちらを見ている。婚約者があんなではなかなか仲良くもなりづらそうだし、羨ましいのかもしれない。

「あの~」

 急に後ろから声をかけられ、振り返ると顔を紫に腫らした男の子が立っていた。さっきまでチンピラたちに絡まれていた子だ。

 その隣には、その男の子によく似た女の子もいる。

 どうやら、僕に続いて衛兵さんたちの事情聴取から解放されたらしい———
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