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第10章 奈落の底が大混乱
31 師匠の謎
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「――後学のために聞くが、当時の資料 (写真または映像)は残っているのか? 言い値で買おう」
「言うと思ったぜ」
真剣な表情をして首を傾げる颯月に、陽香は呆れ顔になった。
綾那が十四歳だった当時、それなりにふくよかだった事。そして、それが原因で師にトラウマを植え付けられた事。それらの説明を受けた颯月は、「一体ふくよかな事の何が悪いのだ」と言わんばかりに、迷いなく当時の資料を欲した。
もちろん『四重奏』の誰かしらのスマホの中には画像データが残っているだろう。特に渚に言えば、当時の写真なんていくらでも出てくるはずだ。
「だから、アーニャにとってはトラウマなの! そんなもん見たくないし、見せたくもないに決まってんだろ、分かれよ!」
「それは理解できる。とは言え、俺にはその姿でも十分に天使だったということも安易に予想できる。なんの問題もない」
「うるせーぞ、デブ専」
「違う、グラマーな女がタイプなだけだ。いちいち失礼な物言いをするな」
陽香は「モノは言いようだな」と言って目を眇めた。しかし、すぐさまフイと綾那に視線を向けたかと思えば、困ったように眉尻を下げる。
「なあ、アーニャ。とりあえず、シアと一緒に王都まで逃げた方が良いんじゃねえのか? 師匠に見られるのが怖いって言うならよ」
「逃げ……逃げられるのかな……いや、でも、そう――そうだよね」
綾那は独り言の声量で、「このまま師匠に会ったら、破かれるものね――」と呟いた。相変わらず顔色は真っ青で、表情も抜け落ちてしまっている。
――そう。何も馬鹿正直に、綾那まで街へ戻る必要はないではないか。
別に、師が綾那を名指しで呼んでいる訳でもないのだ。いや、アリスと渚が師の手中にある時点で、もう手遅れだろうか。
しかし、こちらには「転移」を使える創造神だってついている。どさくさに紛れて王都へ「転移」してもらえば良い。誰かが「綾那はこの地に居ない」と説明してくれれば、それで――。
そうして綾那が逃げの思考に耽っていると、その腕に抱かれたルシフェリアがふてぶてしく告げた。
「逃げても、追いかけてくるよ」
「……追いかけてくる? 師匠がですか? ……どうやって――?」
この世界には交通手段が馬車か徒歩しかない。「転移」に似た魔法も、恐らく悪魔にしか使えない。綾那は首を傾げたが、ルシフェリアはなんでもない事のように言い放つ。
「どうって、「転移」でさ」
「え……シアさん、師匠は「転移」のギフトを持っていませんよ」
「持ってるよ。持ってるからこそ、こうして「奈落の底」まで来られたんじゃないか」
憮然とした表情で話すルシフェリアに、綾那と陽香は顔を見合わせた。
四重奏の師もまた、綾那らと同様『神子』だから複数のギフトを所持している。しかし、師が持っているものは「怪力」と「鑑定」の二つのみ。いや、二つと聞いていただけで、実際はもっと多くのギフトを所持していたのだろうか。
「アイツ――あの、いけ好かない子の親でしょう」
「…………師匠が、アリスの? まさか、そんなお話は今まで聞いた事がありませんよ」
「師匠は『神子』の教育機関で働く人間だぞ? 教師みたいなもんだった、親なら親だって最初から言うだろ」
「間違いないよ、あの二人からは同じ気配がする」
「……なんでそう言い切れるんだよ」
「だって、君達が「師匠だ」って呼ぶアイツ――僕と同類なんだから」
ルシフェリアの言葉に、綾那も陽香も絶句した。そうしてたっぷりと間を空けてから、「は……?」と間の抜けた声を上げたのだった。
◆
ルシフェリアが言うには、四重奏の師は自称天使の同類――「表」の神らしい。つまるところ、「表」で人や動植物にギフトを分け与えているという神様だ。
綾那や陽香からすれば「師匠はどこからどう見ても普通の人間だ」と思う。しかし、今目の前に居る天使様だって、人間そっくりの姿で『顕現』できるのだ。見た目や喋り方だけでは、その者の本質まで測れない。
