そこは誰もいなくなった

椿 雅香

文字の大きさ
上 下
8 / 27

出会い(1)

しおりを挟む
3 出会い 

 
 秘境柴山に秘密基地を作ると決めてから、俺たちは、精力的に柴山へ出かけた。

 
 ここらは、冬は雪で閉ざされる。だから、活動できるのは春から秋までだ。

 
 俺たちは、秘密基地を春から秋までの間なら泊まれるレベルにしたいと計画した。

 少なくともシュラフを持ち込めば、普通にキャンプ――寝るのは家の中だけど、キャンプとしか言いようがないだろう――できる程度にしたかった。



 ただ、ここに難問があった。

 最初に柴山へ行ったとき、春の終わりだったこともあって、雪が少し残っていた。

 雪国育ちの俺たちにしてみれば大した量じゃないが、それでもほんの少し、木の根元や土手の陰や日当たりの悪い家の陰なんかに残っていたのだ。

 
 柴山が本当に廃村かどうか確認するため、集落中を走り回ったとき、雪の重みで壊れた家を見かけた。

 秘密基地を作るなら、雪の心配をしなければならない。俺は、真面目にそう思った。

 冬、雪下ろしのために、柴山まで通うなんて論外だ。そもそも雪の中じゃ自転車が使えないし。

 井戸水を屋根まで持ち上げて、一日中流しっぱなしにするとか、そういう方法をとらなければならないだろう。

 でも、その場合の動力源はどうすれば良いのだろう。



 グルグルと悩みだす俺にシビアな声が降ってきた。


「俊哉、お前、もしかして、雪の心配してないか?」

 うっ。祐樹には何でもお見通しだ。

 いつものように、俺の悩んでいることなんか、簡単に斬って捨てた。

「雪の心配なんか、今、するな。
 冬が来る前までに考えれば良い」

「だって……」

「お前の言いたいことは分かる。それでも」

「それでもって?」

「今一番しなけりゃならないのは……」

「今一番しなけりゃならないのは?」

「ここを寝起きできる場所にすることだ。
 それから先のことは、そんとき考えたら良いんだ」


 理路整然とした説得は、いつものパターンだ。

 いつもは、なすすべもなく引き下がるのだが、このときは必死に食い下がった。

「せっかく作った秘密基地を雪のせいで諦めなくちゃならないなんて、面白くないじゃないか。
 そんなくらいなら、最初から作らなきゃ良いんだ」
 
 俺の言い分を聞いた祐樹は鼻で笑った。

「万々一、雪のせいでせっかく作った基地が潰れたとしても」

「潰れたとしても?」

「少なくとも、春から秋まで遊べたら、それで良いんだ。
 潰れたら、家はたくさんあるんだ、別の家に作り直せば良いだけだ」

「その程度のものなのか?」

「その程度のものなんだ」


 
 なんだか、必死になった自分が馬鹿に思えた。




 確かに、家はたくさんある。

 万一、秘密基地が潰れたとしても、別の家を秘密基地にすれば良いのだ。
 

 毎年秘密基地を作るのは大変かもしれないが、大工でもない俺たちが、絶対壊れない家なんか作れるはずがないのだ。

 


 なるほど。
 
 壊れるかもしれない、と、あるかないか分からない将来を憂えて何もしないより、壊れたらまた作れば良いって程度で楽しくやるのが、正しい楽しみ方か。

 
 



 柱や梁がしっかりしていて、住み心地の良さそうな家を選んで、他の家から持ち込んだ建材で補修した。
 
 建材といっても、他の家の壁や天井から引っぺがしてきたわけで、立派な犯罪かもしれない。いや、多分、犯罪だろう。

 
 でも、俺たちが壊さなくても、早晩雪が壊してしまうのだ。
 滅茶苦茶になる前に、リサイクルするのだから、神様だって許してくれるさ。

 これが犯罪なら、俺のお袋にも祐樹のお袋さんにも、申し訳なくて合わせる顔がないじゃないか。 
 
 


 家の修理は、大変だったけど面白かった。
 頑張れば頑張っただけ、目に見えて住みやすくなるからだ。


 

 問題は掃除だった。

 
 自慢じゃないが、自分の部屋だってまともに掃除したことがない。

 部屋の状態が目に余るほどひどくなると、我慢できなくなったお袋が勝手にしてくれるからだ。
 
 言うなら我慢比べだ。
 
 大抵、お袋が負けることになる。
 後で、ひとしきり小言を言われることになるが、自分で掃除をしなくて済むだけ儲けものだと、割り切ることにしている。

 だから、いくら秘密基地が欲しいからって、嫌いな掃除なんかしたくなかった。
 
 しかも、この場合、柴山に着くまでに、自転車で散々走ってるわけで、嫌いなことをする体力なんか残ってない。

 
 祐樹も同様のようで、どちらが掃除をするかで、喧嘩になった。

 
 たわいもない子供の喧嘩だ。

 結局、修理も掃除も二人ですることになって、一件落着。
 



 まあ、いろいろあったわけだ。


 

