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第7章 奈落の底で問題解決
29 明臣
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陽香は、思っていたのと違うとでも言いたげな分かりやすい表情で肩を落とした。しかし、すぐさま気を取り直して快活に笑うと、明臣の肩をバシバシ叩く。
「なんだよ王子~散々ビビらせておいて! どこも酷くねえから自信持てって! これで酷いなんて言ってたら、ヅラとったアリスの立つ瀬がねえよ。全く、人騒がせなヤツめ」
「ヅラって言わないで、ウィッグよ」
馬車の中には陽香の笑い声が響いていたが、しかし突然その手がパシッと音を立てて弾かれる。彼女はもちろん、綾那も何が起きたのか理解するのに時間を要した。陽香はきょとんとした表情で弾かれたばかりの手を見ている。
その横で、右京が「あんまり話しかけない方が良いよ」とよく分からないアドバイスを呟いた。
すると、陽香の手を振り払ったらしい犯人――明臣が、不機嫌そうに片目を細めて口を開いた。
「俺に気安く触んじゃねえよ、クソチビジャリ」
「…………は?」
彼の口から飛び出たとは思えない言葉。不快げに歪められた、人を蔑むような表情。綾那は己の目と耳を疑った。
普段「チビジャリ」なんて暴言を浴びせられたら瞬間湯沸かし器の如く激怒するはずの陽香も、大きな猫目を丸め、ぱちくりと瞬かせて固まっている。呆気に取られて、怒るどころではないらしい。
(あ、あれ? 今喋ったのって明臣さん――だよね? て言うかアレは、本当に明臣さんなのかな……?)
声と姿こそ同じでも、何やら中身がおかしな事になっていないか。
キラキラしい王子のような容貌の明臣。彼はいつでも物腰柔らかく、礼儀正しく、そして本当に優しく微笑む人だ。アリスの事を「姫」なんて呼んで、まるで従順な付き人のように彼女を守り、いつも甲斐甲斐しく世話をしている。
その彼が、なぜ肩を叩いただけの陽香に暴言を吐いたのか。とても虫の居所が悪いなんて可愛いらしいものではない。
明臣は、呆然として一言も話さない陽香に向かってチッと大きな舌打ちをした。その場で胡坐をかいて腕組みすると、不遜な態度で彼女を見下ろす。
「俺ァマナを吸うのに忙しいんだ、話しかけんな。そもそも、クソ弱い女が出しゃばるんじゃねえ――目障りなんだよ」
「………………なあ、王子がグレたんだけど。ヤバヤバのヤバだぞ」
あまりの事態に驚き過ぎて、一向に怒りが湧かないのか。陽香は右京の肩をぺしぺしと叩き、説明を求めた。
「うーたん、王子ってなんの眷属に呪われてんの……?」
「鬼だよ」
「――鬼? ジャパニーズ鬼がリベリアスにも居るのか? いや、てか角ねえし虎ジマのパンツも履いてねえけどな!?」
酷く動揺している陽香に、アリスがぼそりと「角も虎ジマのパンツも、日本人の創作よ――(※諸説あります)」と呟いた。
「オネーサン、天邪鬼って分かる? 明臣の『異形』はね、外見じゃあなくて中身なんだよ」
「中身……」
「普段の彼と全く性格が違うでしょう? 口は悪くなるわ、やたら好戦的になるわ……その上、思っている事と真逆の事を口走っちゃうようになるんだよね。つまり天邪鬼なんだよ」
「ま、真逆? ――真逆だったか、さっきの……? 「気安く触るな」とか「出しゃばるな」とか言われたけど?」
「んー……「酷い事を言ってしまうから関わらないで欲しい」「街の外は危ないから、女の子は無理せず下がっていなさい」ってところかな」
右京が小さく肩を竦めながら通訳すれば、明臣がギロリと鋭い視線を投げかけた。苛立ちからか、彼の膝は貧乏ゆすりが止まらない。
「オイ、いつもうるっせえんだよ右京! 勝手に人の言葉を捻じ曲げて解釈してんじゃねえ、テメエは黙ってろ!!」
「今のは、「さすが右京くん、いつも私の言葉を訳してくれてありがとう。その調子でお願い」って感じだよ」
「――なんかよく分からんが、とりあえずうーたんがスゲーな!?」
「まあ、伊達に子供の頃から共闘してないし……慣れだよね」
