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第9章 奈落の底に永住したい
19 現状確認と未来
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とにかく、渚の仮初の婚約者については保留にして――後日、颯月あたりに良い相手を見繕ってもらうしかないという結論に達したのだ――ひとまず、リベリアスについて詳しいであろう白虎を交えて話し合う。
リベリアスとは、国名であると同時にこの大陸の名前だ。大陸は五つの領から成り立ち、中央がアイドクレース、東がアデュレリア、北がルベライトで南がセレスティン。そして、綾那は足を踏み入れた事がなければ、そもそも名前も滅多に出ない西のヘリオドール。
ルベライト領の更に北部には氷の海が広がっていて、それを越えると異大陸へ繋がっているらしい。この世界の気候は基本的に常夏と呼べるほど温暖なものだが、ルベライトの氷海が周辺の気温を下げる役割をしているらしい。
だから北部は気温が低く、氷海から遠い南部は亜熱帯だ。「表」の地球と同じくリベリアスも球体ならば、南部からぐるっと氷海まで繋がっていそうな気もするが――まあ、それなりに距離があるという事だろう。
北部は特に魔物の被害が多く、南部は毎年違う病を流行らせるのがお決まりのパターンだと言う。そして東部は、現在首都のオブシディアンに住む領主が悪魔に洗脳されていて問題がある。
更にルシフェリアやヴェゼルから聞いた話では、西部でも悪魔ヴィレオールが悪さをしているかも知れないという話だ。しかし、今それを確かめる術はない。
「改めて、騎士団の抱える問題について聞いても良い? 私もいずれ働く事になるんだし」
「もちろん」
五つの領にはそれぞれ騎士団が存在していて、どれもこれも「女性の戦闘行為禁止」の法律が原因で、深刻な人手不足に陥っている。
新規入団者が見込めないからと、時には卑怯な手を使って他所の騎士団から団員を引き抜く――なんて事が起きるくらいには困窮しているらしい。
颯月は、拾った綾那を広告塔にして「独身男を釣り上げる」という露骨な手法で新規入団者を募ろとしたが、そもそも綾那はアイドクレース領で不人気な体形だったので叶わず――その上笑い顔が輝夜に似ているからと、誰彼構わず素顔を晒せないという問題が発生したせいで、頓挫した。
結局、綾那ではなく騎士自身を広告に使い、それらをプロデュースする事で新規入団者を獲得した。
そうこうしていると陽香と合流できたため、広告塔の役割はアイドクレース向きの彼女へスライドさせた。以後は、陽香とアリスの手やアイデア借りながら、なんとか広報活動している状態だ。
昨日、颯月に「綾は今日付けで異動させる」と言われたが――まあアレはノリというか、恐らく冗談だろう。いや、本気かも知れない。
「綾が牛扱いの世界線、やばくない? 「表」だったら暴動が起きるよ、「これで太ってるなんて言ったら、私達はどうなるんだ」って」
「ええと……ありがとう、でもなんかもう慣れたかな。「表」でもホラ、四重奏の中じゃ一番太って見えるって言われてたし……痩せの中に放り込まれたら、そうなるよ」
「まあ、確かにウチのグループって陽香とアリスが極端にガリガリだからね」
綾那はやや遠い目をして、胸中で「渚もガリガリ側なんだけどなあ」とぼやいた。
彼女は『痩せ』というよりは、鍛え抜かれた筋肉による引き締まった無駄のない体形なのだが――まあ、綾那の肉感的な体と比べれば、十分に『痩せ』だろう。
事実「表」では、綾那だけ痩せグループ唯一の「じゃないメンバー」と呼ばれていたのだから。
「綾の素顔が、他人の空似のせいで晒せなかったって言うのは?」
「あー……それは、話せば長くなるんだけどね」
綾那は眉尻を下げて笑いながら、渚にこれまでの流れを詳細に説明した。酷く勘違いされやすい、面倒くさがりの義父――国王の事を。
◆
詳細を話し終えると、渚はしたり顔でウンウンと頷いた。
「やっぱり、綾の包容力は底なし沼だって話だね?」
「いや、あれ? そんな話だったかな、今の?」
「そんな話だよ。綾が颯月サンを取り巻く人達まとめて全員包み込んだおかげで、家族の問題が解決したって事でしょう」
