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第11章 奈落の底を大掃除
20 悪魔
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ルシフェリアの話す『今後の予定』は、こうだ。
まず、アイドクレースから「転移」で飛んで来た者に関しては――あまりにも急な事で、引継ぎどころではなかったため――再び「転移」でアイドクレースまで送ってくれるらしい。
この国には存在しない「転移」なんていう魔法も真っ青の移動方法でやって来たものだから、帰りも同じだけ急がなければまずい。部下の騎士には「急用ができたので外出する」程度の話しかできていないはずだ。
特に騎士団長の颯月、副長の竜禅、軍師の幸成、参謀の和巳――彼ら抜きでは、アイドクレース騎士団が回らない。責任者不在では、ありとあらゆる決裁が不可能なのだ。
それに何より、国王の颯瑛だって息子が無事に戻ってくるかどうか、不安でヤキモキしている頃ではないだろうか。颯月はやや強引な交渉法を使ったと言っていたし、早く安心させてやらねばいけない。
そして、馬車でルベライトまで旅してきた陽香、アリス、右京、旭の四人。彼らについても、ルシフェリアが馬車ごと「転移」してくれるそうだ。
ますます冬が深まり、気温も下がる頃。極度の寒がりである陽香は、もうこれ以上過酷な旅路に耐えられないだろう。更に、馬車はアイドクレース騎士団所有のもので、ここへ置き去りにして行く訳にはいかない。ルシフェリアの提案はある意味、渡りに船とも言える。
「明臣さんは、無事ルベライト領まで戻って来た訳ですし……やっぱり、ここでお別れですよね」
アリスはそれで、寂しくないのだろうか。余計なお世話と知りながらも、綾那はそう問いかけずにはいられなかった。
ルシフェリアは、珍しく嫌味でもなんでもない穏やかな笑みを湛えて、「そうだね」と頷いた。
「彼とは、ここでお別れだ。ただ、縁があればまた会えるよ。これで一生のお別れって訳じゃあないからね」
「まあ、未来が視えるシアが言うなら間違いねえだろ? 一、二ヵ月一緒に旅してて思ったけど――たぶんアリスと王子、そう簡単には離れられねえよ。物理的な距離はともかくとして、関係までは」
陽香は大袈裟に肩を竦めると、「そもそもあの二人、あたしらが「奈落の底」に落とされてからと言うもの、一日も欠かさずに一緒に居たレベルなんだぜ? 『愛』ってか、最早『情』があって離れられねえ感じする」と呟いた。
しかも、今まで――厄介なギフトのせいで――まともな恋愛経験がないアリスの事だ。もしかすると、明臣と別れてすぐさま自分の想いに気付き、「もう一度ルベライトに行くわ! 明臣が私にとってどれだけ重要な人なのか、離れて初めて分かった!!」なんて熱い事を言い出しそうな気もしてくる。
――とにかく、未来を知るルシフェリアと、人の事をよく見ている陽香が言うのだから間違いない。少なくとも今は、この場で別れるのが良いのだろう。
「それで、アイドクレースに「転移」で戻って、そこからどうやってヘリオドール領まで行くんですか?」
「今回は急ぎだからねえ……あまり悠長にしていてヴィレオールが逃げ出しちゃうと面倒だし、ヘリオドール領にも「転移」で行く予定だよ」
「念のため確認なんですけれど、ヴィレオールさんは、その――本当に、倒してしまうんですか? いや、倒すと言うか……」
綾那が言い淀めば、ルシフェリアはなんでもない事のように軽々しく「うん、殺して良い。というか、殺してくれないと始まらないねえ」と答えた。
今までとは、色んな意味で大違いだ。かなり難易度の高い要請に、綾那だけでなく陽香も顔を歪めた。相手は悪魔、正しくは人間ではないが――ヴィレオールもヴェゼルのような姿をしているとすれば、少なくとも見た目だけは人間だ。
