上 下
13 / 190
第一章『死の谷』

13話 僕の進路

しおりを挟む

 高校生にもなって泣くのはちょっと恥ずかしい。そう思いながらも、しばらく泣き止むことはできなかった。

 前世はもちろん、今世を含めても、今まで生き物を自発的に殺したことはない。命の危険を感じる狩りにも全然慣れていない。

 いろんなものがないまぜになって、僕は声をあげて泣いた。

 マイナ先生は、僕の顔や髪の毛にべっとりとついた飛猿の返り血を、ずっとハンカチで拭ってくれている。だが、血のベトベトした気持ち悪さも、短剣や槍で肉を断つ手応えも、まったく拭えそうにない。

「イント!やるじゃない!」

 今日のキャンプ地の確保を終えた義母さんが、戻ってくるなり僕を抱き上げてくる。僕の革鎧は飛び散った返り血で汚れていて、それが義母さんのキレイなローブを汚す。いつも汚れてないから綺麗好きかと思っていたけど、汚れることを気にしている様子はない。

「初陣で弓をちゃんと当てるなんて、さすが姉さんの子ね!」

 僕が牽制のつもりで放った矢は、同じ飛猿に命中して、致命傷になっていたらしい。義母さんはそれを殊の外喜んでいた。何でも、母上は聖霊神術と弓の名手で『狙撃』とかいうそのまんまな異名があったらしい。義母さんとは双子で仲が良かったのだろう。本当の子であるストリナと同じぐらい、僕を可愛がってくれている。

 僕はその他に2匹倒しているので、最初のトラップに掛からなかった飛猿5匹のうち、3匹は僕とマイナ先生が倒したことになる。

 初陣としては充分すぎるほどの成果なのだろう。義母さんも誇らしそうに笑っている。

「次は、毛皮を傷めないように狩れるようにならないとね」

 だが、僕が倒した傷だらけの獲物を見た瞬間、義母さんはそんなことを言い出した。『次』の要求が高すぎて、また泣きそうになる。
 
 確かに畑が満足に開拓できない辺境では、魔物の素材が売れなければ生活していけない。魔物が多く、人手も足りないので、領主で貴族の父上でさえ、ほとんど狩人や冒険者と変わらない生活をしている。

 だから、父上の子である僕にも、優秀な狩人や冒険者の能力を持つことが期待されている。それはわかる。わかるが、僕は命のやり取りで生活をしたくない。

「僕、危ないのはもう嫌だ!」

 抱きすくめられた状態から、義母さんを押しのける。
 
 飛猿が投げてきた石は、なぜか当たった瞬間弾けた。あれは相当な衝撃だったし、あれが鎧を着ていない先生や、僕の頭に当たっていたら危なかっただろう。あの石器の槍だって、刺されたら死んでいたかもしれない。

 一昨日の晩もそうだ。あの狼のスタンガンみたいな攻撃だって、僕が受けていたら心肺蘇生できずに死んでいただろう。この世界は危険すぎる。

「あらあら。仕方のない子ねぇ」

 義母さんは革鎧の返り血でローブがどんどん汚れていくのを気にした様子もなく、駄々っ子にそうするように抱きしめて、背中をトントンしてくる。

「大丈夫。あなたは姉さんとヴォイドの子供だからね。もっと強くなれるから」

 義母さんは優しい声音で囁いてくる。だが、そうではない。僕は死ぬのが怖いのだ。

 もっと強くなるまでに、どれだけの修羅場を抜けなければならないのか。途中で死んだら元も子もないし、今度死んだら多分記憶は戻らない。

「さ、移動しましょう」

 僕の手を握ったまま、義母さんが立ち上がる。義母さんは僕の話を聞く気はなさそうだ。それを悟って、僕は口を噤む。

 周囲を見回すと、僕が泣いている間に片付けは進んでいた。必要な荷物は全て馬に乗っているし、燃やした灰もかまどからなくなっている。

 そして、村からは新たな狩人たちがやってきていて、入れ替わりに狩人が数人村に帰る準備をしていた。彼らは肉や毛皮が満載された組み立て式の荷車を引いている。あれは村で加工されて、シーゲンの街に出荷されるのだろう。

 言い知れぬ焦りを感じる。このまま家業である領主を継いで良いのだろうか?毎日こんな危険な生活を送っていたら、いずれ魔物に殺される。僕は物語に出てくるようなチートな能力は何も持っていないのだ。

 だが、幸いなことに受験勉強の記憶は戻ってきた。こっちの世界で通用するかはわからないけど、教科書も手に入った。都会に行けば大学ぐらいあるだろう。転生はしてしまったけど、大学を諦めてしまうのは早くないだろうか?

