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多野椎奈(4)
しおりを挟む翌日、俺たちは百合の買い物に付き合った。
軽四でロードサイドのスーパーへ出かけたのだ。
軽四の後部座席って男子高校生には狭くって、買った商品を置くスペースがないんじゃないかと心配した。
百合によれば、スーパーへ行くのは、柴山に来てまだ二度目らしい。
本当に久しぶりだと笑うのだ。
この人、どんだけ、ネットスーパーに依存してるんだろう。
百合を見ていると、大人の引き籠もりって感じがする。引き籠もりじゃなかったら、大人のオタクだ。
でも、伊達に長く生きたわけじゃなかった。
その証拠に、百合の買い物は面白かった。
お袋の買い物と全然違うのだ。
ここまで違うと、同じ「買い物」という単語を使うのが申し訳ないほどだ。
百合は、一人暮らしなのに、大量に買い込む。
一週間分以上買い込むのだ。
だから、買ったものが車に乗りきらないので配達を頼むのだ。
今回は俺たちが後部座席を占領していたが、俺たちが乗っていなくても、あの大量の商品を積み込むのは不可能だろう。
何しろ、野菜、肉、魚、乳製品に始まって様々な加工食品、それに、トイレットペーパーやティシュペーパーなんかも一気に買い込むのだ。
久しぶりに実物を見ながら買い物した百合はご機嫌だったが、俺たちはクタクタになった。
スマホの電卓機能をフルに使って、こっちは一個いくらだから、あっちの方が安いとかなんとか言ってなかなか決まらない。
お金持ちなんだから、たかがトイレットペーパー買うぐらいで、そんなに悩むな!って言いたくなった。
次からは、せめてトイレットペーパーやティシュペーパーなんかはネットスーパーオウンリーにしてくれ!
買い物が終わると、疲れて甘いものが欲しくなる。
俺たちは、百合が気にするダイエットは無視して、フードコートでパフェを食べた。
そもそも、中年のおばさんがダイエットってどうよ。
ダイエットというのは、年頃の女の人が気にするもので、五十前後のおばさんとは無縁はずだ。
でも、お袋だって、体重を気にしてたっけ。
女の人は死ぬまで体重やスタイルを気にするんだろうか。
ところで、百合によれば、柴山に引っ込むと、アイスクリームは食べられても、冷凍保存に向かないパフェみたいなものは疎遠になるので、こういう機会に食べておかなければならないのだという。
食べておかなければならないって、し好品にその言い草はないだろう。
パフェを食べるのは義務じゃない。しかも、そんなにパフェが食べたいなら、あんな辺鄙なところに住まなきゃ良いのだ。
でも、フルーツと生クリームがてんこ盛りのパフェに、百合だけじゃなく、俺たちもご機嫌になった。
疲れると甘いものが超美味しい。
帰りの車の中で、井上さんの話になって、百合は断言した。
「あの人、絶対、ウチが関東圏に引っ越すと思とったんや。
そやから、ウエルカムちゅうて呑気に構えとったみたいや。
で、ウチが、東は東でも日本海側へ出たもんやから、真っ青になって飛んできはったんや。
編集長にえらい怒られた言うて泣きついて来はったけど、ウチ、始めから東京行くなんて一っ言も言うてへん。
勝手に誤解して、期待しとったあっちが悪いんや」
「でも、気の毒と言えば、気の毒な話ですよ」
おずおずと援護すると、逆に気の毒がられた。
「あんた等、ウチの担当代行のアルバイトすることになったんやってな。
気の毒な話や。あんまり巻き込まれんようにし」
なるほど、井上さんの読みは当たっていたようだ。
「仕方なかったんです。別の誰かを派遣されたら、俺たちが柴山でしてきたことが白日の下にさらされることになる危険性もあるわけで……」
祐樹が言い訳するが、いかにもって感じで、百合が怒り出すんじゃないかとハラハラした。
幸いなことに、簡単にスルーされたけど。
百合にとっては、俺たちの事情なんか眼中になかったのだ。
やれやれ、仕方がないから、バイト料の分は仕事をすることにしよう。
とりあえず、井上さんの代わりに突いておくか。
「でも、お金をもらう以上、仕事をしないわけにはいかないんです。
締め切りだけは守ってくださいね」
柴山は交通の便が悪い。しかも、雪で電話線が切れてしまったから固定電話が使えない。
本来なら、NTTが補修するのだろうが、電力会社と同様、住んでる人がいない地域の電話線を修理するのは無駄だと判断したのだろう。
そもそも、住む人もいない集落では、誰も基本料金さえ払わない。ということで、とっくの昔にサービスは中断されている。
光ケーブルなんか論外だ。
百合は、もっぱらスマホを使っているが、原稿のやり取りや出版社との連絡も全部あれでやるのだろう。インターネットだってスマホでこなしているようだ。
でも、それって、百合がその気にならないと連絡が取れないってことになる。
柴山へ、一線で活躍している百合が引っ越してきたってこと自体、奇跡というより無謀だと思えた。
翌週台所をのぞいて納得した。
床の上ではなく土間に大型冷蔵庫が置いてある。もしかして床に置くと、床が抜けるのかもしれない。
中を覗くとこの前買い物した食材がきちんと収まっていた。スーパーも近所ならともかく、こんな遠いところまで配達しろと言われるのは、迷惑な話だろう。
「この前、スーパーでパフェ食べてただろ?