 そんなこんなで、俺たちの秘密基地は、夏休み前には完成した。


 元々の持ち主は、小山聡一さんらしいが、小山さんは施設に行ったか天国に行ったか、とっくにどこかへ行ってしまっている。

 探偵事務所でも使って本気で調べれば分かるだろうが、そんなことをする気は毛頭ない。

 第一、そんな金もない。



 とにかく、この家を俺たちが利用しても罰はあたるまい、ということで勝手に納得した。


 万一、親族の人から返還を求められたら、速やかに返すつもりだが、そういうことは、まずないだろうと、高をくくっていた。


 

 だから、毎週土曜になると、お袋にはキャンプだと言って柴山に出かけ、俺たちは秘密基地で一晩過ごした。

 電気のない家で過ごすのは、正直怖かった。
 真っ暗で、鼻をつままれても分からないからだ。
 
 もしかして、小山聡一氏の一族の亡霊が、家に勝手に上がり込んだことに激怒して化けて出るんじゃないかと本気で心配した。

 でも、祐樹の前で怖いとは言えない。
 暗い家なんか怖くもなんともないって顔で虚勢を張って頑張った。

 後で聞いたら、祐樹も怖かったらしい。

 チェッ。見栄張って、損した。






 柴山で過ごすようになって分かったことだが、田舎が静かだなんて嘘だった。

 
 春にはあちこちで鳥が鳴いていた。
 そのくらいなら許せた。いかにも長閑な田園風景ってBGMだからだ。

 問題は夏だった。

 昼は、蝉の大合唱だ。あちこちに点在する林の中で一斉に鳴くから、無茶苦茶うるさかった。
 特に、秘密基地と定めた元小山さん家の庭の木に集まった蝉の合唱は、文字通り頭の上で鳴かれるわけで、頭が割れそうなくらいだった。
 夜になってようやく静かになると、今度はカエルが鳴き出すのだ。中にはウシガエルまでいて、高い鳴き声の合間に地面の底から響くような声で鳴いた。

 あんまりうるさいので、おちおち寝てられない。

 

 寝かせてくれ!という気分だった。


 
 夏休みは長期滞在だってできる。

 せっかくだから、と一週間過ごした。
 
 蝉やカエルの鳴き声を一週間も我慢した俺たちを褒めてほしい。

 一週間もいると弁当だけじゃ足りない。食材を持って行ってカレーなんか作った。
 
 テントで寝たらキャンプだが、俺たちのキャンプ場は、古い見捨てられた家をリサイクルした秘密基地だ。


 さすがに、お盆の時期になると、墓参りに訪れる人がいるんじゃないかと気が気じゃなかった。

 
 だってそうだろ?
 
 万一、顔を合わせたら、俺たちは立派な不審者だ。
 
 下手すると警察に通報されて、親や学校にチクられることになる。
 あらゆる方向からのお叱りが予想され、面倒なことになるのが目に見えていたからだ。
 
 
 だが、結局、誰にも会わなかったし、田んぼの側に点在するお墓に誰かがお参りに来た形跡もなかった。
 
 俺たちの心配は、杞憂に終わったのだ。


 

 ラッキー。

 
 柴山は、完全にうち棄てられていて、誰も墓参りにさえ来ないのだ。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命一年と宣告されたので、好きな子脅して付き合うことにした。

蒼真まこ
ライト文芸
「オレの寿命、あと一年なんだって。だから彼女になってよ。一年間だけ」  幼い頃からずっと好きだったすみれに告白した、余命宣告と共に。  そんな告白は、脅しのようなものだけれど、それでもかまわなかった。  大好きなすみれに幸せになってもらうためなら、オレはどんな男にでもなってやるさ──。  運命にあがくように、ひたむきに生きる健と幼なじみの二人。切ない恋と青春の物語。 登場人物紹介 中山 健(たかやま たける) 心臓の病により、幼い頃から病弱だった。高校一年。 人に弱音をあまり吐かず、いじっぱりで気が強いところがあるが、自分より周囲の人間の幸せを願う優しい少年。 沢村 すみれ(さわむら すみれ) 幼なじみの少女。健と同じクラス。 病に苦しむ健を、ずっと心配してきた。 佐々木 信(ささき しん) 幼なじみの少年。長身で力も強いが、少し気弱なところがある。 ※ノベマにも掲載しております。

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

旅 _ air girl _ 人

小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】
ライト文芸
 透明少女。  それはその街の、地元の、一部の、女の子しか知らない女の子。夏休みの間にしか会えず、誰もあったことのないという少女。そんな蜃気楼のような噂。  街から街へと仕事を探しながら、バスに乗って旅をしている青宿悠人(あおやどひさと)。しかし仕事は見つからず、空腹が限界となりなけなしの金でラーメンを注文。そこでバスの少女と再開し、ある噂に逢会した。それが透明少女。  無職の青宿は、隣街の方が大きいと聞き、仕事を探しにあるき出すが…………街から出られない。  青宿は噂が流れる学校に通っているラーメン屋の看板少女「戀風祈鈴」と戀風の超過保護友人「神北水桜」クラスメイト「伊吹海星」「桜坂六合東」と共に謎解明のため行動を始める。

王子様な彼

nonnbirihimawari
ライト文芸
小学校のときからの腐れ縁、成瀬隆太郎。 ――みおはおれのお姫さまだ。彼が言ったこの言葉がこの関係の始まり。 さてさて、王子様とお姫様の関係は?

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...