「義母さん、僕は勉強がしたい」

 僕を馬に乗せようと、持ち上げてくれていた義母さんの動きが一瞬止まる。

 前世で8歳の頃といえば、勉強することがとにかく嫌で、解けない問題があると宿題を隠したりしたものだ。勉強がしたいと言って、義母さんが驚くのも無理はない。

「うちは国境貴族よ。武門なの。それに貧乏だしね。残念だけど、先生を雇う余裕はないわ」

 確かにうちの村で学校を見たことがない。先生方にたった半日、村人に文字を教えてもらった時でさえ支払いを渋っていた我が家だ。つまりは貧乏なのだ。

「お金の目処がたてば、認めてもらえる?」

 美容の専門家を名乗るターナ先生でさえピンときていないようだから、石鹸は珍しいものかもしれない。ならば、うまくやれば石鹸は売れる。

 そして、石鹸の材料は油と灰とお酒(アルコール)だ。
 
 魔物油は、常温では固形なので、芯を入れて蝋燭のような使い方をされる。うちでも夜に使われているが、肉が焼けるような独特の匂いがあり、街での売値は安いらしい。

 灰は、こちらでは冬場薪で暖房をしているし、炊事も薪だからそこから出る灰を集めれば困らない。残るはお酒だけど、父上が出入りの商人から買っているのを見たことがあるので、村では作られていない気がする。もし作られていないなら、輸入するしかない。

 問題はどのくらいの儲けが出るかだけど、それはおいおい考えれば良いだろう。

「お金の目途が、って、何をどうするの?」

 義母さんが鞍の後ろに乗ってきて、手綱を握る。今回は走らなくて良いから楽だ。

 マイナ先生とターナさんもすでに馬に乗っていて、出発の準備は整っている。

「ちょっと考えてることがあるんだ。石鹸を作れたら、売れるんじゃないかと思って」

「石鹸って何かしら」

 義母さんの怪訝そうな声で聞いてきた。チラリとこちらを見てくるマイナ先生も、僕のせいで血に汚れていて、申し訳ない気分でいっぱいになる。

「手や体、服なんかを洗うものかな。きっと売れると思うんだ」

 僕は今すぐお風呂に入って、全身を石鹸で洗いたい。きっと一度経験すれば、マイナ先生も石鹸の魅力に気づくだろう。

「良く分からないけど、それをするための人やお金は、うちからは出せないわよ?」

 マイナ先生の方を見ると、聞こえていたらしく、頷いてくれた。ちょっとは手伝ってくれると言うことだろう。

「大丈夫。なんとかするから」

「本気ならヴォイドにも聞いてみるけど、訓練はやめたらダメよ?」

 義母さんは困ったように僕の頭を撫でてくる。本当は訓練も嫌と言いたかったが、それを口に出す前に、馬は動き出してしまった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

加護とスキルでチートな異世界生活

どど
ファンタジー
高校1年生の新崎 玲緒(にいざき れお)が学校からの帰宅中にトラックに跳ねられる!? 目を覚ますと真っ白い世界にいた! そこにやってきた神様に転生か消滅するかの2択に迫られ転生する! そんな玲緒のチートな異世界生活が始まる 初めての作品なので誤字脱字、ストーリーぐだぐだが多々あると思いますが気に入って頂けると幸いです ノベルバ様にも公開しております。 ※キャラの名前や街の名前は基本的に私が思いついたやつなので特に意味はありません

ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~

楠富 つかさ
ファンタジー
 地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。  そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。  できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!! 第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

処理中です...