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3章 2学期

053 月夜とハイキング③

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 ちょっと長く休憩しすぎたようだ。帰りの電車も含めて、そろそろ下山しないといけない。
 明日は普通に学校だしね。
 帰りは下りだ。傾斜も緩いため楽な方だと思うけどさっさと降りないとな。

「太陽さん、あれ」

 月夜が声をかけた先で4.50歳くらいの夫婦らしき人達がいた。旦那さんだろうか、男性の方が座り込んでいる。
 何かあったんだろうか。

「何かありましたか?」

 問題なさそうな女性の方に声をかけてみる。

「ああ、ごめんなさい。飲み物を切らしてしまってね。この人、無理して登ったりするから座りこんじゃって……。もしよかったら分けて頂けないかしら」

 月夜はリュックから水筒を取り出し、容器にスポーツドリンクを入れて男性に差し出す。
 男性はぐっと飲み込んだ。

「ふぅ……」

 少し落ち着いたようだ。このまま休めばすぐに復調するだろう。予備のペットボトルのジュースもあったので奥さんの方に手渡した。

「助かるわぁ。ありがとう」
「いえいえ、お互い様ですよ」

 こういう所では何かあった時、常に助け合いが求められる。みんなで仲良くがモットーだ。
 今度は奥さんの方から声をかけられた。

「あなた達は高校生かしら」
「そうですね。都心の方から来ました。せっかくの休日なのでハイキングに行こうと思いまして」
「あら、いいわね。ってことは2人は恋人同士ってことなのね」

「んっ」「んっ」

 僕も月夜も言葉を濁した。
 今回デート計画なのだからはいというのが正しいのだろう。
 しかし、月夜はともかく、告白をしたこともされたこともない僕がはいと言ってしまっていいのだろうかと思ってしまう。

「そ、そうですよ」

 月夜が言葉を繋ぐ。しかし、どうにも声のトーンが安定しない。
 その微妙な雰囲気を察したのか奥さんは両手を叩いた。

「あなた達ケンカでもしてるの?」
「そういうわけでは」
「そんな時はね、10の言葉をやりましょう」
「10の言葉……ですか?」

 月夜の問いに奥さんは頷いた。
 聞く所によると相手の良い所を9個あげて、最後の1個にだからあなたが好きと伝えるゲームらしい。

「主人とケンカするときはいつもこれをするの。あなた達もやってみたら」

 良い所は何個も上げられるけど、最後の好きだというのはちょっとハードルが高くないですか!
 そしてこういう話になると間違いなく月夜は乗ってくるんだ。

「太陽さん、やりましょう!」
「あはははは……はぁ」

 奥さんの立ち合いの元、僕と月夜は向かい合う。もうすでに恥ずかしいんだが……。

「じゃあ、彼氏の方からやってみましょうか」

 仕方ない。最後だけスルーして9個良い所上げていこう。

「ちょっと待ってくださいね」

 月夜はごそごそとポケットの中で手を動かし、どうぞ! と笑顔で答えた。
 これは恥ずかしいなぁ。いや、デートの練習なんだ。本気でやればいい。

「月夜は…‥‥1つ目、気配り上手な女の子だ。準備でもたくさんフォローしてもらった」
「はい」
「2つ目、綺麗な髪をしている。手入れもされていて、触り心地がとても良い。気品が溢れている」
「3つ目、友達想いの子だ。友達が悲しんでる時に慰め、喜んでる時に一緒に騒いでくれる良い子だ」
「4つ目、頭がいい。それをひけらかすことはなく、得た知識をみんなに伝えてくれる優しい子だ」
「……うぅ」

 月夜は小さく声を上げ、手で顔を隠し始めた。あと5つか。

「5つ目、料理が上手。今日のご飯とても美味しかったよ」
「6つ目、仕草がとてもかわいい。一挙一動ずっと見ていたくなる」
「7つ目、声がとてもきれいだ。ずっと聞いていたい、そんな声だ」
「あの……ちょ……」

「8つ目、子供にやさしい。きっと将来はいいお嫁さんになれると思う」
「9つ目、だから誰よりも綺麗で美しい」
「10つ目……そんな月夜が、その……えと……好きだよって月夜!?」

「うぅぅぅぅ! おぉぉぉぉ!」

 月夜は両手で顔を隠し始め、地面を転がりまわっている。
 手で覆われてない部分が真っ赤になっている。

「あなた情熱的ねぇ。おばさんもちょっと照れちゃったわ。あと10個の言葉って短文でいいのよ」
「え、そうなの!?」

 やばい、今になって恥ずかしくなってきた。月夜は良い所が多すぎるから10個程度ならあっという間に出るんだよな。
 しかし、この反応、さすがに言い過ぎたのかもしれない。

 10分ほど過ぎ、まだ落ち着かないながらも月夜は立ち上がった。

「太陽さん、破壊力ありすぎです。私を殺す気ですか……まったく」
「いや、別に嘘ではないよ! 本当にそう思って」
「そういうことじゃありません! もう!」

 月夜はぐっと拳を上げ、抗議する。相変わらずかわいすぎる怒り方だ。
 さて、月夜から僕を褒める番だ。問題は僕に良い所がどこまであるかだ。もしかしたら手があるとか、髪があるとかになるかもしれん。
 月夜の口が開く。

「え~と、太陽さんは……とても性格が良くて」

 なるほど、確かに照れるなこれは。これを10個も言われたら……僕も悶え死にするかもしれん。
 月夜も思い出すように微笑みながら語り掛けている。

「目が綺麗、そして鼻が高くて…‥顔がとってもかっこいいです」
「あれ?」
「とっても体付きがよくて、リーダーシップもあって、いつも話題の中心なんです」
「ちょっと」
「足もとっても速くて……私にとって王子様みたいな人……。そんな太陽さんがす……」

「さっきから誰の話をしてるの!?」
「太陽さんの話ですよ! あ、王子ってのは……その言葉が……ちょっとあれなんですけど」
「1個目はともかく、他は違うでしょ! 星矢なら分かるけど」
「お兄ちゃんは性格悪いもん!」
「知ってるよ!」

「あははははは!」

 ずっとやり取りを聞いていた奥様は手を叩いて大きく笑いはじめた。
 僕も月夜もそれ以上を言葉を吐くことができず、黙り込んでしまう。

「いいわね、若いって。あなた達は……十分素敵な恋人同士よ」

「っ!」「っ!」

 ふいに言われ僕も月夜も目を逸らすしかなかった。
 そんなこと言われたらより一層意識しちゃうじゃないか。
 昨日あまつに言われたこと……今言われたこと……月夜は僕が……。そして僕が月夜が。

 さらに帰り道……僕と月夜の間で無言が続く。何を話せばいいものか。

「太陽さん」
「あ、ああ!」

 きっかけは月夜だった。

「今日……楽しかったですね!」

 そう言って微笑む月夜の笑顔は本当に美しいものだった。
 ああ、言い忘れちゃったな。

 11個目……笑顔がとても素敵な女の子ということを……。

 月夜はスマホを取り出し、操作し始めた。
 スマホから音声が流れてくる。

「1つ目、気配り上手な女の子だ。準備などでもたくさんフォローしてもらった。2つ目、綺麗な髪をしている。手入れもされていて、触り心地がとても良い。気品が溢れている」
「月夜さん!?」
「帰りましょう! 太陽さん」

 12個目……小悪魔でいつも僕を惑わす女の子であると……。

 今はこれでいいのかな。月夜と一緒にいるこの日常を楽しんでいきたい。
 そして9月も終わりへと進んでいく。
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