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第8章 奈落の底で大騒ぎ

28 幸せな予知

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 颯月に抱かれたルシフェリアは、「やっぱり君が一番背が高いから、目線も高くなる」と言って上機嫌である。
 高い所が好きだと言われてしまったため、颯月は座る事もできないが――やはり綾那そっくりの幼女姿をしているからか、苦ではなさそうだ。

「シアさん、私達を「転移」するのに力を使って……お体は大丈夫なんですか? それにこの後またあの光魔法を使うとなると、相当力を使う事になりますよね。また、顕現できなくなるほど消耗してしまわれるのでは?」
「その点は問題ないよ。むしろ、この森に集められ過ぎた眷属を放置している方がきついかな……彼らは僕の力を元にして作られているし、しかも倒さない限り還元されない。奪われっ放しはきついんだよ」
「なるほど。この森の眷属を全て倒してしまえば、むしろお釣りが返ってくると……」
「そういう事だね」

 納得して頷く綾那を見て、ルシフェリアは目元を緩めた。そうして穏やかな顔をしていると、本当に綾那そっくりである。

「――君らを「転移」した後、僕の力を回復させるのにヴェゼルを使ったんだ」
「……使?」
「別に、おかしな意味じゃあないよ。悪魔は眷属を作るだけで使役できる訳じゃあないけど……呼び寄せる事はできる。だからヴェゼルに、彼の作った眷属を集めるよう言って倒させた」
「それは、また……悪魔としての存在意義を疑う状況だな。そんな事をやらせて良いのか?」
「うん、もうヴェゼルはあれで良い事にした」

 悪魔は元々、『人類共通の敵』『必要悪』としてルシフェリアが生み出した存在だ。基本的な役割そのものは聖獣と変わらず、リベリアスを形作る元素の管理と維持だが――悪魔の場合、そこに眷属を作り出すという職務を課されている。
 程よく眷属を増やして人間の脅威で居る事で、人間同士の争いは起こりにくくなるという訳だ。

 事実悪魔のお陰で、人対人の戦争は少なくとも三百年起きていないらしい。――だと言うのに、悪魔のヴェゼルにそのような行動を強いて良いのだろうか。
 確かに最近の彼は教会の子供達と遊ぶ事に夢中で、眷属づくりなどひとつもしていない様子だった。繊維祭では、外気温の暑さとハード過ぎる演武にやられている綾那を想い、雪を降らせた。

 ただでさえ悪魔らしくない生活をしていたのに、ルシフェリアはそこへとどめを刺すかのように、眷属の処理までやらせたらしい。

「ええと……シアさん。ヴェゼルさんが眷属を呼び寄せられると仰るなら、この場へ連れて来て下されば良かったのでは……?」
「ああ、それはダメだよ。この森に居るのは全部ヴィレオール産だからね。ヴェゼルじゃあ呼び寄せられない」
「ヴィレオール産……そんな、ワインみたいに」
「それにもし呼び寄せられたとしても、君達にそんな楽はさせないよ。まあ、安心して? 僕は慈愛の天使だから、人に乗り越えられない試練は与えない」

 二ッと不敵に笑うルシフェリアに、颯月は小さく肩を竦めた。「どうあっても陽香を囮にして働かせたいんだな」と呟けば、ルシフェリアは鷹揚に頷く。

「――あの子達さあ、最近僕の事魔王、魔王って言い過ぎなんだよ。僕は美と慈愛の天使だよ? 全く、困っちゃうよね」
「あれ、シアさん……まさか、そんな個人的な理由で試練を課そうとしてますか……?」
「まさか! 僕はもっと大局を見ているよ、大天使だからね」
「大局……」
「そうそう、君にも試練をひとつ課す事になるかな。言ったでしょう? タダより高いものはない……何かを得るためには、代償が必要だってね」

 綾那は一瞬言葉に詰まったが、しかしすぐに小さく頷いた。「乗り越えられない試練は与えないと仰るなら、平気です」と。
 己に課される試練が、何に対する代償なのかはハッキリと分からない。
 ルシフェリアの「転移」によって命を救われた代償なのか、周囲の人間を振り回して迷惑を掛けた賠償なのか。それとも、全く違う理由かも知れない。

 なんにせよ綾那は、ルシフェリアの『予知』から逃げられた試しがない。そして、命を失った事もない。やれと言われれば、今回もやるしかないのだ。

 何度ルシフェリアに振り回されても、例え酷い目に遭っても綾那の態度は変わらない。結果として今も生きているから危機感を抱けないのか、ただ単に綾那が能天気すぎるだけなのか――まあ、まず間違いなく後者だろう。
 ルシフェリアは機嫌よさげに笑って、己を抱く颯月に擦り寄った。

