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第10章 奈落の底が大混乱
23 呪いの元凶、その推察
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「ようやく仕事がひと段落ついたかと思えば、次はルベライトの救援要請とはなあ――」
よほど教育要領の練り直しに難航しているのか、目の下に薄っすらと影を作った幸成が大きな伸びをする。その後ぐるりと首を回した彼に、綾那は「ごめんなさい」と頭を下げた。
ルシフェリアがルベライト行きに必要だと判断したのは、まず幸成だった。恐らくだが、雪深い地方で作り出された眷属は『火』に弱いのだろう。火魔法に長けた彼が救援に行けば、大活躍間違いなしなのかも知れない。
なにぶん、詳しい理由を確認しているような暇はないし、時間も惜しい。綾那はただルシフェリアに言われるまま、人員をかき集めるしかないのだ。
「いや、まあ、街が危ないって言うなら良いんだけど……これも仕事だし」
そう言って苦く笑う幸成の横で、仮面の男――竜禅が首を傾げる。
「そもそも、創造神が陽香殿の呪いの件を忘れずに都度『祝福』していれば、このような事態未然に防げたのでは――?」
「んーん、そういう問題じゃない。呪いが強まってるって事は、元凶に何かしらの変化があったって事だ。「表」で起きた事に関しては、さすがの僕もどうしようもないし」
ルシフェリア曰く、竜禅もまたルベライト行きに必要らしい。彼の得意魔法は『水』なので、一見すると相性が悪いのではないかと思うが、しかし長年北部ルベライトを住処にしていた実績がある。地理にも詳しいだろうし、何より彼は水を司る聖獣だ。
セレスティン領にとっての白虎ほどではないが、領民からそれなりに敬われていたらしい。街の住人との交渉や折衝も、彼に任せておけば問題ないだろう。
「呪いの元――陽香の弟さんは、リベリアスではなく「表」に居るという事ですか?」
「そうだと思うよ? こっちでは変な気を感じないからね」
四重奏が奈落の底へ「転移」させられてから、もうすぐ半年が経とうとしている。だと言うのに、今このタイミングで陽香の弟に変化があるとは――それは一体、どういう状況なのだろうか。
そもそも弟の明確な犯行動機が分からぬ以上は、こちらで何もかも推察するしかない。
(と言うか、当たり前の事だけど――やっぱり「表」って、私達が居なくなっても問題なく回ってるんだ)
アニメや漫画の設定では、元居た世界は時間が止まっていて、主人公が異世界から元の場所へ戻ると同時に時が動き出す――なんて、ご都合主義の場合もある。しかし、リベリアスと「表」の関係はそうではないらしい。
四重奏が居なくなっても問題なく時を刻み、スターオブスターの授賞式だってとっくに終わっている。「表」で四重奏は、なんの脈絡もなく失踪した行方不明者、といったところだろうか。
(だけど陽香の弟さんは、大勢の「転移」を集めた黒幕――当然「表」から消えた陽香の行先を知っているはずだし、今になって焦る理由はなんなんだろう)
「転移」もちの男らの言葉を全て信じるならば、弟こそ一連の事件の黒幕である。姉まで「奈落の底」へ送るつもりはなかったとの事だが、計画の立案者なのだから、『四重奏』の行方はしっかりと把握しているだろう。つまり、手違いで姉まで奈落の底へ落ちた事は理解できているはずなのだ。
しかし、姉を救い出したいと思っても、せっかく集めた「転移」のギフトもちまで全員リベリアスに飛んでしまった。「表」とこの世界をギフトで繋ぐには、何十人もの「転移」もちが力を合わせる必要があるらしい。人員の補填もすぐにはできないだろう。
「転移」自体はそんなに珍しいギフトではないのだが、「奈落の底へ落ちた四重奏を「転移」で救い出すぞ!」なんて――そんな荒唐無稽な話に乗っかる酔狂な者ばかり見付けられないだろう。
まだ「皆で『四重奏』を拉致監禁しないか」という誘い文句の方が引きが強い。
弟は、陽香を救い出せない事実に直面して焦ったに違いない。違いないが――。
(だけど、それならもっと早くに『呪い』――陽香に対する想いが強くなっていたって、おかしくないはずなのに……どうして今?)
