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第8章 奈落の底で大騒ぎ
24 セレスティンの異変
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「セレスティンで気になる事って?」
綾那が問いかければ、陽香は腕組みをして難しい顔になった。
「あたしらがここに来てから、颯様と王子が毎日森の中を巡回してくれてる訳よ――ナギにいびられてさ」
「い、いび――?」
「いびってない、必要に迫られて依頼してただけだし」
家の中に無駄と言っていい程なめされた魔物の皮を見れば、「果たして、必要に迫られるとは――?」という気持ちにさせられるのだが。
しかし綾那は深く頷くと、やはりこの付近は魔物が多く生息している危険地帯なのだと、呆気なく納得した。
「なんか禅さんから聞くに、この森の中ちょっと異常なんだとよ」
「異常って、どの辺りが? 私、領主を殴りに行って以来この森を出ていないから……よく分からないんだよね。他領より魔物が多いとか?」
「それもあるけど、でも普通こういう鬱蒼としたところだったら、魔物が多くて当然なんだと。問題は、めちゃくちゃ眷属が多いって事らしい」
「眷属――確か、人が悪魔憑きになる原因だっていう?」
陽香は頷くと、隣に立つ竜禅をちらと見上げた。詳細な状況説明を求められていると察したのか、竜禅はおもむろに口を開いた。
「この五日間で、颯月様と明臣殿は計二十一体もの眷属を討伐された。これは異常な数字だ。普通眷属というのは、比較的姿を現しやすい夜中に一晩中かけて探しても一体見つけられるかどうか……という発見率だからな」
「それが五日で二十一体――単純計算で、四倍の数値だと」
「しかもお二人は、セレスティンの領民に姿を見られてはまずいからと、それほど探索範囲を広げていない。それにも関わらず、この成果は異常だ。よほどこの森の中が眷属で溢れているという事に他ならない」
何事か思案するように考え込んだ渚の腕には、相変わらず幼女綾那の姿を模したルシフェリアが抱かれている。ルシフェリアはニコニコと楽しげな笑みを浮かべており、それに気付いた陽香がこれでもかと目を眇めた。
「やっぱりお前、タイミング見計らって出てきやがったな?」
「ええ、なんの事? 僕は今まで、「転移」疲れで休んでいただけなのに――ところで、君達にちょっとしたお願いがあるんだけど、良いかな?」
「――ほら見ろ!! 『魔王』が来たぞ、『魔王』が! またなんか面倒くさい事やらせようとしてんぞ!」
「ちょっとくらい良いじゃないか、僕を「転移」装置にしようって言うんだから……対価を払うんだよ、対価を。この世にタダより高く恐ろしいものはない、支払いを催促されるだけありがたいと思って欲しいな」
「いや、何言ってんだお前?」
陽香は眉根をグッと寄せてルシフェリアに近付くと、人差し指で小さな額をツンと小突いた。
そもそも、ここまで船を使わず――つまり関所を通らず「転移」でセレスティンまで来てしまった時点で、否が応にも帰りの手段は「転移」一択となる。
素知らぬ顔をして街中へ入れば「いつ、どこから入った!?」となって当然だし、いくらアイドクレースの騎士団長が一緒に居たとしても、密入国は犯罪だ。
しばらく牢屋に投獄されるだろうし、「表」出身の綾那達はともかくとして、騎士達の輝かしい経歴にこんな事で傷がついてしまうのは痛い。
この大天使は、そこまで理解した上で「お願いを聞いてくれる?」なんて問いかけているのだろうか。
選択肢を与えているようで、その実こちらに拒否権はないようなものだ。ルシフェリアの「転移」に頼らなければ身動きが取れず、王都にも帰れないのだから。
綾那を救うためだったとは言え、どうにも悪徳詐欺にかけられたような気がしてならない。こんな状況を作り出したのは全て、ルシフェリアなのだから。
「最近街の人がよくトラにお願いしに来るのって、その眷属のせいなのかな。聞いた事のない遠吠えが聞こえて不安とか、見た事のない生き物の影を見た気がするとか。それが全部、眷属だとしたら――とは言え、リベリアスでは眷属も悪魔憑きも居て当然のものなんですよね? そんな、「謎の生物が~」なんて依頼の仕方をするものでしょうか」