「…………そんな壮大な話じゃあ、ないような……ま、まあ良いや。とにかく色んな誤解があって、王様に顔を見られたらまずいって言われたんだけど――実際はそんな事なくて、話せば分かる人だったよって話だね」
綾那が苦笑して言えば、白虎が感心したように息を洩らした。
「じゃあお姉さん、あの男と結婚すれば王族入り――次期国王の義姉になるって事なのか」
「いえ、颯月さんは表向き勘当されてしまっているので……たぶん、公的には王族扱いにならないと思いますよ。内情は別かも知れませんが」
「まあ、その辺りは家庭の事情とか今までの事とかあるから、仕方ないよね。とりあえず私は、綾が幸せならそれで構わないから」
「ありがとう、渚」
綾那は陽香やアリスから散々「渚が颯月を認めるはずない」と言い聞かされてきたため、他でもない渚から祝福されるのは嬉しくて堪らなくなる。
ふにゃりと頬を緩めて笑う綾那を見た渚は、満足げに笑って伸びをした。
「じゃあ、まあ……陽香とアリスが戻ってくるまでは私も広報になれないし、それまで勉強でもしてようかな。特に法律関係は、こっちのものを覚え直さないと――こればっかりは、「表」の知識があるとかえって邪魔かもね」
「それは確かに。法律関係の本なら、颯月さんがたくさん持っているみたいだから、言えば借りられるかも」
「ああ、助かる。じゃあ、颯月サンにオススメ貸してって言っておいてくれる? あと、半端なもの用意したら怒るとも伝えて」
ニッコリと笑う渚に、綾那は「う、うん」と言葉を詰まらせた。やはり交際を認めているようで全く認めていないのか、なんなのか。
恐らく、用意する教則本が初歩的過ぎても上級過ぎても文句を言うのだろう。これは、ある意味颯月に対するテストのようなものである。
綾那がなんとも言えない表情をしていると、渚は軽く手を振った。
「とりあえず通行証と婚約者問題が解決するまでは、宿で隠居生活するから。アリスをすっ飛ばして私だけ広報になるのもどうかと思うし……綾はゆっくりと、颯月サンの見極めをすると良いよ。趣味とか好きなものとか聞きたいって言ってたよね?」
「あ……そ、そうだね。うん、聞かなくちゃ!」
綾那が思い出したように頷けば、渚は「頑張ってね」と言い残して、白虎と共に宿へ帰って行った。
――その後に続けられた「できれば、幻滅する結果になって欲しいな」という呟きは、幸か不幸か綾那の耳に届く事は無かった。
リベリアスとは、国名であると同時にこの大陸の名前だ。大陸は五つの領から成り立ち、中央がアイドクレース、東がアデュレリア、北がルベライトで南がセレスティン。そして、綾那は足を踏み入れた事がなければ、そもそも名前も滅多に出ない西のヘリオドール。
ルベライト領の更に北部には氷の海が広がっていて、それを越えると異大陸へ繋がっているらしい。この世界の気候は基本的に常夏と呼べるほど温暖なものだが、ルベライトの氷海が周辺の気温を下げる役割をしているらしい。
だから北部は気温が低く、氷海から遠い南部は亜熱帯だ。「表」の地球と同じくリベリアスも球体ならば、南部からぐるっと氷海まで繋がっていそうな気もするが――まあ、それなりに距離があるという事だろう。
北部は特に魔物の被害が多く、南部は毎年違う病を流行らせるのがお決まりのパターンだと言う。そして東部は、現在首都のオブシディアンに住む領主が悪魔に洗脳されていて問題がある。
更にルシフェリアやヴェゼルから聞いた話では、西部でも悪魔ヴィレオールが悪さをしているかも知れないという話だ。しかし、今それを確かめる術はない。
「改めて、騎士団の抱える問題について聞いても良い? 私もいずれ働く事になるんだし」
「もちろん」
五つの領にはそれぞれ騎士団が存在していて、どれもこれも「女性の戦闘行為禁止」の法律が原因で、深刻な人手不足に陥っている。
新規入団者が見込めないからと、時には卑怯な手を使って他所の騎士団から団員を引き抜く――なんて事が起きるくらいには困窮しているらしい。
颯月は、拾った綾那を広告塔にして「独身男を釣り上げる」という露骨な手法で新規入団者を募ろとしたが、そもそも綾那はアイドクレース領で不人気な体形だったので叶わず――その上笑い顔が輝夜に似ているからと、誰彼構わず素顔を晒せないという問題が発生したせいで、頓挫した。
結局、綾那ではなく騎士自身を広告に使い、それらをプロデュースする事で新規入団者を獲得した。
