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第11章 奈落の底を大掃除
24 ハネムーン
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空気がカラリと乾燥しているお陰だろうか。南部セレスティン領のじっとりとした亜熱帯気候と比べれば、西部の気候はいくらか不快指数も低い。ただしそれは、あくまでもその環境に適した服装をしていれば――の話だ。
「……俺が脱げる体なら良かったんだがな」
「うぅ……そんな事をしても、喜ぶのは私だけですよ……刺青を出したまま街へ入れば、これでもかと視線を集めるでしょうし――そうすると、嫌な思いをなさるでしょう?」
「とは言え、あまり火照った顔で見られると俺まで妙な気持ちにさせられる」
砂に足を取られながらフラフラ歩く綾那を見かねたのか、颯月は思案顔になった。
先ほどから繰り返し「緑風」で風を吹かせてくれているのだが、それだけでは間に合わないほど暑い。それもこれも、厚手の長袖セーターなんて着ているせいだ。
アルミラージの毛皮でできたファーコートも、まさか砂漠の真ん中に捨てて行く訳にいかず手に抱えたまま。お陰で、数歩も歩けば滝のような汗が流れる。
確かに颯月の騎士服を貸してもらえれば、体温調節魔法だかなんだかのお陰で綾那も楽になるだろう。しかしこのチート服を脱いでしまうと、次は颯月が暑い思いをする訳で――『異形』のせいで腕まくりすらできない彼に、そんな苦行を強いる訳にはいかない。
街で着替えを入手するまで我慢すれば良いだけの綾那と違って、悪魔憑きの颯月は人々から好奇の目で見られるし、恐れられてしまうのだから。
「それにしても、本当に暑いですね……日光がなくても、この空気だけで肌が焼けそうです」
「ああ、綾が火傷しそうで心配だ。街へ急ごう」
街の灯りは、もうすぐそこまで迫っている。ヘリオドールには、まるでインドにある世界遺産タージ・マハルのようなタマネギ型をした屋根の建物が多いらしい。ベージュ色の高い壁に囲われていて、砂嵐でも起きれば街ごと見失ってしまいそうな色合いである。
――何はともあれ、あと少しの辛抱だ。颯月に出してもらった魔法の氷を入れたケーキの箱を抱えながら、綾那は細い息を吐き出した。
◆
首都ヘリオドールまで辿り着いた綾那達は、門番に通行証を見せて無事街の中へ入った。既に割と遅い時間だからと大慌てで服飾店へ飛び込めば、「俺が決める」と言って聞かない颯月一人で綾那の着替えを買い漁り――買い物袋の厚みからして、恐らく購入したのは一着二着ではない――そして、街の中心部に近い位置にある大きめの宿を取る事に成功した。
当然のように二人で一室借りて、すぐさま風呂に入る。バスローブに身を包んでベッドに飛び込めば、今日一日の疲れにドッと襲われた。
うつ伏せに倒れる綾那の横に腰を下ろした颯月が、水色の髪を手で梳いた。僅かに顔を上げれば目が合って、眼帯を外した色違いの瞳に向かってはにかむ。
「東のアデュレリアまで旅した時以来ですね、颯月さんと王都以外で外泊するの」
「同衾するのは、これが初めてだな」
「……そう考えると、やっぱりハネムーンなのかも?」
「こんなに慌ただしいのを、カウントしたくないってのが正直なところだが――それで? もう寝ちまうのか?」
頬をくすぐられて、綾那は肩を竦ませる。そうして笑いながら体を起こすと、「まずは、冷やしておいたケーキを食べましょう!」と言って颯月に抱き着いた。
確かに疲労困憊だったが、すぐ寝てしまうなんてもったいない。何せ明日からは、問答無用で腹黒天使に働かされるのだから――。
見知らぬ土地に、愛する旦那と二人きり。今日中に食べてしまわなければ、消費期限が気になるピーチパイ。客室の冷蔵庫には、ヘリオドールの名産らしい酒――「解毒」もちの綾那にとってはジュースと同じだが、別に構わない。そして、着ているところが見てみたいからと、何着も用意された服。
まだ眠るには早すぎる。
この後に悪魔退治という大仕事が控えているとは言え、どうしたって魔法が使えない綾那にできる事など限られている。ルシフェリアは美果も来るのではと示唆していたし、こちらには悪魔のヴェゼル、そして悪魔憑きの颯月もついている。
どうせルシフェリアは「我が子には手を下せない」と言って何もしないのだろうが、あまり不安視する事もないだろう。
ひとまず悪魔退治は颯月達に任せておいて、綾那は綾那にしかできない『何か』を頑張るしかない。それが「怪力」を使った戦闘なのか、「解毒」を使った人助けなのか――はたまた「追跡者」を使ってヴィレオールを探し出せなんて、まるで警察犬のような役割なのかは知らないが。
何にしても、ルシフェリアは直前になるまで詳しい予知を教えてくれない。どうせ待つしかないのだ。
大きなピーチパイを切り分けてテーブルに置くと、二つのグラスに黄金色の炭酸酒を注ぐ。それらを口にしながら、今日一日に起きた事を総括するように語り合った。
ちなみに、笑顔の颯月から「見たい」と言って渡されたのはヘリオドールの民族衣装で、さながらベリーダンス衣装のようだった。
当然のごとく黒と紫を基調としたそれは美しく綾那の好みにも合っていたが、明らかに街歩きには適していない露出度の高さで――彼がどんな用途を想定して購入したのか考えると、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
ただ、街中ですれ違った女性は誰も彼も薄着で、腹を出している者も多かった。しかし皆、オーガンジー生地でできた透け感のあるヴェールを頭から被って肌を覆っている。
