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第一章『死の谷』
34話 嫌疑
しおりを挟む治療院のオバラ院長たちが、報告書を届けに王都へ出発してから1ヶ月、村は商人と護衛の冒険者たちで賑わっていた。
オバラ院長は道すがら、熱中症とレイスウィルスと名付けられたウィルスによる感染症を治療しながら王都へ向かったらしく、噂はあっと言う間に国中に広まったらしい。
そのせいで、商機に敏感な個人の商人たちが次々と村に集まってきてしまった。
だが、元々村に宿屋はなく、仕方なく開放している領主の館も、すでに貸せる部屋は残りわずかだ。今、宿屋も急ピッチで建設しているが、商人だけでなく、馬車の御者に護衛の冒険者たちもいて、さすがこれだけの人数は収容できないだろう。
商人たちは村人とうちの中庭で取引をしているので、日中はずっと騒がしい。多分宿屋を何軒か建てないと、この喧騒から解放されることはないだろう。しばらくは無理そうな気もする。
そんな中庭を見下ろすこの窓からは、取引の様子が良く見えた。
村人たちは商品を積んだ荷車を引いて現れ、商人たちはその周囲に集まって競りを始める。商品は一番高値をつけた商人の馬車に積み込まれ、代金は村長に渡され、税金が差し引かれて村人に渡される流れだ。
多分計算ができないので、直接やり取りできないだろう。
商品の一番人気は塩漬け肉の燻製を樽に詰めたもので、二番人気が次亜塩素酸ナトリウムの消毒液が入った壺、三番人気が生姜味や柑橘風味のスポーツドリンク樽といったところか。
それに対して、魔物の皮はまったく売れていない。なめした皮を運び込んだ村人の周りに商人は近寄らず、しょんぼくれた様子で館の物置に置いて帰っていく。皮は流行り病による特需があるわけではないので、僕らの手でシーゲンの街の職人街まで売りに行く必要があるだろう。
「おい村長さん! これだけ塩漬け肉が作れるんだ。どっかに塩を蓄えてるだろ? それを売ってくれよ! 高く買うからよ!」
見ると、商人ががなり声をあげて、村長に詰め寄っていた。こういう風に塩そのものを要求してくる商人もいる。だが、父上はまだそれを許可していない。
商人の護衛として訪れた冒険者が、そのまま空き時間に魔物狩りをしていくので、肉や皮の在庫は補充され続けているからだ。
それを塩漬けにするための塩を売ってしまうと、せっかくの売り物を腐らせる事になってしまう。ある程度備蓄してからでないと、塩そのものは売れない。
村長は必死の形相で、要求を断っていた。
「うーん。これじゃお金が貯まるまで、もう少しかかるかもなぁ」
だが、僕がもらえるお小遣い条件は、塩の販売価格の5%だ。塩は村人に高く売る訳にもいかないので、マイナ先生を呼べるほど貯まらない。
賑わう中庭を見下ろしながら、僕は物思いにふける。
マイナ先生が残していった宿題は全部終わってしまったし、教科書で勉強しようにも例題は問題数も少なく、すぐに終わってしまう。
仕方なく教科書を小学校からやり直しているが、一人でやっていても張り合いがない。友達が欲しい。
「ああ、ヒマだなぁ。学校行きたい」
僕は領主の息子だ。この調子で村が豊かになったら、僕の代には学校自体を作れるのではないだろうか? まぁ、僕は元々しがない受験生なので、先生がいないと厳しいが。
「ん?」
義母さんの授業に行くために椅子から立ち上がると同時に、開け放たれたままになっている門から、身なりの良い3人組が入って来たのが見えた。
商人の恰好じゃない。多分貴族だ。
「聞こえるか! ヴォイド・コンストラクタ男爵! こちらは貴族院の特別監査官、アモン・パールである! 貴君には塩の密輸と流言、それに救民規制法違反の嫌疑がかかっている! おとなしく出て参られよ!」
うわぁ。確か貴族院といったら、貴族の不正を取り締まる部署だ。考えられる原因は王都へ送った報告書ぐらいだが、あの報告書は不正の嫌疑をかけられるような内容ではなかったはず。
と、言う事は陰謀か何かだろうか?
うち、取り潰されたりして。
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