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第二章『王都招聘と婚約』

38話 舌戦?

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「貴様! これがもてなしのつもりか!?」

 客間に戻ってくると、いつの間にかやって来ていたアモン監査官がメイドのアンにキレていた。どうやら、出された昼食がお気に召さなかったらしい。

 父上の殺気にさらされて、失神したり漏らしたりしていた割に、強気な奴である。

「失礼します。私はイント・コントラスタと申します。本日の献立は燻製した塩漬け肉と野菜のスープ、パン、『死の谷』産の骨喰牛のステーキです。ここではこれが精一杯のもてなしですが、他の魔物の肉でもご希望があれば焼きます」

 慌てて、僕が間に入って献立の中身を説明する。

 今この国は塩不足に苦しんでるらしい。塩がなければ肉はすぐ腐るので、人口の多い都会では肉も塩も不足しているはずだ。ましてや生肉ともなれば、貴族でも食べるのは大変なはず。

 実際、オーニィ監査官はスープだけでも喜んでくれていた。

「骨喰牛だと! 見え透いた嘘をつくな。何でそんな高級食材がこんな田舎にあるんだ!」

 アモン監査官は文字の読み書きができない。思い込みが激しい感じだし、記憶力も怪しいので、監査で嘘を報告される可能性もありそうだ。

「『死の谷』周辺には大量に生息していますので、問題なく狩れます。お疑いでしたら、後で今月仕留めた骨喰牛の数を書いて報告させて頂きますね」

 つまり、紙に書いて報告すれば間違いようがなくなるわけだ。

「そういう事を言っているのではない! あれは腕利きの冒険者がパーティーを組んでようやく仕留められる大物だ。こんな冒険者ギルドの支部もないような田舎に、そんな腕利きの冒険者がいるわけがないだろうが」

 そう言えば、マイナ先生も似たような事を言っていたっけ。骨喰牛の皮は、生きている限り生半可な斬撃や神術を通さない、だっけか。

「骨喰牛も目や口の中まで頑丈なわけではありません。明日『死の谷』をご案内しますので、その際魔物狩りも視察されますか?」

 いちいち疑ってくるのは面倒くさい。こっちは隠す気なんかないんだから、実際に行って見れば良いのだ。そのためにわざわざこんな田舎まで監査しに来たんだろうに。

「し、『死の谷』と言えば我が国有数の魔境。我々を亡き者にする気かっ!?」

 気持ちは痛いほどわかる。僕も可能ならあんなところに行きたくはない。ないのだけど、この人は監査官のはずなのに、ホント何しに来たんだろう?

「大丈夫です。『死の谷』はヌシが変わると魔物が溢れて危険な状態になりますが、先月、我が父がヌシを仕留めていますので、今は安定しています。僕のような子どもでも、安全に行き来できますよ」

 そう。先月、僕らが下痢や腹痛の症状が出る感染性の病気が流行して村に引き返した後、『死の谷』の中心部に調査に入った父上たちは、交代したばかりの谷のヌシと遭遇し、そのまま狩ったらしい。

 僕だったら死んでいるだろうから、本当に同行していなくて良かった。

 その後、温泉に浸かるために何度か砦と往復したが、アンデットなどの知能がない魔物を除き、人間には近づいて来なくなっている。

「いい匂いがするっ!」

 突然、バンっと扉が開き、空のスープ皿を持ったオーニィ監査官が戻ってきた。結局どこにいたのかわからなかったけど、戻ってこれたという事は鼻は相当良いらしい。

「地竜のスープの次は、骨喰牛のステーキ? もうここに住みたくなるね!」

 オーニィ監査官はすぐに席に着くと、ステーキを切り始める。

 空気が凍っているのは、なぜだろうか?

