上 下
313 / 451
第9章 奈落の底に永住したい

9 広報の今後

しおりを挟む
 陽香は改めて、何故この地に根差して労働するようになったのか――事の詳細を渚に説明した。

 四重奏が離れ離れになってから、それぞれが過ごしてきた軌跡の概要は既に話している。ただ、『広報』としてどのような活動をしているのか、そもそも存在意義とはなんなのかという詳細については、言及していないのだ。

 渚は、おもむろに白虎を人型から虎の姿に変えさせると、「動くな、喋るな」と命じたのち、彼の広い背に悠々と腰掛けて説明を聞いていた。
 陽香は羨ましそうな顔をしていたが、動物アレルギーがある以上みだりに近付くべきではないと理解しているのか、今回は大人しい。

 綾那はと言えば、「リアルで男性を椅子にしちゃう人、初めて見たな――」なんて感想を抱いた。ひとくちに『男性』と言って良いものかどうか、迷うところだが。

「要約すると――つまり騎士団の広報係っていうのは、年中人手不足に喘ぐ騎士団の新規入団者獲得のために設立された部門って事だね。昔は違う活動をしていたのかも知れないけど、少なくとも現状は騎士団の広告塔であると」
「だな。騎士は元々忙しい職業だったらしいけど、今の王様が女の戦闘行為禁止の法律を作ってから……騎士として働いてた女が、皆クビになっちまったんだと。その結果、人手不足に磨きがかかるわ、仕事に理解ある同業の女が居なくなったせいで婚期が遠のくわ――今や結婚できないブラック企業第一位。負のスパイラルって訳だ」
「そこでまず、颯月サンに綾に白羽の矢が立った……」

 やや棘のある言い方をする渚に水を向けられて、綾那は苦笑しながら頷いた。

「でもここ、王都アイドクレースには『美の象徴』が居てね? 陽香みたいに凄く華奢な方なんだけど……アイドクレース領では彼女のような女性こそが至高の存在だとされていて、真逆の私じゃあ広告塔になれなかったの」
「ああ、それで街の人皆あんな極端に瘦せてるの? 各領と簡単に情報のやりとりができないから、それぞれの領で流行に偏りがあるのかな……しかも偏っているだけじゃなくて、妄執的というか――他領ではどうなのかが分からないから、一人でも突出した人が居るとソレを基準に固執するんだね。群集心理ってヤツかな」

 特に同意を求めている訳ではないのか、一人納得する渚。実際、彼女の推察通りの事がこのリベリアスという国で起きているのだろう。
 ネットはおろか、テレビもラジオも電話もない。連絡手段は人力で運ぶ手紙のみ。互いの領の首都を行き来しようと思えば、早くても馬車で数日、場所によっては――特に島国の南部セレスティン領までは――数週間かかる。

 道中魔物や眷属も現れるし、領間の移動には危険も伴う。それぞれの住居で十分に生活できていれば、わざわざリスクを冒してまで別の領へ移動しようとは思わない。

 商人や巡回の騎士、魔物を狩る傭兵やハンターなんかは、そうも言っていられないのだろうが――なんにせよ、乏しい交通、連絡手段のせいで、一般人は領間どころか街から街へ行くのも難しいのだ。
 規制されている訳でもないのに情報が共有されにくい理由は、間違いなくそこにあるのだろう。

「――うん? じゃあ颯月サンは、綾がアイドクレース向きじゃないって分かっていながら拾ったの? ていうかその法則で行けば、颯月サンの好きなタイプは綾じゃなくて陽香なんじゃないの?」
「あー、いやいや、颯様はアイドクレースでも変わり種だよ。その『美の象徴』の正妃様にガキの頃からしごかれ過ぎてて、酷いトラウマになってる。象徴と真逆のタイプじゃねえとまともに相手できんらしいから……あたしやアリスの事も、いまだに苦手だと思うぞ」