「ハーン……――ん? 思ってねえ事を言っちまうって事はつまり……王子はあたしの事、「チビジャリ」なんて一つも思ってないって事だよな」
「……いや、それは本心なんじゃないかな」
「テメエ」
今更になって怒りが湧いて来たのか、陽香は右京の両頬をみょんと引き伸ばした。美少年は無表情のまま「ひゃめて」と反抗している。
そうして陽香と右京がじゃれ合っているのが耳障りなのか、明臣はまたしても大きな舌打ちをした。そして、できる限り無用な発言をしないよう努めているらしい、先ほどから黙りこくっているアリスを睨みつけた。
「オイ、クソげろドブス。うるせえから黙らせろよ」
「――くっ、クソげろドブス!? なんてパワーワードだ、マジでどうしちまったんだよ王子! 「姫」はどこに行ったんだ、「姫」は!!」
「クソげろドブスじゃないもん! 超絶かわゆだもぉん……!!」
突然の暴言に、陽香は動揺している。アリスはアリスで「違うもぉん!」と嘆きながら、ワッと荷台に突っ伏してしまった。
「いや、正直初めて聞かされた時は「偶像」もちの私相手にその態度、面白い男ね! 気に入ったわ! ――なんて、少女漫画の相手役みたいな事を思ったけど! そもそも男の人にこんな酷い事言われる免疫ないし、すぐに心折れたわよぉ!!」
アリスは突っ伏せたまま、涙混じりにそんな事を叫んだ。まさか身内に少女漫画の俺様ヒーローが混じっていたとは。
「お、おい、うーたん。今のはなんて喋ったんだ……!?」
「ええと……たぶんだけど、お姫様の事を超絶美人って評しているんじゃないの。あと、「さっきから黙ってるけど大丈夫? 皆と話したら?」って感じかな――でもちょっと、自信ないかも」
「やべえ、難解過ぎるだろ!? 王子語検定一級のうーたんが自信ないなんて言ってたら、もう王子が何喋ってるか誰も分かんねえじゃねえか!」
「王子語検定って何?」
ワーワーとにわかに騒がしくなった馬車。綾那はそっと荷台を覗くのを辞めて、何やら複雑な表情をしている颯瑛から馬の手綱を引き取った。
このまま覗いていて明臣と目が合ったら、「何見てんだよクソ豚女」なんて言って凄まれそうだな――と、身に迫る危険を察知して逃げたのである。
(そっか……明臣さんの通り名の由来、ココだったんだ――)
明臣は『天淵氷炭』の他にも、『ダブルフェイス』や『バーサーカー』という通り名をもっているらしい。
ダブルフェイスというのは言葉通り、二重人格という意味だろうか。普段の温厚で物腰の柔らかい彼とは似ても似つかない人格になっているので、まず間違いないだろう。
バーサーカーについても、右京曰く好戦的になるとの事なので――恐らく、戦闘時は「ヒャッハー!」してしまうに違いない。
(とりあえず、お義父様にだけは暴言を吐かないで欲しいかな……王様相手に侮辱罪とか、ちょっとシャレになってないし)
颯瑛は誤解を招くような言動ばかりで難解だと思っていたが、どうも上には上が居るらしい。綾那は遠い目をしながら、目的地へ向けて馬車を走らせたのであった。
「なんだよ王子~散々ビビらせておいて! どこも酷くねえから自信持てって! これで酷いなんて言ってたら、ヅラとったアリスの立つ瀬がねえよ。全く、人騒がせなヤツめ」
「ヅラって言わないで、ウィッグよ」
馬車の中には陽香の笑い声が響いていたが、しかし突然その手がパシッと音を立てて弾かれる。彼女はもちろん、綾那も何が起きたのか理解するのに時間を要した。陽香はきょとんとした表情で弾かれたばかりの手を見ている。
その横で、右京が「あんまり話しかけない方が良いよ」とよく分からないアドバイスを呟いた。
すると、陽香の手を振り払ったらしい犯人――明臣が、不機嫌そうに片目を細めて口を開いた。
「俺に気安く触んじゃねえよ、クソチビジャリ」
「…………は?」
彼の口から飛び出たとは思えない言葉。不快げに歪められた、人を蔑むような表情。綾那は己の目と耳を疑った。
普段「チビジャリ」なんて暴言を浴びせられたら瞬間湯沸かし器の如く激怒するはずの陽香も、大きな猫目を丸め、ぱちくりと瞬かせて固まっている。呆気に取られて、怒るどころではないらしい。
(あ、あれ? 今喋ったのって明臣さん――だよね? て言うかアレは、本当に明臣さんなのかな……?)