渚が首を傾げれば、竜禅は何事か考えるように宙を見上げて顎髭を撫でた。
「セレスティンは、元々眷属の被害例が少ない事で知られている。その明確な理由は究明されていないが……どちらかと言えばこの地は、疫病に苦しめられているイメージが強い。だから、街の人間が眷属を見て戸惑う気持ちも分からなくはない。曲がりなりにも白虎が『守護神』として崇め奉られている街だしな……あいつも、最低限の仕事はして来たのだろう」
「今までトラが早々に退治してたから、人にまで眷属の被害がいかなかったと? アレ、それってつまり……トラがすっかり職務放棄して、私の傍から離れなくなった事が原因――なんて、言いませんよね?」
渚はひくりと口の端を引きつらせると、「そもそも、私が護衛を頼んだ事は一度もないんですけど」とぼやいてルシフェリアを見下ろした。
ルシフェリアはニッコリ笑って、「んーん」と首を横に振る。
「それは違うよ――いや、何割かはそれが原因なのかも知れないけれど」
「どっちですか」
「眷属が爆発的に増えたのは白虎のせいじゃなくて、ヴィレオールが遊んでいるせいだよ」
「ヴィレオールさん……ヴェゼルさんのお兄さんですね」
綾那の言葉に、ルシフェリアは「そ」と頷いた。そして周囲を見回すと、紅葉のような手をパンと合わせる。
「ここで、僕の依頼に繋がる訳さ。セレスティンに住む人間達のために、ヴィレオールを「メッ」てしてくれないかな?」
「メッて――具体的にどういうお話なんですか?」
「まずヴィレオールは、今この森の中で眷属を増やし続けてる。ある程度作り終えたら一気にセレスティンの街へけしかけて、「街がどうなるのか試そう」っていう目的でね」
「どうなんのか試すってなんだよ、悪魔的すぎんだろ……いや、悪魔だったわ」
「うーん……今は、セレスティンの人間を壊滅させるにはどの程度の眷属をぶつける必要があるのか、調べているところみたいだよ?」
「――だから、悪魔的すぎんだろ!? ゼルを見習え、ゼルを! そんなに暇なら、子供と遊んでろよ!」
憤慨する陽香を見て、ルシフェリアは「ヴェゼルはヴェゼルで問題だよ、アレは」と言っておかしそうに笑った。
綾那が問いかければ、陽香は腕組みをして難しい顔になった。
「あたしらがここに来てから、颯様と王子が毎日森の中を巡回してくれてる訳よ――ナギにいびられてさ」
「い、いび――?」
「いびってない、必要に迫られて依頼してただけだし」
家の中に無駄と言っていい程なめされた魔物の皮を見れば、「果たして、必要に迫られるとは――?」という気持ちにさせられるのだが。
しかし綾那は深く頷くと、やはりこの付近は魔物が多く生息している危険地帯なのだと、呆気なく納得した。
「なんか禅さんから聞くに、この森の中ちょっと異常なんだとよ」
「異常って、どの辺りが? 私、領主を殴りに行って以来この森を出ていないから……よく分からないんだよね。他領より魔物が多いとか?」
「それもあるけど、でも普通こういう鬱蒼としたところだったら、魔物が多くて当然なんだと。問題は、めちゃくちゃ眷属が多いって事らしい」
「眷属――確か、人が悪魔憑きになる原因だっていう?」
陽香は頷くと、隣に立つ竜禅をちらと見上げた。詳細な状況説明を求められていると察したのか、竜禅はおもむろに口を開いた。
「この五日間で、颯月様と明臣殿は計二十一体もの眷属を討伐された。これは異常な数字だ。普通眷属というのは、比較的姿を現しやすい夜中に一晩中かけて探しても一体見つけられるかどうか……という発見率だからな」
「それが五日で二十一体――単純計算で、四倍の数値だと」
「しかもお二人は、セレスティンの領民に姿を見られてはまずいからと、それほど探索範囲を広げていない。それにも関わらず、この成果は異常だ。よほどこの森の中が眷属で溢れているという事に他ならない」
何事か思案するように考え込んだ渚の腕には、相変わらず幼女綾那の姿を模したルシフェリアが抱かれている。ルシフェリアはニコニコと楽しげな笑みを浮かべており、それに気付いた陽香がこれでもかと目を眇めた。
「やっぱりお前、タイミング見計らって出てきやがったな?」
