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第11章 奈落の底を大掃除
16 お暇
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颯月の、真剣なんだかふざけているんだか判断しづらい話――あくまでも、彼自身は本気で話しているに違いないのだが――を聞き終えた祖父母は、感涙しながらパチパチと拍手を送った。
拍手を送られた颯月は満更でもない様子で笑みを零すと、隣に座る綾那の肩を抱き寄せる。その姿にまたブラボーと言わんばかりの歓声が沸き起こるものだから、もう綾那の手には負えない状況であった。ただ「うふふ」と、全く心のこもっていない乾いた笑みを浮かべるぐらいしかできない。
「いやあ、話を聞けて良かったなあ……やはり、陛下の手紙を読んだだけでは分からない事ばかりだ。本当に幸せそうで、安心した」
「王都とアクアオーラで手紙のやりとりをしようと思ったら、片道二、三か月はかかるものねえ……最新の情報がそれだけ遅れて届くんだもの。分からない事だらけに決まっているわ」
祖父母は満ち足りた表情で頷いていたが、しかしその笑顔には僅かながら影のようなものを感じた。せっかく颯月と会って話せたとしても、これが最初で最後かも知れないと思えば寂しいに決まっている。
恐らくまだ六十代か、いっても七十代――まだまだ人生これからだろう。しかし現実問題、アイドクレース騎士団の団長である颯月が、頻繁に王都を離れられるはずがない。運よく年に一度顔を見せに来られたとしても、果たしてあと何回話せるのだろうか。
仮にルシフェリアが「転移」で手伝ってくれれば不可能ではないが、あの天使はタダ働きなどしてくれない。「転移」のたびに何かしらの対価を求められたら面倒である。
今日が幸せであればあるほど、孫との別れが辛いのかも知れない。それは、死ぬほど写真を撮っても、ちゃっかり動画を回していたとしても変わらない事だ。
ふと壁に掛けられた時計を見やれば、既に十九時を大幅に過ぎていた。ここには、かれこれ三時間ほどお邪魔している事になる。
(そろそろ、帰らないといけないよね――)
ルベライトの騎士を交えた会議というのが、具体的にどんな内容で、どれくらいかかるものなのか綾那には分からない。ただ、幸成や和巳に代理を頼むくらいだから――なんなら、竜禅だってずっと事後処理に掛かりきりになっている――きっと、颯月も同席しなければ始まらないようなものなのだろう。
孫との出会いに喜んで、それでていて別れを寂しがっている祖父母には悪いが、そもそも綾那達は今日中に王都へ戻らねばまずい。現場を指揮する役職もちを全員引き連れて来てしまったため、今頃アイドクレースはてんてこ舞いだろう。
ちらりと颯月の顔色を窺えば、ちょうど彼もお暇するタイミングを計っているようだ。若干申し訳なさそうな紫色の瞳と目が合って、ほんの少しだけ困る。
綾那も、彼と同じく自身の祖父母と話した経験がない。祖父母どころか、両親とさえないのだ。なんなら会った事すらないのに、遠方の家族と会った時の別れ際のタイミングも、空気のつくり方も、スムーズな去り方だって分かるはずがない。つい最近、彼のお陰で義理の両親と義弟ができて、家族団らんの楽しさを知ったばかりなのだから。
――とは言え、いつまでもぬくぬくと過ごしている訳にもいかない。ここは心を鬼にして、「すみませんが、そろそろお暇させて頂きます」と伝えねばならないだろう。そうでなければ、方々に迷惑がかかってしまう。
そうして綾那が口を開こうとした瞬間、颯月がハッと顔を上げて窓を見た。窓は分厚いカーテンで塞がれていて、家の外の様子など窺い知れるはずもない。妙な物音だってしなかったのに、一体何がそんなに気になるのか――。
「……すみません、禅が迎えに来てしまいました」
気まずげに――と言うか、申し訳なさそうに低く呟いた颯月に、祖父母だけでなく綾那も目を瞬かせた。しかし、それから程なくして家の呼び鈴が鳴らされると、「ああ、『共感覚』で彼が近付いて来た事が分かったのか」と理解する。
「おお、そうか……竜禅が戻って来たのか! 彼からも話を聞きたいところだが――どうだろうな、やはり忙しいか。こんなに長い間引き留めてしまって悪かった、本当に楽しかったよ」
鷹仁は苦く笑いながら椅子から立ち上がると、「ピーチパイは土産に持たせよう」と告げる。そして玄関に向かって歩き出せば、澄が慌てた様子でケーキを用意しに台所へ向かった。
「少なくとも、俺と綾はルベライト騎士団の本部へ戻らねばなりませんが……禅だけ置いていけないか、本人に聞いてみます。母上の最期を知る男ですし、せっかくの機会ですから――時間が許す限り、話しておいて欲しいので」
「それは……そうか。ああ、そうだな、ありがとう」
鷹仁の笑みはどこか複雑だった。何せ、愛娘の死に際の話だ。やはり聞きたい気持ちと、耳に入れるのも悍ましいという気持ちがせめぎ合うのだろう。
そんな彼の後をついて玄関まで歩き、扉を開くと――外には、目元の仮面を外した竜禅が立っていた。彼は鷹仁を見るなり深々と頭を下げると、そのままの体勢で「どのような誹りでも受け入れます、誠に申し訳ございませんでした」と口にした。
突然の謝罪に面食らった鷹仁が目を丸めて「顔を上げてくれ」と声を掛ければ、竜禅はややあってからゆっくりと頭を上げる。
「輝夜様をみすみす死なせてしまいました。私は本来、あなた方に顔向けできるような立場にありませんが……颯月様がここを訪れたと知り、これも何かの導きかと思って」