そんな相手を殺せとは、なかなかにハードである。
魔物退治や眷属退治とは違う、限りなく人殺しに近い依頼。しかも相手はこの世の『雷』を司る管理者で、彼が倒れた時に世界がどうなってしまうのか、全く読めない。ルシフェリアは「問題ない」と言うが、この天使はどこまでも食えない相手である。
渋面になった綾那達を見て、ルシフェリアはカラリと笑った。
「大丈夫、そう身構えなくて良いよぉ。どうせ魔法が使えない「表」の君達には、ヴィレオールを殺せない。その辺りは、ちゃんと適任者にお願いするつもりだからさ」
「……適任者、ですか?」
綾那は首を傾げながら、漠然と「もしかしてシアさん、タイミングよく「奈落の底」に落ちてきた師匠に任せるつもりかな……?」と予想した。
美果は、リベリアスに散らばった「転移」の男達を集めるのと、そのついでに溢れた眷属の討伐を請け負うと言っていた。魔法が使えずとも、彼女はルシフェリアと同じ天使――神である。悪魔の一人や一人、力を使えばいとも簡単にくびり殺せるのかも知れない。
陽香も似たような事を考えたのか、思案顔になりながら「まあ、それならアリ……なのか? でも、ゼルの兄貴を殺しちまうのか――」とぼやいた。
「うーん、そうだね。ヴェゼルにも深い関係がある事だし、彼も連れて行ってあげないといけないよね。あの子もすっかり、悪魔として生きるのが嫌になっちゃっているみたいだし……早く、ただの人間にしてあげられれば良いんだけど」
「――えっ、そんな事ができるんですか?」
「やろうと思えば、できなくはないかもね。僕ってば、すごーい天使だし?」
おどけるように言うルシフェリアに、すかさず陽香が「じゃあレオの事も殺さずに、ただの人間にしてやれば良いだろ」とツッコんだ。しかしルシフェリアは、ゆるゆると首を横に振り「本人の同意が得られなきゃ無理なんだよ」と笑う。
陽香は更に深く突っ込もうとしていたが、しかし客間の扉がノックされたため口を噤んだ。扉が開かれて客間へ入って来たのは、早々に会議を終えたらしい颯月達だった。
まず、アイドクレースから「転移」で飛んで来た者に関しては――あまりにも急な事で、引継ぎどころではなかったため――再び「転移」でアイドクレースまで送ってくれるらしい。
この国には存在しない「転移」なんていう魔法も真っ青の移動方法でやって来たものだから、帰りも同じだけ急がなければまずい。部下の騎士には「急用ができたので外出する」程度の話しかできていないはずだ。
特に騎士団長の颯月、副長の竜禅、軍師の幸成、参謀の和巳――彼ら抜きでは、アイドクレース騎士団が回らない。責任者不在では、ありとあらゆる決裁が不可能なのだ。
それに何より、国王の颯瑛だって息子が無事に戻ってくるかどうか、不安でヤキモキしている頃ではないだろうか。颯月はやや強引な交渉法を使ったと言っていたし、早く安心させてやらねばいけない。
そして、馬車でルベライトまで旅してきた陽香、アリス、右京、旭の四人。彼らについても、ルシフェリアが馬車ごと「転移」してくれるそうだ。
ますます冬が深まり、気温も下がる頃。極度の寒がりである陽香は、もうこれ以上過酷な旅路に耐えられないだろう。更に、馬車はアイドクレース騎士団所有のもので、ここへ置き去りにして行く訳にはいかない。ルシフェリアの提案はある意味、渡りに船とも言える。
「明臣さんは、無事ルベライト領まで戻って来た訳ですし……やっぱり、ここでお別れですよね」
アリスはそれで、寂しくないのだろうか。余計なお世話と知りながらも、綾那はそう問いかけずにはいられなかった。
ルシフェリアは、珍しく嫌味でもなんでもない穏やかな笑みを湛えて、「そうだね」と頷いた。
「彼とは、ここでお別れだ。ただ、縁があればまた会えるよ。これで一生のお別れって訳じゃあないからね」
