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第11章 奈落の底を大掃除
11 祖父母の家へ
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ウキウキと軽い足取りで前を歩く鷹仁。彼はもう、我が家でどう孫をもてなすか――それで頭がいっぱいらしい。先ほどから、ああでもない、こうでもないと呟いては熱心に悩んでいる。
一時は祖父の反応を不安視していたものの、颯月の事を好意的に受け取ってくれたようで本当に良かった。このまま、祖父母とも家族として打ち解けられると良いのだが。
綾那は鷹仁の数歩後ろを、颯月と手を繋いだまま並んで歩いた。
「――寒くないか? 気分が悪くなればすぐに言うんだぞ」
ほんの少し前に単なる風邪で死にかけたせいか、何度「本来は寒さに強いのだ」と伝えたところで、誰も彼もが綾那の体調に神経を尖らせる。
綾那は目元を緩ませると、颯月の腕に抱き着いた。ぴったりと身を寄せていると歩きづらいが、騎士服の温度調節機能のせいか温かくて心地いい。
ちらと颯月の顔を見上げれば、綾那を見下ろす瞳はいつも通り甘くて優しい。ただ、若干表情が強張っているようにも思える。やはり緊張しているのだろうか。
黙って彼を見つめていると、途端に綾那の手を握る力が強まった。そして、耳元に唇を寄せるようにして囁く。
「急だったから、事務仕事が手つかずだ。成も和も禅も全員こっちだし、帰ったら机にかじりつくハメになる」
「そうですよねえ……お陰で陽香は助けられましたけど。こちらの都合に付き合わせてしまって、本当にすみません。帰ったら、私も微力ながらお手伝いします」
「いや、それは良いんだが――綾と二人で過ごす時間が削られるのが辛い。新婚のうちは、残業なんてしたくなかったのに……」
耳の縁を唇で食まれて、綾那は肩を竦ませる。ぞくりと震えるような心地を覚えるのと同時に、何やらおかしくなって笑いが漏れた。
あの颯月が――止まれば死ぬマグロが、「残業したくない」なんて言い始めるとは。これは実に良い傾向だ、素晴らしい成果とも言える。
綾那は小さく笑って、愛しい旦那の頬にキスくらいしても良いのではないかと考えた。しかし、ふと視界の端に映った道行く通行人の視線を感じると、ハッと我に返って距離をとる。アイドクレースの騎士団本部内で睦み合っていても、部下から「他所でやってくれ」と苦言を呈されるのだ。いくら旅先と言っても、公共の場でこのような真似をしてはいけない。
――そもそも、こちらを全く見ていないが目の前には祖父の姿もあるのだ。時と場所を考えなくては。
「じゃあ、一緒に残業しましょうか。一緒に仕事して、一緒に街の外を巡回して、一緒に部屋まで戻りましょう」
「……ああ、それなら安心だな」
せっかく距離をとったのにまたしても身を寄せてくる颯月に、綾那は「旅先で開放的になっているのだろうか」と首を傾げた。彼はアイドクレースでも十分に愛を示してくれるが、しかし街中でこれほど露骨に触れてくる事は滅多にないのだ。
祖父母との対談がよほど不安なのか、それとも知人の目が少ないから弾けているのか――なんにしても、綾那からすれば愛おしい事に違いはない。
「ところで颯月さん、今回の事、お義父様の許可はちゃんともらえたんですよね? ルベライト行きは構わないけれど、お爺様お婆様とは関わるべからず――とか、ないですよね」
「うん? ああ、それは本当に問題ない。もし再会したなら、それなりの礼儀を尽くせと……まあ時間に猶予がなかったせいで、やや強引な交渉になったとは思うけどな」
「強引な……?」
