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第11章 奈落の底を大掃除
32 行動開始
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首都ヘリオドールで迎える、二度目の朝。ホテルをチェックアウトして街へ出れば、まるで示し合わせたかのようにヴェゼルとルシフェリアが待ち受けていた。
例によって上機嫌で、肌艶の良い颯月の横に並ぶのは――こんなにも気持ちの良い朝だと言うのに――早くも酷く疲弊した綾那。今日も今日とてヴェゼルの腕に抱かれた男児は、並ぶ二人を見るなりじっとりと目を眇めて、「まあ、もう、何も言わないけどさ――」と肩を竦めた。
「もしかしてお前、また体の調子が悪いのか? 昨日の氷魔法が効きすぎたのか? ただでさえ、ギフトとかいうヤツのせいで薬が効かないのに……そんなに体が弱くて、今までよく生きて来られたよな」
「ええと、いや、これは調子が悪いというか、こう――外的要因によるものだから、怪我みたいなものです……?」
言いながら首を傾げる綾那に、ヴェゼルもまた頭を横に倒して「なんだそりゃ」と呟いた。
綾那自身も何を言っているのかよく分からぬままに話しているので、聞かれても困る。特に、アダルトの『ア』の字も知らぬお子様らしいヴェゼルが相手では。
(もしヴェゼルさんが大人だったら、「人間と悪魔でも子作りは可能ですか?」って聞けたんだけど……確か、聖獣と人間なら問題ないっていう話だったよね。だから竜禅さんは人間と婚約も結婚もできるけれど、自分だけ老衰せずに生き続けないとダメだから、気が進まないって――)
綾那が真剣に考え込んでいると、その思考を断ち切るように「ンン!」と短い咳払いが聞こえた。
音の出所を見やれば、ルシフェリアが颯月に向かって短い両手を伸ばしている。あの天使は、常日頃から目線が高くなる事を第一に考えていて、抱かれ心地は二の次だ。
綾那よりも背の低いヴェゼルの腕ではなく、やはり高身長な颯月の腕の方が好ましいのだろう。中身はともかくとして、見た目だけなら立派な子供。子供好きな颯月もまた満更ではないのか、目元を緩ませてルシフェリアを迎え入れる。
「それで? 今日はどうするんだ。また目的もなく散歩する訳じゃあないだろう?」
「失礼だな。昨日は目的もなく散歩していた訳じゃあなくて、下見してたの。どの辺りなら誰にも迷惑を掛けずに、色々できるかなって……そういうのって大事でしょう?」
「――色々?」
「そう、色々」
にんまりと笑うルシフェリアを見下ろして、颯月はやや間を空けてから「まあ、確かにな」と頷いた。これもまた、二人にしか分からない契約の一部なのだろうか。
綾那はあえて深く考えないようにしつつ、改めて今日の予定を訊ねた。
「シアさん、それで結局、どうされるおつもりですか?」
「うーん、今日は街の下に潜ろうと思う。下って言うか――所謂下水道ってヤツだね。街の隅から隅まで、それどころか、もっと遠いところにある下水処理場まで続く道だよ」
「なんだ、散歩の次はドブさらいでもしろって言うのか?」
「違うよぉ、ヴィレオールが隠れているのが下水道だからさ」
さらりと告げるルシフェリアに、綾那は目を丸めた。
「えっ、最初からヴィレオールさんの居場所が分かっていたなら、昨日の砂漠散策は本当になんだったんですか?」
「だから、昨日のアレは、下見だってば。どうしても今後に必要な事だったの、同じ事を何度も言わせないで」
「は、はあ……」
子供らしくぷくりと頬を膨らませたルシフェリアは、『顕現』のモデルとなった人物のお陰もあってとても愛らしい。しかし、本当に何を考えているのか読めない天使だ。
考えてみれば確かに、そもそもルシフェリアにはこの世の全てのモノの行く末が視えているのだから、ヴィレオールの居場所を探る事など朝飯前なのだろう。それほど全知全能で万能な天使様なら、この世の全ての問題を上手く自分で解決してくれないか――と、思わない事もないが。
しかしまあ、ルシフェリアにはルシフェリアのルールがあるようだし、綾那もこの世界で一生を終えると決めたからには、神のご意向に従わねばならない。
「下水――俺は構わんが、綾も行かないと駄目か? もし鼠でも棲みついていたら、疫病が心配だ。綾には薬が効かんし……」
「あ、いいえ、私も行きますよ。この辺りには知り合いが居ませんし、一人だけ置いて行かれるのは寂しいです。それに、颯月さんの傍を離れたくありませんから」
「それはまあ、俺だって本音を言えば綾を一人にしたくはないんだが――」
「平気ですよ。もしも危険があれば、シアさんが教えてくださるはずですから……ね?」
「もっちろん! 僕はすごい天使だよ? オキニの君達を危険な目に遭わせるはずないじゃないか~」
エッヘンと胸を張る男児に、綾那は苦笑した。
今となっては無条件で信用するのが難しい相手だが、少なくとも嘘はついた事がない――という事で納得して、信用するしかない。かなりグレーなアレコレがあったような気もするけれど、いちいち気にしていてはキリがないのだから。
「君達はただ、いつも通り僕を信じてついて来てくれれば良いよ。邪魔者になりそうな子達は、全員王都へ置いて来たし……きっとスムーズに終わるはずだから」
「……その代わり、王都へ戻ったら激怒した陽香達に出迎えられるんですよね?」
