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第一章『死の谷』
16話 地学と塩のありか
しおりを挟む「なるほど。あの奇病の原因は塩分と水分の不足だったか……」
痙攣は何とか収まり、今は眠っているシーピュさんの横で、父上は僕の話を難しい顔で聞いていた。
「塩か……」
父上は何を悩んでいるんだろう?塩なんて海からいくらでも取れるはずで、不足する理由がわからない。ないなら買えば良いだろうに。
「塩だよ。シーゲンの街まで行って買おうよ」
僕の提案に、父上は首を左右に振る。そこまでお金がないんだろうか?
「あのねイント君。今お塩は、王国中で不足してるの。シーゲンの街でもほとんど手に入んないのよ」
父上の横で話を聞いていたマイナ先生が補足してくる。なるほど、そもそも買えないのか。
だが、それより気になったのは、父上の雰囲気がパッと明るくなったことだ。マイナ先生が同調してくれたのが嬉しかったのだろうか?
「そう。馴染みの商人にも頼んでいるんだが、ぜんぜんでな。マイナさん、どこか良いところを知らないか?」
うちの父上はイケメンである。だが、だからこそマイナ先生と話す時にやたらキラキラするのはやめて欲しい。マイナ先生は中学生ぐらいの年頃で、父上は20代後半。何だかモヤモヤする。
「すいません。お塩はお母様の実家から送られてきていて、詳しくないんです」
父上の質問に、マイナ先生が笑顔で答える。だんだん気安くなっているのが、なぜか悔しい。
「やっぱり難しいか。もう隣国から密輸するぐらいしか手はないかもしれない」
密輸、ということは、禁止されてるんだろうな。禁止と言えば、父上がマイナ先生に近づくのも禁止できないものだろうか。
「病気のことが王都に報告されたら、品薄がさらに加速しますしね。でも密輸はやめた方がよろしいかと」
2人ともなんだか楽しそうだ。
「海から取れば良いのでは?」
話についていけないので、素朴な疑問をぶつけてみる。
「ふむ。よく塩が海から取れることを知っているな。でも、残念ながら我が国に海はない」
なるほど。ここは内陸国だったのか。でも海がなくてもまだ塩を取る方法はある。
「じゃあ、どっかで岩塩は取れないの?」
岩塩は地学の教科書で見た。前世のキッチンに置いてあったのも覚えている。
「何ですか? それは?」
マイナ先生が反応した。よし、興味を引けたぞ。
「塩でできた岩で、地面の中に埋まってるんだ。掘り出して削れば塩として使えるよ」
「ちょっと待って? どうして地面の中の塩があるの?」
賢人ギルドって賢い人が集まっているのだと思っていたけど、マイナ先生、実は学校では成績が良い方ではないかもしれない。色々知らないことが多そうだ。
「地殻変動で海が切り離されて、干上がってできた塩が地層の中に……」
「地殻変動? 海が切り離される? 地層?」
父上もマイナ先生も首を捻っている。どうやら伝わっていないらしい。
「見つかってなさそうですね。じゃあ塩水の温泉ならどう?」
マイナ先生はまた首を捻っている。
「えっと、それはどう言う意味?」
マイナ先生の察しが悪い。もしかしてわざとだろうか? 実は僕がどこまで知っているか試しているとか?
「海の水には塩が溶けてるんだ。だから煮詰めれば塩になるんだけど、同じように塩水が湧く温泉があるの。温泉調査してるなら、どこにあるのか知ってるのでは?」
マイナ先生は空中を睨んでいる。しばらく考えて、目を見開く。
「温泉の効能を調べる時、味を見るっていうやり方があるの。塩かどうかはわからないけど、しょっぱいって温泉、たしかにあるわ。確か『死の谷』の温泉もそうだって文献をが読んでた気がする」
マイナ先生の言葉に、沈黙がおりる。まさかこんな近所にあるとは思っていなかった。
「つまり何か? 『死の谷』の温泉を煮詰めれば、無尽蔵に塩が得られるかもしれないってことか?」
見た限り、『死の谷』の魔物密度は尋常ではない。ここで塩を煮詰める作業をするのは難しいだろう。
「なら味を確認して、もししょっぱいなら煮詰めてみるのも良いかも」
「そうか。うちで『死の谷』に一番詳しいのはアブスだから、ここから一番近い源泉を聞いてみるか」
父上は早速アブスさんを呼び出す。アブスさんは話を聞くと、すぐに稜線から少し『死の谷』に入ったところの斜面を指さした。
「あの煙が上がってるあたりなら、どこ掘っても熱い水が湧きやす。魔物どもが掘ってるのを何度か目撃しやした」
煙じゃなくて、湯気だが、なるほど。もしかしたら地面が白いのは塩気のせいかもしれない。
「ジジイどもの話によると、昔その水を飲んだら霊力が増すんじゃないかって掘った奴がいたらしいですが、集まってきた魔物どもに食われたそうっす。あっしも別の泉で飲んでみやしたが、不味くて飲めたもんじゃなかったっすよ」
アブスさんはあっさり重要情報を提供すると、仕事に戻っていた。父上と交代した義母さんと一緒に周辺にトラップを仕掛けて回っているらしい。
「よし。んじゃ飯の前に、穴掘ってくるか」
父上はおもむろに剣を抜くと、僕らが見ている前で稜線から死の谷の方へ降り始めた。父上はアブスさんが指さしていたあたりに辿り着くと、地面にサクッと剣を突き刺す。
そしてブルっと震えてさらに剣を地面に押し込んだ次の瞬間、父上の前の地面が爆発したように吹き飛んだ。白かった地面が吹き飛んで、褐色のくぼみが出来上がる。ちょうど露天風呂ぐらいのサイズだろうか。
父上がさらに剣を降ると、斬撃が地を走る。特に力を込めているわけでもなさそうで、理屈はさっぱりわからない。だが斬撃が走り抜けた後には、お湯が流れるのにちょうど良さそうな溝がきっちりと出来ていた。
「どうしたんですの?」
爆発音を聞きつけて、ターナ先生がやってくる。石鹸の壺はもう冷えたらしく、手に持っている。もしやずっと壺の傍にいたのだろうか。
「ああ、また仙術ですのね。今度は何と戦ったのかしら?」
狩人さんたちもターナさんと一緒に様子を見に来たが、父上が作ったくぼみを一瞥して、すぐに戻っていった。どうやら慣れているらしい。穴を掘るという概念が壊れる。
父上はしばらく穴をのぞきこみ、穴の底を触った後、指先をひとなめして斜面を登って戻ってきた。顔はかなり嬉しそうだ。
「確かにしょっぱいお湯が湧いてきてたから、これはひょっとしたらひょっとするぞ。明日は忙しくなるな!」
父上は浮かれた声で、そのまま食事の準備をしている狩人さんたちに声をかけに行く。
「ほら! イントたちもこっち来いよ!」
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