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1章 8月中旬

007 食べ合い

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 暇つぶしを兼ねてモール街を朝からブラブラしていた。
 こづかいは限られているためほぼウインドウショッピングだがこうやって1人であてもなく歩くことは悪くない。
 適度に腹を空かせてフードコートに立ち寄り、好きな食べ物を頼んで満喫する。
 休日とはこういうものだよね。ちょうどハンバーガー店の新作商品が宣伝されていたので購入することにしよう。

 定番のチーズバーガーにポテト、あと新作のポテトパイをお盆を手に持ち席を探す。
 しかし、夏休みの休日だけあって家族連れだらけだ。なかなか席も空いてないな。
 どこに……座るかな。ってうん?
 隅っこの目立たない所でハンバーガーを頬張るあの娘は……。
 サングラスをしているけど栗色の髪と隠しきれないかわいさが溢れているあの娘は……。

「妹ちゃん、こんにちは」
「うぐ……? むごごごごごご!? 」

 機嫌良さそうに食べていた最中に話しかけてしまったものだから相当に驚かせてしまったようだ。彼女……神凪月夜かみなぎつきよは焦って妙な声をあげ、パンを噛みちぎり、ストローでドリンクを勢いよく飲み込んだ。

「そんな焦らなくても……」
「……こんにちは」

 食べ物を飲み込んだ妹ちゃんはサングラスを外し、恥ずかしそうに小さく挨拶した。

「誰かと一緒?」
「いえ……どうぞ」

 では遠慮なく、ということで2人用のテーブルにハンバーガーセットを置き僕は着席した。

「恥ずかしいところ見られたぁ……」
「美味しそうに食べてたじゃないか。僕も早く食べたくなったよ」
「それが嫌なんですよ! なんで話しかけるんですか!」

 あれ、前は無視するなって言ってなかったっけ。理不尽な……。言いたくなる気持ちは理解できるんだけど、僕も席が空いてなかったんだから仕方ない。

「よりによって太陽さんに見られるなんて……」

 妹ちゃんはぐっと目を隠した。異性に見られるのは恥ずかしいのかもしれないね。男の僕は見られようが気にしないけど女の子はちがうのだと思う。

「それにしても」

 妹ちゃんのお盆に乗っているのはこの店で1番大きなハンバーガーであるキングバーガーだ。ポテトも最大サイズとなっている。

「ーーーっ!」

 妹ちゃんは苦しそうに目を瞑った。

「キングバーガーも美味しいよね。お金足らなかったから買わなかったけど、今度食べようかな」
「女のくせに食べすぎだとか思わないんですか……?」
「なんで? 君の兄貴も僕も金があればもっと食えるし、成長期なんだから当たり前でしょ。気にもしないよ」

 嘘です。母親や自分の妹の食べる量と比べれば妹ちゃんの食べる量って実は相当多い。でもこの娘はそれを気にしてることも知ってるからそれを指摘したってきっと誰も幸せになれない。
 そもそもこの子細いしなぁ。食べても太らない体質なのだろう。

「他の子達はあんまり食べないから比較しちゃうんですよね。男性もお兄ちゃんや太陽さんしか知り合いいないからよく分からなくて」
「あいつは金かからない飯なら死ぬほど食うからね。びっくりするよ。もしかしてサングラスは……」
「知り合いにいっぱい食べているとこ見られるのが恥ずかしくて……太陽さんに見つかるなら普通のサイズにすればよかった」
「あはは、食べる量は体質にもよるからね。僕だって部活始めたらこんなの目じゃないくらい食べるよ」
「ほんとですか! じゃあ今度スイーツバイキングいきましょ! いいとこ知ってますよ」
「女性がいっぱいいそうだね。ほ……ほどほどにね」

 妹ちゃんの機嫌が良くなり、再びキングバーガーを頬張る。美味しそうに食べている様を見るのはこちらとしても楽しいな。でも女性の苦手な僕が食べ歩きに付き合うか……。つくづく妹ちゃんは特別な異性なのかなって思うよ。

「食べないんですか?」
「おっと冷めちゃうな。食べよう」

 少し冷めたけどチーズバーガーの包装紙を外して、パンズを頬張る。そのままポテトパイも齧った。

「妹ちゃんが飲んでるのってコーヒーフロート? リニューアルされたんだよね」
「アイスが美味しくなりましたよ。食べてみますか?」

 妹ちゃんはストローでコーヒーの中に入ったアイスをすくって僕に差し出した。
 うん……それ妹ちゃんの飲みかけだよね。
 落ち着け、関節キスなんかで混乱するのは中学生までだ。恋愛経験豊富ならこんな程度では……。クッソ、彼女いない歴16年の僕に無理だよ!
 妹ちゃんは気にせず、ニコニコした顔でストローを差し出したままだ。彼女の基準では食べ合いは普通のことかもしれない。
 僕は決意しストローの先端を咥えてアイスを吸った。予想通りあまくて美味しい。
 僕の人生で異性からもらった初アーンかもしれない。よりによってこんなかわいい子なのだから明日死んでもおかしくないんだろうな。

 私ね……太陽さんのこと好きになったかもしれない

 誰にでもするのだろうか……それとも僕だけ?

「美味しいですよね」
「美味しいです」

 君に食べさせてもらったからとは死んでもいえない。
 表情が綻びそうになりながらも必死に耐えた。妹ちゃんはそのままストローでアイスをすくってその小さな口に含む。
 僕が口をつけた所を気にせず……か。

「それ新作のポテトパイですよね」

 さっき僕が少し食べたポテトパイだ。先日売り出したばかりの新作らしい。まだまだ熱々で中のポテトがジューシィだ。

「食べてみる?」
「いいんですか! やったー!」

 ポテトパイを掴んで逆側を割って渡そうと思ったら、妹ちゃんの顔が急接近しポテトパイの食べかけの所をさくっと齧られた。食べ物が当たらないように栗色の長い髪を耳の所で手で押さえていた。
 真っ白な頰に思わず視線が行き、僕の時は止まってしまう。

 次動き出した時にはすでに妹ちゃんは椅子に座っていた。

「美味しい! 次……私も買おっ!」
「あ、ああ」
「どうしたんですかさっきから」
「いや、食べかけとか気にしないんだね」

 妹ちゃんはそこで目をきょとんとさせ、完全に停止する。
 少しの時の後に僕の手に持つポテトパイを見て、その後手元にあるコーヒーフロートのストローを見る。
 妹ちゃんの表情がみるみる紅くなり、額から汗が滲み、瞳が涙で緩む。

「あ……あ……、私、太陽さんと……かん」

 妹ちゃんは額を思いっきりテーブルに打ち付けた。

「ちょ!」
「~~~~~~~~~っ!」

 言葉にならない叫び声を上げ悶え始めた。

「ああ、ごめんね! 僕が余計なこと言わなきゃよかった!」

 この後妹ちゃんが元に戻るまでかなりの時間を要したのであった。

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