恐らくそうして肌を守らなければ、この暑さで深刻な火傷を負ってしまうのではないだろうか。
綾那はそんな事を考えながら、宿泊代と比例するように高い天井と、上機嫌の旦那を見上げたのであった。
「……俺が脱げる体なら良かったんだがな」
「うぅ……そんな事をしても、喜ぶのは私だけですよ……刺青を出したまま街へ入れば、これでもかと視線を集めるでしょうし――そうすると、嫌な思いをなさるでしょう?」
「とは言え、あまり火照った顔で見られると俺まで妙な気持ちにさせられる」
砂に足を取られながらフラフラ歩く綾那を見かねたのか、颯月は思案顔になった。
先ほどから繰り返し「緑風」で風を吹かせてくれているのだが、それだけでは間に合わないほど暑い。それもこれも、厚手の長袖セーターなんて着ているせいだ。
アルミラージの毛皮でできたファーコートも、まさか砂漠の真ん中に捨てて行く訳にいかず手に抱えたまま。お陰で、数歩も歩けば滝のような汗が流れる。
確かに颯月の騎士服を貸してもらえれば、体温調節魔法だかなんだかのお陰で綾那も楽になるだろう。しかしこのチート服を脱いでしまうと、次は颯月が暑い思いをする訳で――『異形』のせいで腕まくりすらできない彼に、そんな苦行を強いる訳にはいかない。
街で着替えを入手するまで我慢すれば良いだけの綾那と違って、悪魔憑きの颯月は人々から好奇の目で見られるし、恐れられてしまうのだから。
「それにしても、本当に暑いですね……日光がなくても、この空気だけで肌が焼けそうです」
「ああ、綾が火傷しそうで心配だ。街へ急ごう」
街の灯りは、もうすぐそこまで迫っている。ヘリオドールには、まるでインドにある世界遺産タージ・マハルのようなタマネギ型をした屋根の建物が多いらしい。ベージュ色の高い壁に囲われていて、砂嵐でも起きれば街ごと見失ってしまいそうな色合いである。
――何はともあれ、あと少しの辛抱だ。颯月に出してもらった魔法の氷を入れたケーキの箱を抱えながら、綾那は細い息を吐き出した。
◆
首都ヘリオドールまで辿り着いた綾那達は、門番に通行証を見せて無事街の中へ入った。既に割と遅い時間だからと大慌てで服飾店へ飛び込めば、「俺が決める」と言って聞かない颯月一人で綾那の着替えを買い漁り――買い物袋の厚みからして、恐らく購入したのは一着二着ではない――そして、街の中心部に近い位置にある大きめの宿を取る事に成功した。
当然のように二人で一室借りて、すぐさま風呂に入る。バスローブに身を包んでベッドに飛び込めば、今日一日の疲れにドッと襲われた。
うつ伏せに倒れる綾那の横に腰を下ろした颯月が、水色の髪を手で梳いた。僅かに顔を上げれば目が合って、眼帯を外した色違いの瞳に向かってはにかむ。
「東のアデュレリアまで旅した時以来ですね、颯月さんと王都以外で外泊するの」
「同衾するのは、これが初めてだな」
「……そう考えると、やっぱりハネムーンなのかも?」
「こんなに慌ただしいのを、カウントしたくないってのが正直なところだが――それで? もう寝ちまうのか?」
頬をくすぐられて、綾那は肩を竦ませる。そうして笑いながら体を起こすと、「まずは、冷やしておいたケーキを食べましょう!」と言って颯月に抱き着いた。
確かに疲労困憊だったが、すぐ寝てしまうなんてもったいない。何せ明日からは、問答無用で腹黒天使に働かされるのだから――。
見知らぬ土地に、愛する旦那と二人きり。今日中に食べてしまわなければ、消費期限が気になるピーチパイ。客室の冷蔵庫には、ヘリオドールの名産らしい酒――「解毒」もちの綾那にとってはジュースと同じだが、別に構わない。そして、着ているところが見てみたいからと、何着も用意された服。
まだ眠るには早すぎる。
この後に悪魔退治という大仕事が控えているとは言え、どうしたって魔法が使えない綾那にできる事など限られている。ルシフェリアは美果も来るのではと示唆していたし、こちらには悪魔のヴェゼル、そして悪魔憑きの颯月もついている。
どうせルシフェリアは「我が子には手を下せない」と言って何もしないのだろうが、あまり不安視する事もないだろう。
ひとまず悪魔退治は颯月達に任せておいて、綾那は綾那にしかできない『何か』を頑張るしかない。それが「怪力」を使った戦闘なのか、「解毒」を使った人助けなのか――はたまた「追跡者」を使ってヴィレオールを探し出せなんて、まるで警察犬のような役割なのかは知らないが。
何にしても、ルシフェリアは直前になるまで詳しい予知を教えてくれない。どうせ待つしかないのだ。
大きなピーチパイを切り分けてテーブルに置くと、二つのグラスに黄金色の炭酸酒を注ぐ。それらを口にしながら、今日一日に起きた事を総括するように語り合った。
ちなみに、笑顔の颯月から「見たい」と言って渡されたのはヘリオドールの民族衣装で、さながらベリーダンス衣装のようだった。
当然のごとく黒と紫を基調としたそれは美しく綾那の好みにも合っていたが、明らかに街歩きには適していない露出度の高さで――彼がどんな用途を想定して購入したのか考えると、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
ただ、街中ですれ違った女性は誰も彼も薄着で、腹を出している者も多かった。しかし皆、オーガンジー生地でできた透け感のあるヴェールを頭から被って肌を覆っている。
恐らくそうして肌を守らなければ、この暑さで深刻な火傷を負ってしまうのではないだろうか。
綾那はそんな事を考えながら、宿泊代と比例するように高い天井と、上機嫌の旦那を見上げたのであった。
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