「ねえ、やっぱり僕この子がお気に入りだよ。欲しいな」
「ダメだ」
「ケチだねえ……」
「なんとでも言え。俺とのを忘れるなよ」
「……そうだね、僕は君の事もお気に入りなんだった。あの子一人だけもらうより、君も一緒の方が楽しいものね」

 二人だけにしか分からないような話に、綾那は首を傾げた。しかし、ルシフェリアは詳細を聞かせるつもりがないのか意味深に笑って、綾那を手招く。
 目を瞬かせながらルシフェリアの傍に歩み寄れば、「もっともっと」とでも言うように、手招きは続いた。やがて綾那は、颯月にぴったりと寄り添うような位置まで近付いた。

「――創造神、あまり俺と綾が近付くのは……家族の許しを得るまで悪手だぞ、余計に気を荒立たせちまう」
「ふふ、その『許し』を得るために綾那この子が頑張るのさ」
「……綾が? 俺じゃなくてか」
「うん、そう。……頑張るんだよ、君が頑張れば近いうちに結婚できちゃうかもね。でも、いっぱい頑張らなくちゃあいけないよ」
「――えっ!? ほ、本当ですか……!?」

 ルシフェリアが頷けば、綾那と颯月は顔を見合わせた。そうして、どちらからともなく――間にルシフェリアが挟まっている事も気にせずに――抱き合う。
 二人の間で押し潰されたルシフェリアは「苦しい」と声を上げたが、しかしその声色は優しく穏やかなものだった。


 ◆


 散り散りになった一行が再びリビングに集まるまで、恐らく三時間も掛からなかった。まず初めに、アリスと明臣が金属として使えそうな家電などを手に戻って来て――次に戻って来たのは、渚だ。

 新たな銃を設計するとの事で、相当な時間がかかるのではないかと思われていた。しかし意外な事に、彼女が戻って来たのは席を外してから一時間足らずの事であった。
 渚曰く「魔石ビー玉さえ弾き出せれば良いんだから、構造は玩具みたいにシンプルで済んだ」らしい。

 そして渚が書き出した図面を元に、次はアリスが「創造主クリエイト」で銃のパーツとなる部品を一つ一つ作り出していく。あまり凝ったものを作る必要はなく、ひとまず今回の作戦中に壊れなければそれで良い。
 DVDプレーヤーを分解して、フライパンの鉄を使って――それらを混ぜた合金で部品を作り上げれば、まるでプラモデルのように組み立てる。
 その手際は見事なもので、見学者の明臣も感心しきりの様子でアリスを眺めていた。

 完成した銃は、鉄を多く混ぜて作ったため少々重量がある。銃口は丸く、火薬は使わずにバネの力だけでビー玉を撃ち出す仕組みだ。
 見た目はそれなりに本格的だが、構造自体は本当に玩具のようだ。あとは陽香が戻ってきたら、試し撃ちと微調整をするだけである。

「ね、ねえ、本気で魔石を試し撃ちする訳? いや、もう『魔石』なんて言わないわ、『十万円』よ」
「試し撃ちしなくちゃあ、魔石がどう飛ぶか分からないじゃん。上手く撃ち出せたとして、破裂するだけの衝撃がくわえられるかどうかも分からないし」
「それはそうだけどさ……なんて言うか本当、背徳的な武器だわね――」
「そういえば渚、魔石の爆発力ってどんな感じなの? 森に被害は出ないレベルなんだよね?」

 あいにくと綾那は、魔石に衝撃をくわえて破裂させた経験がない。どの程度の爆発が起こるか、全くの未知数なのである。
 渚はやや考える素振りを見せると、やがて頷いた。

「うん、火の魔力が込められていない魔石なら平気だと思う。元々この辺りの魔物って火が効きづらいみたいだから、氷や水が込められた魔石を撃ち出せば良いんじゃないかな……多少は植物が傷むかもしれないけど」
「ねえ。私その、火や水の魔力が込められた魔石ってのもよく分かってないんだけど……普通の魔石とは何が違うの? あれって元々、魔力ゼロ体質の人が生活するために使うものなんじゃないの?」

 アリスが小さく挙手しながら訊ねれば、渚ではなく明臣が説明を始めた。
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