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第10章 奈落の底が大混乱

35 ルシフェリア

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「表」の神々こと天使が、それぞれ一つずつ代表して管理するギフト。
 それら全てを同水準で模倣して、最大限発揮できる能力――そんな力をもつルシフェリアの存在は、同じ天使の中でも異端であったに違いない。
 例えば同族の間で何かしらのいさかいが発生した際、誰もこの創造神に逆らえないのだから。

 まるで、「奈落の底」でいう悪魔憑きのようなものだ。ルシフェリア一強なのである。

怪力ストレングス」で強引にねじ伏せようにも、全く同水準の能力で対抗されては意味がない。「鑑定ジャッジメント」のせいで互いの弱点は丸見え。どちらも「軽業師アクロバット」を最大限に活用できるとなれば、身体能力の優位性もあったものではない。

演算オペレーション」があれば思考を超加速できるし、「第六感シックスセンス」があれば、事前に危険を察知して避けられる。「千里眼クレヤボヤンス」で広範囲を索敵できて、「解毒デトックス」でありとあらゆる薬、毒物を無効化できる。
創造主クリエイト」でありとあらゆるものを作成して、「化学者ケミスト」で薬品や化学品まで作成して――。

 いや、そもそも「擬態ミミック」というギフトさえあれば、この世に作れないモノなどないのではないか? 擬態する素体モトがなければ無意味だが、本当にとんでもないチート能力である。

 自身の姿形を変えられるだけではなく、ただの草花でさえ全く違う生き物に変化させられるとしたら。同族の天使の姿形や能力まで、好き放題捻じ曲げられるとしたら?
 しかもルシフェリア曰く、能力の発動期間に限界はない。効果は一時的ではなく、永遠だ。

と言ったって――誰もあなたに逆らえないじゃないですか。あなたの機嫌を損ねたらどうなるか……不興を買ったらどうなるか。まるで、天使界の独裁者ですね」

 渚が眉をひそめて言えば、ルシフェリアは鷹揚に頷いた。

「――だから、「表」のカミサマの総意で奈落に追放されたんだよ。僕の存在は世界のバランスを著しく損ねるし……逆立ちしたって敵わない僕に、気を使い続けるのはしんどいでしょう?」
「まさか、「表」に伝わる『ルシフェル』や『ルシファー』って……」
「うーん……わざわざ僕に似た名前を使って、嫌味だよねえ。「表」のカミサマが都合よく人間たちに意識を植え付けたんじゃないの? 傲慢さが原因で神々の不興を買って、地に堕ちた堕天使――だなんて」

 ルシフェリアは憮然とした表情で、「まず、僕は何もしていないよ。何かやる前から能力を危険視されて、追放されちゃったんだから。やってる事は、「表」の彼らの方がよっぽど悪魔的だよ」と肩を竦めた。

(そう言えば、シアさんから初めてギフトや魔獣の仕組みを聞いた時――「僕なんかより、よっぽど」みたいな話を言いかけていたような気がする)

「表」でギフトを配る神々は、理性ある生き物全てを洗脳しているらしい。その洗脳が原因で、ほとんどの生命体はギフト本来の力を発揮する事ができず、四割程度の水準に留まっているのだ。
 しかも、意識についても相当弄られている。「怪力」もちが滅多な事では激昂しないように感情を抑制されている事にしろ、「転移」は「無機物しか移動できない」という無意識の擦り込みがされている事にしろ、神主導、神都合のなかなか酷いものだ。

 恐らく、ギフトを与えたの反乱や、世界の崩壊を恐れているのではないだろうか?
 ルシフェリアが何かやらかす前から、先んじて追放するぐらいだ。かなりの平和主義というか、世界の平穏や均衡を保つ事に全神経を捧げていそうだ。

 だからこそ、「ギフトの発動は四割まで」というセーフラインを越えてしまった動植物は、すべからく魔獣に変えられて淘汰されるのだろう。
 魔獣とは、原因不明のギフトの暴走をキッカケに成るモノだと教わっていた。しかし、動植物――時には人間まで魔獣に変えているのは、他でもない神々である。

