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第12章 奈落の底に棲む悪魔

1 悪魔ヴィレオール

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 ――ルシフェリアは、「奈落の底」にリベリアスを作り上げた創造神である。
 元は「表」に誕生した天使で、ギフト「擬態ミミック」を司る存在。しかし、そのチートすぎる能力を恐れた同族の天使に追放されて、奈落の底――海の底へ隠遁いんとんする事になってしまった。
 まあ、恐らく問題だったのは能力だけでなく、あの自由奔放な性格と、規則に縛られる生活が肌に合わないという傲慢さも原因の一端だろう。

 ルシフェリアは、何もない世界に一人きりで過ごすのが退屈で耐えられず、己の力と奈落の底いっぱいに溢れていた地球のマナを使って、魔法の世界と生命を生み出した。
 最初は、己の生み出した人々が生活を発展させていく様を見ているのが、正に箱庭を見ているようで楽しかったと言う。しかし、人間が増えると同族で土地や利権を巡って争うようになってしまい、対策を練った結果「人類共通の敵を作り出そう」という発想に至る。

 試しに魔物を生み出してみたが、結果はかんばしくない。それだけでは足りにのならばと、己の力を分け与える形で悪魔ヴィレオールとヴェゼルの兄弟を生み出した。
 つまり、ルシフェリアは天使であると同時に、悪魔の始祖たる『悪魔王』だ。この呼称はリベリアスの歴史の中で、いつの間にか人々から「どうも、悪魔を創り出した存在が居るらしいぞ? きっと恐ろしい『悪魔王』が居るに違いない!」と、まるで神話や都市伝説のように囁かれた結果らしい。

 本人は――ですらないが――この呼称が心の底から不満のようで、『悪魔』の一言を聞いただけでこれでもかと怒り狂う。まだ「表」に居た頃、同族から散々悪魔だの異端だの揶揄されていた事も関係しているのだろうか。

 ヴィレオールとヴェゼルはその成り立ちから、他の聖獣よりもルシフェリアの力を色濃く受け継いでいる。だからこそ、任意で悪魔の眷属を生み出す事ができるのだ。
 人類共通の敵であれという、責任重大な任務を与えられているのだから、当然だろう。しかし、彼らが眷属を生み出すたびに、親であるルシフェリアの力と、リベリアスのマナが消費されてしまう。

 悪魔の兄弟も、生まれ落ちてすぐはおとなしかったものの、年数が経つにつれて段々と自我が生まれたようだ。彼らはやがて、自分達の愉悦や快楽の為だけに眷属を大量生産し始める。その結果、ルシフェリアは力を消費され続けて、綾那と初めて出会った時には、蛍火のような姿になるほど弱ってしまっていた。

 仮に、もっと早い段階で兄弟をいさめていれば、結果は違ったのかも知れない。
 しかしルシフェリアは、基本的によほどの事がない限りは己の箱庭に干渉したがらない。確かにこの天使は傲慢極まりないが、なんでもかんでも思い通りに動かしたい訳ではないのだ。
 あくまでも箱庭の観察を楽しみたいだけであって、世界の管理や運営についても聖獣や悪魔に放任していたくらいなのだから。
 
 そのため、悪魔の兄弟が「人をいたずらに苦しめるな」「可愛い王族の住む場所だから、王都に手を出すな」というルールを破ったとしても、ひとつも対処しなかった。
 放置すればするほど増長して、好奇心が止められなくなって、放任されている事を寂しがって、暴走して――ここ三百年で世界中に眷属が溢れて、そして彼らに呪われる悪魔憑きも増えてしまった。

 とはいえ、幸い弟のヴェゼルの方は、眷属を増やすのは遊び友達がたくさん欲しいから――という、まるで寂しがり屋の幼子みたいに純粋な欲望を抱えていたからマシだった。
 ただ寂しいだけなら、いくらでも友達で囲めば済む話だ。眷属で囲むのではなく人間で囲んだ結果、彼はすっかり丸くなってしまった。

 悪魔憑きの子供達が住む教会に入り浸って、彼らと一緒に庭を走り回って、新たな眷属をつくり出している様子はひとつもない。それはそれで悪魔としてアウトらしいが、リベリアスからマナが消えれば魔法も消えてしまうのだ。
 魔法が消えれば、この世界自体が海の底に沈む訳で――リベリアスの存続を願うならば、眷属づくりはほどほどに控えてもらっていた方が良いに決まっている。

「でもヴィレオールは、全く話が通じなくってさ――」

 ルシフェリアの言葉に、綾那は目を細めた。
 狭い通路を抜けると、どこまでも無機質な白い壁と白い床、そして白い天井――眩しいくらいに光る電灯が視界いっぱいに広がった。なんのためにあるのか皆目見当もつかない大きな魔具が立ち並び、ゴウンゴウンと音を立てて震えている。

 それらに囲まれるようにして、長身痩躯の男が一人で作業していた。
 ルシフェリアの声を聞いて、初めてこちらの存在を認識したのだろうか? さすが、「隠蔽クリプシス」の効果は凄まじい。男はハッと顔を上げると、踵を返して駆け出そうとした。
 しかし、彼が魔法で逃げ出すよりも先に、颯月が「風縛バインド」を唱える方が早い。何故なら彼は、そもそも詠唱を必要としない悪魔憑きなのだから――。

 ヴィレオールは、瞬く間に両手両足と胴体を半透明な風の鞭で絡めとられて、床に転がった。ついでに口元まで塞いだのは、恐らく魔法の使用を防ぐためだろう。

 癖のない銀色の長髪は腰より下まで伸びて、電灯の光を反射して輝いている。そして燃えるように真っ赤な瞳と、僅かに尖ったエルフ耳に、浅黒い肌。
 それらは悪魔ならではの特徴なのか、顔の造形こそ違うものの、雰囲気だけは弟のヴェゼルとそっくりだった。ただし、ヴェゼルは見た目年齢が十四歳ぐらいで、ヴィレオールは二十代――成人男性に見える。

 眉目秀麗であるが、線が細く折れそうな男性。白虎も大概モヤシっぽいが、この男はやや女性的と思えるくらい骨格が華奢だ。いかにも悪魔っぽいし、ヴィジュアル系っぽいし、蝙蝠こうもりの翼が似合いそうだし、耽美たんび
 それが、綾那の目に映るヴィレオールの第一印象であった。
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