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第8章 奈落の底で大騒ぎ
25 ルシフェリアの依頼
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「ええと……つまりシアさんは、この森に集められた眷属をどうにかして欲しいという事ですか? いくら懲らしめたくても、悪魔は――この世界の『雷』を司るヴィレオールさんには、直接手出しできないんですよね」
聖獣の竜禅がこの世の『水』、白虎が『風』を司るように、悪魔もまた世界を形作る元素の管理を任されている。弟のヴェゼルは『氷』――この力で雪を降らせた結果、綾那は風邪をひいたのだ――そして兄のヴィレオールは、『雷』。
ヴェゼルが消えれば北にあるらしい氷海も消え、この世界から氷だけでなく冬まで消える。寒冷な地方も消滅するため、暑さに弱い動植物はみな息絶えてしまうだろう。
そしてヴィレオールが司るのは言わずもがな、世界中の電力だ。「表」と違って科学が発展せず、魔法頼りのこの世界から電力が消えればどうなるか――ありとあらゆる家電が使用できなくなり、生活水準は著しく低下するだろう。
綾那の問いかけに、ルシフェリアは「惜しい!」と言って笑った。
「確かにこの辺りに住む人間のためにも、森の中の眷属はどうにかして欲しいけど――でもそれだけじゃあない。実は君達がこの五日間で眷属をたくさん討伐したから、ヴィレオールの予定が狂っちゃってるんだよ」
「予定?」
「森の中を眷属で溢れさせようと思ってコツコツ頑張っていたのに、今じゃあ一日辺りに作る数よりも君らに倒される数の方が多い。このまま眷属の量産を続けていたって無駄だって事は、もうヴィレオールも気付いてる」
「颯さマグロと王子のお陰って事か」
「うん。だからヴィレオール、つまんなくなっちゃって方針を変えたみたいなんだよ」
ルシフェリアはそこで一旦言葉を区切ると、自身を抱く渚を見上げた。目が合った渚は、不思議そうに首を傾げる。
「君はもう一度、経験したよね――ヴィレオールってば、疫病を流行らせるのが大好きなんだ」
「……馬鹿じゃないですか? ちょっと待ってください、あなたの依頼を拒否する権利はないと聞きましたけど、綾だけは別の領に避難させてください」
「ええー? 「解毒」があるからこそ助かる場面があるかも知れないじゃないか?」
「ダメです。「解毒」はウイルスや細菌の類を打ち消せません。そんな事ができるなら、そもそも風邪で死にかけてませんよ」
様々な毒物、薬物の効果を打ち消せると言っても、「解毒」は決して万能なギフトではない。病気にかからない上に他人の病魔までなんとかできるようになったら、「表」から内科医が消滅してしまうだろう。
何かとずさんな仕事が目立つ「表」の神だが、その辺りのバランスはしっかりと考えられているようだ。
渚は思い切り顔を顰めて綾那の避難を提案したが、しかしルシフェリアは頷かなかった。
「平気だよぉ、僕が言うんだから間違いないさ」
「いや、最近のお前マジで『魔王』だからな? しかも……若干、アーニャの事を殺したがってる節あるだろ」
「殺すつもりなら、わざわざセレスティンまで「転移」しないよ、失礼だね。僕ってば、働くのが何よりも嫌いなんだから――伊達に聖獣や悪魔に世界の管理を投げていないよ!」
「胸張るところじゃねーぞ、オイ」
えっへんと胸を張る幼女に、陽香は呆れ顔になった。ルシフェリアを囲んで揉めるメンバーに、綾那はおずおずと手を挙げて口を開く。
「あの、シアさん。私の「解毒」が役に立つかもって事は……ヴィレオールさんが流行らせようとしているのは、疫病と言うよりも毒物に近いのでは?」
綾那の言葉に、ルシフェリアはにんまりと笑った。そうして短い手を伸ばすと、綾那を褒めるように肩を叩く。
「なあに、鋭いじゃあないか! 君は随分と思慮深くなったね」
「アーニャが思慮深いって……真逆の言葉だろ?」
「ぐうの音も出ないね――」
「ふふー。ヴィレオールは今ね、眷属集めがダメだと分かったから、急ごしらえで毒を作り出そうと頑張っているんだ。あの子は好奇心が旺盛で色んな事を調べたがるんだけど……あんまり実験を邪魔されると、イーッてなって全部壊したがるようになっちゃうからさ」