「まあ、未来が視えるシアが言うなら間違いねえだろ? 一、二ヵ月一緒に旅してて思ったけど――たぶんアリスと王子、そう簡単には離れられねえよ。物理的な距離はともかくとして、関係までは」
陽香は大袈裟に肩を竦めると、「そもそもあの二人、あたしらが「奈落の底」に落とされてからと言うもの、一日も欠かさずに一緒に居たレベルなんだぜ? 『愛』ってか、最早『情』があって離れられねえ感じする」と呟いた。
しかも、今まで――厄介なギフトのせいで――まともな恋愛経験がないアリスの事だ。もしかすると、明臣と別れてすぐさま自分の想いに気付き、「もう一度ルベライトに行くわ! 明臣が私にとってどれだけ重要な人なのか、離れて初めて分かった!!」なんて熱い事を言い出しそうな気もしてくる。
――とにかく、未来を知るルシフェリアと、人の事をよく見ている陽香が言うのだから間違いない。少なくとも今は、この場で別れるのが良いのだろう。
「それで、アイドクレースに「転移」で戻って、そこからどうやってヘリオドール領まで行くんですか?」
「今回は急ぎだからねえ……あまり悠長にしていてヴィレオールが逃げ出しちゃうと面倒だし、ヘリオドール領にも「転移」で行く予定だよ」
「念のため確認なんですけれど、ヴィレオールさんは、その――本当に、倒してしまうんですか? いや、倒すと言うか……」
綾那が言い淀めば、ルシフェリアはなんでもない事のように軽々しく「うん、殺して良い。というか、殺してくれないと始まらないねえ」と答えた。
今までとは、色んな意味で大違いだ。かなり難易度の高い要請に、綾那だけでなく陽香も顔を歪めた。相手は悪魔、正しくは人間ではないが――ヴィレオールもヴェゼルのような姿をしているとすれば、少なくとも見た目だけは人間だ。
そんな相手を殺せとは、なかなかにハードである。
魔物退治や眷属退治とは違う、限りなく人殺しに近い依頼。しかも相手はこの世の『雷』を司る管理者で、彼が倒れた時に世界がどうなってしまうのか、全く読めない。ルシフェリアは「問題ない」と言うが、この天使はどこまでも食えない相手である。
渋面になった綾那達を見て、ルシフェリアはカラリと笑った。
「大丈夫、そう身構えなくて良いよぉ。どうせ魔法が使えない「表」の君達には、ヴィレオールを殺せない。その辺りは、ちゃんと適任者にお願いするつもりだからさ」
「……適任者、ですか?」
綾那は首を傾げながら、漠然と「もしかしてシアさん、タイミングよく「奈落の底」に落ちてきた師匠に任せるつもりかな……?」と予想した。
美果は、リベリアスに散らばった「転移」の男達を集めるのと、そのついでに溢れた眷属の討伐を請け負うと言っていた。魔法が使えずとも、彼女はルシフェリアと同じ天使――神である。悪魔の一人や一人、力を使えばいとも簡単にくびり殺せるのかも知れない。
陽香も似たような事を考えたのか、思案顔になりながら「まあ、それならアリ……なのか? でも、ゼルの兄貴を殺しちまうのか――」とぼやいた。
「うーん、そうだね。ヴェゼルにも深い関係がある事だし、彼も連れて行ってあげないといけないよね。あの子もすっかり、悪魔として生きるのが嫌になっちゃっているみたいだし……早く、ただの人間にしてあげられれば良いんだけど」
「――えっ、そんな事ができるんですか?」
「やろうと思えば、できなくはないかもね。僕ってば、すごーい天使だし?」
おどけるように言うルシフェリアに、すかさず陽香が「じゃあレオの事も殺さずに、ただの人間にしてやれば良いだろ」とツッコんだ。しかしルシフェリアは、ゆるゆると首を横に振り「本人の同意が得られなきゃ無理なんだよ」と笑う。
陽香は更に深く突っ込もうとしていたが、しかし客間の扉がノックされたため口を噤んだ。扉が開かれて客間へ入って来たのは、早々に会議を終えたらしい颯月達だった。
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