「ち、地竜?」

 ナーグ監査官の声が上ずる。冷静沈着なイメージだったが、実はそうでもないのかもしれない。

 アモン監査官は、顔を蒼白にしてスープの皿を見ている。

「ええ。地竜です。先月父が狩った『死の谷』のヌシの肉ですね。僕も見てビックリしましたが、あんな大きな魔物がこの世に存在するとは思いませんでした」

 知らなかったが、地竜にはかなりのインパクトがあるらしい。切り分けられて運ばれてきたのを見に行ったら、大腿骨だけで僕の背丈の倍ぐらいあったし、口は僕を丸呑みできそうなほど大きかった。

 だからうちの肉用の倉庫も、一軒丸々地竜の肉である。

「報告書にそんな記載はなかったように思うのだが……」

 ナーグ監査官は戸惑った様子で聞いてきた。

「ええと、無学で申し訳ないのですが、魔物を狩る際、国王陛下に何か報告が必要となるのでしょうか?」

 父上が大型の地竜を狩るのはこれが初めてではないと聞いている。もしや、何かのルールに違反してしまっていただろうか?

「いや、『死の谷』の主となるほどの地竜となれば、一軍で当たる大物。確かに報告の義務はないが……」

 僕も魔物は怖いし、出会いたくはないけど、ナーグ監査官は魔物の脅威を盛りすぎな気もする。

「それなら良かったです。隠し立てはしませんので、何でも聞いてください」

 うちの領地に法律の専門家はいないし、父上も貴族としては素人同然である。僕らが知らない落とし穴がどこかにありそうで怖い。これを機会にルール類は把握しておくようにしよう。

「じゃあ、キミと妹のストリナちゃんが普段どんな事をしているのか教えて欲しいなぁ。ンンンン。美味しいっ!」

 オーニィ監査官がパクリとステーキを口に含んで唸る。味は赤身の牛肉だけど、とにかく柔らかい。前世で食べた事がある霜降りとまた違った美味しさがある。

 気になったのか、アモン監査官もおそるおそるスープに口をつけた。こちらの味はチキンスープに近く、緊張するような味ではないが、地竜のブランド効果だろうか。

「どんな事、ですか? 午前中は父上と剣の訓練、午後は義母と神術の訓練で、その後は僕はいろいろと実験をしてますね。妹は治療院の手伝いに行ってますけど、それが何か?」

 オーニィ監査官は、肉を一口大に切って、フォークを右手に持ち替えて美味しそうに食べている。こちらの世界にも一応マナーはあるはずだが、自由人なんだろう。

「ん~。キミは村人に読み書き計算も教えているよね? それも実験なのかな?」

 確かに最近、村の生活に余裕ができて来たので、午後に家業の仕事が終わった子どもたちを集めて、読み書き計算を教えている。一人で勉強するのはつまらないので、将来的には巻き添えにするつもりだ。
 
 ここの村には300人ほど村人がいるが、最近字を読めるようになったメンバーを計算に入れても、読み書きできる人は30人ほどしかいない。計算となるともっと少ないだろう。

「文字を教えているのは、父の方針です。僕も父の跡を継いだら、ちゃんとした学校を建てるつもりなんですけど、その前に読み書き計算ができるようになっていれば、教えやすいと思いまして」

「”ガッコウ”? 聞いた事ないね。どんなところなの?」

 つい前世の単語で喋ってしまった。きっとこちらの世界では違う呼び名なのだろうが、僕はまだ知らない。

「みんなで集まって、30~40人ぐらいで先生から授業を受ける施設ですよ」

 オーニィ監査官は一瞬手が止めたが、すぐに食べるのを再開した。

「なるほど。もう将来のことをいろいろ考えてるんだね。他にも、村人に軍事教練してるんでしょ?」

 軍事教練? 確かにうちの村では希望者に剣術、槍術、弓術、神術といった戦うための技術を教えている。ここはそういう技術がないと死んでしまう土地柄だからだ。
 僕は父上の勧めで走り方を教えはじめたぐらいで、軍事教練に心当たりはない。

「それは元々ですよ? こんな土地ですから、魔物に襲われた時の対策は必要なんです」

 アンがオーニィ監査官のスープ皿におかわりを入れる。

「ふむふむ。なるほど? 他にはどんな実験をしてるの」

 オーニィ監査官は肉を食べ切って、またスープを飲んでいた。

 最近やっているのは、塩酸と水酸化ナトリウムの製造である。高校の教科書の図解には陽イオン交換膜と書かれていた。そんなものがこちらで作れるはずもなく詰んでいたが、一通り勉強しなおす中で、中学校の教科書に素焼きの板という記述を見つけた。

