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第10章 奈落の底が大混乱

34 神とは

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 どうも、アリスや渚、そして師は別室に居るらしい。案内された応接室に居たのは、幸い騎士だけだった。
 まあ、綾那にとって「嫌な事」が先延ばしになっていると思えば、あまり呑気に喜んでもいられないのだが――。

「――ああ、颯月殿! ご助力痛み入ります、お陰様で本当に助かりましたよ」
「いや、気にするな。そもそもウチの陽香広報が原因だったらしいからな」

 中へ入るなり、笑顔の明臣が出迎えてくれた。久々に見る彼は、相変わらずキラキラと眩いオーラを振りまく王子様である。これまた幸い『天邪鬼』は鳴りを潜めているようで、綾那はホッと小さく息を吐いた。
 右京が『異形』を晒していたものだから、もしや明臣も? なんて不安に思っていたのだ。

 綾那は、まだ直接暴言を吐かれた事はないが――できる事ならば、今後も吐かれたくないものである。

「ひとまず、綾と陽香は無事に回収できた。外に居た眷属も全部片づけたし……街の状況はどうだ?」

 颯月が問いかければ、椅子に腰かけている幸成がヒラヒラと片手を振った。

「大した問題はなさそうだ。さすがにケガしたヤツは多そうだけど、少なくとも死人は出ていないし……建物の被害も、普段と比べりゃどうって事ないってよ」
か。さすが、魔物と眷属の被害が群を抜いているだけはあるな……これがアイドクレースなら、大混乱に陥るだろうに」
「ええ。この厳しい環境下で精神的に鍛え上げられているのが、よく分かりますよね」

 苦笑して言う和巳に、颯月も神妙な顔つきで頷いた。

「ルベライトの騎士には、どう説明を?」
「――と言いましても、説明の仕様がありませんから。我々はただ訓練の遠征がてら、アクアオーラを通りがかったとしか」
「まあ、このまま濁すしかないか。まさか、悪魔がどうとか創造神がどうとかいう話をする訳にもいかんしな――」

 颯月が「正気を疑われかねん」と告げれば、応接室の一行もまた頷き同意する。

 そもそも、何故眷属の大群がこの地に居たかと言えば――それは、過去ヴェゼルがルベライト領で遊び友達を増やし過ぎたせいだ。そして増えすぎた眷属の処理をするため、秘密裏に集めていたものが陽香の『呪い』に引き寄せられてしまった。
 しかし、彼女にとっては不可抗力でしかない。何も、望んで呪われた訳ではないのだから。

「ルベライトの騎士団長には、私の方から口添えしておきます。幸いというか、なんというか……右京くんや旭くんに、こうしてアイドクレースからルベライトまで送り届けてもらった実績もありますし」

 明臣は、どこか決まりが悪そうに頬をかいている。一人ではどうしようもない方向音痴が原因の旅路だったので、とても褒められた事ではないだろうが――それでも颯月は、「ああ、そうしてもらえると助かる」と笑みを返した。
 そうしておもむろに綾那に目を向けると、その肩に手を添える。

「――悪いが、また少し席を外すぞ。先に綾の用を済ませてくる。禅、俺の代理を頼んだ――元々ルベライトこっちで生活していたなら、顔見知りも多いだろう? 俺が矢面に立つよりも話が早そうだからな」
「ええ、頼まれました」

 それだけ言うと、颯月は綾那の手を引いて歩き出した。――目指すは、本部の客間らしい。


 ◆


 颯月に連れられて訪れた客間の扉の前には、なんとも言えない複雑な面持ちの渚と白虎が立っていた。渚は綾那の帰還に気付くと、眠たそうな半目をぱちりと開いて駆けてくる。

「綾、無事で良かった! 魔法が使えないと邪魔になるからって、颯月サンも天使も同行を許してくれなくてさ」
「心配かけてごめんね。私も陽香も、颯月さんのお陰で怪我なく無事だよ」

 朗らかに笑う綾那の腕の中で、ルシフェリアが「無事だったのは、僕の「転移」のお陰でもあるけどね」とぼやく。しかし渚の返しは、「その「転移」の発動ミスが原因で、こんな面倒な事になったんでしょう?」と、にべもない。

「魔法が使えないって言っても、こっちには白虎従僕がついてるのに――」
「いや、従僕、寒すぎて本来の力を出し切れそうにありません」
「……聖獣は、寒さも熱さも感じないって聞いたけど?」
が寒いんですよ。一面真っ白な雪景色、氷柱……着膨れた住人。ああ、嫌だ、寒い。唯一癒しなのは、住人の女性が柔らかそうで温かそうという事実だけ」