普通、陽香まで居なくなってしまったと気付いた時点で、もっと取り乱すのではないか。まさか、今の今まで陽香の不在に気付かなかった訳はあるまい。
そこまで考えた綾那は、ふと一つの疑念を抱く。
(「転移」もちの人達って元はアリスの暴行目的だったって話だけど……そもそも、一生奈落の底に居るつもりで「転移」したのかな?)
いくら「転移」のギフトを管理する神に唆されたから――とは言っても、未知の世界に対する不安や恐怖はなかったのだろうか。魔物や眷属、悪魔についての事前説明はどうか。現地人と衝突したとして、もし魔法を使われたら太刀打ちできないという説明はあったのだろうか。
彼らはアリスさえ好きに出来ればそれで良かったのかも知れないが、しかし全員が「目的を達すれば死んでも良い」と思っていたのだろうか。
(チャラ男さんとむっつりさんは、ここで生涯を閉じても良い――て感じには見えなかったけど)
少なくとも綾那が直接対峙した二人については、それなりに生き汚かったように思う。綾那に追い詰められて「死にたくない」と主張していたし、しかも欲深く、アリスの事だけで満足して大往生するようには見えなかった。
――推察するに、彼らは最初からこの『奈落の底ツアー』に期限を設けていたのではないだろうか。
数か月間好きに楽しんだら、また「転移」で「表」へ戻る予定だった。だと言うのに――これまた、なんらかの手違いで――彼らはリベリアス中に点々と散らばってしまった。
まず「転移」全員が合流しなければ「表」に通じる門を開けないし、肝心のアリスだって行方知れずだ。被害者の『四重奏』だけでなく、加害者の彼らにとっても踏んだり蹴ったりであったに違いない。
(たぶん、予定していた帰宅日を過ぎたんだ――)
きっと弟は、陽香まで奈落の底に落ちた事を知って嘆いただろう。しかし、元々期限付きの旅だ。数か月すればまた「表」に戻って来る事を知っていた。
それに、少なくとも彼の「四重奏を解散させる」という目的については達成できている。仮に「奈落の底」で数か月間暴行を受けて廃人と化したメンバーが居れば、とてもじゃないがグループを再始動できないからだ。
全て分かっていたからこそ、むやみやたらに取り乱す事なく「表」で陽香の帰りを待てたが――しかし、期限を過ぎても誰一人として帰って来なかったとしたら。
それもそのはずだ、いまだ「転移」もちの男達は合流できていない。運悪く「転移」した先が危険な場所であれば、既に故人の者だって居るだろう。悪魔ヴィレオールに囚われて、洗脳状態の者だって多いかも知れない。
そんな状態で「表」へ帰れるはずもない。
いつまで経っても帰って来ない協力者に、四重奏に――弟の心境はどう揺れ動いたのか。
もしかすると、協力者の目的はあくまでもアリスなのだから、姉だけは平気だとタカをくくっていたのだろうか? それが帰って来ないとなると、まさか協力者が姉にまで無体を働いたのではないか――もう誰も、二度と「表」に帰らないつもりではないか。
ただ姉の気を引きたかっただけなのに。家族として姉を独占したかっただけなのに。『四重奏』さえ消えればそれだけで良かったのに、姉まで消えてもう二度と会えないかも知れない。
そんな不安に押し潰されて、今や気が気ではなくなっているはずだ。
(だから、突然陽香に対する想いが――呪いが強まった、とか?)
