上 下
1 / 50

01 全てを失った少年

しおりを挟む
「ロード。貴様は用済みだ。どこへでも行くがいい」

「え?」

 それは旅の目的が全て終わった直後の話だった。
 後に英雄王と呼ばれるようになるアレリウス・ヴィル・アテナス様の辛辣な言葉に10歳になったばかりのおれは頭が真っ白になり 止まってしまう。

「聞こえなかったのかしら。アレリウスは出て行け……そう言ったのよ」

 アレリウス様に寄り添う、恋人でもある聖女ローデリア様。
 いつも見惚れてしまいそうな余裕のある美しさも今日は険しく恐ろしい。鋭い眼光におれは震えが止まらなくなる。

「どこへたって……」
「後ろにいけばいいでしょ。そんなことも分からないの?」

 後ろってそこは切り立った崖しかない。
 今いる標高のある山の中腹から転落したら間違いなく助からない。
 つまり……死ねと言っているのか。朝一でこんな場所にいきなり連れてこられて、勇者と聖女に囃し立てられる。

「な、なぜですか! おれは……この勇者パーティで戦力にならないのは分かっていたけどみんなの力になろうと必死で! がっ!」

 言い終える間もなく体を蹴り飛ばされる。
 地面の味がして、激しいの痛みで立ち上がれない。

「ハッハ! アレリウスさんの命令に口答えしてんじゃねーよ、ロードッ!」

 おれを蹴り飛ばしたのは7人の勇者パーティの1人……支援職サポーターのエリオスさんだ。

「俺達勇者パーティはよ~! 魔王をぶっ殺した! それは理解してんなぁ!?」

 魔王討伐。それがおれを除く七人の勇者パーティに定められた目的だ。
 多数の魔物を使役し、世界を混乱に陥れていると言われる魔の国の王を一昨日討伐したばかりだった。

「これからアテナス王国に戻ったら国中で俺らを称える大凱旋のはじまりだぁ! でも、てめぇのような小間使いがパーティにいたらどうなる!? 汚点になっちまうんだよ! みなしごでボロボロのてめぇがアレリウスさんの側にいたらなぁ!」

 おれはまだ10歳で戦える力もなく、小間使いとしてこのパーティに雇われていた。
 奴隷のような扱いだったけど……故郷の村の仇である憎い魔王を倒せるならとおれは必死にアレリウス様達を支え続けたつもりだ。

希少ユニークスキルを持っていたから期待したのにどんなスキルか分からないまま旅が終わったわね。役立たずの子供、わたくし達をじろじろ見て……気持ち悪い」

「そ、それはみなさんの力になろうと少しでも技術を見て覚えて……」

 生まれつき記憶力には自信があったので少しでも役に立つため寝る間も惜しんで勉強して知識をつけて、勇者パーティ7人のスキルを観察し続けた。
 アレリウス様の『勇者』『武道』スキルにローデリア様の『魔導』スキル。エリオスさんの『斥候』スキル。
 他の勇者パーティのみなさんのスキルを可能な限り知識として蓄えた。

「本当はもっとお役に立ちたかったんです! でも……がぁっ!」

 エリオスさんに背中を強く踏まれた。
 激しい痛みと共に血反吐が出てくる。毎日毎日虐待を受け続けた体は限界を迎えていた。

「ローデリアさんに口答えしてんじゃねーよ、クソガキッ!」

「お、お願いします。アテナスに戻ったら消えます……。だから殺さないで……ください」

 おれは精一杯アレリウス様に頭を下げた。
 地に膝をつけ、媚びるように頭を下げる。

「お願いします……。故郷が魔物に滅ぼされてしまった中、アレリウス様に助けて頂いたご恩に報いたいんです!」

「ロード」

 アレリウス様がゆっくりと近づいてくる。
 眩しい銀髪に威風堂々とした態度。全身鎧の胸につけるライオンの紋章のペンダントはアテナス王国の王子であることの印である。
 さきほどまでの冷徹な振る舞いと違い、少しだけ口頭が緩んでいるように見えた。

