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第11章 奈落の底を大掃除
23 砂漠地帯
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結局、全員が揃うのを待たずに「転移」されてしまう事が決まった。今この場に居ない者には、陽香や和巳が説明してくれるはずだ。
創造神がさっさと行けと言うのだから、行くしかない。綾那は物分かりが良すぎるほどに諦め癖が付いているし、颯月も――彼は彼で、ルシフェリアと何かしらの契約をしているようだし、拒否権なんてものは最初からない。
「――ええと、それじゃあ行ってきます。任せっきりで悪いけど、渚やアリスによろしく伝えてね」
「おー。任されたくないけど、任せとけ―」
陽香が片手を挙げつつぞんざいな返事をして、綾那はまた苦く笑った。ふと横を見れば、颯月も和巳と幸成に伝達事項があるようで、何かしらの指示を出している。まあ、団長が席を外すのだから、今後の予定だけでなくしっかりとした命令を下しておかねばならないだろう。
これこそがまともな――いや、いくらか性急ではあるが――引継ぎである。
「はいはい、準備は良いかい? 早速飛ばしちゃうよ~」
「準備も何も、丸腰でここまで飛んで来たようなものですからねえ。ところでシアさん、行きは「転移」の途中で「邪魔が入った」と仰っていましたけれど――アレってやっぱり、師匠が何かしたんですか?」
「ああ……うん、どうもそうみたいだね。道理で嫌な感じがしたと思った、僕の力が発動するのを感じて茶々を入れたんでしょう。まあ、今回は平気だよ。絶対離れ離れに飛ばさないから安心して」
未来が視えるというルシフェリアも、常に森羅万象を見通している訳ではない。正確にはやろうと思えば可能なのだろうが、あえてその者の行く末を「視たい」と意識しなければ、何も視えない仕様らしい。
何もかも知ってしまったら子供達の危機を放っておけないし、いくら神とは言っても気持ちが落ち着かないはずだ。わざとそういうモノとして設定しているのだろう。
――だからこそ、事が起きるまで美果の存在と彼女の目論見に気付かなかったのだ。しかし今回は平気だと言い切る辺り、しっかりと先を確認済みなのだろうか。
綾那は念のため颯月と腕を組んで、万が一にも離れ離れにならないようギュウと強くしがみついた。今日は散々「怪力」を発動したし、師と再会して精神的に消耗しているし――かなりキャラの濃い祖父母と出会った事で、嬉しくも疲弊しきっている。
こんな状態で見知らぬ土地に一人投げ出されてしまったら、さすがにまずい。生き残れる自信がない。
ふと右手に引っかかる箱に目を落とすと、土産に持たされたピーチパイの香ばしい香りがした。これはヘリオドールについて宿をとったら、すぐにでも食べきってしまうべきだ。悪魔退治を目的としていながら、なんと呑気な――というところだが、颯月と共にケーキパーティをするのはとても楽しそうである。
小さく笑みを漏らして颯月を見上げれば、彼もまたいつも通り目元を甘く緩ませて綾那を見下ろしていた。目が合うだけで胸が温かくなって、「このまま一生見つめていたい」と蕩けてしまいそうになる。
すると突然、ルシフェリアの「ゴホン!」という咳払いが耳に入る。その瞬間強い光に包まれて、辺りが真っ白に染まった。
◆
次に目を開いた時には、辺り一帯がかなり乾燥した埃っぽい空気に包まれていた。ジャリと音を立てて靴の踵が沈み、まるで砂浜の上を歩いているようだ。
――というか、実際辺り一面砂しかない。いくら暗がりでも、空に浮かぶ魔法の球体による光で十分に目視できる。雪国から「転移」で飛ばされた先は、灼熱の砂漠であった。
「――――――――あ、暑いぃ……!」
「ああ、言い忘れてた。ヘリオドール領って乾燥した砂漠地帯だから、すっごく暑いんだ。だから、その服装は全く適していないね」
なんでもない事のようにケロリと言ってのけるルシフェリアに、綾那はすぐさまコートの袖から腕を抜いた。
「先に言ってください! コートの下、厚手のニットなんですよ……!」
そもそも、普通「表」の砂漠地帯なら、日中は灼熱で夜間は極寒というのがお決まりなのではないか? それとも地域によって環境が違うため、一概には言えないのか――砂漠地帯へ海外旅行した事のない綾那には、判断がつかなかった。