師がどうやってリベリアスまで来たのかと言えば、四重奏と同様「転移」のギフトを使ったとの事だ。もし本当にルシフェリアと同じ存在ならば、「怪力」と「鑑定」のギフトしか使えないという主張は、そもそも嘘なのだろう。複数のギフトどころか、世界中のギフトを操れる可能性すらある。
師の何がどうなってアリスの親に繋がるのか、どうして素性を隠していたのかは分からないが――。
「けどよ……確かリベリアスって、シアが罠を張っているはずだろ? 「表」の神が侵入して来たら、無力化しちまうとかなんと――」
「人聞きの悪い事を言わないで。罠じゃなくて封印を施しているだけ」
ルシフェリアは「表」の神々と折り合いが悪い。大事な箱庭のリベリアスを嫌がらせで荒らされたくないからと、もし「表」の神が悪戯しに来たとしても能力を満足に使えぬよう、ギフトそのものを封印する仕掛けを張っているらしい。
確かアリスのギフトが全て封印されていたのも、その仕掛けが原因だった。彼女が「神の子供だから」と封印が反応して、「表」の神に近しい力であるギフトが使えなくなったのだ。
「アイツは、ちょっと……なんて言うか、特別製で厄介なんだ。大昔だけど、こっちで暮らしていた事もあるから」
「……師匠が? でもシアは「表」の神が嫌いなんだろ?」
「嫌いだよ。嫌いだけど――その言葉だけじゃあ、表しきれない相手も居る。人間にだって色んなのが居るでしょう? 僕だって同じさ」
「ふーん、よく分かんねえ……」
ルシフェリアは短く嘆息すると、綾那を見上げた。
「――とにかく、「転移」で逃げたって無駄だから。この狭い箱庭の中なら自由に動けるだろうから、大人しくアイツと会って話した方が良い。もう、アクアオーラはすぐそこだしね」
「ウッ……」
綾那がちらと目線を上げれば、確かにすぐそこまで街の外壁が迫っている。頼みの綱のルシフェリアが「無駄だ」と言うならば、流れに身を任せるしかないだろう。
「まあ……悪い事ばかりでもないさ。少なくとも、赤毛の子の『呪い』くらいはなんとか出来るかも知れないし」
「……どういう意味だよ」
「そのままの意味だよ」
以降ぴたりと口を閉じてしまった幼女に、陽香は「出たよ、魔王の黙秘権!」と、大きなため息を吐き出したのであった。
「言うと思ったぜ」
真剣な表情をして首を傾げる颯月に、陽香は呆れ顔になった。
綾那が十四歳だった当時、それなりにふくよかだった事。そして、それが原因で師にトラウマを植え付けられた事。それらの説明を受けた颯月は、「一体ふくよかな事の何が悪いのだ」と言わんばかりに、迷いなく当時の資料を欲した。
もちろん『四重奏』の誰かしらのスマホの中には画像データが残っているだろう。特に渚に言えば、当時の写真なんていくらでも出てくるはずだ。
「だから、アーニャにとってはトラウマなの! そんなもん見たくないし、見せたくもないに決まってんだろ、分かれよ!」
「それは理解できる。とは言え、俺にはその姿でも十分に天使だったということも安易に予想できる。なんの問題もない」
「うるせーぞ、デブ専」
「違う、グラマーな女がタイプなだけだ。いちいち失礼な物言いをするな」
陽香は「モノは言いようだな」と言って目を眇めた。しかし、すぐさまフイと綾那に視線を向けたかと思えば、困ったように眉尻を下げる。
「なあ、アーニャ。とりあえず、シアと一緒に王都まで逃げた方が良いんじゃねえのか? 師匠に見られるのが怖いって言うならよ」
「逃げ……逃げられるのかな……いや、でも、そう――そうだよね」
綾那は独り言の声量で、「このまま師匠に会ったら、破かれるものね――」と呟いた。相変わらず顔色は真っ青で、表情も抜け落ちてしまっている。
――そう。何も馬鹿正直に、綾那まで街へ戻る必要はないではないか。
別に、師が綾那を名指しで呼んでいる訳でもないのだ。いや、アリスと渚が師の手中にある時点で、もう手遅れだろうか。
しかし、こちらには「転移」を使える創造神だってついている。どさくさに紛れて王都へ「転移」してもらえば良い。誰かが「綾那はこの地に居ない」と説明してくれれば、それで――。