「初めは多少ごねられた。ただ物は試しだと思って、許可してくれないなら俺も綾も今後私的な呼び出しには一切応じないと脅してみたら、効果てきめんだった」
「颯月さん、すっかりお義父様の扱いに慣れてきましたねえ」
淡々と告げる颯月に、綾那は遠い目をした。しかし、家族仲が深まっているのだと良い方向に考える事にする。
「もうそろそろ、家が見えてく――おお、なんだ。本当に似合いの二人だな、君たちは」
前方を指差しながら振り返った鷹仁は、鬱陶しいくらいに寄り添って歩く綾那と颯月を目にするなり破顔した。祖父から指摘された二人はやや気まずい思いをしたものの、わざわざ否定する事でもないので曖昧に微笑んで頷き返す。
「とりあえず、家のありもので食事を用意するから――何か好きなものはあるか? できるだけ希望に添いたいんだが」
「いえ、本当にお構いなく――」
「颯月さんは、甘いものと卵料理が好きです……ね?」
「………………まあ」
遠慮してばかりの颯月に代わり綾那が答えれば、彼は渋々頷いた。その答えを聞くと、鷹仁は「そうか!」と嬉しそうに笑う。
「輝夜も卵料理が好きだったよ。一緒に暮らしていなくても、母子で好みが似るんだな……遺伝的なものだろうか? 私も好きだぞ、オムレツぐらいならすぐに出せる。それに昨夜お隣さんからピーチパイをもらったばかりだから、ちょうどよかった! 綾那さんはどうだ?」
「はい、私も甘いものが大好きです」
「そうかそうか、もてなし甲斐があるな。家内も喜ぶよ……二人には色々な話を聞かせて欲しい。どうやって出会ったのか、どういう経緯があって結婚するに至ったのか。陛下の手紙だけではなかなか君の幸せな様子が伝わりづらかったんだが、こうして二人を見ていると安心する」
綾那は頷いたのち、「颯月さんにも、輝夜様や竜禅さんの昔話を聞かせて差し上げてくださいね」と微笑んだ。
やがて鷹仁の家に辿りついた綾那と颯月は、物凄い形相で「すぐに用意するから、少しだけここで待ってくれ!」と叫ぶように中に飛び込んだ家主が戻ってくるのを、玄関で待つ事にした。
一時は祖父の反応を不安視していたものの、颯月の事を好意的に受け取ってくれたようで本当に良かった。このまま、祖父母とも家族として打ち解けられると良いのだが。
綾那は鷹仁の数歩後ろを、颯月と手を繋いだまま並んで歩いた。
「――寒くないか? 気分が悪くなればすぐに言うんだぞ」
ほんの少し前に単なる風邪で死にかけたせいか、何度「本来は寒さに強いのだ」と伝えたところで、誰も彼もが綾那の体調に神経を尖らせる。
綾那は目元を緩ませると、颯月の腕に抱き着いた。ぴったりと身を寄せていると歩きづらいが、騎士服の温度調節機能のせいか温かくて心地いい。
ちらと颯月の顔を見上げれば、綾那を見下ろす瞳はいつも通り甘くて優しい。ただ、若干表情が強張っているようにも思える。やはり緊張しているのだろうか。
黙って彼を見つめていると、途端に綾那の手を握る力が強まった。そして、耳元に唇を寄せるようにして囁く。
「急だったから、事務仕事が手つかずだ。成も和も禅も全員こっちだし、帰ったら机にかじりつくハメになる」
「そうですよねえ……お陰で陽香は助けられましたけど。こちらの都合に付き合わせてしまって、本当にすみません。帰ったら、私も微力ながらお手伝いします」
「いや、それは良いんだが――綾と二人で過ごす時間が削られるのが辛い。新婚のうちは、残業なんてしたくなかったのに……」
耳の縁を唇で食まれて、綾那は肩を竦ませる。ぞくりと震えるような心地を覚えるのと同時に、何やらおかしくなって笑いが漏れた。
あの颯月が――止まれば死ぬマグロが、「残業したくない」なんて言い始めるとは。これは実に良い傾向だ、素晴らしい成果とも言える。