「ん~~……まあ……うん、結構怒らせておいたから、あとの事は綾那に任せるよ。ひとまず今日は下水道探検だ」
小さな拳を掲げて「張り切って行くよ~!」と笑うルシフェリアに、綾那はやや遠い目をして頷いたのであった。
例によって上機嫌で、肌艶の良い颯月の横に並ぶのは――こんなにも気持ちの良い朝だと言うのに――早くも酷く疲弊した綾那。今日も今日とてヴェゼルの腕に抱かれた男児は、並ぶ二人を見るなりじっとりと目を眇めて、「まあ、もう、何も言わないけどさ――」と肩を竦めた。
「もしかしてお前、また体の調子が悪いのか? 昨日の氷魔法が効きすぎたのか? ただでさえ、ギフトとかいうヤツのせいで薬が効かないのに……そんなに体が弱くて、今までよく生きて来られたよな」
「ええと、いや、これは調子が悪いというか、こう――外的要因によるものだから、怪我みたいなものです……?」
言いながら首を傾げる綾那に、ヴェゼルもまた頭を横に倒して「なんだそりゃ」と呟いた。
綾那自身も何を言っているのかよく分からぬままに話しているので、聞かれても困る。特に、アダルトの『ア』の字も知らぬお子様らしいヴェゼルが相手では。
(もしヴェゼルさんが大人だったら、「人間と悪魔でも子作りは可能ですか?」って聞けたんだけど……確か、聖獣と人間なら問題ないっていう話だったよね。だから竜禅さんは人間と婚約も結婚もできるけれど、自分だけ老衰せずに生き続けないとダメだから、気が進まないって――)
綾那が真剣に考え込んでいると、その思考を断ち切るように「ンン!」と短い咳払いが聞こえた。
音の出所を見やれば、ルシフェリアが颯月に向かって短い両手を伸ばしている。あの天使は、常日頃から目線が高くなる事を第一に考えていて、抱かれ心地は二の次だ。
綾那よりも背の低いヴェゼルの腕ではなく、やはり高身長な颯月の腕の方が好ましいのだろう。中身はともかくとして、見た目だけなら立派な子供。子供好きな颯月もまた満更ではないのか、目元を緩ませてルシフェリアを迎え入れる。
「それで? 今日はどうするんだ。また目的もなく散歩する訳じゃあないだろう?」
「失礼だな。昨日は目的もなく散歩していた訳じゃあなくて、下見してたの。どの辺りなら誰にも迷惑を掛けずに、色々できるかなって……そういうのって大事でしょう?」
「――色々?」
「そう、色々」
にんまりと笑うルシフェリアを見下ろして、颯月はやや間を空けてから「まあ、確かにな」と頷いた。これもまた、二人にしか分からない契約の一部なのだろうか。
綾那はあえて深く考えないようにしつつ、改めて今日の予定を訊ねた。
「シアさん、それで結局、どうされるおつもりですか?」
「うーん、今日は街の下に潜ろうと思う。下って言うか――所謂下水道ってヤツだね。街の隅から隅まで、それどころか、もっと遠いところにある下水処理場まで続く道だよ」
「なんだ、散歩の次はドブさらいでもしろって言うのか?」
「違うよぉ、ヴィレオールが隠れているのが下水道だからさ」
さらりと告げるルシフェリアに、綾那は目を丸めた。
「えっ、最初からヴィレオールさんの居場所が分かっていたなら、昨日の砂漠散策は本当になんだったんですか?」
「だから、昨日のアレは、下見だってば。どうしても今後に必要な事だったの、同じ事を何度も言わせないで」
「は、はあ……」
子供らしくぷくりと頬を膨らませたルシフェリアは、『顕現』のモデルとなった人物のお陰もあってとても愛らしい。しかし、本当に何を考えているのか読めない天使だ。
考えてみれば確かに、そもそもルシフェリアにはこの世の全てのモノの行く末が視えているのだから、ヴィレオールの居場所を探る事など朝飯前なのだろう。それほど全知全能で万能な天使様なら、この世の全ての問題を上手く自分で解決してくれないか――と、思わない事もないが。
しかしまあ、ルシフェリアにはルシフェリアのルールがあるようだし、綾那もこの世界で一生を終えると決めたからには、神のご意向に従わねばならない。
「下水――俺は構わんが、綾も行かないと駄目か? もし鼠でも棲みついていたら、疫病が心配だ。綾には薬が効かんし……」
「あ、いいえ、私も行きますよ。この辺りには知り合いが居ませんし、一人だけ置いて行かれるのは寂しいです。それに、颯月さんの傍を離れたくありませんから」
「それはまあ、俺だって本音を言えば綾を一人にしたくはないんだが――」
「平気ですよ。もしも危険があれば、シアさんが教えてくださるはずですから……ね?」
「もっちろん! 僕はすごい天使だよ? オキニの君達を危険な目に遭わせるはずないじゃないか~」
エッヘンと胸を張る男児に、綾那は苦笑した。
今となっては無条件で信用するのが難しい相手だが、少なくとも嘘はついた事がない――という事で納得して、信用するしかない。かなりグレーなアレコレがあったような気もするけれど、いちいち気にしていてはキリがないのだから。
「君達はただ、いつも通り僕を信じてついて来てくれれば良いよ。邪魔者になりそうな子達は、全員王都へ置いて来たし……きっとスムーズに終わるはずだから」
「……その代わり、王都へ戻ったら激怒した陽香達に出迎えられるんですよね?」
「ん~~……まあ……うん、結構怒らせておいたから、あとの事は綾那に任せるよ。ひとまず今日は下水道探検だ」
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