できる事ならば、この環境不適合にも程がある厚手のニットも脱ぎ捨てたいところであったが、さすがに外なので思い留まる。綾那は、今にも噴き出しそうな汗に辟易しながら、とりあえず両腕の袖を捲り上げて凌ぐ事にした。
元はと言えば雪深い領へ行くと言う話しか聞いていなかったから、都合よく着替えなど用意していない。仮にあったとしても、結局は厚手のものを用意していただろうから無意味なのだが。
「創造神、アンタの力で綾の服を替えられないのか?」
特殊な魔法陣を編み込まれている騎士服を着用した颯月は暑さを感じないのか、全く堪えた様子がない。
「……できない事もないけれど、それはサービス外だよ。ほらほら、首都ヘリオドールは目と鼻の先だ。さっさと街へ行って、服屋さんに行った方が早いと思うけどね」
「酷い……この寒暖差と汗で、また風邪を引くハメになるかも知れませんのに――」
げんなりとした表情で項垂れる綾那を見て、ルシフェリアは僅かに口の端を上げた。そうして呟かれた言葉は、「次は風邪を引いたとしても、すぐに直せるから平気だよぉ」であった。
言わんとしている事が全く分からず――というかどうせ、意味深な事を言って綾那を煙に巻き、大嫌いな労働を避けようとしているだけだろう――綾那は諦めて細いため息を吐き出した。
「綾、少しの辛抱だから街まで頑張ってくれ。俺がアンタに似合う服を張り切って見繕うから、宿で着て見せて欲しい」
「……楽しそうで何よりだけど、とりあえず一、二着でやめておきなよ? 荷物が増えたら帰る時に大変なんだからね――さて、それじゃあ僕は一旦ルベライトに戻るよ。明日の朝また迎えに来るから、それまでは二人で仲良く過ごすんだよ」
「は、はあ……ではまた明日、おやすみなさい」
綾那が力なく答えれば、幼女は小さな手をフリフリと揺らして破顔した。
「うん、また明日ね――颯月、綾那」
「……えっ」
ルシフェリアは挨拶を済ませると、すぐさま「転移」で姿を消した。初めて名前を呼ばれた綾那は目を丸めて、「私の聞き間違いですか?」と首を傾げ颯月を見やった。
しかし彼は肩を竦めると、「まあ、どうせ神の気まぐれだろう」と言って軽く流しただけであった。
創造神がさっさと行けと言うのだから、行くしかない。綾那は物分かりが良すぎるほどに諦め癖が付いているし、颯月も――彼は彼で、ルシフェリアと何かしらの契約をしているようだし、拒否権なんてものは最初からない。
「――ええと、それじゃあ行ってきます。任せっきりで悪いけど、渚やアリスによろしく伝えてね」
「おー。任されたくないけど、任せとけ―」
陽香が片手を挙げつつぞんざいな返事をして、綾那はまた苦く笑った。ふと横を見れば、颯月も和巳と幸成に伝達事項があるようで、何かしらの指示を出している。まあ、団長が席を外すのだから、今後の予定だけでなくしっかりとした命令を下しておかねばならないだろう。
これこそがまともな――いや、いくらか性急ではあるが――引継ぎである。
「はいはい、準備は良いかい? 早速飛ばしちゃうよ~」
「準備も何も、丸腰でここまで飛んで来たようなものですからねえ。ところでシアさん、行きは「転移」の途中で「邪魔が入った」と仰っていましたけれど――アレってやっぱり、師匠が何かしたんですか?」
「ああ……うん、どうもそうみたいだね。道理で嫌な感じがしたと思った、僕の力が発動するのを感じて茶々を入れたんでしょう。まあ、今回は平気だよ。絶対離れ離れに飛ばさないから安心して」
未来が視えるというルシフェリアも、常に森羅万象を見通している訳ではない。正確にはやろうと思えば可能なのだろうが、あえてその者の行く末を「視たい」と意識しなければ、何も視えない仕様らしい。
何もかも知ってしまったら子供達の危機を放っておけないし、いくら神とは言っても気持ちが落ち着かないはずだ。わざとそういうモノとして設定しているのだろう。
――だからこそ、事が起きるまで美果の存在と彼女の目論見に気付かなかったのだ。しかし今回は平気だと言い切る辺り、しっかりと先を確認済みなのだろうか。
