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第12章 奈落の底に棲む悪魔
22 駄目になった二人
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とにもかくにも、ルシフェリアの後出し情報によって、現在この世界で闇魔法に対する抗体があるのは、悪魔颯月と創造神ルシフェリアのみという事が分かった。「暗示」は、闇魔法に抵抗する力のない者全ての目を欺く催眠魔法だ。だから、「暗示」を使い颯月と綾那の姿を人間だった頃のものに見せかけるだけでも――例え二人の正体が悪魔だろうが――人間の過ごす街中で問題なく生活できるだろう。
「――ただし、「暗示」は魔力制御が崩れると移ろいやすい魔法だ。結局のところ、洗脳や催眠による虚像を重ねるよりも、「変換」で人間の実像を得ておいた方が安心だろうね。その方が、誰かと触れ合う度に妙な違和感を覚える心配もないし」
薄暗い砂漠を進んでいると、颯月の腕に抱かれる男児がそんな言葉を口にした。悪魔になりたてで魔力制御の危うい綾那と違い、颯月ならばそんな心配はない――と思いかけて、やめた。綾那は「うーん、まあ、そうですね……」と、歯に物が挟まったような喋り方でモゴついた。
今の彼は以前にも増してキレやすい上に、倫理の『り』の字もあるのかどうか疑わしい状態だ。例えば、綾那が異性と会話しただけで「暗示」が解けてしまうようでは困る。銀髪だけならまだしも、人混みの中で尖り耳と赤目を晒すのはまずいだろう。
特に、世界中から悪魔憑きという存在が消えてしまった今は尚更だ。赤目を見るや否や、新たな排斥の対象として認識されるのではないだろうか。
「確か「暗示」による虚像と違って、「変換」で得られる効果には持続性があるんでしたっけ……仮初の姿を受肉する魔法だから、肉体の感覚もあると」
「持続性と言ったって、ほんの二、三日しかもたないけどね。数日おきに掛け直す必要があるけれど、一度掛けてしまえば発動者の制御から完全に外れる魔法だ。だから、もし途中で颯月の気に障る事が起きても、いきなり人間の実像を失う恐れはないよ」
「なんで当然のように俺の心配をするんだ――」
「そもそも闇魔法を使えない綾那には、関係のない話だし?」
「それは確かに、そうなんだが」
そう、綾那には姿を欺くための術がない。だから常に颯月の傍に居なければいけないし、彼に「変換」を掛けてもらわなければ、王都で人間に紛れて暮らすなど夢のまた夢であった。
「人々の悪魔憑きに対する差別意識の根深さから鑑みるに、万が一にも悪魔の姿を晒す訳にはいきませんよね……いくら伝承の中の存在と言ったって、この赤い目だけで悪魔を連想されそうだし」
「そうだね。だから颯月、わざと街中で「変換」を解いて、綾那を孤立させようなんて思っちゃダメだよ。そんな事をしなくたって、彼女は君から離れて行かないし、少なくとも向こう五十年は四重奏と一緒に過ごさせてあげてるんだ」
「……………………そんな悪魔的な事は考えた事がない。なんて恐ろしい」
「わあ、凄い間だね。本当に、これだけは守りなよ? そうでなきゃ、家族と満足に過ごせなかったっていう想いが妙な後悔を招く。ほとんど不滅の存在とも呼べる君とはいつまでだって一緒に居られるけれど、ただの人間である彼女らは違う。君のパパさんやママさん、義弟くんや騎士の子らも同じさ、今くらい優先してあげなさい」
ルシフェリアはそのまま、諭すように「ほんの数十年だけ我慢すれば、後はいくらでも独占できるじゃないか」と颯月の頬を撫でた。綾那達を知る者が没すれば、後は王都を離れるも良し。彼らの関係者や子孫のその後を見守るも良し。悪魔二人で人里離れた場所へ引きこもるも良し、だ。
もちろん、悪魔としての仕事を投げ出せばルシフェリアが叱りに来るだろうが。