綾那は小さく笑って、愛しい旦那の頬にキスくらいしても良いのではないかと考えた。しかし、ふと視界の端に映った道行く通行人の視線を感じると、ハッと我に返って距離をとる。アイドクレースの騎士団本部内で睦み合っていても、部下から「他所でやってくれ」と苦言を呈されるのだ。いくら旅先と言っても、公共の場でこのような真似をしてはいけない。
――そもそも、こちらを全く見ていないが目の前には祖父の姿もあるのだ。時と場所を考えなくては。
「じゃあ、一緒に残業しましょうか。一緒に仕事して、一緒に街の外を巡回して、一緒に部屋まで戻りましょう」
「……ああ、それなら安心だな」
せっかく距離をとったのにまたしても身を寄せてくる颯月に、綾那は「旅先で開放的になっているのだろうか」と首を傾げた。彼はアイドクレースでも十分に愛を示してくれるが、しかし街中でこれほど露骨に触れてくる事は滅多にないのだ。
祖父母との対談がよほど不安なのか、それとも知人の目が少ないから弾けているのか――なんにしても、綾那からすれば愛おしい事に違いはない。
「ところで颯月さん、今回の事、お義父様の許可はちゃんともらえたんですよね? ルベライト行きは構わないけれど、お爺様お婆様とは関わるべからず――とか、ないですよね」
「うん? ああ、それは本当に問題ない。もし再会したなら、それなりの礼儀を尽くせと……まあ時間に猶予がなかったせいで、やや強引な交渉になったとは思うけどな」
「強引な……?」
「初めは多少ごねられた。ただ物は試しだと思って、許可してくれないなら俺も綾も今後私的な呼び出しには一切応じないと脅してみたら、効果てきめんだった」
「颯月さん、すっかりお義父様の扱いに慣れてきましたねえ」
淡々と告げる颯月に、綾那は遠い目をした。しかし、家族仲が深まっているのだと良い方向に考える事にする。
「もうそろそろ、家が見えてく――おお、なんだ。本当に似合いの二人だな、君たちは」
前方を指差しながら振り返った鷹仁は、鬱陶しいくらいに寄り添って歩く綾那と颯月を目にするなり破顔した。祖父から指摘された二人はやや気まずい思いをしたものの、わざわざ否定する事でもないので曖昧に微笑んで頷き返す。
「とりあえず、家のありもので食事を用意するから――何か好きなものはあるか? できるだけ希望に添いたいんだが」
「いえ、本当にお構いなく――」
「颯月さんは、甘いものと卵料理が好きです……ね?」
「………………まあ」
遠慮してばかりの颯月に代わり綾那が答えれば、彼は渋々頷いた。その答えを聞くと、鷹仁は「そうか!」と嬉しそうに笑う。
「輝夜も卵料理が好きだったよ。一緒に暮らしていなくても、母子で好みが似るんだな……遺伝的なものだろうか? 私も好きだぞ、オムレツぐらいならすぐに出せる。それに昨夜お隣さんからピーチパイをもらったばかりだから、ちょうどよかった! 綾那さんはどうだ?」
「はい、私も甘いものが大好きです」
「そうかそうか、もてなし甲斐があるな。家内も喜ぶよ……二人には色々な話を聞かせて欲しい。どうやって出会ったのか、どういう経緯があって結婚するに至ったのか。陛下の手紙だけではなかなか君の幸せな様子が伝わりづらかったんだが、こうして二人を見ていると安心する」
綾那は頷いたのち、「颯月さんにも、輝夜様や竜禅さんの昔話を聞かせて差し上げてくださいね」と微笑んだ。
やがて鷹仁の家に辿りついた綾那と颯月は、物凄い形相で「すぐに用意するから、少しだけここで待ってくれ!」と叫ぶように中に飛び込んだ家主が戻ってくるのを、玄関で待つ事にした。
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