ルシフェリアはそのまま、「ほら、なんだかんだで実験を邪魔されるの、これで二度目でしょう? 緑の聖女様」と言って笑った。
一度目と言うのは、恐らくセレスティンの領主を魔法で操って、領内に流行り病を蔓延させた時の事を言っているのだろう。あれもヴィレオールの実験だったのだ。流行り病によって、どれくらいの期間で人が死に絶えるか――でも調べていたのだろうか。
しかしその実験は、キレた渚によって頓挫させられた。――いや、それにしたって、子供が癇癪を起こすような感覚で人間を滅しようとするのはやめて欲しいのだが。
「完成した毒をあるモノに込めて――生活用水を媒介して、セレスティンの人間に広めるつもりでいる。だからその、『あるモノ』をエイッてしてくれる? 毒物だし、扱うなら綾那が適任だと思うんだよね。下手に他の人が触ると大変でしょう? 即効性があると、「解毒」で取り除こうにも間に合わないかも知れないじゃないか」
「その点「解毒」もちの綾が触れる分には、毒が回るよりも先に打ち消せるから問題ない――と?」
「そういう事だね。病気じゃあないから、良いでしょ? それに――」
ルシフェリアは渚の髪をぐいーっと引くと、彼女の耳元に唇を寄せて何事かを呟いた。渚は怪訝な表情を浮かべて眉根を寄せたが、しかし不承不承と言った様子で頷いている。
何を囁かれたのかは知らないが、ひとまず渚が納得できるだけの事をルシフェリアが告げたのだろう。
「やるしかねえか……で、その『あるモノ』ってのはなんなんだよ。何を探して壊せば良いんだ?」
「うん? それは秘密だよぉ」
「はぁ!? なんでだよ!」
「それを教えちゃうと、君らの行く末が良くない方向に転がっちゃうから――としか、言いようがないかなぁ。まあ逐一ヒントは出してあげるから、それを頼りに頑張って?」
「…………これだから、魔王は嫌なのよなー!」
陽香が絶叫すると共に、森の中を巡回していたらしい颯月と明臣、そしてアリスが戻って来た。
彼らは叫ぶ陽香に目を瞬かせていたが、しかし渚の腕に抱かれた綾那そっくりの幼女を目にすると――誰からともなく「ああ……」と、なんとも言えない声を漏らしたのであった。
聖獣の竜禅がこの世の『水』、白虎が『風』を司るように、悪魔もまた世界を形作る元素の管理を任されている。弟のヴェゼルは『氷』――この力で雪を降らせた結果、綾那は風邪をひいたのだ――そして兄のヴィレオールは、『雷』。
ヴェゼルが消えれば北にあるらしい氷海も消え、この世界から氷だけでなく冬まで消える。寒冷な地方も消滅するため、暑さに弱い動植物はみな息絶えてしまうだろう。
そしてヴィレオールが司るのは言わずもがな、世界中の電力だ。「表」と違って科学が発展せず、魔法頼りのこの世界から電力が消えればどうなるか――ありとあらゆる家電が使用できなくなり、生活水準は著しく低下するだろう。
綾那の問いかけに、ルシフェリアは「惜しい!」と言って笑った。
「確かにこの辺りに住む人間のためにも、森の中の眷属はどうにかして欲しいけど――でもそれだけじゃあない。実は君達がこの五日間で眷属をたくさん討伐したから、ヴィレオールの予定が狂っちゃってるんだよ」
「予定?」
「森の中を眷属で溢れさせようと思ってコツコツ頑張っていたのに、今じゃあ一日辺りに作る数よりも君らに倒される数の方が多い。このまま眷属の量産を続けていたって無駄だって事は、もうヴィレオールも気付いてる」
「颯さマグロと王子のお陰って事か」
「うん。だからヴィレオール、つまんなくなっちゃって方針を変えたみたいなんだよ」
ルシフェリアはそこで一旦言葉を区切ると、自身を抱く渚を見上げた。目が合った渚は、不思議そうに首を傾げる。
「君はもう一度、経験したよね――ヴィレオールってば、疫病を流行らせるのが大好きなんだ」
「……馬鹿じゃないですか? ちょっと待ってください、あなたの依頼を拒否する権利はないと聞きましたけど、綾だけは別の領に避難させてください」
「ええー? 「解毒」があるからこそ助かる場面があるかも知れないじゃないか?」