「表」の神にとって不都合な真実に気付いた生き物は、全てモノ言わぬ魔獣に変えられて、人間に狩られる。そういうシステムで成り立つ世界なのだ。

「というか……そもそも天使の管理するギフトは、どうやって振り分けられたんです? まさか早い者勝ちだった訳ではないでしょう?」
「全て僕らの生まれ持った個性だよ。僕は「奈落の底」で創造神を名乗るし、「表」の天使たちは向こうで神を名乗るけど――そもそも、僕らを作り出した本当の創造神が居るはずだ。見た事も話した事もないけれど、なんとなくそういう……壮大な存在が居る事は分かる。無から有は生み出されないはずだからね」
「――そんな感覚的なお話なんです? 見た事も、話した事もないのに?」

 目を眇める渚に、ルシフェリアは「そうだねえ」と困ったように笑った。

「君たちだって、僕と会話するまでは神なんて抽象的な存在だと思っていたでしょう? だけど、漠然と「居る」と信じていた――直接見聞きした訳でもないのに」
「それはたぶん、古来より宗教で存在を示唆されているから……」
「宗教をつくったのは、神じゃなくてじゃないか。心の理論、心理学――人類が進化の過程で獲得した、人やモノ、出来事にある意図や動機を推察するための能力だ。超常的で説明がつかない現象を、全て神の行いとして片付ける理論の事だよ」
「そこを突かれると、なんとも言えませんけれど――つまり、天使の起源については本物の『創造神』が居なければ説明がつかないと?」

 その問いかけに、ルシフェリアは満足そうに頷いた。

「うん。だって僕は、僕がどこから来たのか知らないもの。気付いたら「表」に居て、力をもっていて――そうして皆から怖がられて追放されて、今はここで箱庭を作って暮らしてる。僕の親が何かとか、この力の起源は何かとか……そんな事は知らないし、たぶん永遠に分からないように。そもそも僕らだって、創造神に洗脳されている可能性があるからね」

 確かに、理論的、科学的に説明できない事象は全て、古来より神の威光であると捉われがちだ。科学が発展した現代においては、様々な現象の種が解き明かされているが――昔の日本なんて、なんでも「神」だった。

(分からないようで、すごく納得できる気もする――)

 台風も地震も、雷も雨も全て神の力。今でこそ大陸プレートの反発がどうのとか、雲が発達してどうのとか、いくらか根拠を示せるようになったが――それがなかった頃は、ただ「神の怒りを買った」としか表しようがなかったのだ。

「でも、つまりシアさんは……何も悪さをしていないのに『悪魔』呼ばわりされて、超深海に追放されたという事ですか?」
「そうだね。まあ、リスク管理ができていると言えば聞こえは良いけれど……「表」の天使って、臆病者が多くてさ。「転移」のヤツなんてその最たるものだよ。僕はこの地で楽しく暮らしていて、「表」に帰りたいなんて欠片も思っていないのに――やたらとモノを送り込んできては、僕の仕事を増やして「表」に戻ってこないよう邪魔をする。だから嫌いなんだよ」

 その言葉に、綾那も渚も揃って気まずい表情になった。正にその「転移」を管理する天使のせいで、四重奏は「奈落の底」へ落とされたのだから。ルシフェリアとて力を消耗さえしていなければ、すぐにでも綾那達を「表」へ送り返していた事だろう。

(それだけ一方的に恐れられたら……うん、『悪魔』呼ばわりされるのを嫌がる理由が、よく分かったかも――)

 そもそも言いがかりで、悪魔ではない。ルシフェリアは間違いなく天使なのだ。
 いや、実際ルシフェリアの能力が厄介なものである事に違いはないし、人柄に関しても気まぐれでヘソを曲げやすいし、「表」の神々は危険を未然に防いだと言っても過言ではない。

「それで、師匠との関係はどうなんですか? 師匠も一時期、シアさんと一緒に「奈落の底」で生活していたと仰っていましたよね」
「アイツは――なんて言えば良いのかな。少し変わり種なんだ、臆病でもないし」

 ルシフェリアが渋面になるのと同時に、客間の扉が中から開かれた。見れば、神妙な顔つきをしたアリスがこちらを覗いている。

「ええと……とりあえず中、入る?」

 部屋の中にまで声が響いていたのか、アリスは「話、長くなりそうだし――」と息を吐き出した。
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