所詮綾那の予想でしかないが、全くの的外れという訳でもない気がした。そうでなければ、わざわざ今このタイミングで呪いが強くなる理由が分からないからだ。
キュッと下唇を噛んだ綾那の二の腕を、小さな手がポムポムと励ますように叩いた。綾那は無理やりに笑みを浮かべると、颯月の帰りを――そして、和巳に呼びに行ってもらっている渚の到着を待ち侘びた。
よほど教育要領の練り直しに難航しているのか、目の下に薄っすらと影を作った幸成が大きな伸びをする。その後ぐるりと首を回した彼に、綾那は「ごめんなさい」と頭を下げた。
ルシフェリアがルベライト行きに必要だと判断したのは、まず幸成だった。恐らくだが、雪深い地方で作り出された眷属は『火』に弱いのだろう。火魔法に長けた彼が救援に行けば、大活躍間違いなしなのかも知れない。
なにぶん、詳しい理由を確認しているような暇はないし、時間も惜しい。綾那はただルシフェリアに言われるまま、人員をかき集めるしかないのだ。
「いや、まあ、街が危ないって言うなら良いんだけど……これも仕事だし」
そう言って苦く笑う幸成の横で、仮面の男――竜禅が首を傾げる。
「そもそも、創造神が陽香殿の呪いの件を忘れずに都度『祝福』していれば、このような事態未然に防げたのでは――?」
「んーん、そういう問題じゃない。呪いが強まってるって事は、元凶に何かしらの変化があったって事だ。「表」で起きた事に関しては、さすがの僕もどうしようもないし」
ルシフェリア曰く、竜禅もまたルベライト行きに必要らしい。彼の得意魔法は『水』なので、一見すると相性が悪いのではないかと思うが、しかし長年北部ルベライトを住処にしていた実績がある。地理にも詳しいだろうし、何より彼は水を司る聖獣だ。
セレスティン領にとっての白虎ほどではないが、領民からそれなりに敬われていたらしい。街の住人との交渉や折衝も、彼に任せておけば問題ないだろう。
「呪いの元――陽香の弟さんは、リベリアスではなく「表」に居るという事ですか?」
「そうだと思うよ? こっちでは変な気を感じないからね」
四重奏が奈落の底へ「転移」させられてから、もうすぐ半年が経とうとしている。だと言うのに、今このタイミングで陽香の弟に変化があるとは――それは一体、どういう状況なのだろうか。
そもそも弟の明確な犯行動機が分からぬ以上は、こちらで何もかも推察するしかない。
(と言うか、当たり前の事だけど――やっぱり「表」って、私達が居なくなっても問題なく回ってるんだ)
アニメや漫画の設定では、元居た世界は時間が止まっていて、主人公が異世界から元の場所へ戻ると同時に時が動き出す――なんて、ご都合主義の場合もある。しかし、リベリアスと「表」の関係はそうではないらしい。
四重奏が居なくなっても問題なく時を刻み、スターオブスターの授賞式だってとっくに終わっている。「表」で四重奏は、なんの脈絡もなく失踪した行方不明者、といったところだろうか。
(だけど陽香の弟さんは、大勢の「転移」を集めた黒幕――当然「表」から消えた陽香の行先を知っているはずだし、今になって焦る理由はなんなんだろう)
「転移」もちの男らの言葉を全て信じるならば、弟こそ一連の事件の黒幕である。姉まで「奈落の底」へ送るつもりはなかったとの事だが、計画の立案者なのだから、『四重奏』の行方はしっかりと把握しているだろう。つまり、手違いで姉まで奈落の底へ落ちた事は理解できているはずなのだ。
しかし、姉を救い出したいと思っても、せっかく集めた「転移」のギフトもちまで全員リベリアスに飛んでしまった。「表」とこの世界をギフトで繋ぐには、何十人もの「転移」もちが力を合わせる必要があるらしい。人員の補填もすぐにはできないだろう。
「転移」自体はそんなに珍しいギフトではないのだが、「奈落の底へ落ちた四重奏を「転移」で救い出すぞ!」なんて――そんな荒唐無稽な話に乗っかる酔狂な者ばかり見付けられないだろう。
まだ「皆で『四重奏』を拉致監禁しないか」という誘い文句の方が引きが強い。
弟は、陽香を救い出せない事実に直面して焦ったに違いない。違いないが――。
(だけど、それならもっと早くに『呪い』――陽香に対する想いが強くなっていたって、おかしくないはずなのに……どうして今?)