 おれはそんなお姿に期待を持った……が、気付いた時生じたの鋭い痛みだった。

「あああっ!?」

 終末の大剣【フィナーレ】を抜かれ、頬筋を強く裂かれた。
 激しい痛みに言葉を隠せない。

「魔王を倒した今、のない貴様に価値はない」
「ハッハッハ! ロードォ、もうその跡……治らねぇかもな!」

 エリオスさんは激痛で頬を押さえる俺を指をさして笑う。
 故郷が滅ぼされた時に受けた頬の傷は跡として残っていた。故郷を失った悲しみがそこには残されていたんだ。
 そこをアレリウス様に裂かれてしまう。

「恩ってよぉ、おまえは何を覚えてるんだよーォ! ギャハハハ!」

「え……」

「ロードォ! おまえ、自分の家族や故郷の名を言ってみろーっ!」

 エリオスさんは腹を抱えて笑い始める。
 故郷。そんなの忘れるはずもない。生まれ育ったあの……あれ、おれの故郷ってどこだ?
 故郷の姿も名前も……モヤがかったように思い出せない。
 父も母もいたはず……妹? 弟? 誰がいたんだっけ。

 おれの記憶の中で故郷の部分だけ消え去っていた。
 いつどこで生まれて、何をしていたかその部分だけが消え去っていた。

 思い出せるのは死にかけている俺の手を握ってくれたアレリウス様の姿のみ。
 魔物によって滅ぼされた故郷の中、たった1人生き残ったおれを7人の勇者パーティの方達が救ってくれた。

「記憶を奪った相手に土下座なんて、ほんとお粗末だなぁ」

「え、記憶を奪う?」

「エリオス、余計なことを言うな」
「ひっ! す、すみませんアレリウスさん」

 アレリウス様に言われ、エリオスさんは下がっていった。

 記憶……記憶ってなんだ。
 俺が思い出せないこの記憶のことをアレリウス様は知っているのか。

「ロード」

 血が流れる頬を押さえ、ゆっくりと見上げると世界すらも縮こまらせてしまいそうなほどの威圧感に押され、ゆっくりと後退してしまう。
 その先は崖。これ以上下がったら落ちてしまう。

「ここで斬られて死ぬか。落ちるか……選ぶがよい。死にたいなら俺が殺してやる」

「あぁ……」

 アレリウス様がおれに大剣を向けた。
 本気だ、本気でおれを殺そうとしている。
 ローデリア様もエリオスさんも、おれを見下し、おれの死を心の底から喜んでいる。

 アレリウス様の鋭い眼光が俺を見据えた。
 おれの取れる選択肢は1つしかなかった。

「うわあああああああああ!」

 崖から飛び降りた。
 その選択肢しかなかったんだ。


「アレリウス、殺さなくて良かったの?」

「フン、この崖から落ちて生きてはいられまい。それに生き残った所で奴隷の言葉など誰も耳を貸さんだろう。それに刃向かうならその闘志と一緒にたたき斬ってやる」

「さすがアレリウスさん! すげぇっす!」


 ◇◇◇



 どうしてこうなったんだよ。
 おれはアレリウス様を尊敬していたのに……、故郷を滅ぼされた中、唯一おれだけを助け出してくれたあの人を!
 毎日毎日、エリオスさん筆頭に奴隷や実験動物のような扱いを受けてもいつか仲間として認めてくれる日を望んでいたのに最期はこんな結末になるのかよ……。

 始めからこうするつもりでおれを手元に置いたのか。全部終わったら捨てるつもりだったんだ。
 屈辱的な毎日を思い出すだけで涙が出てくる。おれは勇者パーティのストレス解消の道具でしかなかったんだ。

 だけど勇者達は知らない。
 おれが7人の勇者パーティの力を知識として蓄えたことである程度再現できるようになったことを。
 7人の勇者にどのような能力があって、どのような知識を持っていたか……全て頭に入れていた。

 本当はアレリウス様やローデリア様に褒められたいために頑張ったので、今となっては全部無駄になってしまった。
 まだ10歳で体が追いつかないから全ての能力を再現することはできないけど……崖から落ちたこの体を守る術を持っていたことだった。

「【衝撃吸収インパクトアブソーブ】発動!」

 空中で気を失わないように気をしっかりと持ち、地面に落ちる瞬間にスキルを発動した。
 勇者パーティの人達の暴力から身を守るためにこのスキルで衝撃を緩和していたから発動タイミングは理解している。