 白虎は目を眇めて、ふるりと身震いした。彼はどうも体感ではなく、視覚から得られる情報の話をしているらしい。渚がぼそりと「使えないトラ」と吐き捨てれば、白虎はどこか嬉しそうな表情で「使えなくてすみません」と謝罪した。

 二人の相変わらずのやりとりに苦笑しながら、綾那は首を傾げる。

「それで、アリスは部屋の中? ……師匠も?」
「ああ……師匠がこっちに「転移」して来たって話、聞いたんだ? ――ちょっと、母子おやこ水入らずで話がしたいって追い出されてさ」
「じゃ、じゃあ本当に、師匠がアリスの母親だって事? しかも師匠が、表でギフトを配る神様……?」

 目を瞬かせる綾那に、ルシフェリアがすかさず「天使に性別を当てはめるなんて、ナンセンスさ。僕と同じ雌雄同体なんだから」と口を挟んだ。
 曲がりなりにも知り合いだと言うならば、いい加減、師について詳しい説明をして欲しい。そんな思いでもって、無言でルシフェリアを見下ろせば――綾那の考えを察したのか、大きなため息を吐き出される。

「まずは、僕と表のカミサマの違いと――その関係性を話そうか」
「同じ天使様なんですよね?」
「少なくとも僕は、同じ存在だという認識だね。は違うけど」
「それは、どういう……?」
「表のカミサマは、皆それぞれ一つずつギフトを持っているんだ。いや、持っていると言うか……代表して管理している、と言うべきかな。こっちの聖獣や悪魔みたいなものさ」

 曰く、表でギフトを管理している神――天使は、ルシフェリアと全く同じ存在らしい。
 しかし、表の神々はギフトを管理している。神は等しくギフトを扱えて当然なのだが、その中でも一つだけ、群を抜いたギフトがあるのだと言う。

 それこそが、代表して管理しているギフトだ。そのギフトは、いくら他人に付与しても減らない無限の能力で――しかも、他のギフトとは一線を画す力を最大限発揮できる。
 逆を言えば、その他のギフトについては五割程度の力しか発揮できないものらしい。更に、もしも他人に付与すれば失ってしまう有限の能力だ。

 例えば綾那のもつ「怪力ストレングス」を管理する神は、「表」の生命体に好きなだけ「怪力」を配る事ができる。いくら配っても減らないため、複数の生命体に配ってもなんら問題がない。

 基本は一体の生命につきギフト一つまで。しかし神に愛された『神子』には、複数のギフトが与えられる。
 誰にどんなギフトが分け与えられるかは完全にランダムで、与えられる側は取捨選択ができない。神子がどういった条件のもと誕生するかも、長年の謎だ。
 ――人間としてはそういう認識だったが、実際のところは神々の気まぐれで付与されているだけだろう。

 神子は事実、複数の神から気に入られてギフトを付与された結果、誕生する生命体のようだ。
 どういった判断で気に入るのかは、ルシフェリアにもよく分からないらしい。恐らくは、母体の中に居る時点で魂が気に入って目をかけるとか、その者の人生、先行きを『予知』した際に「面白そう」と思うとか――本当に単なる気まぐれか。
 そういった、超感覚的な話ではないだろうか。

 なんにせよ、ただの人間には理解できない価値観である。
 複数のギフトを与えられたからと言って、何故見目麗しくなるのか――派手な色彩をもつのか。それらもまた、謎らしい。種類の違うギフトが何個も交わる事で、まるで化学反応を起こすかのように、姿形が変化しているのかも知れない。

「で、僕とそれ以外の違いだけど――それは、僕が「表」で管理するはずだったギフトが関係しているんだ」
「シアさんが? シアさんって、最初から「奈落の底」にいらした訳ではないんですか? 元は「表」で生活を?」
「そうだよ。でも、僕ってば罪な事に優秀過ぎるからね……「表」のカミサマに恐れられちゃったんだよ。もう何千年も前の話だけど――「表」に居場所がなくなったから、僕はここに箱庭を作ったんだ」

 肩を竦めるルシフェリアに、渚が「で、あなたのもつギフトってなんなんですか」と首を傾げた。

「僕の力は「擬態ミミック」――姿形はもちろん、相手のもつ能力まで同水準で、そっくりそのまま模倣コピーできるんだよ。それも一時的じゃあなく、永遠にね」
「……同水準で、永遠に? それってもしかして、「表」の神々が管理しているギフトを全て、五割どころか最大限発揮できてしまうと言う事ですか?」

 ルシフェリアは猫のように目を細めると、「本当、僕ってば優秀すぎて困っちゃうよね?」と嘯いた。渚は僅かに眉根を寄せて、「それは恐れられて当然ですよ」と、呆れたように呟いたのだった。
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