そこは誰もいなくなった

椿 雅香

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大騒動(1)

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9 大騒動

 
 数日後、祐樹からメールがあった。

 あれ以来、何となく気まずくて連絡していなかったが、緊急事態のようだ。

 スマホの画面には、『とんでもない情報をゲットした。相談したいことがあるから、放課後、俺の家に来てくれ』とある。

 
 一体、何ごとだろう?
 一旦家へ帰って、制服を着替えると、お袋が買い置きしてあるクッキーを一箱持って祐樹の家へ出かけた。

 出迎えた祐樹は、目の下にクマができて憔悴しきっている。

 

 あれからそんなに経ってないのに、どうしたっていうんだろう?



 祐樹の様子が、あまりにも切羽詰まっていたのに驚いた。


「どうしたんだ、祐樹?風邪でもひいたか?」

「そんなんじゃない。とんでもないことになってる」





 祐樹が語ったのは、本当にとんでもないことで、俺はいっぺんで目が覚めた。
 
 恋だの愛だの言ってる場合じゃなかったのだ。


「百合さんには、連絡したのか?」

 
 俺が訊くと、祐樹が首を振った。

「井上のヤツにスマホ没収の刑にでもあってるんじゃないかな。
 何回メールしても返事がないし、電話はいつだって電源切ってる」

「小百合とは連絡つかないのか?」

「右に同じだ。多分、百合さんと一緒なんじゃないかな」
 


 俺たちは、頭を抱えた。
 
 


 祐樹が百合に伝えたかったのは、柴山に道路が通るって話だった。



 前々から現在ある二本の有料道路を結ぶ道路を柴山のど真ん中を突っ切るルートで作る計画があった。

 ただ、一般市民は、そんな計画があったことさえ忘れていた。
 用地買収には金も時間もかかるからだ。
 
 柴山を突っ切る道路を作るには土地を買収しなければならない。
 だが、登記簿上の所有者はほとんど死んでいるのだ。
 
 そもそも、田舎の山林や田畑は、所有者が亡くなってもすぐには登記しない。
 だから、登記をしない間に相続が何回も行われた結果、相続人が数十人に及ぶことさえある。
 その場合、相続人は登記簿上の所有者の子であれば良い方で、下手すると、孫やひ孫になる。
 
 よくある話だ。

 
 だから、用地買収をしようすると、本来なら所有者一人を相手にするところを子が生きていれば子を、子が死んでいるなら子に代わって孫を相手にすることになる。
 子、孫、ひ孫とおりてくると、当然ながら数が増えるわけで、やっかいなことに、それらの人々が、就職先や嫁ぎ先の都合で、北は北海道から南は九州沖縄まで散らばっていることだってあるのだ。

 しかも、柴山には誰も住んでいない。
 用地買収の対象の土地の所有者の親族がどこに住んでいるかなんて尋ねる相手もいないのだ。
 
 そこを何とか調べて交渉するのだが、担当者の苦労は相当なものだ。
 
 そんな地道な交渉が実を結んで、この度、必要な土地のほとんどをゲットできたのだという。

 

 めでたいことだ。

 
 まあ、所有者にしても、住んでもいない土地に道路ができるということで県が買い上げてくれるのは、ありがたいことだから、思ったよりサクサク進んだのだろう。

 

 ところが、最後に残った柴山の某所は異例だった。

 担当者が他の土地の交渉に没頭している間に相続による取得登記がされてしまったのだ。

 亡くなった小山聡一氏の土地で、孫の加藤百合が相続した。

 担当者は、これは案外簡単に買収できるかもしれない、と淡い期待を抱いて交渉に臨もうとした。
 
 だが、現在の所有者ある加藤百合と接触できなかったのだ。
 というのは、この時点で加藤百合は柴山に住んでいなかったからだ。
 
 住んでいない土地なら買収に応じてくれるだろうと、高をくくったのが甘かった。
 いくら調べても、どこを調べても、加藤百合がどこに住んでいるか分からないのだ。

 やっとのことで、実家が大阪にあることを調べ上げ、そこへ出かけたら、実家のみなさんは、百合がどこに住んでいるか知らないと頭を下げた。

 どうやら加藤百合は変人らしく、住んでる場所を家族にも秘密にしていたらしい。

 

 この頃には、百合は柴山に住んでいたのだが、用地買収の担当者には、百合の事情なんか分からないし、別荘のように使っていることも知らない。

 あまりの難問で諦めかけたとき、現地を見に行った職員が、柴山に住んでいる人間がいることに気付いたのだ。

 


 もしかして、加藤百合は柴山に住んでいるのか?
 嘘だろ?
 
 関係者一同色めき合った。

 
 何しろ、柴山には、水道も電気も通ってないし、電話も通じない。新聞屋が配達してるという話も聞かないし、プロパンガスの業者が出入りしているという噂も聞かない。
 
 つまり、ライフラインと呼ばれるものがないのだ。
 
 

 その話を聞いた市の職員は、自分たちが水道管の補修をしていないことを棚に上げ、水道も来てないところに住むなんて非常識だ、と文句を言った。

 
 しかも、住民票も移してないのだ。

 住民票を移してくれたら、市民税を収めてもらえるのに、と、職員にはそっちの方が気になった。

 県の用地買収の担当者にすれば、土地さえ売ってくれれば、柴山の家を別荘として使っていようが、放置していようが、どうでも良いし、住民税に至っては関係ないと思っている。
 県民税というものがあるけれど、それは別のセクションの考えることだ。



 フェアな百合が聞いたら、激怒しそうな、自分勝手な連中だった。


 

 祐樹のお袋さんは、俺たちが件の加藤百合と親しくしていることを知らない。

 知らないから、あっけらかんと言ったそうだ。


「ねえ、祐樹。あなた、俊哉くんとしょっちゅうあの辺へ遊びに行ってるじゃない?
 その加藤さんって人の家って、どうなってるか知ってる?
 
 今、市役所じゃ、その話で持ち切りなのよ。
 噂じゃ、普通にリフォームして住んでるって話だけど……嘘っぽいわね。
 ちゃんと登記までしたってことは、将来、建て直して住むつもりだったりして……。
 だとしたら、用買に応じてくれないかもしれないわね。担当者も大変だわ。
 
 ただ、あの土地がダメなら、すごく迂回しなくちゃならなくて、それって、ものすごくお金がかかるから、できたら、迂回したくないって話なんだけど……」



 俺たちは、額を寄せて相談した。



 待てよ。

 よく考えたら、俺たちが口を挟む筋合いじゃないのだろうか。
 いや、はっきり言っておこう。俺たちにだって、口を挟む権利がある。
 何てたって、百合の家は、俺たちの秘密基地だったのだから。
 


 俺たちは、悶々とした。



 百合は、どうするだろう?
 

 土地を売らなかったら、迂回ルートをとって計画変更することになるだろう。
 だが、それだって、柴山を突っ切ることに変わりはないわけで、家の近くを自動車専用道路が通ることになるのだ。
 
 
 百合が柴山の家を気に入っていたのは、隠れ家的な意味でだ。
 短い付き合いだが、そのぐらいは分かる。

 それが、人通りの多い幹線道路がすぐ側を通ることになる。

 きっと、嫌だろう。

 でも、あの古い家をリフォームしたり、小水力発電装置を設置したりと、手間とお金をかけた百合の城を手放すのは惜しいだろう。


 

 俺と祐樹は、ため息をついて顔を見合わせた。



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