 要は素焼きの板で水と塩水が混ざらない状態で電気分解して、気体として発生する塩素と水素を回収して塩化水素を合成し、水に溶かせば塩酸が出来上がるわけだ。その場合、原液は水酸化ナトリウムになる。
 もしも素焼きの板なしに電気分解すると、水酸化ナトリウムと塩素が直接反応して次亜塩素酸ナトリウムと水素ができてしまう。
 
 素焼きなら歴史の教科書に土器の作り方があるし、村に職人もいる。前世ならガラスの実験器具があって気体の回収も簡単だったが、この村でガラスは作れないので、何度も壺の試作を繰り返すハメになった。

「えーと、将来的にこの村の産業の助けになるような、基礎的な実験ですかね?」

 この世界の事を色々と教えてもらっているマイナ先生からは、前世の知識をペラペラ喋らないように言われている。

「ふーん。例えば?」

 監査で疑われないようにする事と、マイナ先生との約束と、どっちが大事だろうか?

「これは研究中で、真似されると困るんですが、錬金術の類とかですね」

 こちらの世界にも一応『化学』めいたものはあって、『錬金術』と呼ばれている。こちらの世界風に言えば、怪しまれないはずだ。ギリギリのラインを見極めて喋るしかない。

「馬鹿を言うな。こんなガキが錬金術だと?」

 アモン監査官は一通り料理を堪能してから、話に戻ってきた。この人、字も読めないし、相当視野も狭そうだ。どうやって役人になったのだろう?

「んー。この村が教会の聖水に似たものの作成に成功しているのは、王都の治療院が確認しているんだよね。匂いはぜんぜん違うけど、効果はあるらしいよー」

 オーニィ監査官はグサリと核心を突いてくる。このまま隠し切れるだろうか?

「そうそう。1ヶ月前、賢人ギルドのターナ・フォートランとマイナ・フォートランが訪問してて、イントくんと交流があったらしいんだけど、ナグっち、なんか知ってる?」

 続く言葉に、ガタッ、とアモン監査官が身を乗り出してくる。

「なるほど! フォートラン伯爵家からの支援かっ。それならば納得だ」

 なるほど。それで丸く収まるなら、それで行こうかな。

「マイナはともかく、ターナ叔母様は博識なので、錬金術に精通している可能性は無いこともないが、私は何も聞いていないな。先程イント君からマイナに師事しているという話は聞いたがーーー」

 視線がこちらに集中する。ここは波に乗っておこう。

「液体石鹸については、ターナ先生のおかげです。ですから、液体石鹸の製造はターナ先生を中心にシーゲンの街の賢人ギルドで行う予定です」

 水酸化カリウムを使った液体石鹸が形になったのも、ターナさんが失敗作を色々と検証してくれたおかげだ。だから製造販売はターナさんに任せた。利益の一部を貰える事になってはいるが、嘘はついていない。

「そうかそうか。ところで、その液体石鹸とやらの製法は見せてもらえるのであろうな?」

 アモン監査官は涎を垂らさんばかりだ。見せたらろくなことにならないパターンだろう。

「石鹸については、コンストラクタ家が主たる利権を握っているわけではないようだ。液体石鹸については監査対象ではないので、当家預かりとさせていただく」

 そう宣言するナーグ監査官を、アモン監査官が忌々しそうに睨んだ。

「ふぁ~、お腹いっぱい。これは晩御飯も期待できるなぁ。あ、ボクらはこれから一休みして、監査の進め方について打ち合わせするから、次は晩御飯の時に来てね。明日以降、村中で聞き取りするから、その周知もよろしく」

 オーニィ監査官は膨れたお腹をさすりながら言ってくる。椅子に座ると地面に足が届かず、見た目も幼いが、なぜか一番大人っぽく見えた。
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