一緒にいたおばさん、何者?
えらく親しそうだったじゃないか?
買い物手伝ってあげてたみたいだけど、お礼があのでっかいパフェって、エビ鯛じゃねえか。
俺も交ぜてもらいたかったよ」
授業が終わった後で、クラスの山口が探りを入れて来た。
どうやら、先日の買い物を見られていたらしい。
こいつは、おごってもらうのが大好きな男だ。パンでもお菓子でも何でもおごってもらえるなら、どこでも誰にでも付いて行く。
誘拐されるんじゃないかと心配になるほどだ。
厄介な男に見られたものだ。
「最近知り合いになったおばさんだよ。あのおばさんの手伝いをしてるんだ」
「何それ?」
「ときどき用事を頼まれるんだ。アルバイトってわけじゃないけど、手伝ってあげると、おごってくれたり小遣いくれたりするんだ」
「良いなあ。どこで知り合ったんだ?」
「どこで、って道でさ。
祐樹と一緒にサイクリングしててさ、自転車降りて、ぶらぶらしてたんだ。
そんとき、声かけられたんだ」
嘘じゃない。
あのとき、俺たちは自転車をそこら辺に置いて、元小山さん家を覗いていたんだから。
「年増のナンパか?」
「ナンパってわけじゃないよ。
第一、こっちは二人なんだ。あり得ないだろ?
自転車のこと訊かれたんだ。良い自転車だねとか、どんな道を走るのかとか。
あれが、きっかけだな」
これも嘘ではない。
「自転車…か。お前らの自転車、すげえもんなあ。
あんなの乗ってたら、声もかけたくなるさ。
俺も買ってもらおうかな」
「町の自転車屋じゃ現物置いてないから、カタログ見てお取り寄せになるよ」
「いくらぐらいするんだ?」
「ピンキリさ。数万から百万以上するのもあるんだ。
適当に初心者向けのを選んだんだ」
危ない危ない。
中山なんかに会わせたら、百合の正体は即行バレる。
それどころか、俺たちサイクリング同好会の悪行も衆目の知るところになる。
祐樹にも注意するよう言っておこう。
多野椎奈は、誰もが知ってる有名作家だ。俺たちが知り合いだということを秘密にしなけりゃならないのだ。
知られたら、必ず、どうして知り合いになったかと訊かれる。
そしたら、そもそも、柴山で他人の家に勝手に上がり込んで秘密基地を作っていたということを白状しなければならなくなるのだ。
それは、よろしくない。
よろしくないどころか、絶対避けたい。
自分の正体を秘密にしたい百合と俺たちは、利害関係が一致した仲間だ。
もしかして、こうなることが分かっていて、俺たちを助手にしたのだろうか。
だとしたら、のほほんとした、ちょっとばっかし押しの強い大阪のおばちゃんだと思っていた百合は、かなり腹黒いことになる。
祐樹も同じ意見のようで、俺たちは、あの人に必要以上に深入りしないということで意見が一致した。
とにかく、俺たちは、他の連中には内緒で、井上さんに命じられた百合に執筆を促すという仕事に精を出すことにした。
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