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第11章 奈落の底を大掃除
14 輝夜の写真
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賑やかすぎる食事を終えた後、澄は有言実行と言わんばかりに姿を消した。そして戻って来た彼女の両手には、十冊を超える分厚いアルバムが抱えられていた。まず間違いなく、輝夜の写真がまとめられたものだろう。
(あれ……でも、颯月さんに見せても平気なのかな?)
綾那は、ふとそんな事を思いながら首を傾げた。父の颯瑛は、本人が希望するなら写真や絵姿などいくらでも見せれば良い、という風に言っていたが――同時に、もしも亡き母を求めて寂しい思いをさせてしまったらと思うと、不安だとも言っていた。
しかし、これはあくまでも写真だし、ルシフェリアが姿を借りて『顕現』した時のように動く輝夜でもないから、別に構わないだろうか。そもそも、綾那だって輝夜の姿を見るのはこれが初めてだ。
妙な緊張感を覚えつつ、テーブルの上に置かれたアルバムの表紙を眺める。ドキドキと早鐘を打つ心臓を、深呼吸して落ち着かせる――前に、澄が勢いよくバーン! とアルバムを開いた。
あまりの勢いにビクリと肩を揺らしたのも束の間、視界に飛び込んで来た輝夜の写真を見た綾那は、ハッと息を詰まらせる。そうして隣に座る愛しい旦那と写真を見比べると、うっとりとしながら熱いため息を吐き出した。
「――――――もっ、もしも颯月さんが女性だったら、こうだったでしょうねえ……!?」
「……ついさっき、似たようなセリフを聞かされた気がするな」
複雑な表情のまま肩を竦める颯月に構わず、綾那の目は写真に釘付けになった。
つい先ほど、颯月を見た鷹仁が「輝夜が男だったらこうに違いない!」と叫んだ事に対して難色を示していたくせに、これ以上ないほど見事な棚上げである。
ツヤツヤで天使の輪が浮いた黒髪は胸元まで伸ばされていて、透けるような白肌は毛穴ひとつ見えない。白肌や黒髪と対照的に真っ赤な唇は、恐らく紅など引かずともこの色なのだろう。まるで物語に出てくる白雪姫のようだ。
撮影当時の輝夜は十六歳未満のはずだから、正直もっとあどけない姿を想像していた。しかし、カメラのレンズへ向けられた流し目の、なんと色っぽい事か。
彼女を知る誰もが口を揃えて「美しい人だった」と評するから、美しい事だけは分かっていた。ただ、綾那の想像していた姿とは、少し種類の違う美しさだ。美人というよりも美形。美しい事には違いないものの――言い方が不適切かも知れないが――男顔である。某男装歌劇団の男役が似合いそうだ。
つまり何が言いたいのかというと、想像以上に颯月なのだ。
彼の顔を形づくる各パーツがそれぞれ縮小されて、背も縮んで、女性らしすぎるほどにナイスバディになっただけ。特に気だるげな垂れ目は色気がありすぎるし、色こそ紫ではなく青だが、颯月とそのまま重なりそうな形をしている。
それは颯瑛も、街中でこんな美形のお姉さまを見かけたら口説きたくなるだろう。綾那だって「どうか写真を撮らせてください」と声を掛ける。何せ、「表」で敬愛する絢葵が女体化したようなものなのだから――「ちょっとそれっぽい衣装を着て、絢葵さんのコスプレして見せてくれませんか? お金ならあります!」と言ったところか。
こんな美形と笑い顔が似ているなど、「よくも比べてくれたな」と腹が立ってくるレベルだ。
「ええ……絢葵さんの上位互換が、女体化して……? ――神? いや、女神? ちょっと、意味が分かりません……」
「残念ながら俺も、綾が何を言っているのか分からない」
「颯月さん――そうですね、ええ。颯月さんの顔が好きだという事を、再認識いたしました」
「その言葉なら意味が分かるし、良い事だ。ただ、俺が女だったら綾と結婚できなかった事をよく理解した上で発言して欲しい」
「しかり……」
「しかりじゃなくて」
一人納得して何度も頷く綾那に、颯月は小さく息を吐いた。そうして、若干不貞腐れた様子で水色の髪を指に絡めて遊び始めた颯月を尻目に、綾那は「こ、このアルバムは、素手で触れても良いものですか?」と祖父母に確認する。