「ダメです。「解毒」はウイルスや細菌の類を打ち消せません。そんな事ができるなら、そもそも風邪で死にかけてませんよ」
様々な毒物、薬物の効果を打ち消せると言っても、「解毒」は決して万能なギフトではない。病気にかからない上に他人の病魔までなんとかできるようになったら、「表」から内科医が消滅してしまうだろう。
何かとずさんな仕事が目立つ「表」の神だが、その辺りのバランスはしっかりと考えられているようだ。
渚は思い切り顔を顰めて綾那の避難を提案したが、しかしルシフェリアは頷かなかった。
「平気だよぉ、僕が言うんだから間違いないさ」
「いや、最近のお前マジで『魔王』だからな? しかも……若干、アーニャの事を殺したがってる節あるだろ」
「殺すつもりなら、わざわざセレスティンまで「転移」しないよ、失礼だね。僕ってば、働くのが何よりも嫌いなんだから――伊達に聖獣や悪魔に世界の管理を投げていないよ!」
「胸張るところじゃねーぞ、オイ」
えっへんと胸を張る幼女に、陽香は呆れ顔になった。ルシフェリアを囲んで揉めるメンバーに、綾那はおずおずと手を挙げて口を開く。
「あの、シアさん。私の「解毒」が役に立つかもって事は……ヴィレオールさんが流行らせようとしているのは、疫病と言うよりも毒物に近いのでは?」
綾那の言葉に、ルシフェリアはにんまりと笑った。そうして短い手を伸ばすと、綾那を褒めるように肩を叩く。
「なあに、鋭いじゃあないか! 君は随分と思慮深くなったね」
「アーニャが思慮深いって……真逆の言葉だろ?」
「ぐうの音も出ないね――」
「ふふー。ヴィレオールは今ね、眷属集めがダメだと分かったから、急ごしらえで毒を作り出そうと頑張っているんだ。あの子は好奇心が旺盛で色んな事を調べたがるんだけど……あんまり実験を邪魔されると、イーッてなって全部壊したがるようになっちゃうからさ」
ルシフェリアはそのまま、「ほら、なんだかんだで実験を邪魔されるの、これで二度目でしょう? 緑の聖女様」と言って笑った。
一度目と言うのは、恐らくセレスティンの領主を魔法で操って、領内に流行り病を蔓延させた時の事を言っているのだろう。あれもヴィレオールの実験だったのだ。流行り病によって、どれくらいの期間で人が死に絶えるか――でも調べていたのだろうか。
しかしその実験は、キレた渚によって頓挫させられた。――いや、それにしたって、子供が癇癪を起こすような感覚で人間を滅しようとするのはやめて欲しいのだが。
「完成した毒をあるモノに込めて――生活用水を媒介して、セレスティンの人間に広めるつもりでいる。だからその、『あるモノ』をエイッてしてくれる? 毒物だし、扱うなら綾那が適任だと思うんだよね。下手に他の人が触ると大変でしょう? 即効性があると、「解毒」で取り除こうにも間に合わないかも知れないじゃないか」
「その点「解毒」もちの綾が触れる分には、毒が回るよりも先に打ち消せるから問題ない――と?」
「そういう事だね。病気じゃあないから、良いでしょ? それに――」
ルシフェリアは渚の髪をぐいーっと引くと、彼女の耳元に唇を寄せて何事かを呟いた。渚は怪訝な表情を浮かべて眉根を寄せたが、しかし不承不承と言った様子で頷いている。
何を囁かれたのかは知らないが、ひとまず渚が納得できるだけの事をルシフェリアが告げたのだろう。
「やるしかねえか……で、その『あるモノ』ってのはなんなんだよ。何を探して壊せば良いんだ?」
「うん? それは秘密だよぉ」
「はぁ!? なんでだよ!」
「それを教えちゃうと、君らの行く末が良くない方向に転がっちゃうから――としか、言いようがないかなぁ。まあ逐一ヒントは出してあげるから、それを頼りに頑張って?」
「…………これだから、魔王は嫌なのよなー!」
陽香が絶叫すると共に、森の中を巡回していたらしい颯月と明臣、そしてアリスが戻って来た。
彼らは叫ぶ陽香に目を瞬かせていたが、しかし渚の腕に抱かれた綾那そっくりの幼女を目にすると――誰からともなく「ああ……」と、なんとも言えない声を漏らしたのであった。
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