そうして綾那が逃げの思考に耽っていると、その腕に抱かれたルシフェリアがふてぶてしく告げた。
「逃げても、追いかけてくるよ」
「……追いかけてくる? 師匠がですか? ……どうやって――?」
この世界には交通手段が馬車か徒歩しかない。「転移」に似た魔法も、恐らく悪魔にしか使えない。綾那は首を傾げたが、ルシフェリアはなんでもない事のように言い放つ。
「どうって、「転移」でさ」
「え……シアさん、師匠は「転移」のギフトを持っていませんよ」
「持ってるよ。持ってるからこそ、こうして「奈落の底」まで来られたんじゃないか」
憮然とした表情で話すルシフェリアに、綾那と陽香は顔を見合わせた。
四重奏の師もまた、綾那らと同様『神子』だから複数のギフトを所持している。しかし、師が持っているものは「怪力」と「鑑定」の二つのみ。いや、二つと聞いていただけで、実際はもっと多くのギフトを所持していたのだろうか。
「アイツ――あの、いけ好かない子の親でしょう」
「…………師匠が、アリスの? まさか、そんなお話は今まで聞いた事がありませんよ」
「師匠は『神子』の教育機関で働く人間だぞ? 教師みたいなもんだった、親なら親だって最初から言うだろ」
「間違いないよ、あの二人からは同じ気配がする」
「……なんでそう言い切れるんだよ」
「だって、君達が「師匠だ」って呼ぶアイツ――僕と同類なんだから」
ルシフェリアの言葉に、綾那も陽香も絶句した。そうしてたっぷりと間を空けてから、「は……?」と間の抜けた声を上げたのだった。
◆
ルシフェリアが言うには、四重奏の師は自称天使の同類――「表」の神らしい。つまるところ、「表」で人や動植物にギフトを分け与えているという神様だ。
綾那や陽香からすれば「師匠はどこからどう見ても普通の人間だ」と思う。しかし、今目の前に居る天使様だって、人間そっくりの姿で『顕現』できるのだ。見た目や喋り方だけでは、その者の本質まで測れない。
師がどうやってリベリアスまで来たのかと言えば、四重奏と同様「転移」のギフトを使ったとの事だ。もし本当にルシフェリアと同じ存在ならば、「怪力」と「鑑定」のギフトしか使えないという主張は、そもそも嘘なのだろう。複数のギフトどころか、世界中のギフトを操れる可能性すらある。
師の何がどうなってアリスの親に繋がるのか、どうして素性を隠していたのかは分からないが――。
「けどよ……確かリベリアスって、シアが罠を張っているはずだろ? 「表」の神が侵入して来たら、無力化しちまうとかなんと――」
「人聞きの悪い事を言わないで。罠じゃなくて封印を施しているだけ」
ルシフェリアは「表」の神々と折り合いが悪い。大事な箱庭のリベリアスを嫌がらせで荒らされたくないからと、もし「表」の神が悪戯しに来たとしても能力を満足に使えぬよう、ギフトそのものを封印する仕掛けを張っているらしい。
確かアリスのギフトが全て封印されていたのも、その仕掛けが原因だった。彼女が「神の子供だから」と封印が反応して、「表」の神に近しい力であるギフトが使えなくなったのだ。
「アイツは、ちょっと……なんて言うか、特別製で厄介なんだ。大昔だけど、こっちで暮らしていた事もあるから」
「……師匠が? でもシアは「表」の神が嫌いなんだろ?」
「嫌いだよ。嫌いだけど――その言葉だけじゃあ、表しきれない相手も居る。人間にだって色んなのが居るでしょう? 僕だって同じさ」
「ふーん、よく分かんねえ……」
ルシフェリアは短く嘆息すると、綾那を見上げた。
「――とにかく、「転移」で逃げたって無駄だから。この狭い箱庭の中なら自由に動けるだろうから、大人しくアイツと会って話した方が良い。もう、アクアオーラはすぐそこだしね」
「ウッ……」
綾那がちらと目線を上げれば、確かにすぐそこまで街の外壁が迫っている。頼みの綱のルシフェリアが「無駄だ」と言うならば、流れに身を任せるしかないだろう。
「まあ……悪い事ばかりでもないさ。少なくとも、赤毛の子の『呪い』くらいはなんとか出来るかも知れないし」
「……どういう意味だよ」
「そのままの意味だよ」
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