「はあ……もう既に綾を閉じ込めたくなってきてる。こんな状態で本当に以前のような生活が送れるのか、正直自信がない」
「私、王都へ戻ったらずっと颯月さんのお部屋で過ごすようにしましょうか?」
颯月の部屋の扉の鍵を開けられるのは、彼が許可した人物のみだ。彼は綾那と結婚して以来、竜禅の入室許可さえも取り消している。あの檻に入っていれば、さぞかし安心できるのではなかろうか。
しかし、颯月は首を横に振った。
「いや、目の届かない所に居られると気が狂いそうだ……俺が綾の檻になるしかない。常に腕の中に閉じ込めておいて、そうでなければ膝の上に置くか、どことは言わんが深いところで繋がっておくしか」
「大真面目な顔して馬鹿言ってないで、もう少し自制しながら頑張りなさい。全く、今までママさんの教えに忠実に生きて来た反動なのかな――君は快楽に弱すぎるよ」
「そりゃあ、この通り綾のせいでダメ男にされたからな。俺にとっては劇薬の可能性があるから、褒めそやすのも甘やかすのもやめてくれと言ったのに」
「ウッ……駄目な颯月さん、可愛い゛……っ!」
「はあ、二人揃ってダメダメなんだから……なんだか先が思いやられるよ。早く王都で各方面からハチャメチャに叱られれば良いのに――」
この世の事象全てを見通せるルシフェリアには、どうせ王都に戻った綾那と颯月がどうなるか大体視えているはずだ。今になって思えば、この天使がいつも詳細な説明を省きたがる理由も分からなくはない。説明した後に返って来るリアクションまで鮮明に視えているのだから、それは辟易としてしまうだろう。
ルシフェリアが綾那達に予知を聞かせる時は、酷い無茶振りのオンパレード付きだと相場が決まっている。懇切丁寧に説明したところでギャアギャアと文句を返される未来が視えているなら、適当にはぐらかして逃げるが勝ちだ。
(まあ……そもそも酷い無茶振りさえ辞めてくれれば、さほど文句も出なかったんじゃないかな、と思わなくもないけど)
各自の命や人生に関わる予知も多かったので、それは言っても詮無き事だろう。
やがて砂漠をある程度進み、首都ヘリオドールの明かりが遠のいた頃。ルシフェリアの「それじゃあ、帰ろうか」という言葉を合図に、綾那の視界は真っ白に塗り潰されたのであった。
「――ただし、「暗示」は魔力制御が崩れると移ろいやすい魔法だ。結局のところ、洗脳や催眠による虚像を重ねるよりも、「変換」で人間の実像を得ておいた方が安心だろうね。その方が、誰かと触れ合う度に妙な違和感を覚える心配もないし」
薄暗い砂漠を進んでいると、颯月の腕に抱かれる男児がそんな言葉を口にした。悪魔になりたてで魔力制御の危うい綾那と違い、颯月ならばそんな心配はない――と思いかけて、やめた。綾那は「うーん、まあ、そうですね……」と、歯に物が挟まったような喋り方でモゴついた。
今の彼は以前にも増してキレやすい上に、倫理の『り』の字もあるのかどうか疑わしい状態だ。例えば、綾那が異性と会話しただけで「暗示」が解けてしまうようでは困る。銀髪だけならまだしも、人混みの中で尖り耳と赤目を晒すのはまずいだろう。
特に、世界中から悪魔憑きという存在が消えてしまった今は尚更だ。赤目を見るや否や、新たな排斥の対象として認識されるのではないだろうか。
「確か「暗示」による虚像と違って、「変換」で得られる効果には持続性があるんでしたっけ……仮初の姿を受肉する魔法だから、肉体の感覚もあると」
「持続性と言ったって、ほんの二、三日しかもたないけどね。数日おきに掛け直す必要があるけれど、一度掛けてしまえば発動者の制御から完全に外れる魔法だ。だから、もし途中で颯月の気に障る事が起きても、いきなり人間の実像を失う恐れはないよ」
「なんで当然のように俺の心配をするんだ――」
「そもそも闇魔法を使えない綾那には、関係のない話だし?」
「それは確かに、そうなんだが」