鷹仁も澄も満足げに笑いながらページをめくるよう促してくれたので、心ゆくまで女体化颯月――もとい輝夜を堪能させてもらう事にした。
今よりも二十歳以上若いであろう祖父母の姿と、あまり笑わない輝夜。そして、まだ仮面で目元を隠していない頃の竜禅の姿もある。彼は本当に年を取らないらしく、今と何ひとつとして変わらない姿だ。短い黒髪に、短く刈り込んだ顎髭。深い海のような青い目。
輝夜から「ヒゲは趣味じゃない」と言われたならば、いっそ剃ってしまえば良かったのに。頑なにそうしなかったのは、竜禅本人に強いこだわりがあるからだろうか。少なくとも輝夜について、憎からず思っていたようだが――とは言え、よく悪態をついているところも見るので、彼の真意は分かりづらい。
祖父母も、若い頃はどことなく輝夜や颯月と似た顔立ちをしているような気がする。今は正直、颯月を前にしてニッコニコのゆるんゆるんな顔をしているから、似ているかどうかが判別できないのだ。二人ともそれほど背が高くないところを見る限り、やはり颯月の恵まれた体格は父親の颯瑛譲りらしい。
家族と竜禅の写真を見ながら、綾那はどんどんページをめくっていく。
どうも輝夜は、気だるげ――または偉そうな表情がデフォルトのようだ。カメラのレンズを見ていようが見ていなかろうが、流し目もしくは顎を逸らして、人を見下すような目つきをしている。
生まれながらに人の上に立つ、女王気質だったのだろうか? とにかく、正面を向いてニコリと笑うようなタイプではなかったらしい。
しかし、ふとページをめくった先にある一枚の写真を見れば、ほっそりとした白魚のような両手で鼻と口元を覆い隠して、これでもかと目元を緩めている姿が写っていた。綾那はそれを見て、思わず「あ」と声を漏らす。
「――その写真は、綾那さんによく似ているだろう?」
鷹仁の言葉に、綾那は畏れ多くてとても頷けなかった。けれど内心「本当に、笑った時の目元だけは私と似てるかも」と思った。
特にこの写真は鼻から下を全て手で隠しているから、余計に綾那そっくりなのだ。素の顔は凛々しい美形なのに、笑うとしっかり女性らしくなるとは――本当に得な顔をした女性である。
颯月もまた写真を覗き込むと、得心がいった様子で「これは、綾と初めて顔を合わせた時に禅が戸惑う訳だ」と頷いた。
(あれ……でも、颯月さんに見せても平気なのかな?)
綾那は、ふとそんな事を思いながら首を傾げた。父の颯瑛は、本人が希望するなら写真や絵姿などいくらでも見せれば良い、という風に言っていたが――同時に、もしも亡き母を求めて寂しい思いをさせてしまったらと思うと、不安だとも言っていた。
しかし、これはあくまでも写真だし、ルシフェリアが姿を借りて『顕現』した時のように動く輝夜でもないから、別に構わないだろうか。そもそも、綾那だって輝夜の姿を見るのはこれが初めてだ。
妙な緊張感を覚えつつ、テーブルの上に置かれたアルバムの表紙を眺める。ドキドキと早鐘を打つ心臓を、深呼吸して落ち着かせる――前に、澄が勢いよくバーン! とアルバムを開いた。
あまりの勢いにビクリと肩を揺らしたのも束の間、視界に飛び込んで来た輝夜の写真を見た綾那は、ハッと息を詰まらせる。そうして隣に座る愛しい旦那と写真を見比べると、うっとりとしながら熱いため息を吐き出した。
「――――――もっ、もしも颯月さんが女性だったら、こうだったでしょうねえ……!?」
「……ついさっき、似たようなセリフを聞かされた気がするな」
複雑な表情のまま肩を竦める颯月に構わず、綾那の目は写真に釘付けになった。
つい先ほど、颯月を見た鷹仁が「輝夜が男だったらこうに違いない!」と叫んだ事に対して難色を示していたくせに、これ以上ないほど見事な棚上げである。
ツヤツヤで天使の輪が浮いた黒髪は胸元まで伸ばされていて、透けるような白肌は毛穴ひとつ見えない。白肌や黒髪と対照的に真っ赤な唇は、恐らく紅など引かずともこの色なのだろう。まるで物語に出てくる白雪姫のようだ。
撮影当時の輝夜は十六歳未満のはずだから、正直もっとあどけない姿を想像していた。しかし、カメラのレンズへ向けられた流し目の、なんと色っぽい事か。