声と姿こそ同じでも、何やら中身がおかしな事になっていないか。
キラキラしい王子のような容貌の明臣。彼はいつでも物腰柔らかく、礼儀正しく、そして本当に優しく微笑む人だ。アリスの事を「姫」なんて呼んで、まるで従順な付き人のように彼女を守り、いつも甲斐甲斐しく世話をしている。
その彼が、なぜ肩を叩いただけの陽香に暴言を吐いたのか。とても虫の居所が悪いなんて可愛いらしいものではない。
明臣は、呆然として一言も話さない陽香に向かってチッと大きな舌打ちをした。その場で胡坐をかいて腕組みすると、不遜な態度で彼女を見下ろす。
「俺ァマナを吸うのに忙しいんだ、話しかけんな。そもそも、クソ弱い女が出しゃばるんじゃねえ――目障りなんだよ」
「………………なあ、王子がグレたんだけど。ヤバヤバのヤバだぞ」
あまりの事態に驚き過ぎて、一向に怒りが湧かないのか。陽香は右京の肩をぺしぺしと叩き、説明を求めた。
「うーたん、王子ってなんの眷属に呪われてんの……?」
「鬼だよ」
「――鬼? ジャパニーズ鬼がリベリアスにも居るのか? いや、てか角ねえし虎ジマのパンツも履いてねえけどな!?」
酷く動揺している陽香に、アリスがぼそりと「角も虎ジマのパンツも、日本人の創作よ――(※諸説あります)」と呟いた。
「オネーサン、天邪鬼って分かる? 明臣の『異形』はね、外見じゃあなくて中身なんだよ」
「中身……」
「普段の彼と全く性格が違うでしょう? 口は悪くなるわ、やたら好戦的になるわ……その上、思っている事と真逆の事を口走っちゃうようになるんだよね。つまり天邪鬼なんだよ」
「ま、真逆? ――真逆だったか、さっきの……? 「気安く触るな」とか「出しゃばるな」とか言われたけど?」
「んー……「酷い事を言ってしまうから関わらないで欲しい」「街の外は危ないから、女の子は無理せず下がっていなさい」ってところかな」
右京が小さく肩を竦めながら通訳すれば、明臣がギロリと鋭い視線を投げかけた。苛立ちからか、彼の膝は貧乏ゆすりが止まらない。
「オイ、いつもうるっせえんだよ右京! 勝手に人の言葉を捻じ曲げて解釈してんじゃねえ、テメエは黙ってろ!!」
「今のは、「さすが右京くん、いつも私の言葉を訳してくれてありがとう。その調子でお願い」って感じだよ」
「――なんかよく分からんが、とりあえずうーたんがスゲーな!?」
「まあ、伊達に子供の頃から共闘してないし……慣れだよね」
「ハーン……――ん? 思ってねえ事を言っちまうって事はつまり……王子はあたしの事、「チビジャリ」なんて一つも思ってないって事だよな」
「……いや、それは本心なんじゃないかな」
「テメエ」
今更になって怒りが湧いて来たのか、陽香は右京の両頬をみょんと引き伸ばした。美少年は無表情のまま「ひゃめて」と反抗している。
そうして陽香と右京がじゃれ合っているのが耳障りなのか、明臣はまたしても大きな舌打ちをした。そして、できる限り無用な発言をしないよう努めているらしい、先ほどから黙りこくっているアリスを睨みつけた。
「オイ、クソげろドブス。うるせえから黙らせろよ」
「――くっ、クソげろドブス!? なんてパワーワードだ、マジでどうしちまったんだよ王子! 「姫」はどこに行ったんだ、「姫」は!!」
「クソげろドブスじゃないもん! 超絶かわゆだもぉん……!!」
突然の暴言に、陽香は動揺している。アリスはアリスで「違うもぉん!」と嘆きながら、ワッと荷台に突っ伏してしまった。
「いや、正直初めて聞かされた時は「偶像」もちの私相手にその態度、面白い男ね! 気に入ったわ! ――なんて、少女漫画の相手役みたいな事を思ったけど! そもそも男の人にこんな酷い事言われる免疫ないし、すぐに心折れたわよぉ!!」
アリスは突っ伏せたまま、涙混じりにそんな事を叫んだ。まさか身内に少女漫画の俺様ヒーローが混じっていたとは。
「お、おい、うーたん。今のはなんて喋ったんだ……!?」
「ええと……たぶんだけど、お姫様の事を超絶美人って評しているんじゃないの。あと、「さっきから黙ってるけど大丈夫? 皆と話したら?」って感じかな――でもちょっと、自信ないかも」
「やべえ、難解過ぎるだろ!? 王子語検定一級のうーたんが自信ないなんて言ってたら、もう王子が何喋ってるか誰も分かんねえじゃねえか!」
「王子語検定って何?」
ワーワーとにわかに騒がしくなった馬車。綾那はそっと荷台を覗くのを辞めて、何やら複雑な表情をしている颯瑛から馬の手綱を引き取った。
このまま覗いていて明臣と目が合ったら、「何見てんだよクソ豚女」なんて言って凄まれそうだな――と、身に迫る危険を察知して逃げたのである。
(そっか……明臣さんの通り名の由来、ココだったんだ――)
明臣は『天淵氷炭』の他にも、『ダブルフェイス』や『バーサーカー』という通り名をもっているらしい。
ダブルフェイスというのは言葉通り、二重人格という意味だろうか。普段の温厚で物腰の柔らかい彼とは似ても似つかない人格になっているので、まず間違いないだろう。
バーサーカーについても、右京曰く好戦的になるとの事なので――恐らく、戦闘時は「ヒャッハー!」してしまうに違いない。
(とりあえず、お義父様にだけは暴言を吐かないで欲しいかな……王様相手に侮辱罪とか、ちょっとシャレになってないし)
颯瑛は誤解を招くような言動ばかりで難解だと思っていたが、どうも上には上が居るらしい。綾那は遠い目をしながら、目的地へ向けて馬車を走らせたのであった。
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