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4章 3学期

116 運命のバレンタインデー②

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「貰ってくれますか……私のチョコレート。まだ14日ですから」

 月夜の頬に触れていた手を外す。月夜の顔は血色が良くなっており、少し温まることができたのだと感じる。
 僕は月夜の渡してくれた紙袋を受け取った。
 さっそく、紙袋から白い箱を取り出し、箱の蓋を開く。

「い、今食べなくてもいいですよ」
「今、食べたい」

 箱の中は4つの仕切りが入っており、それぞれ直方体のブロック型の黒いチョコレートが詰められていた。
 ブラウニーっていうんだっけ。本当に綺麗に作られているな。それぞれのチョコレートに白い文字が書かれている。これだけで手作りであることがよく分かる。
 4の内の1つを手に取る。表面には大き目のナッツやドライフルーツが置かれ、色彩が鮮やかだ。

「綺麗だぁ」
「……」

 ふと月夜の方に視線を向ける。恥ずかしそうにでも嬉しそうに……口をぎゅっと噤んで、両手を胸に当てている。
 僕はそんなに料理しないからこのチョコブラウニーの難しさは分からないけど、この一週間できっと月夜は一生懸命作ってくれたんだと思う。
 それだけで胸が熱くなる。
 僕は月夜がくれたチョコレートを半分口に含んだ。
 ああ、とっても甘い……。

「美味しい……」
「ほんと……ですか?」

 僕は頷いてもう一口、残るチョコレートを口に入れて噛み締めた。濃厚なチョコの甘さにナッツやフルーツなどの別の甘味が上手く合わさって本当に美味しい。
 何より月夜が僕に作ってきてくれたということが……とても嬉しい。

「こんな美味しくて、嬉しいチョコレートは生まれて初めてだ。月夜、本当にありがとう!」

 人はこんなに自然に笑えるんだな。僕は……自分でも分かるくらい満面の笑みを浮かべた。

「はぐっ……」

 月夜は胸を両手で押さえて息を荒くする。
 少しだけ不思議に思ったが……僕は構わず言葉を続けた。

「本当に嬉しい。こんなに嬉しいと思ったこと今までなかった。月夜に出会えてから……嬉しいことばかりしかないよ」
「はぁ……はぁ……」
「今夜月夜と出会えてつらいこと……悲しいこと……全部吹き飛んじゃった」
「……ぐっ」

「月夜は本当に優しいね……。君は僕にとって一番特別」






「やめて!!」





 慟哭にも似た激しい口調で月夜は叫ぶ。僕はその変化に驚き……口を閉じ、瞬きを何度もしてしまう。

「どうしてそんなこと言うの……」

「え、月夜?」

 月夜は胸を押さえつつ顔をぐっと振り上げた。

「そんなこと言われたら……もっと好きになっちゃう。私は……好き。太陽さんのことが……本当に好きなの!」

 月夜の声のトーンが上がっていく。


「好きで好きで好きでたまらないくらい好きで! あなたを好きになったあの夏の日から毎日恋焦がれていた!」


「なのに現状維持って言われて……わけがわからない!! 私はこんなにもあなたのことを想っていて、あなたも想ってくれているんじゃないの!? 釣り合いとかわけわかんない! そんなの付き合ってから考えてよ!」


「だけどあなたが好きだからぐっと我慢した。この溢れて出て止まらない恋心を抑えようと頑張った。……でも無理だよ。初詣も誕生日も……このバレンタインデーもあなたに会うたびに私はあなたを好きになる!」


「かわいいって言ってほしいから一生懸命オシャレして、照れてくれるから恥ずかしいけど気を惹こうと体をくっつけて、美味しいといってくれるから料理もたくさん作った。髪が綺麗だって言ってくれるから長い時間を掛けて手入れもした」


「現状維持なんて嫌! 手を握りたい、腕を組みたい、抱き合いたい、キスだってしたい、それ以上ことだってしたい、髪を撫でてもらいたい、写真だって撮ってほしい、こちょこちょだってしてほしい、料理をもっと美味しいって言ってほしい、かわいいって言ってほしい、綺麗だって言ってほしい、私をもっともっと見てほしい!」


「なのに毎日告白してくるのは喋りたくもない男達ばかり。本当に告白して欲しいのは1人なの! あなたはその先へ進んでくれない! どうして!?」


「遊びだけならそれでもいい。離れてほしいなら悲しいけどそれでもいい。だからちゃんと教えてよお! 私が近づくのが嫌ならしっかり遠ざけてよ! 中途半端に私の心に入ってこないで! ありがとうも嬉しいも優しいも特別も全部私の心に届くの!! 胸が痛いよ、恋がこんなに胸が痛いものだって知らなかった。」


「こんなに苦しいなら恋なんてしなければよかった。【7月のあの時】死んでしまえばよかった! 私をこれ以上惑わせないでよおおぉぉ!」 

 僕は……月夜の訴えに何一つとして反応することができなかった。
 月夜がここまで思いつめていたなんて……知らなかった。

「もういやぁぁぁああああ!」

 月夜は頭を抱えて、泣き叫び、僕とは逆方向に走り出してしまった。
 月夜を追いかけなければいけない。でも……足がまったく動かない。
 僕は……なんてことをしてしまったんだ。

 いや違う。何もしてこなかった。月夜の優しさに味をしめて、向き合うこともせず、ただ時を過ごしていただけだった。

 体が崩れて、腕を地に付け愕然とする。

「さ、最低だ……」





「やはりこうなってしまったか」

 両手両足を地につけた状態の僕は恐る恐る振り向く。
 月夜と瓜二つの容姿、栗色のミディアムヘアーで僕を見下ろす……親友、神凪星矢の姿があった。

「星矢……」
「無様な姿だなぁ、太陽」
「僕を殴ってくれ。君の大事な月夜を傷つけた僕を……殴ってくれ」

 星矢は軽く息を吐いた。

「拳を痛めるからいい。こんな夜中に大声で叫びやがって……。ここじゃ近所迷惑だ。向こうに行くぞ」
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