「はぁ……はぁ……」

 正直奇跡だった。
 もし崖から落ちた先が斜面だったらそのまま削られて死んでしまっただろう。
 地面に直だったのはありがたい。
 あとは崖下が森だったことも衝撃の緩和に影響している。

 何とか生き残ったけど……。これからどうする。
 この森は恐らく魔の国とアテナス王国を繋ぐ、ミドガルズ大森林。
 強力な魔物が住む森で……10歳のおれはあっと言う間に食べられて殺されてしまうだろう。

 だけどおれには勇者を観察して習得したスキルがある。
 エリオスさんの取得スキルだった【エンカウント無効ノーバトル】を再現する。

 どんなスキルでも効果時間と使用後待機時間クールタイムが存在するが、このスキルは使用後待機時間クールタイムが存在しない。
 このスキルを維持すれば魔物の索敵を避けて、この森を進むことができる。

 絶対、絶対……生き抜いてやる。

「きゃああああ!」

「っ! 何か今……悲鳴が聞こえたような」

 アレリウス様がいた方向ではない。違う方向で女の子の声が聞こえた。
 同じ方向で獣が唸る声も聞こえる。
 正直、助けられる状況じゃない。裂かれた頬から流れる血はまだ止まらない。【衝撃吸収インパクトアブソーブ】で緩和したとはいえ肉体へのダメージは軽減しきれていない。
 今度こそおれ自身が殺されてしまう可能性がある。

 だけど。
 おれ自身が誰かに助けてもらって生き延びたんだ。
 無視するわけににはいかない!

 声のする方向で走っていると狼の魔物に取り囲まれた子が縮こまっているのが見えた。
 おれよりも小さい子供だ……。

 絶対に助ける!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者がパーティーを追放されたので、冒険者の街で「助っ人冒険者」を始めたら……勇者だった頃よりも大忙しなのですが!?

シトラス=ライス
ファンタジー
 漆黒の勇者ノワールは、突然やってきた国の皇子ブランシュに力の証である聖剣を奪われ、追放を宣言される。 かなり不真面目なメンバーたちも、真面目なノワールが気に入らず、彼の追放に加担していたらしい。 結果ノワールは勇者にも関わらずパーティーを追い出されてしまう。 途方に暮れてたノワールは、放浪の最中にたまたまヨトンヘイム冒険者ギルドの受付嬢の「リゼ」を救出する。 すると彼女から……「とっても強いそこのあなた! 助っ人冒険者になりませんか!?」  特にやることも見つからなかったノワールは、名前を「ノルン」と変え、その誘いを受け、公僕の戦士である「助っ人冒険者」となった。  さすがは元勇者というべきか。 助っ人にも関わらず主役級の大活躍をしたり、久々に食事やお酒を楽しんだり、新人の冒険者の面倒を見たりなどなど…………あれ? 勇者だったころよりも、充実してないか?  一方その頃、勇者になりかわったブランシュは能力の代償と、その強大な力に振り回されているのだった…… *本作は以前連載をしておりました「勇者がパーティーをクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら(かつて助けた村娘と共に)、最初は地元民となんやかんやとあったけど……今は、勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが?」のリブート作品になります。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

ゲームのモブに転生したと思ったら、チートスキルガン積みのバグキャラに!? 最強の勇者? 最凶の魔王? こっちは最驚の裸族だ、道を開けろ

阿弥陀乃トンマージ
ファンタジー
 どこにでもいる平凡なサラリーマン「俺」は、長年勤めていたブラック企業をある日突然辞めた。  心は晴れやかだ。なんといってもその日は、昔から遊んでいる本格的ファンタジーRPGシリーズの新作、『レジェンドオブインフィニティ』の発売日であるからだ。  「俺」はゲームをプレイしようとするが、急に頭がふらついてゲーミングチェアから転げ落ちてしまう。目覚めた「俺」は驚く。自室の床ではなく、ゲームの世界の砂浜に倒れ込んでいたからである、全裸で。  「俺」のゲームの世界での快進撃が始まる……のだろうか⁉

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...