綾那は念のため颯月と腕を組んで、万が一にも離れ離れにならないようギュウと強くしがみついた。今日は散々「怪力」を発動したし、師と再会して精神的に消耗しているし――かなりキャラの濃い祖父母と出会った事で、嬉しくも疲弊しきっている。
こんな状態で見知らぬ土地に一人投げ出されてしまったら、さすがにまずい。生き残れる自信がない。
ふと右手に引っかかる箱に目を落とすと、土産に持たされたピーチパイの香ばしい香りがした。これはヘリオドールについて宿をとったら、すぐにでも食べきってしまうべきだ。悪魔退治を目的としていながら、なんと呑気な――というところだが、颯月と共にケーキパーティをするのはとても楽しそうである。
小さく笑みを漏らして颯月を見上げれば、彼もまたいつも通り目元を甘く緩ませて綾那を見下ろしていた。目が合うだけで胸が温かくなって、「このまま一生見つめていたい」と蕩けてしまいそうになる。
すると突然、ルシフェリアの「ゴホン!」という咳払いが耳に入る。その瞬間強い光に包まれて、辺りが真っ白に染まった。
◆
次に目を開いた時には、辺り一帯がかなり乾燥した埃っぽい空気に包まれていた。ジャリと音を立てて靴の踵が沈み、まるで砂浜の上を歩いているようだ。
――というか、実際辺り一面砂しかない。いくら暗がりでも、空に浮かぶ魔法の球体による光で十分に目視できる。雪国から「転移」で飛ばされた先は、灼熱の砂漠であった。
「――――――――あ、暑いぃ……!」
「ああ、言い忘れてた。ヘリオドール領って乾燥した砂漠地帯だから、すっごく暑いんだ。だから、その服装は全く適していないね」
なんでもない事のようにケロリと言ってのけるルシフェリアに、綾那はすぐさまコートの袖から腕を抜いた。
「先に言ってください! コートの下、厚手のニットなんですよ……!」
そもそも、普通「表」の砂漠地帯なら、日中は灼熱で夜間は極寒というのがお決まりなのではないか? それとも地域によって環境が違うため、一概には言えないのか――砂漠地帯へ海外旅行した事のない綾那には、判断がつかなかった。
できる事ならば、この環境不適合にも程がある厚手のニットも脱ぎ捨てたいところであったが、さすがに外なので思い留まる。綾那は、今にも噴き出しそうな汗に辟易しながら、とりあえず両腕の袖を捲り上げて凌ぐ事にした。
元はと言えば雪深い領へ行くと言う話しか聞いていなかったから、都合よく着替えなど用意していない。仮にあったとしても、結局は厚手のものを用意していただろうから無意味なのだが。
「創造神、アンタの力で綾の服を替えられないのか?」
特殊な魔法陣を編み込まれている騎士服を着用した颯月は暑さを感じないのか、全く堪えた様子がない。
「……できない事もないけれど、それはサービス外だよ。ほらほら、首都ヘリオドールは目と鼻の先だ。さっさと街へ行って、服屋さんに行った方が早いと思うけどね」
「酷い……この寒暖差と汗で、また風邪を引くハメになるかも知れませんのに――」
げんなりとした表情で項垂れる綾那を見て、ルシフェリアは僅かに口の端を上げた。そうして呟かれた言葉は、「次は風邪を引いたとしても、すぐに直せるから平気だよぉ」であった。
言わんとしている事が全く分からず――というかどうせ、意味深な事を言って綾那を煙に巻き、大嫌いな労働を避けようとしているだけだろう――綾那は諦めて細いため息を吐き出した。
「綾、少しの辛抱だから街まで頑張ってくれ。俺がアンタに似合う服を張り切って見繕うから、宿で着て見せて欲しい」
「……楽しそうで何よりだけど、とりあえず一、二着でやめておきなよ? 荷物が増えたら帰る時に大変なんだからね――さて、それじゃあ僕は一旦ルベライトに戻るよ。明日の朝また迎えに来るから、それまでは二人で仲良く過ごすんだよ」
「は、はあ……ではまた明日、おやすみなさい」
綾那が力なく答えれば、幼女は小さな手をフリフリと揺らして破顔した。
「うん、また明日ね――颯月、綾那」
「……えっ」
ルシフェリアは挨拶を済ませると、すぐさま「転移」で姿を消した。初めて名前を呼ばれた綾那は目を丸めて、「私の聞き間違いですか?」と首を傾げ颯月を見やった。
しかし彼は肩を竦めると、「まあ、どうせ神の気まぐれだろう」と言って軽く流しただけであった。
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