彼女を知る誰もが口を揃えて「美しい人だった」と評するから、美しい事だけは分かっていた。ただ、綾那の想像していた姿とは、少し種類の違う美しさだ。美人というよりも美形。美しい事には違いないものの――言い方が不適切かも知れないが――男顔である。某男装歌劇団の男役が似合いそうだ。
つまり何が言いたいのかというと、想像以上に颯月なのだ。
彼の顔を形づくる各パーツがそれぞれ縮小されて、背も縮んで、女性らしすぎるほどにナイスバディになっただけ。特に気だるげな垂れ目は色気がありすぎるし、色こそ紫ではなく青だが、颯月とそのまま重なりそうな形をしている。
それは颯瑛も、街中でこんな美形のお姉さまを見かけたら口説きたくなるだろう。綾那だって「どうか写真を撮らせてください」と声を掛ける。何せ、「表」で敬愛する絢葵が女体化したようなものなのだから――「ちょっとそれっぽい衣装を着て、絢葵さんのコスプレして見せてくれませんか? お金ならあります!」と言ったところか。
こんな美形と笑い顔が似ているなど、「よくも比べてくれたな」と腹が立ってくるレベルだ。
「ええ……絢葵さんの上位互換が、女体化して……? ――神? いや、女神? ちょっと、意味が分かりません……」
「残念ながら俺も、綾が何を言っているのか分からない」
「颯月さん――そうですね、ええ。颯月さんの顔が好きだという事を、再認識いたしました」
「その言葉なら意味が分かるし、良い事だ。ただ、俺が女だったら綾と結婚できなかった事をよく理解した上で発言して欲しい」
「しかり……」
「しかりじゃなくて」
一人納得して何度も頷く綾那に、颯月は小さく息を吐いた。そうして、若干不貞腐れた様子で水色の髪を指に絡めて遊び始めた颯月を尻目に、綾那は「こ、このアルバムは、素手で触れても良いものですか?」と祖父母に確認する。
鷹仁も澄も満足げに笑いながらページをめくるよう促してくれたので、心ゆくまで女体化颯月――もとい輝夜を堪能させてもらう事にした。
今よりも二十歳以上若いであろう祖父母の姿と、あまり笑わない輝夜。そして、まだ仮面で目元を隠していない頃の竜禅の姿もある。彼は本当に年を取らないらしく、今と何ひとつとして変わらない姿だ。短い黒髪に、短く刈り込んだ顎髭。深い海のような青い目。
輝夜から「ヒゲは趣味じゃない」と言われたならば、いっそ剃ってしまえば良かったのに。頑なにそうしなかったのは、竜禅本人に強いこだわりがあるからだろうか。少なくとも輝夜について、憎からず思っていたようだが――とは言え、よく悪態をついているところも見るので、彼の真意は分かりづらい。
祖父母も、若い頃はどことなく輝夜や颯月と似た顔立ちをしているような気がする。今は正直、颯月を前にしてニッコニコのゆるんゆるんな顔をしているから、似ているかどうかが判別できないのだ。二人ともそれほど背が高くないところを見る限り、やはり颯月の恵まれた体格は父親の颯瑛譲りらしい。
家族と竜禅の写真を見ながら、綾那はどんどんページをめくっていく。
どうも輝夜は、気だるげ――または偉そうな表情がデフォルトのようだ。カメラのレンズを見ていようが見ていなかろうが、流し目もしくは顎を逸らして、人を見下すような目つきをしている。
生まれながらに人の上に立つ、女王気質だったのだろうか? とにかく、正面を向いてニコリと笑うようなタイプではなかったらしい。
しかし、ふとページをめくった先にある一枚の写真を見れば、ほっそりとした白魚のような両手で鼻と口元を覆い隠して、これでもかと目元を緩めている姿が写っていた。綾那はそれを見て、思わず「あ」と声を漏らす。
「――その写真は、綾那さんによく似ているだろう?」
鷹仁の言葉に、綾那は畏れ多くてとても頷けなかった。けれど内心「本当に、笑った時の目元だけは私と似てるかも」と思った。
特にこの写真は鼻から下を全て手で隠しているから、余計に綾那そっくりなのだ。素の顔は凛々しい美形なのに、笑うとしっかり女性らしくなるとは――本当に得な顔をした女性である。
颯月もまた写真を覗き込むと、得心がいった様子で「これは、綾と初めて顔を合わせた時に禅が戸惑う訳だ」と頷いた。
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