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第10章 奈落の底が大混乱

22 呪いと眷属

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 綾那は、爆弾発言をしたルシフェリアの両脇に手を差し込むと、まるで高い高いをするようにして幼女と目線を合わせた。

「い、いやいやいや……あの、いつも言動が突飛すぎるんです。ちゃんと説明してください」

 もう、直接的な予言ができないという『設定』は通用しないのだ。今までのように遠回しな、最低限の情報しか与えられないやり方で納得できるはずがない。
 今後は一から百まで説明した上で、どのように動くべきなのかハッキリと指導してもらいたいのだ。

 しかし、ルシフェリアは露骨に面倒くさそうな顔をすると、「うーん、説明してる暇はないって言うか~……早く行ってあげなきゃ、手遅れになるかもだし~?」なんて言いながら、しれーっと桃色の瞳を逸らしている。
 明らかに説明逃れをしようとしている様子の幼女を、綾那は「シアさん」と呼び掛けた。

 やがてルシフェリアは観念したのか、深いため息を吐き出す。

「――簡潔に、要点だけ話すよ。一、僕が傍を離れている内に彼女の呪いが強まった。二、北部は、ただえさえ魔物や悪いものが多く生息する土地だ。三、今更僕の祝福だけでは誤魔化しが効かない状態まで追い込まれていて、彼女を助けるには周りの魔物を一掃するしかない」
「……周り? まさか、現在進行形で囲まれているのか?」
「うん。彼女はギフトで気配を消す術に長けているけれど、そんなもの呪いの前には無力だから……身を隠したって、追われ続けてしまう」

 颯月の問いかけに頷くルシフェリアを見て、綾那は「どうしてそんな事に」と唇を戦慄かせた。
 確かに陽香は――恐らく実弟から強く思われているせいで――呪われているらしい。その呪いというのは、少なくとも「表」に居る間は問題のないものだった。しかしリベリアスでは、魔物や亡霊のような存在を呼び寄せてしまう効果があるようだ。

 安全な街中で生活している分には平気だが、魔物が多く生息する土地や、いわく付きの古戦場跡など――そういった負のエネルギーが渦巻く場所に近付くのは、危険だという。つまりルベライト領は、陽香にとってそれなりに危険な場所であるという事だ。

 しかし、呪いはルシフェリアがあらかじめ『祝福』で中和してくれれば、大した問題にならないはずだった。だと言うのに、最早それでは間に合わない状態とは一体――。

「なんでそんな事になってる、うーたんと旭はどうした――いや、今ヤツらはどこに居る?」
「もちろん、まだルベライト領だよ。首都アクアオーラにキラキラの騎士を送り届けた帰りに、ちょっとした事件が起きてね」

 ルシフェリアの言うキラキラの騎士とは、明臣の事だ。そもそも一行の目的は、深刻な方向音痴を患っている明臣を故郷へ送り届ける事だった。そのついでに旅動画を撮影するのが、陽香とアリスの仕事だったはずだ。

「事件というのは?」
「うーん……リベリアスの北側は、元々ヴェゼルの管理下だって事は分かる?」
「……氷海か」
「そう。あそこに大量の氷があるお陰で、北部ルベライトは寒冷な気候で雪も降る。あの氷を管理しているのはヴェゼルで、彼は元々あの辺りを遊び場にしていた。つまり、北部は特に眷属の数が多いんだよ。過去あの子が暇潰しがてら、眷属を増やしまくっているからね」
「でもヴェゼルさんは、今ご自分が作り出した眷属を呼び寄せてしているんですよね……? シアさんに言われて」

 綾那が問いかければ、ルシフェリアは「うん」と頷いた。
 北部に大量の眷属が居たとして、それらをヴェセルが集めて処理したとして――それが、どう「事件」に繋がるのか。そうして首を傾げる綾那に、ルシフェリアは「あのね」と僅かに目を伏せる。

「何も考えずに増やしていたものだから、ヴェゼルの想定以上の眷属が集まっちゃったんだ。しかもその集まった眷属が、彼女の呪いに引き寄せられた――ルベライトの街中にまで侵攻するぐらい」
「――えっ」
「ただ、あの子達の判断が早かったお陰で、負傷者こそ出てるけど死者は出ていないよ。ほら、セレスティン領で僕、彼女を眷属の囮にする魔法をかけたでしょう? どうも彼女、「まだあの時の魔法が残っているから、自分が大量の眷属を呼び寄せているんだ」って勘違いしたらしくて――ギフトありきだけど、彼女凄く足が速いからさ。「また囮になって街から引き離す」って言って、一人で外へ飛び出しちゃったんだ。お仲間が後を追いかけたくても、まず街中にまで入り込んだ眷属をどうにかしない限り難しい」

 一通り説明を聞き終えた綾那は、確かに「悠長に説明なんて受けている場合ではなかった」と青ざめた。つまり、陽香は今たった一人で眷属から逃げ回っているのだ。
 もちろん彼女は魔法を使えないし、セレスティンで使用した魔石銃はコスパと取り回しが悪すぎるからと、持ち歩いていない。一人では対抗する術がなく、ただひたすらに逃げ回っているのだろう。

 右京や旭だって、彼女の元へ行きたくてもまずは街中の眷属を片付けなければならない。何せ、せっかく陽香が囮を引き受けてくれたのだ。その厚意を無視して街を放置するのは、きっと陽香の意図するところではない。
 アリスの安否も気になるところだが――ルシフェリアが言及しない辺り、恐らく街で明臣に守られているのではないだろうか。

 今すぐ助けに行かなければ――しかし、大量の眷属相手に上手く立ち回れるような者は限られている。

(颯月さんなら……でも、お義父様の許しが)

 颯月は、まだルベライト領へ足を踏み入れる事を国王から禁止されている。誤解がとけた今ならば、そもそも街中にさえ入らなければ――そんな事を考えるが、しかし「それでもダメだ」と言われたら。
 その上で禁止令を破ったら、どうなってしまうのだろうか。罰せられると言う事はないはずだが、どうなるかなんて分からない。

 綾那はルシフェリアを膝の上に戻して、正面に座る颯月を見やった。紫色の目と視線がかち合った途端に、綾那の視界はじわりと滲んだ。

「陛下から許しをもぎ取って来る」
「颯月さん――」
「創造神、アンタはルベライト行きに必要な人員を綾に伝えろ。戻り次第すぐに出るから、全員集めておいてくれ」
「オッケー、パパさんによろしくね」

 ひとつも迷わずにソファから立ち上がった颯月。その背中を見送りながら、綾那はぎゅうとルシフェリアを抱き締めた。
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