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3話 孤独な令嬢

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 お昼の時間、エストリア魔法学院も例外なく食事の時間となる。
 貴族生徒達はほぼ例外なく学園の隣接のカフェテリアで食事を取る。
 一流のシェアを多数を備え、略式的に言う【和洋中】どんな種類の食事も選ぶことができるのだ。

 貴族ゆえに派閥なども多く、食堂では親しい者達でグループ化して席を取ることも多い。特に上級貴族が所属する男子の【キング】寮、女子の【クイーン】寮の生徒達は優先して席を取ることができる。
 下級貴族が所属する【ナイト】寮【ビショップ】寮の生徒は上級貴族に付き従う形となることが多い。
 平民が所属する【ボーン】寮の生徒は許可なく入ることすら許されない。

 ファンヌは男爵位の令嬢ではあるが生徒会長となったため【クイーン】寮で生活をしている。
 しかし当然嫌われものの生徒ゆえに派閥にも属していない。よってカフェテリアへ行かず、いつも1人で行動している。
 ファンヌは弁当を手にいつも食事を取るお気にいりの場所に向かい、腰かけた。

「ふふ……クイーン寮は綺麗で助かりますわ」

 ファンヌのお気にいり場所。それはクイーン寮のトイレである。
 5つ個室が存在し、その中の1箇所だけ物置きが1つ多いためファンヌは重宝していた。
 各々生徒は1人1つの部屋が与えられているのだが放課後までに戻ることを校則で禁じられている。

 ファンヌ・タルアートは食事を取る友達が1人もいないため便所飯となっている。
 それは1学年時の【ビショップ】寮にいた頃から変わらない。

 正確にいえば友達がいないわけではない。
 あくまで食事を取る友達が1人もいないだけなのだ。

「ぐすっ……ぐすっ……。今日も断られたぁ」

 隣の個室から聞こえる甘ったるい猫撫で声に弁当を開けようとしたファンヌは動作が止まる。
 またかとファンヌは気分が落ちる。
【クイーン】寮に来てからというものの……1人で気持ち良く食事が出来ることができなくなっていた。

「ティー様」
「ファンヌさん! 聞いてくだひゃい!」

 ティー様こと、ティートリアはファンヌがここを昼の拠点とする前から【クイーン】寮の便所飯の主だったようで1人で食事を楽しみたいファンヌにとっては良い迷惑だった。

「クイーン寮の子はいらぬ噂が立ちますわと断られるし、ビショップ寮の子はおそれ多くて……って言われるし……何でなんですかぁ」

「ま、まぁ……あなたの立場だと仕方ないのかもしれませんね」

 ファンヌにはティートリアに誘いを断る女性生徒の気持ちがよく分かる。
 だけどそれを言うのはさすがにはばかれるため口にはしない。

「それなら男子生徒と食べれば良いのでは?」
「むぅ~~。ファンヌさん、ティーの立場的にそんなことできないって知っているじゃないですかぁ。いじわるぅん!」

 この媚び媚びの声がまた勘に触るのだろうなとファンヌは思う。
 カフェテリアにはお側付きのメイドなどの入場も禁じているため生徒自身の社交性が必要となるのだ。

「前も言った通り……ティーと一緒にお昼を食べましょうよぅ!」
「結構です。わたくしは1人が性にあっているので」
「えぇ……寂しいじゃないですか、ティーと友達じゃないですかぁ」
「別に……後でいくらでも会えるでしょう。私達はあれに所属しているのですから」

 藁にも縋る気持ちでティートリアは言うがファンヌの意志は変わらない。
 ここで了承してしまうとなし崩しにカフェテリアに行くことになってしまうと分かっているからだ。
 ファンヌの弁当は持ち込みである。決して裕福な家の育ちではないファンヌにはカフェテリアのメニューはお高すぎるのであった。
 貴族社会のカフェテリアで生徒会長がお手製弁当を持ち込むという行動も……あまり褒められた行動ではないと自覚していた。

「わたくしはこの学園に学びに来ているのです。それに交友というのは互いに信頼関係を育んでこそ」

「ファンヌさんって友達関係の話になると饒舌になりますよね! エリートぼっちのカンロクですねアヒャヒャ!」

 ファンヌはのフォークを握りつぶした。

 ティートリアの中身のない話を適当に聞いているとクイーン寮のトイレに数人入ってくる足音が聞こえる。
 ファンヌは物置きに弁当を置き、。そして足音はファンヌが入っている個室の前で止まった。
 

「今日も暑いですわね~」
「ええ……暑いですね」
「こんな日は水を浴びて涼しくなりたい……わね!」

 そんな言葉と同時にファンヌの個室の上から大量の水が流れ込んできた。

「ちゅべたぁぁぁぁあああい!!」

 水を被り、悲鳴が上がってしまう。
 それと同時に笑い声が上がった。

「アハハハ、暑い時期だからって水浴びだなんて!」
「生徒会長さんも水浴び楽しかったなぁぁ?」
「クイーン寮のトイレを卑しい下級貴族が使って欲しくないんですけど!」

 バタンと扉が開いた。

「ひ、ひ、ひどいですううううぅぅぅ!」

 扉を開いたのはずぶ濡れとなったティートリアの姿であった。
 ファンヌの個室に水をかけようとした女性生徒達は皆、血の気が引いたような顔をする。

 水をかけたはずの個室の扉が開く。

「あらあら……皆様、ひどいことをなさるのね」

「ひっくひっく! うわあああぁぁぁん」

「ティートリア王女殿下に水をかけるだなんて……いくら上級貴族とはいえまずいのではないですか?」

 びしょびしょになったティートリアはキッっと女性生徒達を睨む。

「顔を覚えましたからねぇ! お父様に言いつけてやるぅぅ! わぁぁぁぁーーーん!」

 セルファート王国第一王女ティートリアは全速力でトイレから走り去ってしまった。
 唖然とする女子生徒達にファンヌは告げる。

「現国王様はティートリア様を溺愛されていますからね。早くフォローに行かれた方がいいかと」

「……こけし女のくせに!」

 ファンヌの言葉に上級貴族の焦り、ティートリアの後を追った。

「ふふ……たやすいこと」

 ファンヌは個室に隠して置いた傘に目をやる。振ってきた水を全てティートリアの方に被せたのだ。
 このような嫌がらせは日常茶飯事のため別段気にすることもない。

 いかにして……やり返すか、ファンヌの頭脳はそればかりが冴え渡っていた。
 そのためには王国王女すら利用する。
 生徒会長として絶対に屈してはいけない。
 ファンヌは第二王子エクセルを王にし、王妃となるのだから。

 父親ゆずりの傲慢な性格、母親ゆずりのひん曲がったな性格。
 それがファンヌ・タルアートであった。

 しかし昔からファンヌ・タルアートがこのような性格だったわけではない。
 魔法学院初等部の頃のファンヌを知るものは皆、こう呟くのだ。

 あの事件からファンヌは変わってしまったと……。
 明るく優しく、万人に平等な性格だったファンヌがこけし令嬢と詰られるようになったあの6年前の事件からだろう。
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