 陽香の説明を受けて、渚はこれでもかと渋面になった。

「それって……じゃあ綾の事は騎士団のための広報係として考えていたんじゃなくて、初めから自分専用の女にするつもりで攫ったんだ。がなんだったかのは、考えたくもないけど」
「え? ……ふふー、颯月さん専用でーす」
「そこで嬉しそうにするの止めてもらえるかな、また奴隷女コースに一直線っぽくて心配になるから」

 はにかむ綾那を見て、渚は眠そうなジト目を更に細めた。
 いくら颯月が今までの男と違ってまともそうだとしても、肝心の綾那が誘い受けならぬ誘い奴隷では話にならない。今はまともでも、将来道を誤る可能性があるのだから。

 渚は話を戻すように咳払いすると、改めて現状の確認をした。

「ええと……それで、綾が演者になれないからプロデュース側に回って、騎士の動画を撮影したと。元々が花形職業だったのもあって、騎士の人気が再燃したって事か――」
「大衆食堂に行けりゃあ話が早かったんだけど、今日は難しいから……あとで動画データ渡すし、実際に見てみるのが分かりやすいかもな。あたしがアーニャと合流したのは、そのちょっと後だ」
「なるほど」

 綾那が陽香と合流したのちにやった広報活動と言えば――まず夏祭りに向けて、悪魔憑きの子供達が特訓する様子を撮影した。祭り当日には、働く騎士に密着した映像を撮った。
 しかし、どちらも当時配信するには時期尚早で、編集だけして宣伝動画のストックとなっている。

 その後は色々と問題が発生したため、間が空いて――アリスと合流後に着手したのは、騎士団の大食い大会だったか。編集を終える頃に、陽香が繊維祭のファッションショーに出演。
 ルシフェリアの計略によって綾那も演武せざるを得なかったが、陽香の手助けもあって、なんとかやり遂げる事ができた。

 そして、その日のうちに大食い大会の動画を配信スタートした訳だが――しかし綾那が体調を崩して、広報どころではなくなってしまった。
 陽香もアリスも甲斐甲斐しく看病をしてくれていたため、視聴者の反応がどうだったかは正確に把握できていない。

 ただ騎士から聞いた話では、どうも『正妃の再来』こと陽香の容貌に惹かれて、騎士志望の独身男性が入団を希望して押しかけている――という事だった。
 そのせいで和巳や幸成は忙しく、彼らだけでは仕事の手が回らないという事で、右京や旭がそのサポートに任命されたはずだ。

 綾那達も、その辺りはこれから実際に調査してみなければならないが――広報活動の実績は、今のところこんなものだろう。

「じゃあ、一応目的は達しているんじゃない? 実際問題、新規入団者が後を絶たない状態なんでしょう?」
「んー……まあ、聞いた話ではな。実際に見てみん事にはなんとも」
「その辺りは追々だね。まずは颯月サン達の仕事が片付かないと確認しようもないか……で、これで終わりって訳じゃなくて、まだまだ配信続けるんでしょ?」

 渚の問いかけに、陽香は屈託なく笑って「そりゃ、もちろん!」と答えた。
 何せ四重奏は、生粋のスタチューバーだ。例え騎士に「もう人員補填は十分だから、宣伝はナシめで……」なんて要請されたとしても、止まれるはずがない。

 そもそも、ちょっとやそっと人員が増えたくらいでは回らない苦境に立たされているからこその『広報』なのだ。
 綾那が初めに聞かされた限りでは、アイドクレース騎士団に所属する騎士の総数はおよそ一万人。しかし、広大な領地全てに騎士を配置するには、あと五~六千人ほど人員が足りないという話だった。

 領の中心、王都アイドクレースに常駐している騎士は約二千人。他八千人は別の町村に常駐、または人手の足りない町村を常時巡回し続けている。
 騎士団がとんでもブラック企業と呼ばれる所以ゆえんは、「人員不足で休めない」「結婚しづらい」「一所に定住できない」という三点にある。
 正直この「定住できない」という点さえ改善できれば、環境はかなり変わると思うのだ。