そう、綾那には姿を欺くための術がない。だから常に颯月の傍に居なければいけないし、彼に「変換」を掛けてもらわなければ、王都で人間に紛れて暮らすなど夢のまた夢であった。
「人々の悪魔憑きに対する差別意識の根深さから鑑みるに、万が一にも悪魔の姿を晒す訳にはいきませんよね……いくら伝承の中の存在と言ったって、この赤い目だけで悪魔を連想されそうだし」
「そうだね。だから颯月、わざと街中で「変換」を解いて、綾那を孤立させようなんて思っちゃダメだよ。そんな事をしなくたって、彼女は君から離れて行かないし、少なくとも向こう五十年は四重奏と一緒に過ごさせてあげてるんだ」
「……………………そんな悪魔的な事は考えた事がない。なんて恐ろしい」
「わあ、凄い間だね。本当に、これだけは守りなよ? そうでなきゃ、家族と満足に過ごせなかったっていう想いが妙な後悔を招く。ほとんど不滅の存在とも呼べる君とはいつまでだって一緒に居られるけれど、ただの人間である彼女らは違う。君のパパさんやママさん、義弟くんや騎士の子らも同じさ、今くらい優先してあげなさい」
ルシフェリアはそのまま、諭すように「ほんの数十年だけ我慢すれば、後はいくらでも独占できるじゃないか」と颯月の頬を撫でた。綾那達を知る者が没すれば、後は王都を離れるも良し。彼らの関係者や子孫のその後を見守るも良し。悪魔二人で人里離れた場所へ引きこもるも良し、だ。
もちろん、悪魔としての仕事を投げ出せばルシフェリアが叱りに来るだろうが。
「はあ……もう既に綾を閉じ込めたくなってきてる。こんな状態で本当に以前のような生活が送れるのか、正直自信がない」
「私、王都へ戻ったらずっと颯月さんのお部屋で過ごすようにしましょうか?」
颯月の部屋の扉の鍵を開けられるのは、彼が許可した人物のみだ。彼は綾那と結婚して以来、竜禅の入室許可さえも取り消している。あの檻に入っていれば、さぞかし安心できるのではなかろうか。
しかし、颯月は首を横に振った。
「いや、目の届かない所に居られると気が狂いそうだ……俺が綾の檻になるしかない。常に腕の中に閉じ込めておいて、そうでなければ膝の上に置くか、どことは言わんが深いところで繋がっておくしか」
「大真面目な顔して馬鹿言ってないで、もう少し自制しながら頑張りなさい。全く、今までママさんの教えに忠実に生きて来た反動なのかな――君は快楽に弱すぎるよ」
「そりゃあ、この通り綾のせいでダメ男にされたからな。俺にとっては劇薬の可能性があるから、褒めそやすのも甘やかすのもやめてくれと言ったのに」
「ウッ……駄目な颯月さん、可愛い゛……っ!」
「はあ、二人揃ってダメダメなんだから……なんだか先が思いやられるよ。早く王都で各方面からハチャメチャに叱られれば良いのに――」
この世の事象全てを見通せるルシフェリアには、どうせ王都に戻った綾那と颯月がどうなるか大体視えているはずだ。今になって思えば、この天使がいつも詳細な説明を省きたがる理由も分からなくはない。説明した後に返って来るリアクションまで鮮明に視えているのだから、それは辟易としてしまうだろう。
ルシフェリアが綾那達に予知を聞かせる時は、酷い無茶振りのオンパレード付きだと相場が決まっている。懇切丁寧に説明したところでギャアギャアと文句を返される未来が視えているなら、適当にはぐらかして逃げるが勝ちだ。
(まあ……そもそも酷い無茶振りさえ辞めてくれれば、さほど文句も出なかったんじゃないかな、と思わなくもないけど)
各自の命や人生に関わる予知も多かったので、それは言っても詮無き事だろう。
やがて砂漠をある程度進み、首都ヘリオドールの明かりが遠のいた頃。ルシフェリアの「それじゃあ、帰ろうか」という言葉を合図に、綾那の視界は真っ白に塗り潰されたのであった。
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