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第11章 奈落の底を大掃除

13 お食事会

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 家の中へ招かれた綾那と颯月は、すぐさま食卓机まで案内された。外で待たされていた時間はほんの二十分程だったにも関わらず、テーブルの上にはいくつもの大皿料理が用意されている。
 やたらと黄色いのは、卵ばかり使われているせいだろうか。大きなオムレツ、ゆで卵を潰してマヨネーズで和えたサラダ、卵が丸々入ったミートローフ。元々夫婦で今晩食べるために用意されていたのか、半熟卵の乗ったミートドリアが二皿。
 どれもこれも本当に美味しそうだが、なんともコレステロール値が気になるラインナップであった。

 話よりも何よりもまず腹ごしらえをするよう促されて、喜んでご馳走になっていたところ――颯月の祖母である澄から、「出会いを記念して、どうか二人の写真を撮らせて欲しい」と涙ながらに懇願された。
 颯月は悪魔憑きの『異形』によるコンプレックスから、写真撮影が苦手である――今思えば、よく『広報』の動画撮影に協力してくれたものだ。しかし、ルベライト領まで滅多に来られるものではないし、下手をしたら、祖父母と顔を合わせるのはこれが最初で最後かも知れない。

 となれば――幸い綾那も隣に居る事だし――記念撮影ぐらい応じるべきだろう。父颯瑛からも、「もしも祖父母に会う事があれば礼儀を尽くせ」と言われているのだから。
 そうして颯月が「どうぞ」と頷いた途端に、澄は喜びの奇声を発しながらどこか別の部屋へ駆けて行った。やがて三十秒もしない内に帰って来たかと思えば、その手には魔具カメラが二台握られていて、更に首からストラップで下げられたものが三台あった。

 そこからはもう、怒涛のシャッター乱舞である。延々と焚かれ続けるフラッシュの光に、綾那はぼんやりと「不祥事を起こした芸能人の方って、毎度こんな感覚を味わうのかな……大変だな……」と現実逃避した。「表」で発行した写真集の撮影でも、ここまでのシャッタースピードは味わった事がない。

 前もって「特にカメラを見る必要はないから、自然体で!」と言われたため、できるだけ気にしないように努めているが――隣で食事する颯月は、それはもう居心地が悪そうだ。途端に咀嚼スピードを下げてしまったのが目に見えて分かる。
 しかし、それでも不愉快な顔を一切見せないのだから偉い。やはり彼は根本的に真面目で、そして身内に甘いのだろう。

「――もぉおおお! なんって眼福な光景なのかしら!? 二人揃って輝夜そっくりなんだから!! ああっ、もう無理よ!! あまりの眩しさに、目が潰れてしまいそうだわ!!」
「澄、落ち着け! 二人が食べづらそうにしているだろう!? 写真には笑顔だけ収めたいんだから、もっと気遣ってくれないか!!」

 いつの間にか澄から二台ほどカメラを奪い取った鷹仁までもが、カメラ小僧ならぬカメラじじいになっている。静かに淡々とシャッターを切る彼は、隣でむせび泣くように撮影する澄を諫めた。
 しかし澄は「落ち着ける訳がないでしょう!!!」と、ますます熱量を増して撮影に力を入れている。

 どう見たって居心地が悪そうなのに、颯月は彼らを気遣って満足に諫められないようだから、綾那が代わりに口を開いた。

「あ……あの、お爺様、お婆様。あまりにも――」
「お爺様っ!!」
「お婆様っ!!!」

 あまりにも眩しいので、もう少しお手柔らかに頼めないでしょうか――という言葉は、ほぼ同時に膝から崩れ落ちたカメラ爺とカメラ婆の叫びによってかき消された。お陰でフラッシュもシャッター音も止んだが、しかし床の上で四つん這いになって震えている姿を見せられるのも気まずい。
 綾那と颯月が食事する様を見て――そして、撮影して――ばかりで、肝心の家主が全く食事をしていないのも気になっている。

「ええと……できれば、ご一緒していただけませんか? お二人を差し置いて私達だけで食事するのも、なんだか変な感じですし――」
「うっ、うぅ……しかし、これは恐らく創造神様がくださった最初で最後のチャンスだ……! ――いや、分かった! 写真ではなく動画にしないか!? 私達の食事風景を撮ろう、それを家宝にすれば……!」

 ハッと閃き顔になった鷹仁を見て、颯月が細く息を吐いた。

「……動画でもなんでも構いませんから、とりあえず床ではなく椅子に座ってもらえると助かります」

 颯月の言葉に、興奮しきりの鷹仁と澄は「分かった」と即答してすぐさま席についた。こんなにも簡単に聞き分けてくれるならば、最初から彼に任せるべきであった。

 澄は椅子に腰かけると――邪魔になると判断したのか――首からぶら下がるカメラを背中側にぐるりと回した。そして、興奮冷めやらぬ赤ら顔で微笑んだ。

「本当に素晴らしい、夢みたいだわ。笑顔に輝夜の面影があるお嫁さんに、素のままで輝夜そっくりの孫……名前は陛下からの手紙で知っていたけれど、まさか面と向かって『颯月』と呼べる日が来るなんて」
「お二人は、本当に輝夜様が愛しいのですね」
「それは当然。あんなにも愛らしくて聡明で完璧な子は、そうそうお目に掛かれないもの……ルベライトに居た当時は、ありとあらゆる者から求められていたのよ? 十六歳で故郷を離れるまでに、何度誘拐された事か――人を狂わせる、罪作りな子だったわ」
「ゆ、誘拐……?」
「ええ。とは言え、あの子は胆が据わっていたから、「私は愛らしいから、誘拐されても仕方がないわね」なんて、歯牙にもかけていなかったわよ? それにいつも竜禅が事後処理に当たっていて、一度も大事にはなっていないから安心して」

 綾那はあまり笑っていない目で、「それを聞いて、ひと安心……とは、なりませんけどねえ」と呟いた。そんな綾那には構わず、澄は「あとで輝夜のアルバムを見せてあげるわね」と上機嫌に笑った。
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