 現在特に問題なのは何かと言えば、人員不足により騎士が「人手の足りない町村を巡回し続けている」事だ。もしこれが、巡回する必要がないレベルになればどうなるか。
 王都だけでなく、それぞれの町村へ騎士を配置できれば、それすなわち定住である。
 広大な領地を巡回する移動時間を削減できれば、それだけで仕事の効率がグンと上がる。しかも住居さえ定まれば、現地で出会う女性と結婚もしやすくなるだろう。

 結婚したのち、家族を残して単身赴任ならぬ巡回をする必要もなくなる。そうなれば、騎士の離婚率も下がる。
 ――とすれば、まだまだ宣伝し続けなければならない。まず、さすがに陽香の存在だけで五~六千人も入団希望者が来たら笑えないと言うか、それでは広報の甲斐がないのである。

「てか、人が増えたところで現場に出られるまでに相当な時間がかかるらしいからな。騎士団宿舎の部屋も、食堂の席もまだまだ空きが目立つし……攻め手は緩めずに募集し続けた方が良いだろ?」

 陽香の主張はもっともであり、綾那としても攻め手を緩める必要はないと感じている。
 ただ同時に、爆発的に増えた新人の教育をする者――特に軍師の幸成にかかる負担と言ったらないだろうな、とも思う。新人が巣立てば後は左団扇ひだりうちわで暮らせるかも知れないが、それまでは地獄の日々が続くに違いあるまい。

「次の手は? もう具体的に考えてるの?」

 渚が問えば、陽香は口元に手を当てて悩む素振りを見せた。広報のリーダーは綾那だったような気もするが、『四重奏』のリーダーは元々陽香だ。
 企画発案も人を取りまとめるのも、綾那より彼女の方が向いていて当然である。

 綾那ができる事と言えば、図抜けた包容力でなんでもかんでも「良いよ」と受け入れるのみなのだから。

(というか四重奏も全員揃った事だし、これを機に広報リーダーも陽香に任せたい……)

 綾那が「この件は後日改めて会議しよう」なんて思っていると、やがて陽香が口を開いた。

「とりあえず、動画ストックを増やしたいから撮影は続けるつもりだ。ただ、配信場所の問題がなー」
「誰でも自由に見られるモニターがあるの、大衆食堂一択なんだっけ? 店員が操作するんじゃなくて、客側が好きな動画を流せるっていう仕組みは便利で良いけど……配信数が増えれば増えるほど、視聴権を巡って争いになりそうだよね」
「そうなのよなあ。やっぱ、動画一本配信してから次の新作を流すまでの期間は長めに空けないとまずいだろ? 放送時間を決めてタイムテーブルをつくるってのもなあ……あくまでも食堂なんだし、腹が減ったら好きな時に行きたいじゃん」

 この問題は、一行がセレスティンへ「転移」する前にも議題に上がった事だった。まあ、綾那は高熱にうなされていたため、まともに聞いていなかったが。

「他にモニターは増やせないの? 例えば、この動画はこの店だけで配信します、あの動画はあの店だけで配信しますって、場所を完全に分けちゃうとか」
「それも考えた。考えたけど……なんか大衆食堂『はづき』さんに不義理な気がしてよ。一般人に動画配信の概念がないって時にも構わず、店で動画データ流してくれたって聞くとなあ……新作は別の店に置きますっての、感じ悪いだろ?」

 腕組みをして悩む陽香に、渚もまた「それもそうだね」と頷いた。
「表」ではスマートフォンや個人のパソコンで自由に動画を視聴できる訳だが、リベリアスではそうはいかない。モニターが設置されている場所まで赴き、その場所に保管された記録媒体の動画データを見る事しかできないのだ。

 いっその事、ここ王都アイドクレースだけでもインターネットを敷く事ができれば解決なのだが――用途はひとまず、『広報』の宣伝動画配信のみに限定されていても構わないから。
 綾那がそんな途方もない事を考えていると、馬車屋からアリスと明臣が帰ってくる姿が見えた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...