そうこうしていると陽香と合流できたため、広告塔の役割はアイドクレース向きの彼女へスライドさせた。以後は、陽香とアリスの手やアイデア借りながら、なんとか広報活動している状態だ。
昨日、颯月に「綾は今日付けで異動させる」と言われたが――まあアレはノリというか、恐らく冗談だろう。いや、本気かも知れない。
「綾が牛扱いの世界線、やばくない? 「表」だったら暴動が起きるよ、「これで太ってるなんて言ったら、私達はどうなるんだ」って」
「ええと……ありがとう、でもなんかもう慣れたかな。「表」でもホラ、四重奏の中じゃ一番太って見えるって言われてたし……痩せの中に放り込まれたら、そうなるよ」
「まあ、確かにウチのグループって陽香とアリスが極端にガリガリだからね」
綾那はやや遠い目をして、胸中で「渚もガリガリ側なんだけどなあ」とぼやいた。
彼女は『痩せ』というよりは、鍛え抜かれた筋肉による引き締まった無駄のない体形なのだが――まあ、綾那の肉感的な体と比べれば、十分に『痩せ』だろう。
事実「表」では、綾那だけ痩せグループ唯一の「じゃないメンバー」と呼ばれていたのだから。
「綾の素顔が、他人の空似のせいで晒せなかったって言うのは?」
「あー……それは、話せば長くなるんだけどね」
綾那は眉尻を下げて笑いながら、渚にこれまでの流れを詳細に説明した。酷く勘違いされやすい、面倒くさがりの義父――国王の事を。
◆
詳細を話し終えると、渚はしたり顔でウンウンと頷いた。
「やっぱり、綾の包容力は底なし沼だって話だね?」
「いや、あれ? そんな話だったかな、今の?」
「そんな話だよ。綾が颯月サンを取り巻く人達まとめて全員包み込んだおかげで、家族の問題が解決したって事でしょう」
「…………そんな壮大な話じゃあ、ないような……ま、まあ良いや。とにかく色んな誤解があって、王様に顔を見られたらまずいって言われたんだけど――実際はそんな事なくて、話せば分かる人だったよって話だね」
綾那が苦笑して言えば、白虎が感心したように息を洩らした。
「じゃあお姉さん、あの男と結婚すれば王族入り――次期国王の義姉になるって事なのか」
「いえ、颯月さんは表向き勘当されてしまっているので……たぶん、公的には王族扱いにならないと思いますよ。内情は別かも知れませんが」
「まあ、その辺りは家庭の事情とか今までの事とかあるから、仕方ないよね。とりあえず私は、綾が幸せならそれで構わないから」
「ありがとう、渚」
綾那は陽香やアリスから散々「渚が颯月を認めるはずない」と言い聞かされてきたため、他でもない渚から祝福されるのは嬉しくて堪らなくなる。
ふにゃりと頬を緩めて笑う綾那を見た渚は、満足げに笑って伸びをした。
「じゃあ、まあ……陽香とアリスが戻ってくるまでは私も広報になれないし、それまで勉強でもしてようかな。特に法律関係は、こっちのものを覚え直さないと――こればっかりは、「表」の知識があるとかえって邪魔かもね」
「それは確かに。法律関係の本なら、颯月さんがたくさん持っているみたいだから、言えば借りられるかも」
「ああ、助かる。じゃあ、颯月サンにオススメ貸してって言っておいてくれる? あと、半端なもの用意したら怒るとも伝えて」
ニッコリと笑う渚に、綾那は「う、うん」と言葉を詰まらせた。やはり交際を認めているようで全く認めていないのか、なんなのか。
恐らく、用意する教則本が初歩的過ぎても上級過ぎても文句を言うのだろう。これは、ある意味颯月に対するテストのようなものである。
綾那がなんとも言えない表情をしていると、渚は軽く手を振った。
「とりあえず通行証と婚約者問題が解決するまでは、宿で隠居生活するから。アリスをすっ飛ばして私だけ広報になるのもどうかと思うし……綾はゆっくりと、颯月サンの見極めをすると良いよ。趣味とか好きなものとか聞きたいって言ってたよね?」
「あ……そ、そうだね。うん、聞かなくちゃ!」
綾那が思い出したように頷けば、渚は「頑張ってね」と言い残して、白虎と共に宿へ帰って行った。
――その後に続けられた「できれば、幻滅する結果になって欲しいな」という呟きは、幸か不幸か綾那の耳に届く事は無かった。
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