普通、陽香まで居なくなってしまったと気付いた時点で、もっと取り乱すのではないか。まさか、今の今まで陽香の不在に気付かなかった訳はあるまい。
そこまで考えた綾那は、ふと一つの疑念を抱く。
(「転移」もちの人達って元はアリスの暴行目的だったって話だけど……そもそも、一生奈落の底に居るつもりで「転移」したのかな?)
いくら「転移」のギフトを管理する神に唆されたから――とは言っても、未知の世界に対する不安や恐怖はなかったのだろうか。魔物や眷属、悪魔についての事前説明はどうか。現地人と衝突したとして、もし魔法を使われたら太刀打ちできないという説明はあったのだろうか。
彼らはアリスさえ好きに出来ればそれで良かったのかも知れないが、しかし全員が「目的を達すれば死んでも良い」と思っていたのだろうか。
(チャラ男さんとむっつりさんは、ここで生涯を閉じても良い――て感じには見えなかったけど)
少なくとも綾那が直接対峙した二人については、それなりに生き汚かったように思う。綾那に追い詰められて「死にたくない」と主張していたし、しかも欲深く、アリスの事だけで満足して大往生するようには見えなかった。
――推察するに、彼らは最初からこの『奈落の底ツアー』に期限を設けていたのではないだろうか。
数か月間好きに楽しんだら、また「転移」で「表」へ戻る予定だった。だと言うのに――これまた、なんらかの手違いで――彼らはリベリアス中に点々と散らばってしまった。
まず「転移」全員が合流しなければ「表」に通じる門を開けないし、肝心のアリスだって行方知れずだ。被害者の『四重奏』だけでなく、加害者の彼らにとっても踏んだり蹴ったりであったに違いない。
(たぶん、予定していた帰宅日を過ぎたんだ――)
きっと弟は、陽香まで奈落の底に落ちた事を知って嘆いただろう。しかし、元々期限付きの旅だ。数か月すればまた「表」に戻って来る事を知っていた。
それに、少なくとも彼の「四重奏を解散させる」という目的については達成できている。仮に「奈落の底」で数か月間暴行を受けて廃人と化したメンバーが居れば、とてもじゃないがグループを再始動できないからだ。
全て分かっていたからこそ、むやみやたらに取り乱す事なく「表」で陽香の帰りを待てたが――しかし、期限を過ぎても誰一人として帰って来なかったとしたら。
それもそのはずだ、いまだ「転移」もちの男達は合流できていない。運悪く「転移」した先が危険な場所であれば、既に故人の者だって居るだろう。悪魔ヴィレオールに囚われて、洗脳状態の者だって多いかも知れない。
そんな状態で「表」へ帰れるはずもない。
いつまで経っても帰って来ない協力者に、四重奏に――弟の心境はどう揺れ動いたのか。
もしかすると、協力者の目的はあくまでもアリスなのだから、姉だけは平気だとタカをくくっていたのだろうか? それが帰って来ないとなると、まさか協力者が姉にまで無体を働いたのではないか――もう誰も、二度と「表」に帰らないつもりではないか。
ただ姉の気を引きたかっただけなのに。家族として姉を独占したかっただけなのに。『四重奏』さえ消えればそれだけで良かったのに、姉まで消えてもう二度と会えないかも知れない。
そんな不安に押し潰されて、今や気が気ではなくなっているはずだ。
(だから、突然陽香に対する想いが――呪いが強まった、とか?)
所詮綾那の予想でしかないが、全くの的外れという訳でもない気がした。そうでなければ、わざわざ今このタイミングで呪いが強くなる理由が分からないからだ。
キュッと下唇を噛んだ綾那の二の腕を、小さな手がポムポムと励ますように叩いた。綾那は無理やりに笑みを浮かべると、颯月の帰りを――そして、和巳に呼びに行ってもらっている渚の到着を待ち侘びた。
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