「ええ、なんの事? 僕は今まで、「転移」疲れで休んでいただけなのに――ところで、君達にちょっとしたお願いがあるんだけど、良いかな?」
「――ほら見ろ!! 『魔王』が来たぞ、『魔王』が! またなんか面倒くさい事やらせようとしてんぞ!」
「ちょっとくらい良いじゃないか、僕を「転移」装置にしようって言うんだから……対価を払うんだよ、対価を。この世にタダより高く恐ろしいものはない、支払いを催促されるだけありがたいと思って欲しいな」
「いや、何言ってんだお前?」
陽香は眉根をグッと寄せてルシフェリアに近付くと、人差し指で小さな額をツンと小突いた。
そもそも、ここまで船を使わず――つまり関所を通らず「転移」でセレスティンまで来てしまった時点で、否が応にも帰りの手段は「転移」一択となる。
素知らぬ顔をして街中へ入れば「いつ、どこから入った!?」となって当然だし、いくらアイドクレースの騎士団長が一緒に居たとしても、密入国は犯罪だ。
しばらく牢屋に投獄されるだろうし、「表」出身の綾那達はともかくとして、騎士達の輝かしい経歴にこんな事で傷がついてしまうのは痛い。
この大天使は、そこまで理解した上で「お願いを聞いてくれる?」なんて問いかけているのだろうか。
選択肢を与えているようで、その実こちらに拒否権はないようなものだ。ルシフェリアの「転移」に頼らなければ身動きが取れず、王都にも帰れないのだから。
綾那を救うためだったとは言え、どうにも悪徳詐欺にかけられたような気がしてならない。こんな状況を作り出したのは全て、ルシフェリアなのだから。
「最近街の人がよくトラにお願いしに来るのって、その眷属のせいなのかな。聞いた事のない遠吠えが聞こえて不安とか、見た事のない生き物の影を見た気がするとか。それが全部、眷属だとしたら――とは言え、リベリアスでは眷属も悪魔憑きも居て当然のものなんですよね? そんな、「謎の生物が~」なんて依頼の仕方をするものでしょうか」
渚が首を傾げれば、竜禅は何事か考えるように宙を見上げて顎髭を撫でた。
「セレスティンは、元々眷属の被害例が少ない事で知られている。その明確な理由は究明されていないが……どちらかと言えばこの地は、疫病に苦しめられているイメージが強い。だから、街の人間が眷属を見て戸惑う気持ちも分からなくはない。曲がりなりにも白虎が『守護神』として崇め奉られている街だしな……あいつも、最低限の仕事はして来たのだろう」
「今までトラが早々に退治してたから、人にまで眷属の被害がいかなかったと? アレ、それってつまり……トラがすっかり職務放棄して、私の傍から離れなくなった事が原因――なんて、言いませんよね?」
渚はひくりと口の端を引きつらせると、「そもそも、私が護衛を頼んだ事は一度もないんですけど」とぼやいてルシフェリアを見下ろした。
ルシフェリアはニッコリ笑って、「んーん」と首を横に振る。
「それは違うよ――いや、何割かはそれが原因なのかも知れないけれど」
「どっちですか」
「眷属が爆発的に増えたのは白虎のせいじゃなくて、ヴィレオールが遊んでいるせいだよ」
「ヴィレオールさん……ヴェゼルさんのお兄さんですね」
綾那の言葉に、ルシフェリアは「そ」と頷いた。そして周囲を見回すと、紅葉のような手をパンと合わせる。
「ここで、僕の依頼に繋がる訳さ。セレスティンに住む人間達のために、ヴィレオールを「メッ」てしてくれないかな?」
「メッて――具体的にどういうお話なんですか?」
「まずヴィレオールは、今この森の中で眷属を増やし続けてる。ある程度作り終えたら一気にセレスティンの街へけしかけて、「街がどうなるのか試そう」っていう目的でね」
「どうなんのか試すってなんだよ、悪魔的すぎんだろ……いや、悪魔だったわ」
「うーん……今は、セレスティンの人間を壊滅させるにはどの程度の眷属をぶつける必要があるのか、調べているところみたいだよ?」
「――だから、悪魔的すぎんだろ!? ゼルを見習え、ゼルを! そんなに暇なら、子供と遊んでろよ!」
憤慨する陽香を見て、ルシフェリアは「ヴェゼルはヴェゼルで問題だよ、アレは」と言っておかしそうに笑った。
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