そう告げた竜禅の表情は、いつも以上に硬い。しかし、鷹仁はパッと破顔すると彼の腕をとり、「外は寒いだろう、早く入りなさい」と穏やかに促した。
拍手を送られた颯月は満更でもない様子で笑みを零すと、隣に座る綾那の肩を抱き寄せる。その姿にまたブラボーと言わんばかりの歓声が沸き起こるものだから、もう綾那の手には負えない状況であった。ただ「うふふ」と、全く心のこもっていない乾いた笑みを浮かべるぐらいしかできない。
「いやあ、話を聞けて良かったなあ……やはり、陛下の手紙を読んだだけでは分からない事ばかりだ。本当に幸せそうで、安心した」
「王都とアクアオーラで手紙のやりとりをしようと思ったら、片道二、三か月はかかるものねえ……最新の情報がそれだけ遅れて届くんだもの。分からない事だらけに決まっているわ」
祖父母は満ち足りた表情で頷いていたが、しかしその笑顔には僅かながら影のようなものを感じた。せっかく颯月と会って話せたとしても、これが最初で最後かも知れないと思えば寂しいに決まっている。
恐らくまだ六十代か、いっても七十代――まだまだ人生これからだろう。しかし現実問題、アイドクレース騎士団の団長である颯月が、頻繁に王都を離れられるはずがない。運よく年に一度顔を見せに来られたとしても、果たしてあと何回話せるのだろうか。
仮にルシフェリアが「転移」で手伝ってくれれば不可能ではないが、あの天使はタダ働きなどしてくれない。「転移」のたびに何かしらの対価を求められたら面倒である。
今日が幸せであればあるほど、孫との別れが辛いのかも知れない。それは、死ぬほど写真を撮っても、ちゃっかり動画を回していたとしても変わらない事だ。
ふと壁に掛けられた時計を見やれば、既に十九時を大幅に過ぎていた。ここには、かれこれ三時間ほどお邪魔している事になる。
(そろそろ、帰らないといけないよね――)
ルベライトの騎士を交えた会議というのが、具体的にどんな内容で、どれくらいかかるものなのか綾那には分からない。ただ、幸成や和巳に代理を頼むくらいだから――なんなら、竜禅だってずっと事後処理に掛かりきりになっている――きっと、颯月も同席しなければ始まらないようなものなのだろう。
孫との出会いに喜んで、それでていて別れを寂しがっている祖父母には悪いが、そもそも綾那達は今日中に王都へ戻らねばまずい。現場を指揮する役職もちを全員引き連れて来てしまったため、今頃アイドクレースはてんてこ舞いだろう。
ちらりと颯月の顔色を窺えば、ちょうど彼もお暇するタイミングを計っているようだ。若干申し訳なさそうな紫色の瞳と目が合って、ほんの少しだけ困る。
綾那も、彼と同じく自身の祖父母と話した経験がない。祖父母どころか、両親とさえないのだ。なんなら会った事すらないのに、遠方の家族と会った時の別れ際のタイミングも、空気のつくり方も、スムーズな去り方だって分かるはずがない。つい最近、彼のお陰で義理の両親と義弟ができて、家族団らんの楽しさを知ったばかりなのだから。
――とは言え、いつまでもぬくぬくと過ごしている訳にもいかない。ここは心を鬼にして、「すみませんが、そろそろお暇させて頂きます」と伝えねばならないだろう。そうでなければ、方々に迷惑がかかってしまう。
そうして綾那が口を開こうとした瞬間、颯月がハッと顔を上げて窓を見た。窓は分厚いカーテンで塞がれていて、家の外の様子など窺い知れるはずもない。妙な物音だってしなかったのに、一体何がそんなに気になるのか――。
「……すみません、禅が迎えに来てしまいました」
気まずげに――と言うか、申し訳なさそうに低く呟いた颯月に、祖父母だけでなく綾那も目を瞬かせた。しかし、それから程なくして家の呼び鈴が鳴らされると、「ああ、『共感覚』で彼が近付いて来た事が分かったのか」と理解する。
「おお、そうか……竜禅が戻って来たのか! 彼からも話を聞きたいところだが――どうだろうな、やはり忙しいか。こんなに長い間引き留めてしまって悪かった、本当に楽しかったよ」
鷹仁は苦く笑いながら椅子から立ち上がると、「ピーチパイは土産に持たせよう」と告げる。そして玄関に向かって歩き出せば、澄が慌てた様子でケーキを用意しに台所へ向かった。
「少なくとも、俺と綾はルベライト騎士団の本部へ戻らねばなりませんが……禅だけ置いていけないか、本人に聞いてみます。母上の最期を知る男ですし、せっかくの機会ですから――時間が許す限り、話しておいて欲しいので」
「それは……そうか。ああ、そうだな、ありがとう」
鷹仁の笑みはどこか複雑だった。何せ、愛娘の死に際の話だ。やはり聞きたい気持ちと、耳に入れるのも悍ましいという気持ちがせめぎ合うのだろう。
そんな彼の後をついて玄関まで歩き、扉を開くと――外には、目元の仮面を外した竜禅が立っていた。彼は鷹仁を見るなり深々と頭を下げると、そのままの体勢で「どのような誹りでも受け入れます、誠に申し訳ございませんでした」と口にした。
突然の謝罪に面食らった鷹仁が目を丸めて「顔を上げてくれ」と声を掛ければ、竜禅はややあってからゆっくりと頭を上げる。
「輝夜様をみすみす死なせてしまいました。私は本来、あなた方に顔向けできるような立場にありませんが……颯月様がここを訪れたと知り、これも何かの導きかと思って」
そう告げた竜禅の表情は、いつも以上に硬い。しかし、鷹仁はパッと破顔すると彼の腕をとり、「外は寒いだろう、早く入りなさい」と穏やかに促した。
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