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第12章 奈落の底に棲む悪魔

16 お試し

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 甘くも恐ろしいに見守られながら、綾那は意識を集中させた。颯月から言い渡された次のステップとは、魔力を集めて手の平大の氷を創り出す事――である。

 実践するのは、綾那が今まで何度となく見てきた騎士の使うような、攻撃魔法ではない。ただ氷を創り出すだけだ。詠唱は不要。ただ取り込んだマナを魔力に変換して、体内に巡らせたら手の平へ集約すれば良い。

 これは、リベリアスの住人からすれば――魔力ゼロ体質でない限り――できて当然の芸当らしい。例えば、火魔法に長けた者はいつでも詠唱なしで指先ほどの火花を起こせるし、水魔法に長けた者は飲み水に困らない。強力な攻撃魔法にはならないが、嫌がらせとしては十分に有効だ。
 どれも完全な無から有を創造している訳ではなく、大気中の静電気を利用して~とか、水蒸気を集めて~とか、『魔法』と言う割には、随分と科学的な原理である。

(って、凄く簡単に言われたけど……魔力の暴走について聞かされた後だと、集中しづらいな)

 一歩間違えれば永久凍土。しかも颯月は、辺りの街や人間がどうなっても構わないなんて、悪魔的な事を言っている。すっかり倫理観がダメになってしまった彼の代わりに、これからは綾那がしっかりしなければいけない。

 魔力を放出する時は、蛇口を一気に全開で捻るのではなく、少しずつ絞るように開くイメージの方が良いだろう。そうして慎重に魔力を集約すれば、なんの問題もないはず。

 ひとつだけ問題があるとするならば――綾那がビビり散らかしているせいで、いつまで経っても氷が創れないという事だろうか。

「綾、その調子だと日が暮れるぞ。早く済ませれば、創造神の迎えを待つ間ゆっくりできるだろう? 王都へ帰るまでに色々と堪能しておきたいから、俺のためにも頑張って欲しい」
「が……頑張りたいんですけれど、その……難しくて」

 少しでも加減を間違えれば、辺り一面が氷に閉ざされてしまうかも知れない。そのプレッシャーと言ったらないのだ。じっと己の手の平を見つめながら小さく震えている綾那に、颯月は改めて「そう身構えなくて良い」と声を掛けた。

「綾が比較的簡単に魔力制御をマスターできるよう、を用意してある。とりあえず一度、恐れずにどんなものか試してみろ。その代わり、氷渡りと同じでやり過ぎた時にはペナルティがあると思ってくれ。人というのは、程よい緊張感がある時にこそ真価を発揮できるものだからな」
「もう人でなく、悪魔なんですけど――それに、ペナルティですか……水に落ちるのは、ちょっと」
「さっきも言っただろう? そんな酷い事はしない」

 颯月曰く初めて魔法を使う時は、少しずつ魔力を放出して丁度いい力加減を探るよりも、一度バーンとやり過ぎた後に力を絞っていく方が感覚を掴みやすく、尚且つ時短らしい。
 いつまでもビクビクと怯えていては、力加減どころか魔法の使い方すら掴みにくいのだそうだ。

 綾那は大きく息を吸い込むと、「ええい、ままよ!」と腹を括った。あのルシフェリアが、わざわざ「ここなら人的被害が少なくて済みそう」と選んだ訓練場所だ。前日にロケハンまでしていた。気負わずとも何もかも上手く行くに決まっている。

 綾那は改めて、己の体内を巡る魔力に意識を集中させた。滞りなくスムーズに流れるそれらは、相も変わらずヒンヤリとしていて心地が良いものだ。
 そうして指先まで流れた魔力が丹田へ帰ろうとするところで、ストップをかける。
 ――さて、創りたいのは手の平大の氷な訳だが、一体どれくらいの魔力を溜め込めば良いのか。

(これくらい? いや、まだ製氷機一ブロック分ぐらいの大きさかな……? ええと――も、もう良いや、とりあえず試しに固めてみよう!)

 頭でも、体の感覚でも正解が分からないため、ほとんどヤケだ。まるでダムのように指先でせき止められた魔力を、ギュッと冷やし固めるようなイメージをする。
 今綾那が頭に思い浮かべているのは、酒のグラスに入れるようなロックアイスだ。
 あれほど美しい丸型に成形する必要はないので、海から顔を出す氷山みたく角ばった氷を――とを考えてしまって、後悔する。

 別に、ギフトと違って『イメージが力になる』『想像力が魔法の源』とは言わないが、少なからず発動効果には影響を与えてしまうのだ。
 綾那を中心にして、辺り一帯の温度が急激に下がった。濡れたままの砂地がパキリと白く染まり、吐く息も白く曇る。
 ――明らかに魔力を込めすぎている。それは理解できたが、今更どうやって調節すれば良いのか、てんで分からない。

 これでもかと焦った表情でチラと颯月を見上げたが、彼は「続けろ」と鷹揚に頷くだけだった。結局、手の平の上――ではなく眼前に出現したのは、綾那の背丈の三倍ほどある巨大な氷の柱だった。

「そ、そんなに溜めた覚え、ないのに――」

 ゴツゴツと角ばり、尖った巨大な氷の、一体どこがロックアイスなのか。完全に、後半思い浮かべた『氷山』が生まれてしまったではないか。

(砂漠全土が凍らなかっただけ、まだマシ……? それにしても、あんな短時間でここまで大きな氷を創れちゃうの? 無詠唱で……?)

 改めて、悪魔の力は強大である。単なるお遊びでこれでは、いざ攻撃魔法を行使した時どうなってしまうのか。綾那と颯月をへだてるように出現した氷の柱の陰から顔を覗かせて、彼の反応と顔色を窺った。

「制御はともかくとして、魔法を使う感覚は掴めただろう?」
「その……まあ、なんとなく」
「じゃあ、次は魔力を引き絞れば良い。さっき込めたものより、もっと少なく――何度か繰り返せば、すぐに加減を覚えられるはずだ」

 ひとまず前向きなコメントをたまわり、綾那はホッと息をついた。しかし安心したのも束の間、「ただしからは、一度失敗するごとにペナルティが科される」という言葉を聞いて項垂れる。
 一度や二度の挑戦では、とてもじゃあないが制御をマスターできるとは思えなかったからだ。
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