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第10章 奈落の底が大混乱

38 意思確認

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「珍しい事もあるんだね。一体どういう風の吹き回し? 君が、「表」出身の人間の滞在を許可する日がくるなんてさ……まさか、私と似た気配のアリスを気に入った訳じゃあるまいし」
「当然じゃないか、四人の中で一番いけ好かないよ」

 即答するルシフェリアに、アリスは「そんなにハッキリ言わないでよ」と肩を落とした。

「僕が欲しいのは、あくまでも綾那あの子だ。他はオマケみたいなもの――まあでも、この子達は僕の箱庭に悪さをするような人間ではないし、嫌いでもないから」
「オマケとは、随分と失礼な扱いですね」

 渚が目を眇めたが、ルシフェリアは全く意に介していない様子で続ける。

「いくら「表」出身だからって、一度でも「転移」で送り込まれたモノなんだから――気に入ったら返さないよ。こっちに送り込んで来た時点で、全ての所有権は僕にあるはずでしょう? は返すから……それで満足?」
「それはまあ、確かに……その通りかも知れないね? 「転移」のバカが勝手に送り込んだものだし……とは言え、返さなければそれはそれで、妙な言いがかりをつけられそうな気もする」

 美果は思案顔になった。恐らくルシフェリアの言う要らないモノとは、リベリアスの各地に散らばる「転移」もちの男達の事だろう。
 彼らはこの大陸で相当悪さを繰り返していたようだし、以前から度々「僕の子供を傷付けられるのは許せない」と言っていた。「奈落の底」へ残すのは、あくまでも四重奏の四名のみで――もしかすると、セレスティン領のジャングルに放棄した四重奏ハウスまで送り返すつもりなのかも知れない。

 ルシフェリア一人でも「転移」の力を最大限発揮できると言うし、やろうと思えば可能だろう。問題は、今まで何度となく不足してきた「天使の力」とやらの保有量が十分なのかどうか。
 そして、「表」で散々キレたという美果の事件があって、肝心の四重奏――アリスを返却しなくても、「転移」の天使が納得するのかという事だ。

「言いがかりって――「転移」は僕と契約書でも交わしたのかい?」
「……契約書?」

 フンと鼻を鳴らすルシフェリアに、美果はきょとんと目を丸める。

「契約書がないなら、どんな文句を言ってきても無駄だよ。「表」から「奈落の底」へ送られたものは、必ず返しますなんて取り決めはしていないんだから。だから、この子達は何を言われても返さないよ」

 ルシフェリアがキッパリと言い切ると、美果は「フハッ」と噴き出して破顔した。一体何がツボに入ったのか、肩を揺らして震える美果。渚とアリスは困惑気味で、ルシフェリアは不快そうに眉根を寄せている。

「ちょ、ちょっと待ってよ、何、契約書って――いつからそんな、お役所の人間みたいな事を言うようになったのさ……君、そういう煩雑はんざつな取り決めや約束事大っ嫌いだったのに!」
「放っておいて。この僕に向かって「契約書を用意しろ」なんて言ってきた、生意気な子が居たんだよ。最初はどうしてやろうかなと思ったけど、まあ、全く納得できない訳でもなかったし――折角だから、僕も使わせてもらう事にした」

 その「生意気な子」とは、まず間違いなく出会ったばかりの綾那の事を指している。
 綾那は初め、出会ったばかりのルシフェリアに「世界中の眷属を倒して欲しい」と依頼された際、返答を保留にした。理由は、綾那一人ではあまりにも非効率である事。四重奏はソロの仕事をやらないルールがある事。リーダーは別に居る事。
 その依頼を引き受けていると、散り散りになった四重奏のメンバーを探す暇がない事――などなど。

 それらの理由を並べ連ねたのち、綾那は「お仕事の依頼には契約書も必要ですよ」と告げたのだ。確かにルシフェリアはその時、「僕は凄い天使なんだよ? なんでそんな、お役所勤めの人間みたいな事をしないといけないの!」と憤慨していた。
 結局は、綾那の「会ったばかりなのだから信頼関係がない」という主張に渋々納得したようだったが――こう聞くと、今もしっかり根に持っているらしい。

「そっかそっか……なんだ、君も楽しそうじゃないか」
「楽しいというか――最近、やる事が多くて忙しい」
「素直じゃないんだから」

 ニヤニヤと笑う美果に、ルシフェリアはぷいと顔を逸らして「君のそう言うところ、本当に好きじゃない」と吐き捨てる。
 美果はひとしきりニヤニヤした後にソファから立ち上がると、パンと拍手を打った。

「綾那、あと二十回で終わりで良いよ」
「――――――ふぁい……!」

 綾那は両膝をガクガクと大笑いさせながら、息も絶え絶えにスクワットを続けていた。恐らく、カウントは三百どころかまだ二百前後ではないだろうか。
 師の切り上げても良いというありがたい一声に、壁を向いたままプルプル震えている。

 渚はそんな二人のやりとりを一瞥したのち、改めて美果に向き直った。

「あの……師匠は、アリスをどうするつもりなんですか?」
「うん? それはまあ、さっき本人の意思確認をした結果――ここに残りたいって言うから、尊重するよ。そもそも君達さ、私を見ても皆して「どうしてここに?」って言うじゃない。「スターオブスター殿堂入りの件、どうなりましたか」って言われるかと思っていたのに」
「あっ」
「そう言えば――」

 アリスと渚がハッと顔を見合わせると、美果はますます笑みを濃くした。

「動画バカの君達が、スタチューなんかどうだって良いほど「奈落の底」を楽しんでいる訳でしょう? それを無理やり連れて帰るなんてのは、野暮だよね。私は会いに来ようと思えば、「転移」を脅してここに来られるし……帰りはルシフェリアに頼んでさあ」
「なんで僕が、そんな面倒な事をしないといけないのさ」
「正にその、面倒な事をさせるためだよ。君が面倒だと思えば思うほど、「転移」のバカは大喜びする。あのバカが満足すれば、今後妙なゴミを「奈落の底」へ送り込む事はなくなるんじゃないかなって」

 その提案に、ルシフェリアは賛同も反論もしなかった。美果は満足そうに頷くと、渚達に向かって「ねえ、陽香も交えてさ、色んな事を話そうよ。お互いまだ知りたい事あるでしょう?」と水を向ける。
 アリスは「じゃあ、私が呼んで来るわね」と言って客間を後にした。

 ――やがて、ようやくスクワットを終えた綾那は、「怪力ストレングス」を解除すると共にその場へ倒れ込んだ。
 すると颯月がすかさず駆け寄って来て、汗だくの身体を魔法で洗浄する。
 とりあえずの罰は受けたものの、綾那がまともに会話できるようになるまでは、まだしばらく時間がかかりそうであった。
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